誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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44話

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​サイラスがルミナの教育機関の財政責任者に就任して以来、執務室の空気は一変した。サイラスは、ルミナの計画一つ一つに、容赦なく**「感情のコスト」**を突きつけてきた。

​「ルミナ様。分校に暖炉を追加する予算は、感情的には理解できますが、論理的には、領民に毛布を配る方が五年間で$10%$安価です。なぜ、不必要なコストを投じるのですか?」

​「サイラス。それは、ただの暖房ではないわ」

ルミナは、机に広げた設計図を指さした。

「暖炉の周りに集まり、教師や生徒たちが心を開いて話す。『場』の温かさは、彼らが知識を吸収し、領地への帰属意識を高めるために、最も必要な人的資本なのよ」

​サイラスは、首をかしげた。彼の計算式には、「人的資本」は労働力としてしか存在しない。

​「『帰属意識』は、数値化できません。そのコストは、無駄です」

​レオンは、離れた席で静かに二人の議論を聞いていた。サイラスの言葉は、かつて彼自身が侯爵に報告していた論理と寸分違わなかった。効率、数字、そして感情の排除。

​エルナは、そっとレオンの肘に触れた。

「サイラスは、レオンが**『影』だった頃の最も優秀な部分**を、すべて持っているわね」

​「ああ」レオンは頷いた。「そして、ルミナは、私がエルナ様から学んだ最も大切な部分を、すべて持っている」

​レオンは、ルミナがサイラスと対峙する様子を見ながら、かつて自分がエルナの優しさに対して戸惑い、変わっていった過程を思い出していた。ルミナは、サイラスを論破するのではなく、彼の中に欠けている要素を、彼の論理の穴を通じて見せていた。

​そんなある日、ルミナの計画に大きな危機が訪れた。アルスター男爵領での分校建設予定地で、地元の有力者が、古い慣習を盾に建設に反対し、強硬な妨害を始めたのだ。

​「ルミナ様、これは法的な問題ではありません」

サイラスは冷静に報告した。

「彼らは、建設を物理的に遅らせ、契約を違約させようとしています。解決策は、彼らが抵抗できないほどの金銭を提示するか、権力で黙らせるかの二択です」

​サイラスは、ルミナに、かつてレオンが侯爵の影として使用したであろう、最も効率的で冷徹な解決策を提示した。

​ルミナは、地図を前に深く考え込んだ。

「金で解決すれば、彼らは私たちを支配者としか見ない。権力で黙らせれば、憎しみが残る。どちらも、私たちの学校の目的に反するわ」

​ルミナは、サイラスの目をまっすぐ見た。

​「サイラス。あなたには、彼らの行動の背景が計算できる?」

​サイラスは、一瞬たじろいだ。ルミナが求めたのは、論理的な解決策ではなく、感情的な動機の分析だったからだ。

​「……私の計算によると、彼らが金銭を要求していない以上、彼らは**『自分たちの慣習や地位が失われること』を恐れています。それは、彼らの存在意義に対する『不安』**です」

​ルミナは、サイラスの分析に目を輝かせた。

​「そうよ、サイラス! 不安こそが、彼らの行動のコストよ!」

​ルミナはすぐに、新たな計画を立てた。

​「サイラス。建設を一時中断しましょう。そして、彼らが守りたいと思っている古い慣習(地元の伝統工芸)を、私たちの分校で授業として組み込むことを提案するわ」

​サイラスは、計算機を落としそうになった。

「それは……さらに非効率なカリキュラムの追加です! 利益になりません!」

​「いいえ、利益になるわ」ルミナは微笑んだ。

「私たちは、彼らの**『存在意義』**を尊重した。彼らは、私たちを敵ではなく、伝統を守る協力者と見なす。そうすれば、建設の妨害は止まり、信頼という名の協力が生まれる。その結果、建設の遅延コストは、暖炉以上の暖かさで相殺されるわ」

​サイラスは、ルミナの完璧な、しかし人間的な論理に、言葉を失った。ルミナの解決策は、最も非効率に見えて、最も迅速で、最も長期的な利益をもたらすものだった。

​ルミナは、サイラスの冷たい表情の奥に、わずかな驚きと、光への興味が灯っているのを感じていた。彼女の物語は、サイラスという「冷たい論理」を、温かい「共感」へと変えていく、静かな戦いとして続いていく。
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