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03 天道さんの一目惚れ 3

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 ――僕が天道さんを好きになったのは、彼女のある意外な一面を見たからだ。

 ……天道さんはどうも、動物が好きなようだ。
 ある日の帰り道、天道さんが何やら空き地の隅っこでしゃがみ込んでいるのを見かけた。

 どうしたんだろう? そう思ってこっそり様子をうかがうと、天道さんは猫じゃらし片手に、そこにいた子猫と遊んでいた。

 ――天使みたいな笑顔だった。

 目をキラキラさせた満面の笑顔。学校にいる時の素っ気ない感じとは全然違う、子供のような無邪気な姿。
 さらには『にゃー♪ にゃー?』と猫語で話しかけていた。

 ……捨て猫を拾う不良みたいなものというか、我ながらチョロいというか……その笑顔と普段とのギャップに、一発で心を奪われてしまったのだ。
 それ以来、天道さんに密かに片思いしたまま、今に至る。

 ……天道さんと接点を持てたこと自体は嬉しい。

 だけどこのノートを見られることだけは絶対に避けないといけない。

 だって……これを見せたら天道さんに軽蔑されるどころか、今まで築き上げてきた立場とかイメージが一瞬で崩れかねない。それだけは避けないといけない。

 正直、天道さんとお近づきになる機会が失われたのは惜しい気もするけど……背に腹はかえられない。ここは距離を取るべきだろう。

 ――気を取り直そう。今日は『アレ』の発売日なんだ。

 僕は足早に学校を出た。
 けど家には向かわず、まずは学校から少し離れたところにある公園の公衆トイレに入る。

「……よし」

 この時はいつもスパイか何かみたいな気分になる。

 個室に入り、用意していた私服に着替えた。帽子を深めに被り眼鏡をかける。さらにマスクをつけて変装完了。

 公衆トイレを出て、知り合いとの遭遇を警戒しつつ駅に向かう。
 そこからさらに電車に乗って到着したのは……アニメとかゲームとかの、いわゆるサブカル関連のお店が建ち並ぶ通りだ。

 見渡せば美少女が描かれた看板やポスターがいたるところにあったり、店頭にフィギュアが飾ってあったり。ここに来るといつも心がウキウキしてしまう。

 ――僕はいわゆる、隠れオタクというやつだ。

 まあ……周りでも普通にアニメとかゲームの話してる子も多いんで隠れる必要も薄いかもしれないけれど、僕は一番好きなものがものなんで隠れて活動してる。

 ……目当てのお店が見えてきた。

 あらためて周りに知り合いがいないか確認。よし、だいじょ……ん?
 一瞬、誰かの視線を感じた気がした。もう一度確認してみるけど……気のせいか。ちょっと警戒しすぎているのかもしれない。最後にもう一回確認してお店に入る。

 ここからは脇目も振らない。あまりキョロキョロするとかえって目立つ。。

 店員がいつものお兄さんであることを確認。この人は以前僕がここで『年齢を確認させてください』と言われてきょどっていると、いろいろ察して見逃してくれた恩人だ。

 アイコンタクトを取ると『仕方ねーなー』とでも言うようににやりと笑って肩をすくめてくれた。小さくおじぎして目的のものがある店の奥へ。

 そして……18というマークが書かれたのれんをくぐった。

 ――のれんを一枚くぐっただけで、一瞬で世界観が変わる。

 そこは……端的に言えばエロゲー専門のエリアだ。棚に陳列された無数のエロゲー。パッケージに描かれた美少女達はパンツ丸見えだったり本来服で隠れている場所が全然隠れていなかったり、そんな他ではまず見ないような物が当たり前のように並んでいる。

 心臓がドキドキしている。思わず息が荒くなる。
 ……これは性的な興奮とはちょっと違う。

 まるで違う世界に来たかのような独特の雰囲気。それにインモラルな場所にこっそり来ているという背徳感。

 単純にこういうゲームをしたいだけなら通販とかダウンロード販売とか、もっと安全な方法がいろいろあるけど、この独特の高揚感はお店に来ないと味わえない。それに……。

「あった……!」

 思わず声に出てしまった。店舗限定特典付きの人気シリーズなので売り切れを心配していたのだ。

 僕の視線の先にあるのは『ブレイブファンタジア シロあふたー』略して『ブレあふ』。
 異世界に召喚された主人公が勇者になり、そこで出会った個性豊かなヒロイン達と絆を結びながら世界を救う十八禁作品『ブレイブファンタジア』の後日談に当たるものだ。

 前作の『ブレイブファンタジア』はオーソドックスな作りながらもヒロイン達が非常に可愛らしいのが話題になり、人気作になった。

 かくいう僕も前作をやりこんですっかりはまってしまっており、後日談である今作の発売をずっと楽しみにしていた。
 
 ――そう、僕は隠れオタクで……中でもとりわけエロゲーが好きなエロゲーマーなのだ。

 ……もちろん、学校にばれたりするとちょっとまずい。

 そもそも僕はまだ十六歳だし、たとえ十八歳だとしても高校生の内はこういうものは買ってはいけないとされている。

 僕の通っている学校は校則も厳しいし、もしバレたら今まで築き上げた優等生としての地位も崩れさってしまうかもしれない。
 だけどそんなリスクを冒してでも、このゲームはやる価値があるものだと僕は信じている。

 僕は陳列されていた『ブレあふ』の箱を手に取った。

 パッケージに描かれたのは白い髪から狐耳をピンと生やし、さらにもふもふの尻尾があるケモ耳少女、シロだ。
 普段はしっかり者でクールなんだけど甘える時はデレデレなクーデレ属性。

 そのギャップが非常にうまく描かれており、前作の一番人気。その人気っぷりからこうして専用ルートの後日談を作られるまでになった。

 かく言う僕も……天道さんの時もそうだったけど、どうもギャップ萌えというものに弱いらしくてこのシロのことを気に入っている。


 パッケージを見ていると前作のあんなことやこんなことを思い出してつい頬が緩んでしまう。

 前作はなかなかシリアスな内容で、ルートによってはヒロインから死人が出たりもしていたけど、今回はそういうの無しの甘々でいちゃラブな内容らしい。

 うん制作陣はよくわかっている。前作で様々な苦難を乗り越えたのだ、今更彼女たちが不幸になる姿なんてみたくない。

 それにメインはシロなんだけど他のヒロイン達の掘り下げもけっこうあって、選択肢によっては前作にはなかったハーレム展開も完備しているんだとか。

 さらにさらにヒロイン同士の百合展開もあったりちょっとマニアックな性癖を抑えたのもあったりでエッチシーン大増量らしい。ううむ、今から楽しみで仕方ない。
 僕はホクホクしながらそれをレジまで持っていった。

 いつものようにやりとりし、店舗特典も買い物袋に詰めてもらい、無事に購入を済ませて店を出る。

 ――この時すでに僕は失敗を冒していた。
 ゲームに気を取られて、周囲への警戒を怠っていたのだ。

 店を出たところでがしりと腕を掴まれた。
 びっくりして振り返るとそこにいたのは……天道さんだった。

「遠野くん……」
「て、ててて天道さん!?」

 天道さんはほんのりと頬を赤くし、視線を僕が持っていた買い物袋に落とす。

「あの……買いましたよね……? その……エッチなやつ……」
「な、なんのことかな!?」
「すいません見てたんです。遠野くんが変装までしてこそこそどこかに向かってるのを見かけて、勉強の秘訣でもあるんじゃないかって後をつけてきて……」
「それで十八禁コーナーまで入ってきたの!?」
「は、入るまで気づかなかったんですよあの『18』って書いたのれんがそういうエッチなのの売り場なんて!」
「て、天道さん声大きい!」
「あ、す……すいません」

 天道さんはさらに頬を赤くしながら声をひそめる。そういういわゆるエロいものに慣れていないのかもじもじしている姿がかわいい。こんな一面もあったのか。

 ――いや、うん。軽く現実逃避してしまったがそれどころじゃない。

 この後いったいどんな展開が待っているのだろうか?
 天道さんは真面目だし、学校へ報告するという話になるだろうか?
 それとも、エロゲーを買ったのを黙っているかわりに勉強の秘訣を教えろと脅されるのだろうか?

 ……どちらにせよ破滅しかない。

 だけど、次に天道さんの口から出た言葉は思いも寄らないものであった。

「あの……ひ、一目惚れなんです!」
「……えっ!?」

 一瞬天道さんが言った言葉が理解できなかった。

 ……一目……惚れ……? 

 ――もしかして僕、今告白されてる!?

 心臓の鼓動が一気に早くなる。いや待て落ち着くんだと心の中で自分に言い聞かせて必死に冷静さを保つ。

「その……一目見た瞬間から、胸がドキドキして……こんな気持ち、初めてで……それでもう、我慢できなくて……」

 天道さんは今までに見たことがない必死な表情で僕に自分の気持ちを打ち明けてくる。
 心臓がばっくんばっくん鳴っている。
 やや展開が急すぎる気がしないでもないが人生が変わる瞬間というのはこういうものなのかもしれない。

 これから僕はかわいい恋人持ちの勝ち組として充実したスクールライフを送っていくのだろうか? 一緒に登下校して、デートして、……も、もしかしたらキスなんかも……。

 ……そうやって妄想の世界に意識を飛ばしていると、今度は天道さんの方がハッとした。

「ち、違うんです! 私が一目惚れしたのは遠野くんじゃなくて! そ、その……そっちの子なんです!」

 天道さんは僕の持った……先程購入した『ブレイブファンタジア シロあふたー』が入った買い物袋を指さした。

「…………はい?」



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