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12 僕と天道さんの戦い 1
しおりを挟む「天道さん、今日は来ないねー」
外を見ながら、妹の二葉はそう呟いた。
ここ最近はいつも家まで迎えに来てくれていたのに、今日は天道さんが来る気配がない。
「お兄ちゃん、けんかでもしたの?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあそんなソワソワしなくてもいいじゃない。なんか用事でもあったんでしょきっと」
――嫌な予感がした。いてもたってもいられなくて、早足で学校に向かった。
そして道中、天道さんの後ろ姿を見つけた。
「天道さん!」
「……遠野くん?」
天道さんの姿を見られてホッとした。
だけど……振り返った天道さんの頬にはガーゼが貼られていた。
「それ……」
「ああ、大丈夫ですよ。少し腫れちゃっただけなので」
「そうじゃなくて! ……何かあったの?」
「……嘘ついてたのバレて、お母様に怒られちゃいました」
天道さんは冗談っぽく言ったけど、それなりの時間一緒にいた僕には天道さんが辛そうにしてるのが感じ取れた。。
厳しい人なのは知っていたけど、こんな風に娘に手を上げるなんて……!
「私が悪いんです。ずっとお母様に嘘ついて勉強もサボってたんですから」
「だけどこんな……!」
「本当に大丈夫ですから!」
天道さんが大きな声を上げたので思わず黙ってしまった。
「……すいません」
「……うん。だけど、本当に大丈夫?」
僕の質問にくすりと笑って「珍しいことじゃありませんから」と答えた天道さんの笑顔にズキンと胸が痛んだ。
「お母様も必死なんだと思います。私が幼い頃にお父様が亡くなって、女の身で会社を守り抜いて、私をここまで育てて……。前にも言いましたが、私はそんなお母様をかっこいいと思ってますし、尊敬してます。嫌いなお勉強を頑張るのも、そんなお母様の期待に応えたいからです。だから、これくらいへっちゃらです」
そう言って天道さんは切なげに目を細めた。
「……遠野くんとの関係も、ほんとはちょっとだけの息抜きのつもりだったんですけどね。遠野くんと一緒にいるのが楽しくて……」
「天道さん……」
「だ、大丈夫です! 流石にしばらく遊びには行けませんけど、すぐに点数戻しますから! そしたら……ええ、そしたらまた一緒に遊びましょ?」
「……うん」
――たぶん、嘘は言ってないんだと思う。
お母さんのことを尊敬しているというのも、期待に応えたいというのも本当だろう。
ただ『大丈夫』とは言っても『平気』とは言わなかった。
天道さんの声は本の少し震えていた。それに、僕といる時はいつも笑ってくれていたのに今は泣き出しそうな子供みたいな表情で……。
学校に到着した。
天道さんが顔に怪我したということで一時クラスは騒然としたけれど、天道さんは転んだだけとごまかしていた。
きっとひっぱたいたっていうお母さんを庇ってのことだろう。
……嫌な予感は、終わっていない。まだ何か起きそうな胸騒ぎがした。
そのまま放課後になった。
……天道さんはなんとなく、家に帰るのを怖がっているようだった。
「送っていこうか」
「え? でも……」
「いいよ。いつも迎えに来てもらってるんだし」
そうして途中まで一緒に帰ることになった。
いつもなら楽しそうな笑顔で僕に話しかけてくれるのに今日はほとんどしゃべらない。
僕から話しかけても逆に天道さんに無理させてしまいそうなので、お互い無言のまま帰り道を歩いて行く。
……僕が天道さんのためにできること、何かないだろうか?
――ある。
家は裕福じゃないし運動もいまいちで顔も普通。おまけにエロゲーオタクな僕が唯一天道さんに勝るもの。抵抗はあるけれど、それが少しでも天道さんの助けになるなら……。
そんな時だった。
「っ!」
天道さんが突然、何かにひるんだように立ち止まった。
「天道さん?」
怯えた様子だった。何事かと思って、天道さんの視線の先に目をやる。
そこには黒塗りの高級車と、その前に立つ黒い着物を着た女の人がいた。
その人はお付きの黒服の……たぶんボディーガードか何かを従え、鷹のような目でこちらを睨んでいる。目が合っただけで身体が竦むのを感じた。
「お母……様……?」
天道さんが掠れた声を上げる。
――そうだ。テレビで見たことがある。世界有数の大企業、天道グループを支える女社長。
いくつもの修羅場をくぐってきた者の威圧感というやつだろうか? ただ睨み付けられているだけで呼吸が苦しい。
「あなたが、遠野一真さんで間違いないでしょうか?」
「は……はい」
僕がそう答えると、天道さんのお母さんは丁寧に頭を下げた。
「お初にお目にかかります。天道ひとみと申します。すでにお察しのようですが、そちらの天道ことみの母でございます」
天道さんのお母さん――ひとみさんはそう言うと、僕を再び睨み付ける。
「忙しい身ですので本題から入りますが、金輪際ことみには近づかないようお願いいたします。また、明日からことみは別の高校に転校させますので」
「なっ!?」
「お母様!?」
天道さんが悲鳴のような声を上げた。
「待ってくださいお母様! 成績を落としたことであれば謝ります! あの時は体調が悪かっただけで次こそは必ず……」
「この期に及んでそんな言い訳をするのですね」
ひとみさんは氷のように冷えた声でそう言った。
隣にいた黒服の人とアイコンタクトを取る。すると黒服の人が車から紙袋を取り出した。
「それは……っ」
ひとみさんは紙袋の中身を道路にぶちまけた。
それは先日、天道さんと一緒に買った同人誌だ。
「母は失望しました。社会経験だと思って自由にさせていましたが、まさかこんな低俗なものにうつつを抜かすなんて」
ひとみさんは同人誌を踏みつけた。……頭がカッとして思わず叫びそうになった。
「やめてください!」
僕より先に声を上げたのは天道さんだった。見たこともない怒りの形相を浮かべ、ひとみさんを睨んでいる。
天道さんはそのままひとみさんに詰め寄る。一触即発の雰囲気に息が詰まるのを感じた。
「お母様。まずはその足をどけてください。それは、私の大切なお友達と買ったかけがえのないものなんです!」
「だまらっしゃい!」
ひとみさんは天道さんの頬をひっぱたいた。
だけど天道さんは一歩も引かない。キッとひとみさんをにらみ返す。
「いいえ黙りません! お母様の命令であっても譲れません! ……何度だって言います。その足をどけてください! それは、私の大切なお友達と買ったかけがえのないものなんです!」
「……なんですかその目は」
ひとみさんはは歯ぎしりする。
「少し前まではあんなに素直ないい子だったのに。どうやら悪い友達を持ってしまったようですね」
ひとみさんは汚らわしい物を見るような目で一瞬こちらを見た。
「やはり自由になんてさせるんじゃありませんでした。あなたは私の言うとおりに生き、私の選んだ人と交際しなさい。それがあなたの幸せなのです」
「お母様の人生を私に押しつけないで!」
天道さんは叫ぶように言った。
「私が人より恵まれてるのはわかっているつもりです……! けど……けどそれだけじゃずっと空っぽで……息苦しくて……。だけど遠野くんと出会って、毎日楽しくて……それでやっと本気で好きなものを……やりたいことを見つけられたんです! だから私はもう……お母様のいいなりになんてなりたくない!」
天道さんは詰まりながら、絞り出すように叫んだ。ボロボロと涙を流してはいるけれど、一歩も退かずにひとみさんに立ち向かっている。
ひとみさんは忌々しげにまた手を振り上げた。その時僕は――。
――これは、よその家庭の問題だ。
あくまでも自分は部外者だ。ましてや相手は世界有数の大企業の女社長とその娘。自分とは住む世界が違う。
ひとみさんの言っていることだって少々傲慢ではあるがちゃんと天道さんの将来を考えてのことなのだろうし、実際天道さんは成績を落としている。
だから、自分はここで口出しするべきじゃない。……ついさっきまで、そんなことを考えていた。
――馬鹿だった。
「っ!」
――僕は天道さんを庇って、代わりにひっぱたかれた。
「遠野くん!?」
――僕は、後悔していた。
こうやって天道さんを庇ったこと……ではなく、さっき天道さんがひっぱたかれた時に庇えなかったこと。
天道さんは、僕を大切な友達だと言ってくれた。一緒に買った同人誌を踏みつけられて怒ってくれた。『大切な友達と買ったかけがえのないもの』と言ってくれた。
他人なんかじゃない。僕にとっても天道さんは大切な大切な友達だ。
――そんな友達が泣いている。泣きながらでも必死に戦っている。
それを黙ってみているような腰抜けになるつもりはない!
「あなたは、間違っている」
それはありきたりな言葉だ。ひとみさんも鼻で笑った。
――考えろ。
「あなたでは、ことみさんを幸せにできない」
「部外者は黙っていなさい」
「部外者じゃありません。僕は、ことみさんの友達です」
ひとみさんは忌々しげに僕を睨み付けた。
心臓がわしづかみににされるような威圧感だった。流石は世界を舞台に戦う女社長と言うべきか、自分なんかとは格が違うと感じた。
逃げ出したいのを堪えて、拳を握りしめて視線を受け止める。
「確かに勉強は大切だし、ことみさんも少し自重すべきだとは思います。でも人によって幸せというものはまったく違いますし、どうかことみさんを信じてあげてほしいんです」
「子供では自分の人生を判断できません。このまま間違えた道を進み、後戻りできないような状態になればどうするつもりですか。そうならないよう管理し、しつけるのが親の仕事です」
「だからと言って、今ことみさんが大切にしているものを踏みにじって泣かせるのは正しいことなんですか……!」
「ええ。娘にどう思われようと、これが親の務めであり娘の将来のためです」
ダメだ。欠片も動じる気配がない。
――考えろ。考えろ。考えろ。考えろ。
こうやって口出ししたけれど、それでもやはり自分が家庭外の人間であることは変わりない。
そもそも、ひとみさんが強引に転校の手続きを取ったりしてしまえば僕にはもう打つ手がないんだ。
だから、なんとしてでもここで説得しなければいけない。世界を相手に戦うこの女社長が強攻策に出るのを思いとどまらせなければいけない。
「そもそも、あなたが娘を誑かさなければこんな問題にはならなかったのですよ?」
「誑かされてなんていません! 私が自分から遠野くんに……」
「天道さん」
天道さんを抑えつつ、その間にもひとみさんの表情を読む。
娘の涙ながらの言葉にも微塵も揺らがない。この人はきっと情では動かない、まさに難攻不落といった感じだ。
おそらく『ことみさんが可哀想』とか、そういった感情論では説得できない。……なら、どうする?
――こんな時ではあるのだけれど、僕の頭の中では今までにプレイしてきた無数のエロゲーのことが走馬灯のように次々に浮かんできていた。
『エロゲー』というといかがわしいものというイメージがあるかもしれないけれど、実際はストーリーが非常に優れているものもたくさんある。
元々エロゲーだったのが一般化され、世界的な大ヒット作品となったものや、エロゲーのシナリオライターだった人が作った映画が記録的な興行記録を飛ばしたのは記憶に新しい。
――そして、過去にやったゲームの一つに、今と似たようなシチュエーションがあったことを思い出した。
自分と行くのがヒロインのためだと強引にヒロインを連れて行こうとするライバルキャラと、それを止めようとする主人公の戦い。
そのゲームでは、主人公は本来魔法の方が得意なのだけれど、ライバルが得意とする剣のみで戦って勝つことでライバルを納得させた。
要するに、相手の土俵で勝つことで相手を納得させたのだ。
「あなたは、間違っている。だって……」
もう一度さっきの言葉を繰り返す。
――感情論で戦ってもひとみさんは納得させられない。
戦うなら、納得させるなら、相手の土俵でだ。
「あなたのやり方は、あまりにも勉強の効率が悪すぎる」
その言葉で、僕は反撃の狼煙を上げた。
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