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13 僕と天道さんの戦い 2
しおりを挟む「……なんですって?」
予想外の言葉だったのだろう。初めて僅かにひとみさんの表情が揺らいだ。
「効率が悪いと言ったんです。あなたのやり方は完全にことみさんの才能を潰しています。好きこそものの上手なれなんて言いますけどその逆も当然ある。こんなやり方で幸せになれるわけがない」
僕がそう言うとひとみさんは呆れたようにため息をついた。
「何を言い出すかと思えば。勉強が嫌いだと言うのは仕方のないことでしょう。その苦痛を乗り越えた先に幸せがあるんです」
「それが効率が悪いと言ったんです。だって……」
――ここで僕は、唯一無二の切り札を出した。
「あなたがそうやって育ててきたことみさんが、低俗なものにうつつを抜かして学校の授業以外はほとんど勉強していない僕に、一度もテストの点数で勝てたことがないんですから」
「――っ!」
初めてひとみさんの顔が歪んだ。
……天道さんに対しても相当ひどいことを言っている自覚はある。後で土下座でも何でもする。
けれどこれが唯一、僕がひとみさんに対して優位に立てる点だった。
「ことみさんは頭は間違いなくいいのに、勉強時間と成績が釣り合っていない。ストレスやプレッシャーは効率の低下に繋がりますし、良い点数を取ったとしてもそれが当たり前になってくれば達成感も味わえない。そんな状態じゃいつか破綻するのは目に見えています」
それっぽいことも織り交ぜてさらにたたみかけると、ひとみさんの表情はますます歪んだ。
会社を経営して来たと言うだけあって、この人は合理的な人なのだろう。おそらくは僕の発言の一部は正しいと、心のどこかで認めている。
「……僕がこういうものと出会ったのは、中学生の時でした」
僕は足元に散らばっていた同人誌を一冊拾い上げた。
「その時は……いじめられてて、成績も下の方で、毎日が苦しくて苦しくて……。でも、偶然立ち寄ったお店でこういう世界に触れて、元気を貰ったんです。『こんな世界もあったんだ』って」
今度は僕の方から、ひとみさんをまっすぐに見つめる。
「程なくして、母にバレました。でも母は『好きになったならそれでいいじゃない』とあっさり受け入れてくれました。それが嬉しくて……そこからある勉強法を編み出して、成績が跳ね上がりました」
「……ある勉強法?」
「はい。あなたが言う低俗なものに触れていたからこそ編み出せた方法です」
疑うような視線を向けられている。けれど少なくとも、僕がこういうものをやっていて、その上で成績トップなのは動かしようがない事実だ。
「……もうすぐ中間テストです。どうか、ことみさんを僕に任せてくれませんか? 必ず成績を立て直してみせます」
「……いいでしょう」
その言葉にホッと胸をなで下ろす。だけど――。
「ただし、条件があります」
「条件?」
「ええ。娘の貴重な時間をよこせと言うのです。……次の中間テスト、娘が高校に入って以来の最高得点を取ること。それができれば私のやり方が間違っているというあなたの言い分を認めましょう。それで成績を維持している限りはもう口出ししません。ですが……」
ひとみさんは冷たい笑みを浮かべた。
「できなければ娘は今後一切こういった低俗なものは禁止。また、大学を卒業するまでは私の指示に口答えすることなく、全て従ってもらいます。交友を持つ相手、結婚する相手も私が選びます」
「……っ! それは……」
「怖じ気づきましたか? 大口を叩いたのです。これくらいはやって見せてもらいませんと」
――あまりにも横暴だ。そんなの、天道さんの人生を左右するようなレベルだ。
……ひとみさんは不敵に笑っている。たぶん、これで僕が怖じ気づいて断ると思っているのだろう。
だけどその時、僕の手が温かい感触に包まれた。
「……天道さん?」
天道さんは固く握っていた僕の拳をほどくと、指を絡めてキュッと握った。
「遠野くん。……信じて、いいですか?」
その言葉からこれ以上ないくらいの信頼を感じた。
こんな時だけど、そのことが嬉しかった。
「……大丈夫。僕が、天道さんを幸せにしてみせる」
「……はい!」
天道さんは僕の手をさらに強く握りしめ、まっすぐにひとみさんと向かい合った。
「お母様。その条件……お受けします!」
天道さんは、流石にこの状況で家に帰るのは嫌だということで、中間テストが終わるまで僕の家に泊まることになった。
母さんと二葉は、天道さんがお泊まりするということで最初は大騒ぎしていたけれど詳しく事情を話すと神妙な顔で受け入れて、応援してくれた。
『よくやったわ、流石は私の息子ね』と背中を叩いてくれて、嬉しかった。
そして僕の部屋に入り、扉を閉める……と。
「あ……」
へなへなと、天道さんがひざから崩れ落ちた。
「天道さん!?」
「だ、大丈夫……です。あの……遠野、くん。手を……握ってくれませんか……?」
言われた通り手を握ると、びっくりするぐらい冷たくてかすかに震えていた。
天道さんはすがるように僕の手を両手で握る。
「私……お母様に逆らったの、生まれて初めてで……この部屋に戻ってきて、緊張が解けたら……怖くて、不安で……」
無理もないと思った。
ひとみさんを実際に見て確信したけど、天道さんはこれまでずっとあの人に束縛されてきたんだろう。
けれどそれは見方を変えれば、ずっとひとみさんに守られてきたとも言える。そのひとみさんに逆らって戦うというのが不安でたまらないのだろう。
……少しためらいはあったけど、思い切って天道さんを抱きしめた。
肩幅が狭くて、思ったよりも小さく感じる。
――愛おしいと感じた。
これまでどれだけ仲良くなってもどこか遠く感じていた天道さんを、初めて護ってあげなきゃと思った。
――そのまま五分くらいたっただろうか?
天道さんの身体の震えも収まって、どちらともなく身体を離した。
顔が熱い。天道さんも頬を染めて僕と視線を合わせられないでいる。
「ご、ごめん断りもなく急に……」
「い、いえありがとうございますおかげで落ち着きました。た、ただ……これちょっと……恥ずかしいですね……」
恥ずかしがっている姿が可愛くて、思わずドキドキしてしまった。
そんなこんなあったけど、今の状況をまとめよう。
中間テストまでは残り十日ほど。
ひとみさんを納得させるには過去最高得点を取らなければいけない
「ちなみに天道さんのこれまでの最高得点って何点なの?」
天道さんは目をそらした。
「天道さん?」
――聞くと、過去最高点数はケアレスミスで一問だけ落とした時のやつ。
うん、まあ、要するにだ。ひとみさんとの賭けに勝つにはそれ以上を取らなきゃいけないんで全教科満点取るしかないと……。
しかもその時は期末テストで範囲が狭く、全体的に平均点も高かった。でもって今度僕達が受けるのは中間テストで範囲が広くてかなり不利……と。
きっとひとみさんはこれも計算に入れていたのだろう。流石と言うべきか汚いと言うべきか……。
「そ、それじゃ時間もありませんし、さっそく勉強はじめましょうか」
「…………」
「……遠野くん?」
「普通のやり方では厳しいと思う」
ただでさえ厳しい全教科満点。その上天道さんは一度勉強をサボって成績を落としている。
今から普通に勉強してもおそらく勝つのは難しい。
だけど、天道さんは僕に自分の人生を預けてくれたんだ。
「天道さん。僕、天道さんのお母さんに『特別な勉強法をしてる』って言ったよね?」
「え? あ、はい」
「その……それで、このノートなんだけど……」
僕はノートを取り出す。……それは以前、天道さんが見せてくれとせがんで僕が逃げ回った極秘ノートだ。
「見てもいいんですか?」
「…………うん」
僕がうなずくと、僕の緊張が伝わったのか、天道さんも神妙な面持ちでノートを開いた。
「こ、これは……!?」
ノートを見た天道さんが目を丸くした。僕の顔とノートを何度も見比べる。
「えと……絵、お上手ですね……」
「あ、ありがとう……」
――僕の極秘ノート。それは日々の勉強を漫画形式にして書いたものだ。
関連付け記憶法。――一般的なやつだと年号を語呂合わせで覚えるとかが近いだろうか? 要するに覚えたいことと別のことを組み合わせて覚えるやり方だ。
学校の授業とかで聞いたことはなかなか覚えられないけれど、好きなゲームや漫画の設定なんかはいくらでも覚えられるというのは誰でも経験があることだろう。
僕はそれを発展させ、授業の内容をオリジナルの漫画形式にして記憶している。
「けど……これって……えーと……えっちぃ……ですね……」
「うぐっ!?」
「『うふふ、これが終わったらご褒美あげるからね』『この問題が解けるなんて流石なのですご主人様!』『ん……そんなとこ触っちゃだめなのぉ』」
「音読やめて!? わりと真剣に泣きたくなるから!」
でだ。こういうのは好きなものだからより効果があるわけで……でもって僕はエロゲーが好きなんで……いわゆる大人向けなシーンもある。たっぷりある。
さらに言うと、僕はいわゆる男の娘が女の子とイチャイチャしてるのが一番好きなので……。
「あ、あと……えーっと……なかなか……マニアック……ですね……」
「ひぐうっ!?」
「た、ただ普段からえっちなゲームやってるんで今更と言えば今更なんですけど……高校生でこういうの描くのはどうかと……」
「はぐうっ!?」
「うわぁ……うわぁ……こんな格好でこんなところで……」
「て、天道さんお願い……もうそれ以上リアクションとらないで……死んじゃう……
好きな女子に自分が描いた男の娘系エロ漫画を見られるという拷問を乗り越え、立ち上がるのに十数分かかった。
「……僕もさ、エロゲーとかエロ漫画とか、そういうクリエイターの世界に憧れてたんだ」
「憧れてたって……諦めたんですか?」
「うん。厳しい世界なのは知ってるし、うちってそんなにお金ないからね。良い大学に行って、安定した職業について、母さんを楽させてあげたいなって」
「お母さん想いなんですね……」
「……ってごめん! 天道さんはお母さんと……その……」
「いいですよ。お母さん想いな遠野くん、素敵だと思います」
天道さんはそう言ってくすりと笑ってくれた。
「それで、遠野くんみたいに私も物語形式で覚えればいいんですか?」
「そうだね。例えば天道さんの好きなもの……シロのことならものすごく細かい設定まで覚えてるよね?」
「それはもう! シロちゃんのことなら身長体重スリーサイズ、趣味に好物に得意魔法、エッチの時のシチュエーションやどんなあえぎ声だったかまでなんでも即答できる自信がありますよ!」
「オ、オーケー。それじゃ試しにシロと一緒に勉強するってシチュエーションで物語を作ってみて、それで覚えてみようか」
「はい!」
そうして天道さんは僕の言うとおり、あれこれ物語を作りながら勉強していく。
天道さんは本当は勉強が嫌いだと言っていたけれど、この方法で勉強している時は楽しそうだった。それだけでもこの勉強法には効果があるだろう。
だけど……。
「このやり方で勉強してれば、満点取れますかね?」
「いや……この方法だけでも成績は上がるかもしれないけど、これだけだと厳しいと思う」
そうだ。これだけじゃ足りない。
何よりネックになるのは回答にかかる時間だ。勉強した内容を直接覚えるのではなく物語として覚える関係上、記憶を引っ張り出すのに少し時間がかかる。
そして時間がかかれば余裕がなくなり、見直す時間が無くなったことからくるケアレスミスも増えていく。
天道さんならだいたいの問題は自力で解けるとおもうけど、そのケアレスミスこそが最大の敵だ。
「……確かに、普通に解くより少し時間がかかってますね……。けれどこれはもう、仕方ないのでは? 後は私がミスしないように頑張って……」
「いや、そんな不確実な方法に天道さんの人生は賭けられない。それに、この方法にはもう一段階先がある」
「……先?」
「うん、どう説明すればいいかな……簡単に言うと……」
そう言って天道さんに説明しようとした、その時だ。
「お兄ちゃん、天道さん。晩ご飯できたよー」
勉強に集中して気づかなかったけど、いつの間にかそんな時間になっていた。
まるで見計らったかのようなタイミングで二人のお腹も『ぐぅ』と鳴って、思わず二人で笑ってしまった。
「先にご飯、食べようか」
「そうですね。そうしましょう」
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