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15 僕と天道さんの戦い 4
しおりを挟むあっという間に時間は過ぎていき、テスト前日の放課後。今日は朝から雨が降り続いていた。
天道さんと並んで傘を差して、帰り道を歩いていく。
「天道さん、自信の方はどう?」
「ばっちりです! ……とは言えませんね。結局、遠野くんが言っていた『アレ』は習得できないまんまですし」
「それは仕方ないよあれは裏技というかバグ技みたいなものだし。大丈夫、天道さんは必死に頑張ってきたんだし、実力を出し切れたら問題ないよ」
「ええ、もちろん頑張ります。こんなに真剣に勉強したの、生まれて初めてですから。だけど……もし……」
天道さんはふわりと表情を緩めた。
「たとえ駄目で転校することになっても、遠野くんと一緒にすごしたこと、ずっと忘れませんから。それできっと……いいえ絶対、また会いにきます。その時はまた、一緒に遊んでくださいね?」
天道さんのその言葉に目頭が熱くなるのを感じた。
「なんて、駄目だった時の話をするもんじゃありませんよねこういう時は」
「そうだね。……何はともあれ明日が決戦だ1 悔いのないようにしよう!」
「はい!」
そうして歩いている内に、川を見下ろせる道に出た。ここからもう少し歩けば僕の家だ。
「川、ずいぶん増水してますねー」
天道さんの言葉に川の方に目をやる。いつもは穏やかで水かさも僕の膝下くらいまでしかないのだけれど、今日はずいぶんと勢いを増していて茶色く濁った水が流れている。
――『きゃんきゃん』と、川の方から犬の鳴き声がした。
「っ!?」
鳥肌が立った。視線を走らせ、鳴き声の出所を探す。そしてそれはすぐに見つかった。
「ああっ!?」
雨で増水した川の中州に子犬が取り残されていた。今にも流されそうになっている。
「遠野くんこれ持っててください!」
僕に鞄を押しつけると、天道さんは迷わず駆けだしていた。
濡れるのなんて一切気にせず、増水した川に入っていく。
「天道さん危ないよ!?」
「だからってほっとくわけにもいかないでしょう! このままじゃあの子死んじゃいます!」
――天道さんは元々動物が好きだった。だからってこれは……いくらなんでも無茶だ。
天道さんは腰まで川につかりながら犬に近づいていく。僕も意を決して天道さんの後を追った。
「もう大丈夫ですから、大人しくしててくださいね」
天道さんは先に犬のところまでたどり着いた。犬は幸い、抱き上げた天道さんの腕の中に大人しく収まっている。
「天道さん大丈夫?」
「はい、どうに……きゃあっ!?」
天道さんが足を滑らせた。天道さんの身体が水の中に沈んで見えなくなる。
僕は咄嗟に、飛び込むようにして天道さんの腕を掴んで無理矢理引き上げた。
「天道さん大丈夫!?」
「ケホッ、ケホッ……。……なんとか……っつ!?」
「どうしたの!?」
「すいません、足……ひねっちゃったみたいで……」
「……しっかり掴まってて」
「え? ――きゃっ!?」
僕は犬を抱えた天道さんを抱き上げた。ちょうどお姫さま抱っこの形だ。
正直服が水を吸って重いんだけど火事場の馬鹿力というやつか、どうにか天道さんを抱いたまま岸まで行くことができた。
岸までたどり着くと犬はぴょんと天道さんの腕から飛び降りる。そしてお礼を言うように『わんっ!』と一声鳴くとどこかに走って行ってしまった。
「ふう……よかった。一時はどうなることかと思った。天道さんも少しは反省してよ? あんまり無茶は……天道さん?」
天道さんが、まるで初めて僕を見たかのような目でまじまじと僕を見つめていた。
「どうかした?」
「い、いえ。なんでも……痛っ!?」
天道さんがバランスを崩しかけたんで慌てて抱きとめた。どうやらさっき川の中でひねったところが痛むようだ。
「大丈夫?」
「だ、大丈夫ですこれくらい……っく!?」
「……乗って」
天道さんに背中を向けてしゃがんだ。思ったよりひどいみたいだしおんぶしていくしかないだろう。
「だ、だけど……」
「いいから」
有無を言わさない口調で言うと、天道さんは大人しく従ってくれた。
「お、重くないです?」
「平気だよこれくらい」
本音を言うとあんまり平気じゃないんだけど、ここは強がっておく。
「遠野くんも、やっぱり男の子なんですね……」
「え? 今さら?」
「えと、気を悪くしないでくださいね? 正直これまであんまり意識してなかったというか……遠野くんって同性愛の方ですからあまり警戒もしてませんでしたし」
「その勘違いまだ続いてたの!?」
「あ、大丈夫です。それなりに長い付き合いなのでその辺はちゃんと理解してます。遠野くんは男性的な男性ではなく、男の娘っていう女性的な男性が好きなんですよね?」
「なんか余計ややこしくなる勘違いのされ方してる!?」
もしかしてこれまで布団とかに潜りこんできたのもその勘違いがあって警戒されてなかったのだろうか?
天道さんが来てくれなくなるかもとちゃんと説明しなかった僕が悪いんだけど、まさかここまで――と。
「へくちっ」
天道さんがくしゃみした。
「……ちょっと早足で帰るよ。しっかり掴まっててね」
「は、はい!」
背中に感じる柔らかい感触は頭からいったん締め出す。
……何か、嫌な予感がした。
テスト当日の朝。
「けほっ、けほっ」
「三十八度二分……か」
天道さんが体調を崩した。ベッドの中で咳き込んでいる。
「だ、大丈夫です! これくらいへっちゃらです! ……けほっ」
強がっているけど明らかに辛そうだ。
最悪だ。どうしてよりによってこのタイミングで……。
……間違いなく昨日川に入ったのが原因だろう。
後悔した。昨日、天道さんが川に入ろうとしたところで止めていれば……いや、男の僕が先に駆け出してあの犬を助けていればこんなことには……。そう思うと情けない気持ちになってくる。
「一応聞くけど、学校を休むって選択肢はないよね」
「当たり前です。それだけはあり得ません」
「じゃあ、せめて保健室で受けるって形に……」
そう提案すると、天道さんは静かに首を横に振った。
「本音を言うと今、泣いちゃいそうなくらい不安なんです。それでも近くに遠野くんがいてくれたら、ちょっとだけ安心できますから……。だから、最後まで一緒に……」
天道さんはきゅっと僕の手を握ってくる。その小さくて柔らかい手を僕もぎゅっと握り返した。
その後、タクシーを呼んで二人で学校に向かった。
最初のテストは数学だ。
朝のホームルームが終わってからテストが始まるまでの僅かな時間、最後のあがきとして二人でノートに目を通す。
……元々天道さんが一番苦手としている教科だ。しかも熱で消耗している今の天道さんに複雑な計算は負担が大きいはずだ。
ここで駄目ならばいきなり終わってしまう。そのプレッシャーも相当なものだろう。
けれど逆にここを乗り越えてしまえば今日の残りの教科は天道さんの得意教科ばかりだし、明日になれば体調も多少はマシになっているかもしれない。
この数学が最初で最大の山場だ。
「天道さん大丈夫? いけそう?」
「…………」
「……天道さん?」
「……はっ!? だ、大丈夫です! 私、元気いっぱいですから!」
……完全な空元気だ。熱も上がってしまっているかもしれない。
――今から僕にできることはほぼない。後は天道さんを信じるしか……。
そして、無情にも予鈴の音が鳴り響く。担当の先生が教室に入ってきて、教科書をしまって席に着くようにと声を上げている。
「……頑張って」
「はい……」
天道さんは弱々しく笑った。
そして、テスト開始を告げるチャイムが鳴った。
クラスのみんなが一斉に、あらかじめ机の上に伏せられていたテストの用紙をめくる。
僕はまず、一通りの問題に目を通した。
(まずい……)
文章問題がかなり多い。熱で意識が朦朧としている天道さんには厳しすぎる相手だ。
ちらりと、僕は天道さんの方を見た。天道さんは僕の斜め前の方の席なんでこうして様子はうかがいやすい。
そして天道さんの様子はというと――後ろから見てもわかるくらいふらふらだった。
ペンを握る手は震えていて、動きも遅い。明らかに限界が近い。
――そのまま時間だけが過ぎていく。
僕は自分のテストにはほとんど手をつけれていなかった。その代わり、両手を組み合わせてただ心の中で天道さんを応援する。
……テスト時間はもう残り半分程度。だけど相変わらず天道さんの手の動きは遅い。このままでは間に合わない。
……天道さんの肩は細かく震えていた。たぶん、泣いている
天道さん自身もこのままじゃ終わってしまうことをわかっているんだろう。それに抗おうと、一人で必死に戦っている。
その姿に胸が痛んだ。だけど自分はここから心の中で応援することしかできない。テスト中に他の人に干渉する方法なんて……。
――ある。
干渉と言っても大したことはできない。
答えを教えることはもちろん無理だし、声をかけて励ますこともできない。
だけど天道さんは僕と一緒にいると落ち着くと言ってくれた。僕とふれ合っていると安心すると言ってくれた。
テストは天道さんを信じるしかない。だけど、ほんの小さな後押しだけでも――。
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