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16 僕と天道さんの戦い 5
しおりを挟む天道ことみは、泣いていた。
熱で頭がボーっとして考えがまとまらない。体温は上がっているはずなのに手足の先が冷たい。寒気がするのに背中には汗をかいている。
問題を解く手が一向に進まない。時間はもう半分過ぎるのに、答案用紙まだ三分の一も埋まっていない。
(いやだ……)
必死に、かじりつくように問題を解いていく。
でも熱に浮かされた頭はいつものように動いてくれない。単純な計算すら間違えて、それに気づいて直している間に無情に時間は過ぎていく。
(いやだ! いやだ! いやだ! いやだ!)
――心のどこかで、もう無理だと諦めている。
だけどそんな現実に抗ってことみは必死に戦い続ける。なのに思うような結果が得られない。
嗚咽がこらえられなくなってきて、解答用紙にぽろぽろと涙が落ちた。
(だめ……私はもっと……遠野くんと……)
それでも歯を食いしばって問題を解き続ける。
(私はもっと、遠野くんと……もっと一緒に、もっといろんな……だから、だから……!)
意識が朦朧とする。いっそ全てを諦めてこのペンを投げ出してしまえばどれだけ楽だろう。じわじわと諦観が心を満たしはじめる。
けれど、そんな時だった。
「先生、トイレに行ってもいいですか」
後ろ――遠野一真の声でことみはハッとした。
担当教師が一真の言葉を了承した。後ろで一真が席を立つ音が聞こえる。気配が近づいてくる。
そして一真が隣を通り過ぎるとき、ポンと軽く肩を叩かれた。
思わず視線を上げる。ほんの一秒ほどであったが、一真と目が合った。
(大丈夫)
(天道さんならできるよ)
(信じてる)
なぜだか、そんなことを言われた気がした。
そのまま一真は教室を出て行く。ことみは目をぱちくりさせながらその姿を見送った。
――一真はそれを、ほんの小さな応援のつもりでやった。
けれどことみにとって、その行動の効果は絶大であった。
トクン、トクンと心臓が高鳴っている。
さっきまでの焦って半ばパニックになっていた時のものとは違う、温かい鼓動を感じる。
寒気が消える。どこからか元気が湧いてくる。
「すー……はー……」
ことみはペンを置いて深呼吸した。
そしてまるで瞑想するように目を閉じて、ジッと動かなくなる。
何も知らない者が見れば、ただでさえ少ない残り時間をみすみす減らす自殺行為にしか見えないだろう。
だが……これが彼女の最後の切り札。一真の指導の下では習得が間に合わなかった、正真正銘のとっておきだ。
――意識をぼんやりさせながら、一真と交流を持つようになってからのことを振り返る。
そういえば最初は、勉強の秘訣を知るために彼に話しかけたのだった。
それがシロに一目惚れして、エロゲーにどっぷりつかることになるなんて思いもしなかった。
そんなことを考えてことみはクスッと笑みを浮かべた。
――楽しかった。すごく楽しかった。
シロはもう本当に可愛くて、見ていると幸せな気持ちになって、胸がキュンキュンして……。
でも、何より幸せだったのは……隣に一真がいてくれることだった。
一真は初めての友達で、自分が変なことをしたらつっこんでくれて、今まで知らなかったいろんな世界を見せてくれて……。
――最初はシロ目当てだったのが『遠野くんと一緒にいる』こと自体が楽しみになったのはいつからだっただろうか?
――いわゆるオタク文化を知りたくて一真に話しかけていたのが、一真ともっと仲良くなりたいからオタク文化を勉強するようになったのはいつ頃からだっただろうか?
きっと、同人誌を捨てられるとかエロゲーができなくなるだけだったら自分はここまで必死にならなかっただろう。
――私が欲しいのは、私が離したくないのは、私が……ずっとずっと一緒にいたいのは……。
(神さま、一生に一度のお願いです)
天道ことみは生まれて初めて、心から神に祈った。
(私に、力をください……!)
(私はもっと、ずっと……遠野くんと一緒にいたいんです……!)
そうしていると――ふわり、と。どこからか温かい風が吹いた気がした。
『まったく、仕方ないですねご主人様は』
「……へ!?」
――目の前に、シロがいた。
白い髪に小さな身体。ピンと立った狐耳にもふもふな尻尾。何度も画面越しに見たり妄想したりしてきた狐少女、シロだ。
ことみが目を白黒させる間に、シロは答案用紙に視線を落とす。
『どうしましたか? 手が止まっていますよ? もう時間もありませんし、急がないと』
「え、あ……この問題、解き方がわからなくて」
『しっかりしてください。そこは昨日遠野さんとやったでしょう? ここはこうして……』
「あ……そ、そうでした! ありがとうございます!」
『いえいえ。……あとここの問題、見落としがありませんか?』
「えっ!? あ、本当です……」
「もう、仕方ありませんね。ちょっと失礼します」
「ふわわ!?」
もぞもぞとシロがひざによじ登ってきて、ちょこんとことみのひざに座る体勢になった。
軽い体重を感じる。もふもふな尻尾が身体に押しつけられる。
『……よだれ、垂れてますよ?』
「はっ!? す、すいません! あまりにも可愛くてつい……」
『……別にかわいくないです……』
シロは恥ずかしがってそっぽを向いてしまった。そんな仕草もまた可愛くて、ことみは軽くヘヴン状態になりかけながらもどうにか耐える。
『そ、そんなことより問題を解きましょう! もうあまり時間はありませんよ!』
「は、はい!」
†
(“入った”……!)
トイレから戻ってきた時、天道さんがものすごい早さで問題を解きはじめていたことで彼女がその領域に至ったのだと僕は確信した。
その名も『空想現界イマジナリーワールド』。
好きなキャラの妄想を最大限に発揮し、その姿を五感に感じるほどにまで深化させる妄想+自己暗示の極地。
イマジナリーフレンドや、ネット民なんかの一部で知られる人工妖精みたいなものだ。
……中学二年生の時に編み出した技なのでネーミングに関しては許して欲しい。
――『忘れる』というのは、頭の中から消えてしまうのではなく、記憶をどこにしまったのかわからなくなったような状態らしい。
実際のところ、脳の記憶容量っていうのは一生の全ての出来事を覚えきれるくらいはあるんだとか。
ふとしたきっかけでずっと忘れていた昔のことを思い出したりすることがあるのはそういうことだ。
空想現界イマジナリーワールドは自分の頭の中に好きなキャラを形成し、そのキャラに記憶の整理や思考なんかを補助してもらう技だ。この技を使うことによって勉強した内容をいつでも瞬時に引き出せるようになる。
……他の人に話したらだいたい『何言ってんだこいつ』って感じの目で見られるけどね。実際天道さんに話した時にも軽く引かれたし。
天道さんは迷いなくペンを走らせていく。……天道さんはもう安心だ。
――この能力はあくまでも自分の実力を百パーセント引き出すための技。普段からある程度の努力をしている人でないと真価は発揮できない。
だけど、天道さんはその積み重ねをずっとしてきた。その努力は絶対に天道さんを裏切らない。
――さて、あとは……。
『なに師匠面してるのニャ! これで一真が赤点取ってちゃ師匠の面目丸つぶれニャ!』
僕が初めて手を出したエロゲーの猫耳ヒロイン、ニャーコがそう騒ぎ立てる。
『そうですよ。僕もお手伝いしますから、頑張りましょう』
僕が男の娘主人公にはまるきっかけとなった恵くんが答案用紙をのぞき込む。
『最後まで油断するでないぞ? ことみが満点をとってもお前が赤点ではあの母君が難癖つけてくるかもしれんからの』
『ねーねーお兄ちゃん、早く終わらせちゃおー?』
『ふふ、終わったらたっぷりご褒美あげちゃうからぁ』
僕もイマジナリーワールドを発動させる。僕の周りに居並ぶのはこれまでやってきたエロゲーのお気に入りヒロイン達。
「うん。みんな、今日もよろしくね」
くるくるとペンを弄び、僕もテストに取りかかった。
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