血まみれの王妃は冷酷王の愛を乞う

斑猫

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婚姻式

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濡れたまま毛布でくるまれリチャード様に
馬に乗せられる。
私を後ろから抱えたまま馬を走らせる
リチャード様。とばしている。
付き従うのは四騎の騎士のみ。
モルトン卿がお待ち下さいと叫んでいるが
振り返る事すらしない。

そのまま城まで駆け抜けた。

城に着くと私は侍女達に引き渡された。

「何でもいいから乾いた服を着せて来い。
時間がない。さっさとしろ」

言い付けられた侍女も困惑顔だ。
何でもいいって……。

「何かお急ぎですか?」

「お前との婚姻式だ。今すぐに行う。
さっさと終わらせて俺は戦場に戻る」

「は?」

「頭の悪い女だな。戦場に戻ると言って
いる。どうせ婚姻証書に名前を書き込む
だけだ。すぐに済む。
したくもない結婚のために戦場を抜けて
来たのだ。嫌な事はさっさと済ませたい」

したくもない結婚。
嫌な事はさっさと済ませたい?
戦艦消失の賠償金代わりに花嫁に望まれた
訳ではないの?

私はリチャード様にに望まれていない?
婚約を解消してまで要求に従ってこの国に
来たのに。
リチャード様の私を見る目は冷たい。
私はこの方に好かれたいと思ったのに
惨めだ。

それに戦場を抜けて来たとは……。
ゴードルはどこと戦争を?
何も聞かされていないし調べもしなかった。
この一月、
何をしていたのだろう私は。
自分が嫁ぐ国なのに。恥ずかしい。


「……そうですか。それでしたらこのままで
構いません。どうぞ式をとり行って下さい」

「……そうか。ではそのまま付いてこい」


オロオロする侍女達に頷くと私は歩き出す。
濡れたドレスが重い。ヨロヨロとエスコート
なしでリチャード様の後に続く。

城の礼拝堂。
待っていた司祭様が私を見て驚く。

「ひ、姫君のそのお姿は?何て事だ!
びしょ濡れではありませんか。
それにお顔の色が真っ青です。
ああ、そんなに震えられて。
何をしておられるのです?早くお着替えを!
それに医者を呼びましょう!!」

良かった。司祭様はまともな反応だ。


「時間の無駄だ。祈りも誓いもいらん。
婚姻証書をこれに持て!さっさと署名する」

「王よ!なんと無茶な事を。
神聖な婚姻の儀をなんと心得ますか!」

「くだらん。神聖も何も四度目だ。
どうでも良い。議会の決定には従うのだ。
文句を言うな。
うるさい事を言わず早くしろ。
お前も首をはねられたいのか?」

議会……成る程。冷酷王も政治的には
貴族議会は無視できないのね。
私との結婚は議会の意向か。

「司祭様、私は大丈夫です。
どうぞ結婚証書をお持ち下さい」

ここでに逆らいこれ以上疎まれて
お前はいらない。賠償金を寄越せと
言われては母国が困る。

私は心を殺す事を決めた。
どのような扱いにも逆らってはならない。

婚姻証書が目の前の署名台に置かれる。
王がさらさらと先に署名し、
ジロリと私を睨む。

羽織っていた毛布を床に落とすと、寒さと
屈辱で震える手で署名した。
美しい書体の王の名の隣に
ガタガタと震えた私の名が並んでいる。
水滴が垂れ一部滲んでしまった。

「これでお前は俺の妻だ。では行く」

短い言葉を残し王はそのまま礼拝堂に
私を残し去って行った。
戦場に戻られるのだろう。

姿勢のいい背中を見送りながら
胸の痛みに耐えた。
幼馴染みとの婚約を解消して僅か一月。
いくら命を助けてもらったとは言え
噂通りの冷たい王。

なぜ、私はあの方が好きなの。
一目惚れなどあり得ない。
自分の気持ちが、ままならない。

私を冷たく睨む男と濡れそぼったドレスで
署名するだけの婚姻式を終えた。

この先、どう生きていけばいいのだろう。
王の姿が見えなくなると気が抜けたのか
立っていられず膝をつく。

「姫君!」

司祭様が毛布を私に被せ体を支えてくれる。
若い神官が人を呼びに走る。

「司祭よ。姫ではありません。
私は王妃です」

精一杯の虚勢を張った。
司祭様はハッとした顔をされた後、
ゆっくりと頷かれた。
侍女達がわらわらと慌てながら礼拝堂に
集まってくる。

「早く妃殿下に着替えと医者を!」

司祭様の言葉に侍女達が頭を下げる。
私は司祭様に頷くと侍女に連れられ
礼拝堂を後にした。

「フェリシア様!」

アンナにエミリ。モルトン卿が走って来る。

「フェリシア様、ああ!ご無事で!」

エミリが泣きながら私の無事を喜ぶ。

「まだそのような格好で!
あなた達は一体、何をしていたの!」

アンナが侍女達を叱る。

「ああ、皆のせいではないわ。アンナ、
無事に婚姻式を終えたわ。私が王妃よ」

「ええ?そのまま婚姻式をしたのですか!
なんて事を……いくら急いでいるからと
あんまりななさいようです」

アンナが嘆く。

「とにかく早く湯浴みを!妃殿下、
触れるご無礼をお許し下さい」

モルトン卿に毛布ごと抱き抱えられ
運ばれる。
気持ちも体も限界だった。
私はそのまま意識を失い三日程、
熱で苦しんだ。

三日後、何とか体を起こせるように
なると身の回りの世話をしてくれる
アンナやエミリの顔が暗い事に気づいた。
何かあったのだろうか。

「……何かあったの?」

かすれる声でアンナに尋ねる。
するとアンナが目を伏せる。
エミリはオロオロしている。

「実はフェリシア様の……いえ、王妃様の
左足の痣がひどくなっておりまして。
どうしたものかと。
陛下がお戻りになりましたら初夜も
ございますし……侍医に相談すべきかと」

アンナが気遣わしげに言う。
痣?ああ、あの船幽霊に捕まれた所ね。
ひどくなった?
痛みはないけれど?

布団をめくり左足を見る。
足首に包帯が巻いてある。

「確認したいから包帯を取ってくれる?」

「驚きませんように。ただの痣ですから」

……そんなにひどいの?
不安になる。
アンナが包帯を取り、あててあった湿布を
外した。

左足の足首の痣。
黒い手の形をしていたのに、今は……。
人の顔だ。
目があって鼻があって口がある。
どう見ても人の顔に見える。
なに?これ……。
恐る恐る手で痣に触れる。
すると痣の目がパチリと開いた。
ギョロリとした目と視線が合う。

私は悲鳴を上げた。
気を失うまで叫び続けた。








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