【完結済】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

水鏡こうしき

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7/重なる身体

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 電話の相手は大家さんだった。なんでも、賃貸契約の書類で、一ヶ所サインと捺印の抜けがあったらしい。本来ならば許させることではないんだろうけれど、大家さん幼馴染みの父とわたしの中なのだ、咎めるのはおば様大家さんの奥さんくらいだろう。



「いやー、すまんなほたる。ワシのおっちょこちょい属性、発揮してしまった」
「おじ様、そんな属性持ってたんですか?」
「まあな!」

 定時で退社をし、真っ直ぐ帰宅。変な気を使わせたら悪いだろうと思い、今日の夕食はレトルトのカレーと、簡単なサラダで済ませることにした。たしか野菜室に使いかけのレタスにトマト、それに戸棚にコーン缶があったような気がする。今日は大家さんが帰ってから、ささっと夕食を済ませてお風呂に入ろう。

「じゃあ、すまんがお邪魔するぞ」
「どうぞ」

 年中日焼けして浅黒い肌と、筋肉質な体に不似合いなカッターシャツ姿。ネクタイは既に弛めており、きっとおば様に見つかったら叱られるだろうなという格好の大家さんは、フルネームを大家 銀治郎ぎんじろうという。
 大家という名字でアパートの大家なものだから、営業の時に話のネタになると、とおやが話していたっけ。

 そう、とおや。そのとおやが──。

「とろこで、どうしてとおやがいるんですか」

 おじ様の後ろには、何故かスーツ姿のとおや。「よ!」と片手を上げると、何の迷いもなく部屋に上がり込んでくる。


(こいつ……昨日の今日で、よくノコノコと)


「いやー、流石にこんな時間にワシ一人で女の子の部屋に行くのは不味いだろうって、かあちゃんが」
「はあ……」
「それに今回の書類、この四月からちょっと形式が変わってな。それ故のミスだったんだが……ついでに桃哉に教えておこうと思って」
「そうですか……」

 鞄から書類をごそごそと取り出す大家さん。わたしも用意していた印鑑をテーブルに置き、準備中満タンだ。

「……あれ」
「どーした親父」
「……印鑑忘れた」
「……はあ!?」

 鞄の中身を全て取り出すも、印鑑は見つからないようだ。少し白髪の混じる短髪を乱暴に掻きむしると、大家さんはすく、と立ち上がった。

「悪いほたる。ちょっと事務所に取りに行ってくる。時間は大丈夫か?」
「それは問題ないですけど」

 どうせ夕食はレトルトカレーだ。急ぐ必要などない。

「桃哉のことは放っといて、晩飯食っててもいいからな」
「え……あ、はい」
「急いで戻るから!」
「急ぐと危ないので、安全運転ですよ!」
「おう!」

 バタバタと部屋を出ていく大家さんを見送ると、徐にとおやが立ち上がった。どこに行くのかと見送ると、どうやら玄関の鍵を閉めに行ってくれたようだった。

「……ありがと」

 上着を脱いでわたしの正面に座ったとおやは、壁掛け時計をちらりと見やる。時刻は十八時二十分。

「……親父、ここに戻ってくるのは七時くらいになるだろうな」
「そっか」
「四十分位か」
「それが、どうかした?」

 じいっと、正面から顔を見つめられる。何を思ったのかとおやは、そのままわたしの隣へと腰を下ろした。

「昨日は悪かったよ」
「いや……わたしこそ、ごめん」
「……あのさ」

 そろりと近寄ってきたとおやの手が、わたしの手を固定した──逃げられない、でも──嫌ではなかった。

「昨日、お前……どう思った?」
「どうって?」
「……だから!」
「ちょっ……」

 そのまま床に押し倒され、両肩を押さえつけられた。いつもとは違うとおやの真剣な眼差しに、目を逸らすことが出来ない。

「あの時、俺とどうなりたいって思った?」
「それは……」

 フッと軽く触れるように、とおやがわたしに口づけた。すぐに顔を離すと、わたしが無抵抗なのを確認して再び唇を重ねる。

「……嫌、か?」
「ん……」

 互いの唇を求めるように、吸い付いては深く重なり、また離す。離れ離れになった時に頬を撫でる彼の吐息に、自分が欲情しているのがわかる。

「お前が嫌なら、俺は……」
「止まれるの?」
「う……」

 視線をとおやの体に投げ、下ろすと、スラックス越しに誇張し始めた下肢が見てとれた。キスだけでこんなに勃つなんて──と、視線を彼の目元に戻すと、恥ずかしげに唇を尖らせ、そっぽを向いていた。

「とおや」

 名前を呼ぶと、視線が戻ってくる。「なんだよ」と小声で言うので、わたしは彼の瞳の奥を覗き、出かかっている答えについて、もう一度思考する。


(わたしは一体どうしたい──?)


 もっと、自分の中の欲望に素直になって。


 昨日はどうだった? 昨日はあのまま、とおやと身を重ねても良いと、そう思った。

 よくよく考えて────拒む理由なんて、何もないはず。

 幼馴染だから、なんだというのだ。それがセックスをしたらいけないという、理由になるのか。わたしも彼も、もう二十二──大人なはずだ。


(もう、いっか)

 
 したいのであれば、欲望のままに体を重ねればいい。そう決めて息を吐くと、随分と楽になった。わたしは何を今まで、こんなにも悩んでいたのか。

「ほたる?」

「お願い、もう一度……ちゃんと誘って」

 とおやの側頭部をそっと撫で、その手を肩から腕、手のひらへと這わせて行く。目を見開いたとおやは、わたしの体を抱きすくめながら耳元で小さく囁いた。

「幼馴染みを卒業しねえか、ほたる」

「……うん」

 部屋の明かりを灯したまま、とおやはわたしの手を引いてベッドに腰かけた。
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