23 / 61
23/マユミという女
しおりを挟む◆
だらだらとセックス三昧だった正月はあっという間に終わり、繁忙期の春は早足で駆けて行き、夏が過ぎて──ほたると交際を開始して一年半が経った秋。明日は二人とも仕事が休みだからといって、ほたるは俺の部屋に泊まりにくる予定だというのに、会社の飲み会と重なるなんてついてない。断るわけにも行かず、仕方なしに付き合うこととなった。
出来ればほたるの作る飯が食いたかったが、諦めるしかなさそうだった。帰ったら飲み直そうと話をしていたので、ひょっとしたら軽いつまみくらい作ってくれているかもしれない。
*
うちの会社の飲み会には2パターンあった。
一つは社内全員で行う、居酒屋でのアットホーム的なもの。
もう一つは女性社員を除いた野郎共だけで行う、所謂キャバクラでのもの。
──俺は後者が苦手だった。
社長である親父とそういう場に行くことがなにより嫌であった。親父もそれをわかっているからか、早々に退場してくれていたのだが、それでも嫌だった。
あの酒と煙草と化粧の匂いに塗れた空間で、露出度の高い女と酒を飲むという行為が、不快であった。
この日も三ヶ月に一度の飲み会の日。前半は社員全員で居酒屋に行き、それから半分の人数で二次会のカラオケへと向かった。そのメンバーから女性と、帰宅するメンバーを除いた六人で件のキャバクラへと向かう──いつもの顔ぶれだ。
「今日はどの店にしようか」
などと楽しげに口にするのは営業課長の遠藤さんだ。人当たりも面倒見もよく、この人の下で働くことは決して嫌ではないのだが、彼のキャバクラ好きな部分だけはどうも苦手だった。日頃のストレスを晴らすのに丁度良いとのことらしいが、連れて行かれる俺からすれば良い迷惑──ストレスの原因だった。酒も女も好きだが、この場だけはどうも苦手だ。
「あれ、今日は社長さん来てないんですか?」
「ええ」
「つまんないの~」
俺の両隣に座るキャバ嬢が、身を乗り出しながら唇を尖らせる。社長──親父は皆には「飲み過ぎた」と嘘を言い、俺には「今日は気が乗らない」と、こっそり本音を告げて一足先に帰って行った。
「じゃあ今日は桃哉君、いっぱい飲めますねっ!」
「いや……」
俺の隣などに座らず、回りのおっさんにもっと色目を使ってやればいいものの。右隣に座る、俺よりも少し年上に見えるキャバ嬢のマユミさんは、俺が脱いだ上着とカーディガンを受け取ると、腕を絡めとりながら酒を勧めてくる。
「なんか桃哉君、元気なくないですか?」
「別に、そんなことないですけど」
「遠藤さぁん、桃哉君、なんか余所余所しいんですけど~!」
既に酔いの回った遠藤さんは、気分良さげに「なんだって~!」とわざとらしくおどけている。それを聞いて他の四人も楽しげに手を打ち、声を上げている。
皆が夢中になっているのを見計らい、俺はトイレへと逃げ込んだ。
「はあ……」
用を足し、盛大な溜め息を吐く。早く帰りたいとは思うものの帰れないのが付き合いというものだ。トイレから店内へ戻るドアを開けると、一番近いテーブル席にマユミさんが一人で座っていた。
「桃哉くん」
「なんですか?」
「いいから、いいから」
手招きする彼女が腰を落ち着けているのは、四人掛けの小さなボックス席。トイレ前なので通過する客どころか店員も疎らで、壁もあるため周りの視線から隠れるにはもってこいな席のように見える。
「いいんですか? あっちに居なくて」
「みんな酔ってるから、私一人くらいいなくてもヘーキ。誰も気が付かないよ」
手を引かれるので仕方なく腰を下ろす。俺が席を立ってすぐに用意をしたのだろう、テーブルの上には既に酒の準備が整っていた。
「二人で飲みましょ?」
「……断る、と言ったら」
「料金はあっちに乗せちゃうから心配しなくても大丈夫だよ?」
マユミさんが首を傾げると長い茶髪がさらりと肩の上から零れ、大胆に開かれた胸元を隠した。思わず目を奪われた瞬間、彼女はぐいっと身を寄せてきた。
「ねえ、桃哉くんって彼女はいるの?」
「いきなり何なんですか」
「私今フリーなんだよね」
グラスに氷を移し、注いだ酒を俺に差し出す。受け取って口を付けると彼女も同じように自分のグラスに口を付けた。
「急にそんな話……」
「急じゃないよ。私、この話がしたくてこの席キープしたんだから」
言うや否や俺の腕を絡めとり、胸に顔を埋めてくるマユミさん。左腕に彼女の胸が押し当てられ、俺は慌てて身を引いた。
「ちょ……何やって……!」
「反応しちゃって、かわい~」
マユミさんの左手は、あろうことか俺の股間に伸びようとしていた。太股をそろりと撫でられ鳥肌が立ってしまう。
誰も見ていないのをいいことに、彼女は好き放題俺の身体に触れる。というか、勤務中に客に手を出すなんていいのかだろうか、この人は。
「……やめて下さいよ」
「嫌なの?」
「嫌ですよ、勘弁して下さい」
「じゃあ、私と付き合わない?」
「は?」
交換条件のつもりなのか、マユミさんはにやにやと妖艶な笑みを張り付け、口角をくい、と上げた。
「私、自分でいうのもなんだけど顔も悪くないし、この通りスタイルも抜群。お金も持ってるし、性格は──身体を重ねてから判断してもいいんじゃないかな?」
(この女……っ!)
どう考えても性格が悪い。というか性根が曲がっている。仕事中に客を口説くだなんてどんな女だよ──と怒鳴りたくなるのを堪え、無理矢理に彼女の腕を振りほどいた。
「いいんですか、客に手を出して。オーナーに言いつけますよ?」
「君こそ、いいの? 『彼女がいる』ってみんなにバラしちゃうよ?」
「な……なんで」
「やっぱりね~」
座り直し、グラスの中身を一気に煽ったマユミさんは、重そうな睫毛をぱしぱしさせながら頬に人指し指を添える。──憎たらしい表情だ。
「私がこれだけ押してるのに押し負けないなんて、彼女持ちか恋愛対象が女じゃない人でしょう? 前者のほうが多いだろうし、鎌かけるならそっちのほうが反応が楽しい」
(こいつ……!)
「それに君の反応を見るに、彼女持ちってことを周りに知られたくないみたい。社内恋愛かな、それとも禁断の恋? バラされたくないなら──そうねえ……」
この女、性格は悪いが頭の回転は早いようだった。酒を飲んでいるにも関わらず、だ。
親父にほたるとの交際を知られない為にも、この女の口をどうにか塞がねばならないが、果たして可能だろうか。
「……何が望みなんですか」
「彼女と別れて私と付き合わない? 無理ならセフレでもいいかな」
「両方無理です」
「のんびり待つから考えておいて? 彼女のことは黙っておいてあげるから」
グラスの中身を飲み干し、乱暴に席を立つ。店のオーナーに言い付ける気も失せてしまった。
(胸糞悪い……)
早く帰ってほたるを抱き締めたい。あの小さな手に優しく頭を撫でてもらうと堪らなく心地が良いんだ。身体を重ねなくてもいい、ただ唇を重ねて、抱き合って眠りたい。
そう思いながらも俺の足が向かう先は、皆が待つ元居たボックス席。早く解放されることを願いながら、俺は合流が遅れた言い訳を、酒の回った頭で懸命に考えていた。
0
あなたにおすすめの小説
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
「妹の方が可愛い」と不倫夫に捨てられた私。どうぞ借金まみれの実家ごと引き取って。私が肩代わりしていた負債、すべてお二人に引き継いでおきました
唯崎りいち
恋愛
「お前より妹の方が可愛い」
不倫した夫は私を追い出し、略奪した妹と笑った。
どうぞ、その「可愛い妹」と地獄までお幸せに。
私が肩代わりしていた実家と店の多額の借金、すべてお二人に引き継いでおきましたから。
「財布」を失った元夫と、逃げ場を失った妹。
身の丈に合わない贅沢を望んだ寄生虫たちの、惨めな末路を特等席で眺めさせていただきます。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる