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三章 暗躍

衝撃

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 魔王の部屋は閑散としていた。
 一つのベッドに一つの机。
 どうやら魔王の間ではなく、ネイトラム個人の寝室のようだ。

「何ぼーっとしてるんですか?」
「…………っ! い、いや、なんでもないよ?」
「…………絶対呆けてましたよね」

 ジト目で見てくるハデスに俺はとぼけながら目の前にいるワンころを見る。
 普通は決戦だと思う。元であっても一応勇者だったのだ。
 しかし、本当に魔王であれ、相手が犬となれば緊張できないというもの。

「ってクソ親父! そいつは誰なんだよ!」

 ザ、反抗期。と言ったところか。
 一言一言にかみつく姿勢はカルマとどこか似ていた。
 やはり俺とハデスも似た境遇なのだろう。

「我の後継者だ。魔王になってもらおうと考えて…………ぐへっ!」
「何勝手なこと言ってんだよ」

 俺はハデスの口を止めるためにチョップを食らわす。
 そんな俺の行動にハデスは涙目のなって抵抗してくる。

「な、何するんですか! 痛いじゃないですか!」
「いや、俺魔王になるなんて一言も言ってないし」
 
 ハデスと俺のこの会話はいつものようなやり取りだ。
 しかし、その光景をにわかに信じられない者がいた。

「な、なんだと…………」
「……………………ん?」

 ネイトラムは口を大きく開けて固まっていた。
 どうしたのだろうか。特に驚かれることをした覚えはないのだが。

 まぁ俺たちが侵入してきたことに今更衝撃を受けているのかもしれない。
 完全に俺たちは今国家転覆罪のテロリストなのだから。

 ネイトラムは口をパクパクさせながらも俺に叫ぶように聞いてくる。

「な、なんで親父にダメージが入ってんだよ!」
「……………………へ? ダメージ?」

 想像とはかけ離れていた問いに俺の方も固まってしまいそうになる。

「今、完全に親父は痛いって言ったよな!?」
「い、言いましたよ? それが何か?」

 それはハデスも同じようで首をかしげている。

「とぼけるな! なんで最強の親父に攻撃が加えられてるんだって聞いてんだよ!」
「だって俺元勇者だし」

 そんな子供言い訳のような言葉に更にネイトラムは目を見開く。
 大丈夫だろうか。それ以上見開いたら目がこぼれそうだ。

「は、はあああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」

 やはりどのような人でも圧倒的な驚きの場合、隠すことはできないようだ。
 ネイトラムは発狂するように叫んだのだった。

「「「魔王様! 大丈夫ですか!?」」」

 まぁ当然あれほど叫べば警備兵も来るだろう。
 ドアの外から何十人もの魔族の声が聞こえた。

 俺の覇気は幹部に効いたのだ。そこらの警備兵ぐらいすぐに気絶させられる。
 そう思っていたのだが、

「い、いいや。何でもない。火事のほうにさっさと人員を回せ」
「「「はっ!」」」

 そのネイトラムの言葉に警備の者たちは応答してからバタバタと去っていった。

「どういうつもりだ?」

 俺は少し警戒をしながらネイトラムに聞く。
 普通、あの場面なら警備兵を巻き込んでの戦いだった。
 俺がネイトラムであったとしてもそうしているだろう。

 しかし、ネイトラムはそうしなかった。警戒材料としては十分である。

「単刀直入に言う。さっさと魔王覇気を見せろ」
 
 ネイトラムはベッドにどすっと腰を掛けて言ってきた。
 少し上から目線にイラっとしないこともないが、俺は衝撃のほうが勝っていた。
 普通テロリストの前で腰かけたりするだろうか。
 俺たちから殺気が放たれていなかったとしてもだ。

「まぁいいけど…………【ほい】」
「……………………ッ!」

 俺はハデスに向かってできるだけ最小限の力で魔王覇気を放った。
 その覇気を食らったネイトラムは何処か呆れ気味に、しかし、どこか寂しげに笑っている。

 そして、一言だけ口にした。

「これじゃあ本当に不良品だな…………」

 その声はビュービューと流れる外からの風によってかき消されたのだった。
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