2 / 49
1巻
1-2
しおりを挟む
「それで、エリスさんの用件というのは?」
「あ、そうでした。ロイド様にどうしてもお話ししたいことがありまして」
「僕に?」
「はい。ロイド様がいなければ、今頃私はこうして笑って生きることが出来なかったと思います」
普通ならそんな言葉は信じない。大げさにもほどがある。
しかし笑って誤魔化せないくらいエリスの表情は真剣だった。
なら答えは一つしかない。
「人違いじゃないですかね? 僕はただの鑑定士で――」
エリスの言葉を否定しようと口を開いた。
僕はギルドの仲間にさえ覚えられていない。
そんな僕にここまで羨望の眼差しを送るなんてことは絶対にあり得ない。
なのにエリスはそんな僕の否定さえも拒んで、
「違います。ロイド様は助言士です」
「……え?」
そう言って、僕の瞳を力強い視線で射抜く。エリスの言葉は妙にすんなりと僕の耳に入っていた。
それはとても心地よいもので。僕が渇望していた言葉でもあって。
「三年前、ロイド様は私に道を示してくれた。私に道を教えてくれた」
鑑定をしてくれ、能力値を見てくれ。
今まで何度もそうやって頼られた。力を貸してくれと何度も頭を下げられた。
でも、いつしか便利屋のような扱いになっていた。
本当はずっと、こうして認められたかったんだ。
「ロイド様。あなたは誰が何と言おうと、私を救ってくれた助言士なんです」
「そ、そうですか……」
僕の口からはそんな一言だけしか出てこなかった。
彼女の言葉を否定することも、認めて喜ぶことも出来ない。
だってここで頷いたら、助言士でいたいという気持ちが溢れてしまいそうだから。
「私が今日、ここに来た理由の一つは、ロイド様に感謝を伝えるためなんですよ!」
「僕に感謝を?」
「はい。あっ、それから敬語は無しでお願いします! 私の方が年下なので!」
「わ、分かりまし……分かった」
僕は慣れない言葉遣いに苦戦しつつも、敬語をやめる。
「本当に申し訳ないんだけど、三年前、僕とエリスはどこで会ったのかな?」
「『隻眼の工房』ですね!」
『隻眼の工房』とは、鍛冶師ギルドの中で覇権を握っているギルドのこと。その名前はギルドマスターが隻眼であることに由来する。確か、現在は五百名を超える鍛冶師が所属していたはずだ。
フェーリア王国の大半の武具や装飾品は、この『隻眼の工房』が作った製品で占められている。冒険者ギルド界で言う『太陽の化身』のようなポジションだ。
「『隻眼の工房』かぁ……」
僕も幹部時代、『隻眼の工房』にはよく足を運んでいた。
『太陽の化身』と『隻眼の工房』は直接契約を結んでいたためだ。
僕は『太陽の化身』の第一部隊の育成のために、高価な武具を揃えてやったりもしていた。僕の自腹で。
過去を思い返すと無性に腹が立ってきた。まぁ隊員たちに非はないけども。
「鑑定して思い出してもらえればと思ったんですが、忘れるのも仕方ないですよね。三年前ですし、たった一言喋りかけられただけですから……」
僕のことを気にかけつつも、彼女は少し残念そうにしゅんとした。
そんな顔をされたら、何としても思い出したくなるじゃないか。
僕は脳をフル回転させて、記憶を呼び起こす。
あいつでもないし、あの人でもないし、あの時でもないし……ん?
一人だけ当てはまりそうな者がいた。でも、その女性は確か……
「もしかして……鍛冶師でした?」
「あ、そうです! 鍛冶師でした!」
エリスはぱっと表情を明るくして身を乗り出してくる。
冒険者の格好をしていたから、自然と彼女は冒険者だと決めつけてしまっていた。
そのため思い出そうにも思い出せなかったのだ。今思い出そうとすると、すぐに思い浮かぶのに。
「うへへ……あの時の光景は今でも鮮明に思い出せますよ!」
エリスはその時の記憶を思い出しているのか、にまにまと変態のような笑みを浮かべている。
そんな笑みに少し寒気を感じた。だって、よだれを垂らしかけているのだ。当然だろう。
先ほどまでの秀麗な感じはどこにいったのか……
「でも、それなら……」
僕は三年前の会話の記憶を思い出していくにつれて、背筋が凍っていくのを感じた。
彼女との会話、いや、僕が勝手に投げかけた言葉は覚えている。
エリスは『隻眼の工房』で、ひたすら雑用をやらされていた。
そんな彼女を見て、いてもたってもいられなくなった僕は【心眼】を使ったのだ。
すると、鍛冶師の能力値の限界がオールE。才能が皆無だった。
そしてこう「助言」した。
『【ウォーターボール】は好き? 君には【ウォーターボール】の素質がある。一つを極めてみてもいいんじゃないかな?』
他のギルドの人間に助言したのは、今思えば軽率だった。鑑定では向上心がないことは明らかだったが、一時的な落ち込みの可能性もある。その上、【ウォーターボール】は鍛冶とは無縁の水魔術だ。良かれと思ってのこととはいえ、僕は早まった。
しかもこの助言の結果、鍛冶師を志していたエリスは、腰にさしている杖からも分かるように、魔術師に職業変更したのだ。
僕は額を机にどんっとつけて、彼女に向かって頭を下げた。
「本当にごめん」
「え?」
エリスは急な僕の行動に、口を開けて唖然としている。
今更謝っても仕方ないのは分かっている。既に相手の人生を変えてしまったのだ。
「僕のせいで職業変更なんてすることになって」
助言士が間違ったことを言えば、その人の人生を間違った方向へと進めてしまう。
現に鍛冶師になりたかった彼女は――って待てよ?
確か、さっき鑑定した彼女の魔力はDじゃなくてS。それに何か感謝していたような……
ふとエリスの方を見ると、彼女は満面に笑みを浮かべていた。
「いや、頭を下げるのはこちらの方です」
彼女は僕の頭を上げさせてから、僕の手をぎゅっと握る。
その手はとても力強くて。どこか包み込んでくれるような温かさがあって。
「ロイド様。私を見つけてくれて、私に極めるべきものを教えてくださって、本当にありがとうございました」
エリスは屈託のない笑顔を見せる。彼女の目には涙が溜まっていた。
そんな表情を見たら、僕まで泣きそうになってしまう。
ぽっかりと空いていた心の穴が埋められていくようだった。
「本当にロイド様に感謝を伝えられて良かったです」
エリスは満足げな表情をしてはにかんだ。
その表情が、その笑みが、僕の鬱屈なんて軽々と吹き飛ばす。
助言士をしていて間違っていなかった。自分のこれまでの道のりは間違いだけではなかったと、そう思える。
この瞬間、止まっていた僕の時間はゆっくりと動き始めた――
†
その後、僕が落ち着いたのを見計らってエリスは聞いてきた。
「ロイド様は、これからしたいこととかあります?」
「一応、この臨時のアルバイトが終わったら、助言士の仕事をもう一度探してみようと思う」
エリスの言葉を聞いた後で、これからも鑑定士を続けるなんてことは出来なかった。
まだ助言士であり続けたい。もう一度助言士として誰かを明るい未来に導きたい。そんな願望が抑えられないから。
するとエリスは待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「なら、ロイド様。ギルドを作りませんか?」
「ん? ギルドを作る?」
今、エリスはギルドを作るって言ったような気がしたのだが、聞き間違いだろうか。
まぁ流石にこれは聞き間違いだろう。二人でギルドを作るなんて言うはずも――
「私と一緒にロイド様のギルドを作りませんか?」
なるほど……全く意味が分からないな。
「ギルドを作るって……ギルドを作るってこと?」
ほら、もう自分でも訳が分からないことを言ってる。
「えぇ、私たちが一から新たにギルドを作り上げるんです!」
おぉ、あれで話が続くとは、素晴らしい対応力……ってそんなことを考えている状況じゃない。
ギルドとは志を同じくする者たちの集まりのことを指す。
数十から何百人もの構成員が所属して一つの目標を定め、その目標に向かって努力する。例えるならば大きな家族のようなものだ。
このフェーリア王国には幾つもの冒険者ギルドや鍛冶師ギルド、さらには錬金術師ギルドなんてものも存在する。
ギルドに属すことは強制ではない。だが、冒険者職の場合、入らなければ生活は安定しない。
ギルドにさえ入っていれば、安定して給料が支払われるのだ。そのため、冒険者の誰もがギルドに入会することを目指している。
「そんな、作ろうと思って作れるものなのかな?」
『太陽の化身』を作った時は全てカイロスが手配していた。
なので、僕にはギルドを作るという経験がないに等しい。
「A級の資格持ちが一人必要です。でも、その条件はロイド様が解決してくれるでしょう?」
「まぁ僕はS級だけど……」
僕はこれでもS級冒険者である。
助言士による手柄であるため、強いわけでも、何か特殊な能力があるわけでもない。
自分で言うのも虚しくなるため、公にはしていなかった。
それにしても、公表していない情報まで知っているとなると、彼女の僕への尊敬の念が本物だと実感してしまう。
「まずは私の成長を見てから考えてくれませんか?」
エリスに引き下がる様子はない。
どうしても僕とギルドを作りたい、彼女からはそんな強い意志が伝わってきた。
「ロイド様が『太陽の化身』を辞めたって聞いたので、今しかチャンスがないと思いまして……ギルド創設の勧誘も、今日ここに来た理由の一つです」
エリスは僕がここでアルバイトをしていることを知ると、急いで駆けつけてきたらしい。
感謝を伝えるため。この三年間の努力の成果を見てもらうため。そして、一緒にギルドを作りたいという夢のため。
そんなことを聞いた上で断れるはずもなかった。
「分かった。でも、成長を見せるって言ってもどうやって?」
エリスの実力を見られるのは僕としても嬉しい。現実逃避していたが、エリスの鑑定結果は異常だった。あの鑑定結果の正体も分かるかもしれない。
「私の家に訓練場があるのでそこでお見せします! 時間ももったいないので早く行きましょう!」
「いや、でも見ず知らずの男を家にあげるってのは……」
あまり女性と関わったことないから分からないけど……普通ダメだよね?
「むぅ!」
むぅってなんだ、むぅって。
エリスは頬を膨らませて僕の手を押さえる。
これってもしかして、頷かなければ放してくれない感じなのだろうか。
「わ、分かったよ……」
「では、行きましょう!」
僕が渋々と頷いた途端、エリスはバッと立ち上がり、鼻歌を響かせながら部屋を出る。
エリスの後を追って僕も部屋から出て、鑑定所を後にした。
僕たちは馬車に揺られながらエリスの家へと向かっている。
窓から陽光が差し込む。先ほどまで雲がかかっていたのが嘘みたいに、空は雲一つない快晴に変わっていた。
一通り身の上を語り終えたエリスが口を開いた。
「私の過去はこのぐらいですかね」
まだまだ疑問はある。だがエリスという人物について理解を深めることが出来た。現時点では十分だろう。
『私の家系は少し特殊でして、剣術を覚えさせられていたんですよ』
エリスは幼い頃から剣術を毎日みっちりと叩き込まれた。
両親は二人ともB級の冒険者で、剣士としてフェーリアに名をそこそこ広めていたようだ。
だがA級には手が届かなかった。その悲願を一人娘であるエリスに叶えてほしいと思っていたらしい。
『でも無理やりやらされることって楽しくないじゃないですか?』
エリスにとって訓練は億劫な時間だった。
異様なほどの期待に押しつぶされたエリスは、鍛冶師になりたいと言って別の道に逃げる。
逃げたところでそれが甘い道であるはずもなく、ひたすら雑用として酷使される日々を送っていた。
そんな時だ、僕が助言したのは。
『【ウォーターボール】は好き? 君には【ウォーターボール】の素質がある。一つを極めてみてもいいんじゃないかな?』
エリスは僕の言葉で気づいたという。
自分のしたいことをするという選択肢があることに。
今までは、ひたすら剣術から逃げてばかりいた。でも結局、逃げた先の鍛冶もエリスのしたいことではなかった。
『お母さん。お父さん。私は魔術師になりたい!』
エリスはこの瞬間、逃げ続ける人生を終わりにした。
どれだけ反対されようが、自分の好きなことなら両親を説得出来る。そんな自信が彼女にはあった。
エリスが魔術を好きな理由。それは初めて【ウォーターボール】を放った時に両親が褒めてくれたから。幼少期に何気なく放った魔術、それを褒められた時の喜びが、エリスを突き動かした。
そして見事にエリスは両親を説得することに成功する。
「あれから時間があれば【ウォーターボール】の練習をしてました」
彼女は日々努力をした。
それは、周りからは「大丈夫か」と心配されるような、尋常ではない鍛錬方法だった。
『【ウォーターボール】! 【ウォーターボール】! 【ウォーターボール】!』
日が沈むまで毎日【ウォーターボール】を放ち続けた。
エリスは自分自身、魔術の才がないことを十分に理解していたから、他の魔術は一切学ばず、ただひたすら【ウォーターボール】だけを練習する。
それもこれも好きなものを極めるために。
「最初は魔力切れが早かったんですけどね。今なら毎日二百発はポーションなしで撃てますよ!」
「二百発⁉」
さ、流石に嘘だよな……でも本当にSクラスの魔力持ちならあり得ないこともない。
魔力量がDの冒険者なら、【ウォーターボール】を十回ほど撃てば魔力が切れる。
Aクラスでも二百発撃てるかと聞かれたら分からない。
たとえ【ウォーターボール】が水魔術の中でも最弱の初級魔術であろうと、二百発も撃てる魔術師は稀である。
「あ、着いたみたいですね」
そんな会話をしていると、馬車ががたっと音を立てて止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
エリスは馬車から降りると、目の前に立つ屋敷を手で指して言った。
「あ、ここが私の家です!」
「え? これが家⁉」
あぁ、うん……訓練場があると聞いていた時点で、何となく察してはいた。
でもこれは大きすぎないだろうか。僕の家の百倍ほど土地があるのだが。
まるで貴族の屋敷を彷彿させるような広大な土地に、豪華な装飾を施された建物。
そして、何より一番驚いたことは……
「お帰りなさいませ。お嬢様。そちらのお方は?」
「ロイド様よ。今日たまたまお会い出来て、お時間までいただいているの。練習の成果を少し見てもらおうと思ってね」
メイドって本当に存在したんだね。
服は白と黒で構成され、足首まである長めのスカートを穿いており、所々から色白の肌が垣間見える。まるで清楚そのものといった立ち姿だ。
その上、メイド服から溢れてしまいそうなほどの豊かな胸に、鋭くも優しいような安心出来る顔立ち。
噂では聞いていたが、ここまで破壊力があるとは……メイド恐るべし。
そのメイドさんが深々と頭を下げた。
「ロイド様。エリス様のわがままにお付き合いいただいて申し訳ございません」
「い、いえいえ。彼女にはいろいろと助けられましたから」
エリスの言葉にどれだけ救われたことか。
実際、こうしてあの鑑定所から出てきている時点で、それは明白だった。
もう一度、助言士として頑張ってみたい。そう思えるぐらいには彼女に助けられている。
「そう言っていただけるとこちら側としても嬉しいです。エリス様は、いつかロイド様の恩に報いるために! と毎日鍛錬を欠かしませんでした。どうか温かい目で見てさしあげてください」
「はい。僕も助言士としてエリスに何か出来たらなと思っています」
僕は笑みを浮かべながら答える。どうやらエリスは彼女に僕のことを話していたみたいだ。
すると、先に訓練場に行っていたエリスが大声で僕を呼んできた。
「ロイド様ぁ! 早く来てくださぁーい!」
「分かった! あ、ではまた後で」
僕はメイドさんに一礼だけして、エリスの後を再び追った。
「ここが、いつも私が訓練している場所です!」
本当に訓練場じゃないか。魔術学院の訓練場にも劣らないかもしれない。
天井まで二十メートル以上はあり、鉄骨が丸見えになっている。
【ウォーターボール】の訓練に使うのか、多くの的が立っていた。
それに簡易であるが、所々、防御結界や防音結界も張られている。かなりお金がかかっているだろう。
「ふぁ……緊張してきました」
それにしても、毎日鍛錬している割には傷跡一つ残っていない。それこそ新品同様の訓練場である。やはり初級魔術だからだろう。壁や床に傷がつくほどの威力はないようだ。
「ロイド様。私は、私のように不遇だった子をロイド様に救ってもらいたいんです」
「僕が救う?」
「はい。実際私はあなたに救われました。好きな【ウォーターボール】をいくらでも撃てるようになったんです。まぁ他の魔術は使えないんですけどね。アハハ……」
最後は自嘲気味に苦笑いしながら、エリスは腰にさしていた杖を取り出す。
エリスとギルドを作って不遇な者たちを育てる。それもいいかもしれない。
想像するだけでも頬が緩む。
でも現実はそう上手くはいかないんだ。
エリスは僕を買いかぶりすぎだ。僕にそんな能力はない。
それにエリスに関しても、言いづらいが【ウォーターボール】しか使えないのであれば、精々D級冒険者が限界だろう。たとえ魔力が本当にSクラスだとしてもそれは変わらない。
そんな二人が作るギルドだ。お先は明るい未来ではなく、真っ暗である。
「落ち着け私……ロイド様の前だからって緊張したらダメ」
エリスは所定位置に立つと、ぶつぶつと呟いた。
自分にしか聞こえないと思って言っているのだろう。でも、めっちゃ聞こえてます。
うん、あくまで僕は聞こえてないふりをしよう。
聞こえていたとなると、彼女も恥ずかしいだろうし。
「ふぅ、集中しよう。ロイド様にかっこいいところ見せるの……!」
エリスは、数十メートル離れた場所に設置されてある大きな的に、杖を向けた。
的は半径一メートルぐらいの円形。
魔力量や術者の想像によって変わるが、【ウォーターボール】の大きさは半径二十センチメートル。多少軌道がズレても的から外れることはないはず。
「じゃあ始めますね!」
【ウォーターボール】の呪文は『水の加護のもとに、球となり相手に水を浴びせろ』。
初級魔術ということもあり、詠唱は短い。
さらに彼女は毎日二百発の【ウォーターボール】を撃っているようなので、詠唱は上手いはずだ。
「ていやっ!」
急にエリスは可愛らしい声を上げた。
詠唱はまだしていない。予行練習のようなものなのだろうか?
そんなことを考えていると、突如、エリスの目の前に巨大な水の球が発現した。
「なっ――⁉」
巨大な水の球は、彼女が杖を上段から中段に振り下ろすと同時に、放たれる。
次の瞬間、ドガンッと大きな音を立てて的が粉砕された。
そのまま水の球は奥の訓練場の壁までも突き抜ける。
「は、はぁ?」
僕はそんな光景に、間抜けな声を出してしまった。
おぉ、訓練場の隣にはあんなに大きな庭があるのか……って違う。
【ウォーターボール】で壁が破壊出来るのか。その答えは否だ。普通の【ウォーターボール】なら傷つけることさえ不可能。しかも詠唱もしてないし。
エリスは満足げな笑みを浮かべて、僕のもとへと近づいてくる。
「どうです? 私の【ウォーターボール】は?」
その言い方では、今の魔術が【ウォーターボール】ということになるが、【ウォーターボール】のはずがない。
そもそもあんな魔術を毎日撃っていたら、今頃こんな訓練所なんて跡形もなくなって……まさか。
「……ここっていつ建て替えたの?」
「一昨日だった気がします。大体一週間は持ちますよ?」
「アハハ……そうなんだ……」
まるで何かの賞味期限かのように言うエリスに、僕は苦笑するしかない。
どうやら破壊しては建て直して、そうしてエリスは新品同様の訓練場を保っているらしい。
「あ、そうでした。ロイド様にどうしてもお話ししたいことがありまして」
「僕に?」
「はい。ロイド様がいなければ、今頃私はこうして笑って生きることが出来なかったと思います」
普通ならそんな言葉は信じない。大げさにもほどがある。
しかし笑って誤魔化せないくらいエリスの表情は真剣だった。
なら答えは一つしかない。
「人違いじゃないですかね? 僕はただの鑑定士で――」
エリスの言葉を否定しようと口を開いた。
僕はギルドの仲間にさえ覚えられていない。
そんな僕にここまで羨望の眼差しを送るなんてことは絶対にあり得ない。
なのにエリスはそんな僕の否定さえも拒んで、
「違います。ロイド様は助言士です」
「……え?」
そう言って、僕の瞳を力強い視線で射抜く。エリスの言葉は妙にすんなりと僕の耳に入っていた。
それはとても心地よいもので。僕が渇望していた言葉でもあって。
「三年前、ロイド様は私に道を示してくれた。私に道を教えてくれた」
鑑定をしてくれ、能力値を見てくれ。
今まで何度もそうやって頼られた。力を貸してくれと何度も頭を下げられた。
でも、いつしか便利屋のような扱いになっていた。
本当はずっと、こうして認められたかったんだ。
「ロイド様。あなたは誰が何と言おうと、私を救ってくれた助言士なんです」
「そ、そうですか……」
僕の口からはそんな一言だけしか出てこなかった。
彼女の言葉を否定することも、認めて喜ぶことも出来ない。
だってここで頷いたら、助言士でいたいという気持ちが溢れてしまいそうだから。
「私が今日、ここに来た理由の一つは、ロイド様に感謝を伝えるためなんですよ!」
「僕に感謝を?」
「はい。あっ、それから敬語は無しでお願いします! 私の方が年下なので!」
「わ、分かりまし……分かった」
僕は慣れない言葉遣いに苦戦しつつも、敬語をやめる。
「本当に申し訳ないんだけど、三年前、僕とエリスはどこで会ったのかな?」
「『隻眼の工房』ですね!」
『隻眼の工房』とは、鍛冶師ギルドの中で覇権を握っているギルドのこと。その名前はギルドマスターが隻眼であることに由来する。確か、現在は五百名を超える鍛冶師が所属していたはずだ。
フェーリア王国の大半の武具や装飾品は、この『隻眼の工房』が作った製品で占められている。冒険者ギルド界で言う『太陽の化身』のようなポジションだ。
「『隻眼の工房』かぁ……」
僕も幹部時代、『隻眼の工房』にはよく足を運んでいた。
『太陽の化身』と『隻眼の工房』は直接契約を結んでいたためだ。
僕は『太陽の化身』の第一部隊の育成のために、高価な武具を揃えてやったりもしていた。僕の自腹で。
過去を思い返すと無性に腹が立ってきた。まぁ隊員たちに非はないけども。
「鑑定して思い出してもらえればと思ったんですが、忘れるのも仕方ないですよね。三年前ですし、たった一言喋りかけられただけですから……」
僕のことを気にかけつつも、彼女は少し残念そうにしゅんとした。
そんな顔をされたら、何としても思い出したくなるじゃないか。
僕は脳をフル回転させて、記憶を呼び起こす。
あいつでもないし、あの人でもないし、あの時でもないし……ん?
一人だけ当てはまりそうな者がいた。でも、その女性は確か……
「もしかして……鍛冶師でした?」
「あ、そうです! 鍛冶師でした!」
エリスはぱっと表情を明るくして身を乗り出してくる。
冒険者の格好をしていたから、自然と彼女は冒険者だと決めつけてしまっていた。
そのため思い出そうにも思い出せなかったのだ。今思い出そうとすると、すぐに思い浮かぶのに。
「うへへ……あの時の光景は今でも鮮明に思い出せますよ!」
エリスはその時の記憶を思い出しているのか、にまにまと変態のような笑みを浮かべている。
そんな笑みに少し寒気を感じた。だって、よだれを垂らしかけているのだ。当然だろう。
先ほどまでの秀麗な感じはどこにいったのか……
「でも、それなら……」
僕は三年前の会話の記憶を思い出していくにつれて、背筋が凍っていくのを感じた。
彼女との会話、いや、僕が勝手に投げかけた言葉は覚えている。
エリスは『隻眼の工房』で、ひたすら雑用をやらされていた。
そんな彼女を見て、いてもたってもいられなくなった僕は【心眼】を使ったのだ。
すると、鍛冶師の能力値の限界がオールE。才能が皆無だった。
そしてこう「助言」した。
『【ウォーターボール】は好き? 君には【ウォーターボール】の素質がある。一つを極めてみてもいいんじゃないかな?』
他のギルドの人間に助言したのは、今思えば軽率だった。鑑定では向上心がないことは明らかだったが、一時的な落ち込みの可能性もある。その上、【ウォーターボール】は鍛冶とは無縁の水魔術だ。良かれと思ってのこととはいえ、僕は早まった。
しかもこの助言の結果、鍛冶師を志していたエリスは、腰にさしている杖からも分かるように、魔術師に職業変更したのだ。
僕は額を机にどんっとつけて、彼女に向かって頭を下げた。
「本当にごめん」
「え?」
エリスは急な僕の行動に、口を開けて唖然としている。
今更謝っても仕方ないのは分かっている。既に相手の人生を変えてしまったのだ。
「僕のせいで職業変更なんてすることになって」
助言士が間違ったことを言えば、その人の人生を間違った方向へと進めてしまう。
現に鍛冶師になりたかった彼女は――って待てよ?
確か、さっき鑑定した彼女の魔力はDじゃなくてS。それに何か感謝していたような……
ふとエリスの方を見ると、彼女は満面に笑みを浮かべていた。
「いや、頭を下げるのはこちらの方です」
彼女は僕の頭を上げさせてから、僕の手をぎゅっと握る。
その手はとても力強くて。どこか包み込んでくれるような温かさがあって。
「ロイド様。私を見つけてくれて、私に極めるべきものを教えてくださって、本当にありがとうございました」
エリスは屈託のない笑顔を見せる。彼女の目には涙が溜まっていた。
そんな表情を見たら、僕まで泣きそうになってしまう。
ぽっかりと空いていた心の穴が埋められていくようだった。
「本当にロイド様に感謝を伝えられて良かったです」
エリスは満足げな表情をしてはにかんだ。
その表情が、その笑みが、僕の鬱屈なんて軽々と吹き飛ばす。
助言士をしていて間違っていなかった。自分のこれまでの道のりは間違いだけではなかったと、そう思える。
この瞬間、止まっていた僕の時間はゆっくりと動き始めた――
†
その後、僕が落ち着いたのを見計らってエリスは聞いてきた。
「ロイド様は、これからしたいこととかあります?」
「一応、この臨時のアルバイトが終わったら、助言士の仕事をもう一度探してみようと思う」
エリスの言葉を聞いた後で、これからも鑑定士を続けるなんてことは出来なかった。
まだ助言士であり続けたい。もう一度助言士として誰かを明るい未来に導きたい。そんな願望が抑えられないから。
するとエリスは待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「なら、ロイド様。ギルドを作りませんか?」
「ん? ギルドを作る?」
今、エリスはギルドを作るって言ったような気がしたのだが、聞き間違いだろうか。
まぁ流石にこれは聞き間違いだろう。二人でギルドを作るなんて言うはずも――
「私と一緒にロイド様のギルドを作りませんか?」
なるほど……全く意味が分からないな。
「ギルドを作るって……ギルドを作るってこと?」
ほら、もう自分でも訳が分からないことを言ってる。
「えぇ、私たちが一から新たにギルドを作り上げるんです!」
おぉ、あれで話が続くとは、素晴らしい対応力……ってそんなことを考えている状況じゃない。
ギルドとは志を同じくする者たちの集まりのことを指す。
数十から何百人もの構成員が所属して一つの目標を定め、その目標に向かって努力する。例えるならば大きな家族のようなものだ。
このフェーリア王国には幾つもの冒険者ギルドや鍛冶師ギルド、さらには錬金術師ギルドなんてものも存在する。
ギルドに属すことは強制ではない。だが、冒険者職の場合、入らなければ生活は安定しない。
ギルドにさえ入っていれば、安定して給料が支払われるのだ。そのため、冒険者の誰もがギルドに入会することを目指している。
「そんな、作ろうと思って作れるものなのかな?」
『太陽の化身』を作った時は全てカイロスが手配していた。
なので、僕にはギルドを作るという経験がないに等しい。
「A級の資格持ちが一人必要です。でも、その条件はロイド様が解決してくれるでしょう?」
「まぁ僕はS級だけど……」
僕はこれでもS級冒険者である。
助言士による手柄であるため、強いわけでも、何か特殊な能力があるわけでもない。
自分で言うのも虚しくなるため、公にはしていなかった。
それにしても、公表していない情報まで知っているとなると、彼女の僕への尊敬の念が本物だと実感してしまう。
「まずは私の成長を見てから考えてくれませんか?」
エリスに引き下がる様子はない。
どうしても僕とギルドを作りたい、彼女からはそんな強い意志が伝わってきた。
「ロイド様が『太陽の化身』を辞めたって聞いたので、今しかチャンスがないと思いまして……ギルド創設の勧誘も、今日ここに来た理由の一つです」
エリスは僕がここでアルバイトをしていることを知ると、急いで駆けつけてきたらしい。
感謝を伝えるため。この三年間の努力の成果を見てもらうため。そして、一緒にギルドを作りたいという夢のため。
そんなことを聞いた上で断れるはずもなかった。
「分かった。でも、成長を見せるって言ってもどうやって?」
エリスの実力を見られるのは僕としても嬉しい。現実逃避していたが、エリスの鑑定結果は異常だった。あの鑑定結果の正体も分かるかもしれない。
「私の家に訓練場があるのでそこでお見せします! 時間ももったいないので早く行きましょう!」
「いや、でも見ず知らずの男を家にあげるってのは……」
あまり女性と関わったことないから分からないけど……普通ダメだよね?
「むぅ!」
むぅってなんだ、むぅって。
エリスは頬を膨らませて僕の手を押さえる。
これってもしかして、頷かなければ放してくれない感じなのだろうか。
「わ、分かったよ……」
「では、行きましょう!」
僕が渋々と頷いた途端、エリスはバッと立ち上がり、鼻歌を響かせながら部屋を出る。
エリスの後を追って僕も部屋から出て、鑑定所を後にした。
僕たちは馬車に揺られながらエリスの家へと向かっている。
窓から陽光が差し込む。先ほどまで雲がかかっていたのが嘘みたいに、空は雲一つない快晴に変わっていた。
一通り身の上を語り終えたエリスが口を開いた。
「私の過去はこのぐらいですかね」
まだまだ疑問はある。だがエリスという人物について理解を深めることが出来た。現時点では十分だろう。
『私の家系は少し特殊でして、剣術を覚えさせられていたんですよ』
エリスは幼い頃から剣術を毎日みっちりと叩き込まれた。
両親は二人ともB級の冒険者で、剣士としてフェーリアに名をそこそこ広めていたようだ。
だがA級には手が届かなかった。その悲願を一人娘であるエリスに叶えてほしいと思っていたらしい。
『でも無理やりやらされることって楽しくないじゃないですか?』
エリスにとって訓練は億劫な時間だった。
異様なほどの期待に押しつぶされたエリスは、鍛冶師になりたいと言って別の道に逃げる。
逃げたところでそれが甘い道であるはずもなく、ひたすら雑用として酷使される日々を送っていた。
そんな時だ、僕が助言したのは。
『【ウォーターボール】は好き? 君には【ウォーターボール】の素質がある。一つを極めてみてもいいんじゃないかな?』
エリスは僕の言葉で気づいたという。
自分のしたいことをするという選択肢があることに。
今までは、ひたすら剣術から逃げてばかりいた。でも結局、逃げた先の鍛冶もエリスのしたいことではなかった。
『お母さん。お父さん。私は魔術師になりたい!』
エリスはこの瞬間、逃げ続ける人生を終わりにした。
どれだけ反対されようが、自分の好きなことなら両親を説得出来る。そんな自信が彼女にはあった。
エリスが魔術を好きな理由。それは初めて【ウォーターボール】を放った時に両親が褒めてくれたから。幼少期に何気なく放った魔術、それを褒められた時の喜びが、エリスを突き動かした。
そして見事にエリスは両親を説得することに成功する。
「あれから時間があれば【ウォーターボール】の練習をしてました」
彼女は日々努力をした。
それは、周りからは「大丈夫か」と心配されるような、尋常ではない鍛錬方法だった。
『【ウォーターボール】! 【ウォーターボール】! 【ウォーターボール】!』
日が沈むまで毎日【ウォーターボール】を放ち続けた。
エリスは自分自身、魔術の才がないことを十分に理解していたから、他の魔術は一切学ばず、ただひたすら【ウォーターボール】だけを練習する。
それもこれも好きなものを極めるために。
「最初は魔力切れが早かったんですけどね。今なら毎日二百発はポーションなしで撃てますよ!」
「二百発⁉」
さ、流石に嘘だよな……でも本当にSクラスの魔力持ちならあり得ないこともない。
魔力量がDの冒険者なら、【ウォーターボール】を十回ほど撃てば魔力が切れる。
Aクラスでも二百発撃てるかと聞かれたら分からない。
たとえ【ウォーターボール】が水魔術の中でも最弱の初級魔術であろうと、二百発も撃てる魔術師は稀である。
「あ、着いたみたいですね」
そんな会話をしていると、馬車ががたっと音を立てて止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
エリスは馬車から降りると、目の前に立つ屋敷を手で指して言った。
「あ、ここが私の家です!」
「え? これが家⁉」
あぁ、うん……訓練場があると聞いていた時点で、何となく察してはいた。
でもこれは大きすぎないだろうか。僕の家の百倍ほど土地があるのだが。
まるで貴族の屋敷を彷彿させるような広大な土地に、豪華な装飾を施された建物。
そして、何より一番驚いたことは……
「お帰りなさいませ。お嬢様。そちらのお方は?」
「ロイド様よ。今日たまたまお会い出来て、お時間までいただいているの。練習の成果を少し見てもらおうと思ってね」
メイドって本当に存在したんだね。
服は白と黒で構成され、足首まである長めのスカートを穿いており、所々から色白の肌が垣間見える。まるで清楚そのものといった立ち姿だ。
その上、メイド服から溢れてしまいそうなほどの豊かな胸に、鋭くも優しいような安心出来る顔立ち。
噂では聞いていたが、ここまで破壊力があるとは……メイド恐るべし。
そのメイドさんが深々と頭を下げた。
「ロイド様。エリス様のわがままにお付き合いいただいて申し訳ございません」
「い、いえいえ。彼女にはいろいろと助けられましたから」
エリスの言葉にどれだけ救われたことか。
実際、こうしてあの鑑定所から出てきている時点で、それは明白だった。
もう一度、助言士として頑張ってみたい。そう思えるぐらいには彼女に助けられている。
「そう言っていただけるとこちら側としても嬉しいです。エリス様は、いつかロイド様の恩に報いるために! と毎日鍛錬を欠かしませんでした。どうか温かい目で見てさしあげてください」
「はい。僕も助言士としてエリスに何か出来たらなと思っています」
僕は笑みを浮かべながら答える。どうやらエリスは彼女に僕のことを話していたみたいだ。
すると、先に訓練場に行っていたエリスが大声で僕を呼んできた。
「ロイド様ぁ! 早く来てくださぁーい!」
「分かった! あ、ではまた後で」
僕はメイドさんに一礼だけして、エリスの後を再び追った。
「ここが、いつも私が訓練している場所です!」
本当に訓練場じゃないか。魔術学院の訓練場にも劣らないかもしれない。
天井まで二十メートル以上はあり、鉄骨が丸見えになっている。
【ウォーターボール】の訓練に使うのか、多くの的が立っていた。
それに簡易であるが、所々、防御結界や防音結界も張られている。かなりお金がかかっているだろう。
「ふぁ……緊張してきました」
それにしても、毎日鍛錬している割には傷跡一つ残っていない。それこそ新品同様の訓練場である。やはり初級魔術だからだろう。壁や床に傷がつくほどの威力はないようだ。
「ロイド様。私は、私のように不遇だった子をロイド様に救ってもらいたいんです」
「僕が救う?」
「はい。実際私はあなたに救われました。好きな【ウォーターボール】をいくらでも撃てるようになったんです。まぁ他の魔術は使えないんですけどね。アハハ……」
最後は自嘲気味に苦笑いしながら、エリスは腰にさしていた杖を取り出す。
エリスとギルドを作って不遇な者たちを育てる。それもいいかもしれない。
想像するだけでも頬が緩む。
でも現実はそう上手くはいかないんだ。
エリスは僕を買いかぶりすぎだ。僕にそんな能力はない。
それにエリスに関しても、言いづらいが【ウォーターボール】しか使えないのであれば、精々D級冒険者が限界だろう。たとえ魔力が本当にSクラスだとしてもそれは変わらない。
そんな二人が作るギルドだ。お先は明るい未来ではなく、真っ暗である。
「落ち着け私……ロイド様の前だからって緊張したらダメ」
エリスは所定位置に立つと、ぶつぶつと呟いた。
自分にしか聞こえないと思って言っているのだろう。でも、めっちゃ聞こえてます。
うん、あくまで僕は聞こえてないふりをしよう。
聞こえていたとなると、彼女も恥ずかしいだろうし。
「ふぅ、集中しよう。ロイド様にかっこいいところ見せるの……!」
エリスは、数十メートル離れた場所に設置されてある大きな的に、杖を向けた。
的は半径一メートルぐらいの円形。
魔力量や術者の想像によって変わるが、【ウォーターボール】の大きさは半径二十センチメートル。多少軌道がズレても的から外れることはないはず。
「じゃあ始めますね!」
【ウォーターボール】の呪文は『水の加護のもとに、球となり相手に水を浴びせろ』。
初級魔術ということもあり、詠唱は短い。
さらに彼女は毎日二百発の【ウォーターボール】を撃っているようなので、詠唱は上手いはずだ。
「ていやっ!」
急にエリスは可愛らしい声を上げた。
詠唱はまだしていない。予行練習のようなものなのだろうか?
そんなことを考えていると、突如、エリスの目の前に巨大な水の球が発現した。
「なっ――⁉」
巨大な水の球は、彼女が杖を上段から中段に振り下ろすと同時に、放たれる。
次の瞬間、ドガンッと大きな音を立てて的が粉砕された。
そのまま水の球は奥の訓練場の壁までも突き抜ける。
「は、はぁ?」
僕はそんな光景に、間抜けな声を出してしまった。
おぉ、訓練場の隣にはあんなに大きな庭があるのか……って違う。
【ウォーターボール】で壁が破壊出来るのか。その答えは否だ。普通の【ウォーターボール】なら傷つけることさえ不可能。しかも詠唱もしてないし。
エリスは満足げな笑みを浮かべて、僕のもとへと近づいてくる。
「どうです? 私の【ウォーターボール】は?」
その言い方では、今の魔術が【ウォーターボール】ということになるが、【ウォーターボール】のはずがない。
そもそもあんな魔術を毎日撃っていたら、今頃こんな訓練所なんて跡形もなくなって……まさか。
「……ここっていつ建て替えたの?」
「一昨日だった気がします。大体一週間は持ちますよ?」
「アハハ……そうなんだ……」
まるで何かの賞味期限かのように言うエリスに、僕は苦笑するしかない。
どうやら破壊しては建て直して、そうしてエリスは新品同様の訓練場を保っているらしい。
202
あなたにおすすめの小説
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
私に姉など居ませんが?
山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」
「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」
「ありがとう」
私は婚約者スティーブと結婚破棄した。
書類にサインをし、慰謝料も請求した。
「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
