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1巻
1-3
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「あ、今のじゃ【鑑定】出来ないですよね! ほいっ!」
エリスはそう言って、僕の目の前に巨大な水の球を発現させた。
ん? ちょっと待て、本当に待ってくれ。
ほいって意味が分からない。ほいって言えば【ウォーターボール】が撃てるのだろうか。
しかもこの大きさに魔力濃度。先ほどよりも何倍もレベルが上がっている気がする。
僕は恐る恐る、目の前に出現した水の球に【鑑定】を発動した。
【ウォーターボール】
[威力]10+99
「ん、んんんんんんんんんんんんん⁉」
お、おぉ……なんじゃこりゃ。どこからツッコミを入れたらいいのか。通常の【ウォーターボール】の威力は10。そこまでは分かるが、+99とは何なのだろう。
それに、威力の値が100を超えるなど上級魔術でしか見たことがない。
上級魔術とは、魔術の中でも上位に位置する強力な魔術だ。消費魔力も多く、それこそ一日に五発撃てたらいいレベル。
それで、エリスはこれを何発撃てるんだっけ?
「え、エリス……それ、あと何発撃てる?」
「二百発ですね! ほいっ!」
エリスは待機させていた【ウォーターボール】らしき物体を、今度は別の的へと放った。
それは当たり前のように的を粉砕し、ズガンッという轟音と共に壁をも貫通する。
エリスの【ウォーターボール】は無詠唱で。一日に二百発撃てて。それに威力は上級魔術級で。
「え、ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ⁉」
この瞬間、僕は今までの人生で一番の絶叫を上げた。
「――ちょ⁉ ちょっと待って⁉」
一度エリスについて整理してみよう。整理しないと頭がパンクしそうだ。
エリスは魔術の才も剣術の才も、さらには鍛冶師の才もない、特にこれと言った特徴がない女性だった。それは鑑定による結果で明らかになっている。実際、目の前にいる彼女からは、強者の圧を感じない。
となるとやはり固有素質が原因だろうか。
彼女は固有素質である【ウォーターボール】をひたすら努力した。その結果、【ウォーターボール】が隠れスキルとして発現し、さらにその能力値はSクラスに至った。魔力の能力値が限界を超えていたのも誤表示ではなく、固有素質を鍛えたことで本当にSクラスの魔力を得たのだろう。
この考察が一番説得力が高い。
僕は唐突に尋ねてみた。
「エリス。【ウォーターボール】は好きかい?」
エリスは上手くなりたいとも、強くなりたいとも思っていない。
自分の好きな魔術を毎日撃てて、それが出来る才能を見出してくれた僕に感謝を伝える。その二つだけがエリスのやりたいことだったのだ。
「はい! 大好きです!」
エリスは僕の問いに満面の笑みで頷いた。
僕は『太陽の化身』にいた頃、限界値が全てBを超えている人材を探していた。
そう、一つも劣らない万能者を見つけ出そうとしていたのだ。
言いかえるのであれば、自分では宝石の原石を探しているつもりで、実際には既に宝石であるものだけを見つけていたということ。これだから僕は追放されるわけだ。
「どうでした? 私の【ウォーターボール】」
「そ、それは……」
エリスは未だに自分の力量を理解していないようで、首を傾げている。
どう答えるのが正解なのか。
エリスの【ウォーターボール】は確実に異常。なんならS級の冒険者でも真似出来ない。
それを彼女に伝えるべきか。それとも黙っておくべきか。
説明するとなると、彼女に安心を与え、今後の成長を妨げる可能性がある。
今まで話していた印象からすると、彼女は良い意味で無知だ。だからこそ自分自身に限界を作らない。
僕はもう助言士として、道を間違えるわけにはいかない。
なら僕がエリスに贈るべき助言は……
「いや、あまりにも制御が出来てなくて、ちょっと驚いてしまったんだ」
僕はエリスの努力の結果を踏みにじることにした。
人の心はないのか? いや、もちろんある。
でもエリスなら、そんな僕の言葉にも俯かないはずだ。僕に未来を示してくれた彼女なら。
「やっぱりそうですか! 制御するのが少し苦手で……」
彼女はD級冒険者だ。こんな助言はA級以上でもおかしくないような内容である。
それでも彼女は僕の言葉を疑わない、疑おうともしない。
なら、せめて僕は、その言葉と、この眼で、彼女に「極めた世界」を見せてあげようではないか。
「でも今まで見た中で一番面白い【ウォーターボール】だったよ。この三年間の努力が表れてた」
「本当ですか⁉ よ、良かったです……!」
「エリスには可能性があるんだ。それもS級の冒険者になれるような可能性がね」
「私に可能性⁉ いえ、私はただ【ウォーターボール】しか撃てない魔術師ですよ?」
エリスは一瞬驚いたものの、自嘲しながら首を左右に振る。
彼女の中でS級冒険者は余程の超人になっているらしい。
壁を粉砕しておきながら謙遜するのもそれゆえだろう。
「エリス。ギルドを作るって話、少し聞かせてくれない?」
ギルドを一から作る。確かにそれは困難なことだ。
でも、いいじゃないか。最強の【ウォーターボール】使いと、追放された助言士のギルド経営。一か八かやってみるのも悪くない。
エリスの【ウォーターボール】を見たら、いつの間にかそんな気持ちになっていた。
「もちろんです! では今度は冒険者協会に向かいながらお話ししましょう!」
エリスは、それはそれは嬉しそうに先導する。
冒険者協会とは、幾つもある冒険者ギルドをまとめる機関。
ギルドに所属していない冒険者にクエストを受けさせたり、昇級試験の運営をしたり、色々な役目を担っている。ギルドの創設もそこで行うのだ。
「ロイド様! ボーっとしてたら置いていきますよ!」
「あぁ、すぐに行くよ!」
僕は二度とカイロスのような、道を踏み外した愚者を生み出さない。もう二度と僕は自惚れない。
どんなに可能性がない人間であろうと、未来を見つけてみせる。その人に的確なアドバイスをする。
それが僕の――『助言士』としての使命だから。
†
再び僕とエリスは馬車に揺られている。
その中で僕たちは、自分の知識を照らし合わせていた。
「ギルドを作るとなると二つ壁があるのは知ってるよね」
ギルド設立。それは何度も言うが、簡単に行えるようなことではない。
大きく分けて二つの問題が生じる。
一つ目は代表者。
鑑定所でエリスが言っていたように、A級以上の資格を持っていなければならない。
このフェーリアにはA級の資格持ちは数十人ほど、そしてS級は僕を除いて三人しか存在しない。
そして現在、A級以上の冒険者は全てが他ギルドに所属している。
新しくA級冒険者を生まれさせようとしても、A級昇格の試験はそう簡単には合格出来ない。
二つ目は資金源だ。
ギルドを経営するにあたって多額の資金が必要になる。その資金は、投資家などの援助がなければ確保することは不可能だ。それほどギルドを経営するということは至難の業なのである。
しかし、僕たちは運良く二つとも達成出来る可能性があった。
「ロイド様はS級ですし、資金源については私の方で何とかなります!」
エリスは何も問題がない、と自信に満ち溢れた表情で言った。
一つ目の問題についてはエリスの言う通りどうにかなる。
だが、資金源に関してはエリス一人の力では絶対に不可能だ。
それこそ、エリスの家が金持ちであろうが、そんなレベルの話ではない。
「いや、資金に関しては僕も手伝うよ。一番大きな問題だし」
「資金については私に任せてほしいんです。その代わり、ロイド様には人材確保とギルドマスターとしての仕事をお願いします」
エリスは僕が何度説明しようと、首を縦に振らなかった。どこか心当たりがあるのかもしれない。
まぁ資金については今すぐ必要になるわけではない。最初の資金に関しては、出資してくれる伝手が僕にある。
エリスの家から二十分ほど馬車で揺られただろうか。
「ここに来るのも久しぶりです」
エリスは馬車から降りると、目の前にそびえる建物を見て言った。
ここは国内各地に支部が置かれている冒険者協会の本部。その大きさは周囲の建物と比較しても群を抜いており、見た目はまるで鋼鉄で出来た城だ。
「あんまり中も変わってないね」
冒険者協会に入ると、見慣れた光景が広がっていた。
強面の冒険者たちを相手する美人の受付嬢がいて、奥の壁には幾つもの貼り紙がある。クエストなどの情報が記されている掲示板だ。
二階からは笑い声や叫び声が聞こえてきた。二階はフリースペースだ。大抵はおっさんたちが酒を飲んで談笑していることが多い。
僕とエリスはそれらを横目に、入って右手にある受付へと向かった。
「次の方。どうぞ」
僕たちの順番になり、僕はエリスを連れて受付嬢のもとまで行く。
受付嬢の身なりは隅々まで整えられており、清潔感がある。
彼女の笑みは誰にでも好印象を与えるだろう。
「ギルドを新しく設立したいんですけど」
「……冒険者カードのご提示をお願いします」
受付嬢はほんの少し面倒くさそうに言う。
分かってる。A級冒険者でなければ創設出来ないと言いたいのだろう。
僕がS級であることは公には広まっていない。この対応は道理である。
「これでいいですかね?」
「はい、それでギルド創設についてですが、A級以上の冒険者でなければ……は? S級?」
受付嬢は急に言葉を詰まらせた。
S級冒険者と書かれている箇所に目を通したのだろう。
彼女は口をパクパクとさせながら僕たちに頭を下げる。
「しょ、少々お待ちください」
そう言って受付嬢は、足早に受付の裏へと去っていった。
数分後、冷や汗をだらだらと流した受付嬢が戻ってきた。
彼女は肩で息をしている。全速力で帰ってきたのだろう。
どうやら虚偽の情報ではないと確認が出来たらしい。
「ギ、ギルドの設立でしたね? 会長がお待ちしております。この通路の突き当たりの部屋です」
彼女は僕を恐れているのだろう。S級冒険者は曲者ばかりと聞く――例えば、少し待たせるだけで首を刎ねるような。
僕はどうなのかって? もちろんそんなことはしないから安心してほしい。
「ありがとうございます。エリス、行こう」
「はい! 少し緊張してきました……!」
僕たちは冷や汗をハンカチで拭っている受付嬢に頭を下げて、指示された通り、通路を進んでいく。
冒険者協会の会長。それは、いわばこの国の全ての冒険者を管理しているようなもの。
もちろん『太陽の化身』のギルドマスター、カイロスより権限は強く、この国では王族に次いで発言力を持っている。そんな男と会うのだ。緊張しない方がおかしい。
まぁ僕はわけあって緊張しないんだけど……
最奥の部屋に辿り着くと、身なりを整えてから扉をノックする。
「入りたまえ」
「「失礼します」」
扉を開けると、部屋の奥に貫禄のある男が頬杖をついて座っていた。
灰色の短髪に短めの髭。筋肉質で大柄な体形に、額にはこれまでの激戦を彷彿させる切り傷。
まるでどこかのラスボスのような雰囲気を醸し出していた。
先ほどのギルドの創設の条件だが、実際は三つ目の難題が存在する。
それは会長の承認を得るということ。
会長は僕と同様に【鑑定】のスキルを持つ、人材配置のエキスパートである。
もし、彼が僕たちに未来がないと判断すれば、この場で即、切り捨てられるだろう。
「ほぅ……」
会長は目を凝らすように僕たちに視線を向けてくる。上から下まで僕たちをじっと観察していた。
【鑑定】しているのだろうが、会長はすぐに違和感を覚えて焦り出す。
「君たちが新しくギルドを作りたいって子たちか……ん? 見えない? 見えないだと⁉ こんなこと今まで一度しか……」
【鑑定】の打ち消し。それは普通反射系のスキルを持っていなければ不可能。しかしエリスも僕もそのスキルを持っていない。
ならなぜ会長は鑑定結果が見えていないのか。
それはもう一つの手段。自分よりクラスが上の【鑑定】スキルで打ち消されているからである。
会長が漏らした「一度しか」という言葉。もちろんそれは僕のことだ。
「久しぶりだね。オーガス。知らない人間と会えば、すぐに【鑑定】をする。基本を忘れてないようで何よりだよ」
「ロ、ロ、ロイドさん⁉ なんでこんなところに⁉」
会長は顔を真っ青に染めた。
僕は追い打ちをかけるように、にんまりと笑みを浮かべる。
「酷いなぁ。恩師の顔も忘れるなんて」
「も、申し訳ございません! まさかこの場にロイドさんがいらっしゃるとは思わず!」
先ほどまで頬杖をついていたオーガスだが、突如地べたに正座する。
土下座の用意は出来ているとでも言いたげな表情。先ほどまでの風格はどこに行ったのやら。
もともと彼は小心者である。あの雰囲気も頑張って作り出していただけだ。
ちなみに額にある深く刻まれた傷は、猫に引っかかれて出来たものだ。
普通なら治癒魔術で治すが、「こっちの方がかっこ良くない?」などと言って放置していた。
集中すると自分の世界に入ってしまうことがあり、それで僕の顔を見ても即座に気づけなかったのだろう。
「でも『太陽の化身』に所属しているロイドさんがなぜここに? ギルドの創設についての客だと聞いていましたが……」
「僕は追放されたんだよ。まだ情報が行ってなかった?」
「……は?」
僕の言葉に、オーガスは大きく口を開けて固まった。
その代わりに、先ほどから僕たちの会話を興味津々に聞いていたエリスが尋ねてくる。
「ロイド様って会長さんと知り合いだったんですか⁉」
「うん。僕の元教え子だよ」
僕がオーガスを前にしても緊張しない理由。それは彼が元教え子だから。
オーガスとは多く関わりがあり、こうして気軽に会話も出来る。
「ん? 会長さんって失礼ですけど四十過ぎてますよね? ロイド様は確か……」
「僕は二十歳だね。僕が十五の時、オーガスを指導してたんだ」
「ん? んんん⁉ 私の聞き間違えですかね⁉ 十五歳の時に指導⁉ それも会長さんを⁉」
エリスは何度も首を傾げ、目をぐるぐるとさせて混乱していた。
まぁ無理もない。僕がエリスの立場だったら思考を放棄している。
しかし本当に懐かしい話だ。あれは確か五年前。
あの頃のオーガスは、冒険者協会の雑用をする職員だった。
冒険者協会には年功序列なんてものはなく、実力主義の完全成り上がり制。かといって力があるだけでは賛同者もつかず、カリスマ性も必要とする。
冒険者としての実力もそこそこ、頭もそこそこの彼は、いつまで経っても下っ端のままだった。
『僕の担当になってくれませんか?』
これが僕とオーガスの出会いである。
非戦闘職である助言士には、担当職員は必要ない。
だがこの頃、僕とカイロスは『太陽の化身』を創設しようとしていた。
いろいろ手続きをしてくれる担当者が欲しかったというわけだ。
まぁ普通なら受付嬢を担当に選ぶし、カイロスも渋った。
でも僕はどうしても彼に担当してもらいたかった。なぜなら……
[名前] オーガス(37)
[肩書] 冒険者協会・職員
[能力値] 体力 D/D 魔力 D/D 向上心 D/B
統率力 D/A 知力 D/A
[スキル] 鑑定 D/A
[固有素質] なし
全ての能力値がDという完全な落ちこぼれ。体力と魔力に関しては、限界値さえもDという絶望的な値だった。
されど、統率力と知力の限界値がA。さらには僕と同じ鑑定スキルを所持しており、Aまで鍛えることが可能であったのだ。その上、【心眼】で詳しく調べ上げると、
[職業] 下っ端職員
[個性] 話術 C/A 交渉力 C/B カリスマ力 D/S
ここまで伸びしろがある人間を埋もれさせるわけにはいかない。そう思った僕は彼に提案をした。
『オーガスさん。上を目指しませんか?』
『俺が上? そんなの不可能ですよ。才能がないことは自分が一番分かってます』
彼には全く向上心がない。それは鑑定結果でも明らかになっていた。
けれどここで諦めてしまえば助言士の名が廃る。
僕は彼に会うたびに何度も話を持ち掛けた。
『僕はあなたの才能を見抜くことが出来ます。数年もすれば、あなたは冒険者協会の会長になることが可能です』
『はぁ。分かりましたよ……それで俺は何をすればいいんですか?』
三十回は提案したのではないだろうか。
今改めて思い返せば、完全に怪しい勧誘者だ。怪しまない方がおかしい。僕なら関わりたくもないな。
渋々折れてくれたオーガスは、こうして僕の教え子となった。
僕は彼に課題として、ひたすら【鑑定】のスキルを鍛錬させ、人間の観察を行わせた。
その結果、【鑑定】【心眼】で見えるオーガスのステータスはこうなった。
[名前] オーガス(42)
[肩書] 冒険者協会・会長
[能力値] 体力 D/D 魔力 D/D 向上心 B/B
統率力 A/A 知力 B/A
[スキル] 鑑定 A/A
[固有素質] なし
[職業] 会長
[個性] 話術 B/A 交渉力 C/B カリスマ力 A/S
今では能力値がほぼ限界にまで成長している。
この能力値であれば当分の間、オーガスが会長を担うことになるだろう。
彼は凡人だからこそ必死に努力した。その結果、この国全ての冒険者ギルドを束ねる冒険者協会の会長になったのだ。
オーガスは僕が追放されたという情報をようやく整理出来たのか、少し苛立ちをあらわにして聞いてくる。
「まさかカイロスの仕業ですか?」
「人材だけ確保出来たら僕は必要ないって言われたんだよね。まぁ『太陽の化身』は現在最強のギルド。助言士の力なんて必要ないんだろうね」
僕は自嘲気味にオーガスの問いに答えた。
実際、はめられたにしろ、僕が『太陽の化身』に必要ないのは事実。さらなる利益をギルドに示せなかったのは僕の実力不足だ。
苦笑を浮かべている僕に対して、オーガスは額に血管を浮き上がらせている。
そんな彼は拳を強く握りしめ、憤りを見せながら告げた。
「ロイドさん。『太陽の化身』を冒険者協会の全権限をもって潰しましょうか?」
その言葉からは、冗談など一切感じられない。本気で行動しようとしている者の言葉だった。
「アハハ……君も冗談が上手くなったね」
「ロイドさん。俺は本気です。一番の功労者であるロイドさんを追放したカイロスには未来がない。そして、ロイドさんがいない『太陽の化身』にも未来がない」
「オーガス……」
話を逸らそうとしたが、オーガスにしっかりと戻されてしまう。
僕は彼の真剣な眼差しに、それ以上何も言うことが出来なかった。
彼は彼なりに、僕への恩に報いようとしてくれているのだろう。
「ロイドさん。もし、あなたが了承さえしてくれれば、俺は今にでも『太陽の化身』を本気で潰します」
もしオーガスが本気で『太陽の化身』を潰そうと思えば、それは可能だ。
彼は本気で僕の分まで怒ってくれている。その気持ちは本当に嬉しい。
だけど僕はエリスと共に歩むと決めたのだ。それなら堂々とカイロスに立ち向かいたい。
僕は怒りを見せるオーガスをたしなめるように、一つの問いを投げかける。
「オーガス。君はまだ『カリスマ力』の限界値がSになっていない。それはなぜだか分かるかい?」
「経験が浅いからですかね?」
「いいや、君は相当な経験を積んでるよ」
彼はこの五年間、必死に僕の課題をこなしてきた。
僕も、自分が出す課題はなかなか困難であると自負している。
そんな課題に取り組んできたオーガスの経験が浅い? そんなこと、絶対にあり得ない。
「君に足りないのは感情の制御だ。君は心を許している者をとても大切に思い、それ以外をどうでもいいと考えているだろう?」
「そ、そうかもしれないです……」
「別に君のやり方が悪いとは言わない。実際君は人望が厚い。でも、それでは反感を買うことも少なくないはず。例えば簡単なストライキに遭うとかね?」
「アハハ……流石ロイドさん。今の俺の状況をすぐに言い当てるとは」
「君は僕が助言を与えた中でも、特に関係が深かった人間だからね。君のことは十分理解しているつもりだよ」
オーガスは少し恥ずかしそうに、けれどどことなく嬉しそうに頭をかく。
冒険者協会内にも、彼に反発している勢力が少なからずいるはずだ。
「君のやり方では、関係のない『太陽の化身』の会員にまでも迷惑をかける。それは上に立つ者としては無責任だろ? 君は全会員に対して責任を取れるのかい?」
「そ、そうですね。俺の考えが浅はかでした。つい、カッとなってしまって」
「僕のために怒ってくれるだけで、僕は嬉しいよ」
エリスに加えてオーガスまでもが親身になって僕を心配してくれる。
それがどれだけ僕にとって救いになることか。
話に区切りがついたところで、隣で固まっていたエリスがやっと口を挟んだ。
エリスはそう言って、僕の目の前に巨大な水の球を発現させた。
ん? ちょっと待て、本当に待ってくれ。
ほいって意味が分からない。ほいって言えば【ウォーターボール】が撃てるのだろうか。
しかもこの大きさに魔力濃度。先ほどよりも何倍もレベルが上がっている気がする。
僕は恐る恐る、目の前に出現した水の球に【鑑定】を発動した。
【ウォーターボール】
[威力]10+99
「ん、んんんんんんんんんんんんん⁉」
お、おぉ……なんじゃこりゃ。どこからツッコミを入れたらいいのか。通常の【ウォーターボール】の威力は10。そこまでは分かるが、+99とは何なのだろう。
それに、威力の値が100を超えるなど上級魔術でしか見たことがない。
上級魔術とは、魔術の中でも上位に位置する強力な魔術だ。消費魔力も多く、それこそ一日に五発撃てたらいいレベル。
それで、エリスはこれを何発撃てるんだっけ?
「え、エリス……それ、あと何発撃てる?」
「二百発ですね! ほいっ!」
エリスは待機させていた【ウォーターボール】らしき物体を、今度は別の的へと放った。
それは当たり前のように的を粉砕し、ズガンッという轟音と共に壁をも貫通する。
エリスの【ウォーターボール】は無詠唱で。一日に二百発撃てて。それに威力は上級魔術級で。
「え、ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇ⁉」
この瞬間、僕は今までの人生で一番の絶叫を上げた。
「――ちょ⁉ ちょっと待って⁉」
一度エリスについて整理してみよう。整理しないと頭がパンクしそうだ。
エリスは魔術の才も剣術の才も、さらには鍛冶師の才もない、特にこれと言った特徴がない女性だった。それは鑑定による結果で明らかになっている。実際、目の前にいる彼女からは、強者の圧を感じない。
となるとやはり固有素質が原因だろうか。
彼女は固有素質である【ウォーターボール】をひたすら努力した。その結果、【ウォーターボール】が隠れスキルとして発現し、さらにその能力値はSクラスに至った。魔力の能力値が限界を超えていたのも誤表示ではなく、固有素質を鍛えたことで本当にSクラスの魔力を得たのだろう。
この考察が一番説得力が高い。
僕は唐突に尋ねてみた。
「エリス。【ウォーターボール】は好きかい?」
エリスは上手くなりたいとも、強くなりたいとも思っていない。
自分の好きな魔術を毎日撃てて、それが出来る才能を見出してくれた僕に感謝を伝える。その二つだけがエリスのやりたいことだったのだ。
「はい! 大好きです!」
エリスは僕の問いに満面の笑みで頷いた。
僕は『太陽の化身』にいた頃、限界値が全てBを超えている人材を探していた。
そう、一つも劣らない万能者を見つけ出そうとしていたのだ。
言いかえるのであれば、自分では宝石の原石を探しているつもりで、実際には既に宝石であるものだけを見つけていたということ。これだから僕は追放されるわけだ。
「どうでした? 私の【ウォーターボール】」
「そ、それは……」
エリスは未だに自分の力量を理解していないようで、首を傾げている。
どう答えるのが正解なのか。
エリスの【ウォーターボール】は確実に異常。なんならS級の冒険者でも真似出来ない。
それを彼女に伝えるべきか。それとも黙っておくべきか。
説明するとなると、彼女に安心を与え、今後の成長を妨げる可能性がある。
今まで話していた印象からすると、彼女は良い意味で無知だ。だからこそ自分自身に限界を作らない。
僕はもう助言士として、道を間違えるわけにはいかない。
なら僕がエリスに贈るべき助言は……
「いや、あまりにも制御が出来てなくて、ちょっと驚いてしまったんだ」
僕はエリスの努力の結果を踏みにじることにした。
人の心はないのか? いや、もちろんある。
でもエリスなら、そんな僕の言葉にも俯かないはずだ。僕に未来を示してくれた彼女なら。
「やっぱりそうですか! 制御するのが少し苦手で……」
彼女はD級冒険者だ。こんな助言はA級以上でもおかしくないような内容である。
それでも彼女は僕の言葉を疑わない、疑おうともしない。
なら、せめて僕は、その言葉と、この眼で、彼女に「極めた世界」を見せてあげようではないか。
「でも今まで見た中で一番面白い【ウォーターボール】だったよ。この三年間の努力が表れてた」
「本当ですか⁉ よ、良かったです……!」
「エリスには可能性があるんだ。それもS級の冒険者になれるような可能性がね」
「私に可能性⁉ いえ、私はただ【ウォーターボール】しか撃てない魔術師ですよ?」
エリスは一瞬驚いたものの、自嘲しながら首を左右に振る。
彼女の中でS級冒険者は余程の超人になっているらしい。
壁を粉砕しておきながら謙遜するのもそれゆえだろう。
「エリス。ギルドを作るって話、少し聞かせてくれない?」
ギルドを一から作る。確かにそれは困難なことだ。
でも、いいじゃないか。最強の【ウォーターボール】使いと、追放された助言士のギルド経営。一か八かやってみるのも悪くない。
エリスの【ウォーターボール】を見たら、いつの間にかそんな気持ちになっていた。
「もちろんです! では今度は冒険者協会に向かいながらお話ししましょう!」
エリスは、それはそれは嬉しそうに先導する。
冒険者協会とは、幾つもある冒険者ギルドをまとめる機関。
ギルドに所属していない冒険者にクエストを受けさせたり、昇級試験の運営をしたり、色々な役目を担っている。ギルドの創設もそこで行うのだ。
「ロイド様! ボーっとしてたら置いていきますよ!」
「あぁ、すぐに行くよ!」
僕は二度とカイロスのような、道を踏み外した愚者を生み出さない。もう二度と僕は自惚れない。
どんなに可能性がない人間であろうと、未来を見つけてみせる。その人に的確なアドバイスをする。
それが僕の――『助言士』としての使命だから。
†
再び僕とエリスは馬車に揺られている。
その中で僕たちは、自分の知識を照らし合わせていた。
「ギルドを作るとなると二つ壁があるのは知ってるよね」
ギルド設立。それは何度も言うが、簡単に行えるようなことではない。
大きく分けて二つの問題が生じる。
一つ目は代表者。
鑑定所でエリスが言っていたように、A級以上の資格を持っていなければならない。
このフェーリアにはA級の資格持ちは数十人ほど、そしてS級は僕を除いて三人しか存在しない。
そして現在、A級以上の冒険者は全てが他ギルドに所属している。
新しくA級冒険者を生まれさせようとしても、A級昇格の試験はそう簡単には合格出来ない。
二つ目は資金源だ。
ギルドを経営するにあたって多額の資金が必要になる。その資金は、投資家などの援助がなければ確保することは不可能だ。それほどギルドを経営するということは至難の業なのである。
しかし、僕たちは運良く二つとも達成出来る可能性があった。
「ロイド様はS級ですし、資金源については私の方で何とかなります!」
エリスは何も問題がない、と自信に満ち溢れた表情で言った。
一つ目の問題についてはエリスの言う通りどうにかなる。
だが、資金源に関してはエリス一人の力では絶対に不可能だ。
それこそ、エリスの家が金持ちであろうが、そんなレベルの話ではない。
「いや、資金に関しては僕も手伝うよ。一番大きな問題だし」
「資金については私に任せてほしいんです。その代わり、ロイド様には人材確保とギルドマスターとしての仕事をお願いします」
エリスは僕が何度説明しようと、首を縦に振らなかった。どこか心当たりがあるのかもしれない。
まぁ資金については今すぐ必要になるわけではない。最初の資金に関しては、出資してくれる伝手が僕にある。
エリスの家から二十分ほど馬車で揺られただろうか。
「ここに来るのも久しぶりです」
エリスは馬車から降りると、目の前にそびえる建物を見て言った。
ここは国内各地に支部が置かれている冒険者協会の本部。その大きさは周囲の建物と比較しても群を抜いており、見た目はまるで鋼鉄で出来た城だ。
「あんまり中も変わってないね」
冒険者協会に入ると、見慣れた光景が広がっていた。
強面の冒険者たちを相手する美人の受付嬢がいて、奥の壁には幾つもの貼り紙がある。クエストなどの情報が記されている掲示板だ。
二階からは笑い声や叫び声が聞こえてきた。二階はフリースペースだ。大抵はおっさんたちが酒を飲んで談笑していることが多い。
僕とエリスはそれらを横目に、入って右手にある受付へと向かった。
「次の方。どうぞ」
僕たちの順番になり、僕はエリスを連れて受付嬢のもとまで行く。
受付嬢の身なりは隅々まで整えられており、清潔感がある。
彼女の笑みは誰にでも好印象を与えるだろう。
「ギルドを新しく設立したいんですけど」
「……冒険者カードのご提示をお願いします」
受付嬢はほんの少し面倒くさそうに言う。
分かってる。A級冒険者でなければ創設出来ないと言いたいのだろう。
僕がS級であることは公には広まっていない。この対応は道理である。
「これでいいですかね?」
「はい、それでギルド創設についてですが、A級以上の冒険者でなければ……は? S級?」
受付嬢は急に言葉を詰まらせた。
S級冒険者と書かれている箇所に目を通したのだろう。
彼女は口をパクパクとさせながら僕たちに頭を下げる。
「しょ、少々お待ちください」
そう言って受付嬢は、足早に受付の裏へと去っていった。
数分後、冷や汗をだらだらと流した受付嬢が戻ってきた。
彼女は肩で息をしている。全速力で帰ってきたのだろう。
どうやら虚偽の情報ではないと確認が出来たらしい。
「ギ、ギルドの設立でしたね? 会長がお待ちしております。この通路の突き当たりの部屋です」
彼女は僕を恐れているのだろう。S級冒険者は曲者ばかりと聞く――例えば、少し待たせるだけで首を刎ねるような。
僕はどうなのかって? もちろんそんなことはしないから安心してほしい。
「ありがとうございます。エリス、行こう」
「はい! 少し緊張してきました……!」
僕たちは冷や汗をハンカチで拭っている受付嬢に頭を下げて、指示された通り、通路を進んでいく。
冒険者協会の会長。それは、いわばこの国の全ての冒険者を管理しているようなもの。
もちろん『太陽の化身』のギルドマスター、カイロスより権限は強く、この国では王族に次いで発言力を持っている。そんな男と会うのだ。緊張しない方がおかしい。
まぁ僕はわけあって緊張しないんだけど……
最奥の部屋に辿り着くと、身なりを整えてから扉をノックする。
「入りたまえ」
「「失礼します」」
扉を開けると、部屋の奥に貫禄のある男が頬杖をついて座っていた。
灰色の短髪に短めの髭。筋肉質で大柄な体形に、額にはこれまでの激戦を彷彿させる切り傷。
まるでどこかのラスボスのような雰囲気を醸し出していた。
先ほどのギルドの創設の条件だが、実際は三つ目の難題が存在する。
それは会長の承認を得るということ。
会長は僕と同様に【鑑定】のスキルを持つ、人材配置のエキスパートである。
もし、彼が僕たちに未来がないと判断すれば、この場で即、切り捨てられるだろう。
「ほぅ……」
会長は目を凝らすように僕たちに視線を向けてくる。上から下まで僕たちをじっと観察していた。
【鑑定】しているのだろうが、会長はすぐに違和感を覚えて焦り出す。
「君たちが新しくギルドを作りたいって子たちか……ん? 見えない? 見えないだと⁉ こんなこと今まで一度しか……」
【鑑定】の打ち消し。それは普通反射系のスキルを持っていなければ不可能。しかしエリスも僕もそのスキルを持っていない。
ならなぜ会長は鑑定結果が見えていないのか。
それはもう一つの手段。自分よりクラスが上の【鑑定】スキルで打ち消されているからである。
会長が漏らした「一度しか」という言葉。もちろんそれは僕のことだ。
「久しぶりだね。オーガス。知らない人間と会えば、すぐに【鑑定】をする。基本を忘れてないようで何よりだよ」
「ロ、ロ、ロイドさん⁉ なんでこんなところに⁉」
会長は顔を真っ青に染めた。
僕は追い打ちをかけるように、にんまりと笑みを浮かべる。
「酷いなぁ。恩師の顔も忘れるなんて」
「も、申し訳ございません! まさかこの場にロイドさんがいらっしゃるとは思わず!」
先ほどまで頬杖をついていたオーガスだが、突如地べたに正座する。
土下座の用意は出来ているとでも言いたげな表情。先ほどまでの風格はどこに行ったのやら。
もともと彼は小心者である。あの雰囲気も頑張って作り出していただけだ。
ちなみに額にある深く刻まれた傷は、猫に引っかかれて出来たものだ。
普通なら治癒魔術で治すが、「こっちの方がかっこ良くない?」などと言って放置していた。
集中すると自分の世界に入ってしまうことがあり、それで僕の顔を見ても即座に気づけなかったのだろう。
「でも『太陽の化身』に所属しているロイドさんがなぜここに? ギルドの創設についての客だと聞いていましたが……」
「僕は追放されたんだよ。まだ情報が行ってなかった?」
「……は?」
僕の言葉に、オーガスは大きく口を開けて固まった。
その代わりに、先ほどから僕たちの会話を興味津々に聞いていたエリスが尋ねてくる。
「ロイド様って会長さんと知り合いだったんですか⁉」
「うん。僕の元教え子だよ」
僕がオーガスを前にしても緊張しない理由。それは彼が元教え子だから。
オーガスとは多く関わりがあり、こうして気軽に会話も出来る。
「ん? 会長さんって失礼ですけど四十過ぎてますよね? ロイド様は確か……」
「僕は二十歳だね。僕が十五の時、オーガスを指導してたんだ」
「ん? んんん⁉ 私の聞き間違えですかね⁉ 十五歳の時に指導⁉ それも会長さんを⁉」
エリスは何度も首を傾げ、目をぐるぐるとさせて混乱していた。
まぁ無理もない。僕がエリスの立場だったら思考を放棄している。
しかし本当に懐かしい話だ。あれは確か五年前。
あの頃のオーガスは、冒険者協会の雑用をする職員だった。
冒険者協会には年功序列なんてものはなく、実力主義の完全成り上がり制。かといって力があるだけでは賛同者もつかず、カリスマ性も必要とする。
冒険者としての実力もそこそこ、頭もそこそこの彼は、いつまで経っても下っ端のままだった。
『僕の担当になってくれませんか?』
これが僕とオーガスの出会いである。
非戦闘職である助言士には、担当職員は必要ない。
だがこの頃、僕とカイロスは『太陽の化身』を創設しようとしていた。
いろいろ手続きをしてくれる担当者が欲しかったというわけだ。
まぁ普通なら受付嬢を担当に選ぶし、カイロスも渋った。
でも僕はどうしても彼に担当してもらいたかった。なぜなら……
[名前] オーガス(37)
[肩書] 冒険者協会・職員
[能力値] 体力 D/D 魔力 D/D 向上心 D/B
統率力 D/A 知力 D/A
[スキル] 鑑定 D/A
[固有素質] なし
全ての能力値がDという完全な落ちこぼれ。体力と魔力に関しては、限界値さえもDという絶望的な値だった。
されど、統率力と知力の限界値がA。さらには僕と同じ鑑定スキルを所持しており、Aまで鍛えることが可能であったのだ。その上、【心眼】で詳しく調べ上げると、
[職業] 下っ端職員
[個性] 話術 C/A 交渉力 C/B カリスマ力 D/S
ここまで伸びしろがある人間を埋もれさせるわけにはいかない。そう思った僕は彼に提案をした。
『オーガスさん。上を目指しませんか?』
『俺が上? そんなの不可能ですよ。才能がないことは自分が一番分かってます』
彼には全く向上心がない。それは鑑定結果でも明らかになっていた。
けれどここで諦めてしまえば助言士の名が廃る。
僕は彼に会うたびに何度も話を持ち掛けた。
『僕はあなたの才能を見抜くことが出来ます。数年もすれば、あなたは冒険者協会の会長になることが可能です』
『はぁ。分かりましたよ……それで俺は何をすればいいんですか?』
三十回は提案したのではないだろうか。
今改めて思い返せば、完全に怪しい勧誘者だ。怪しまない方がおかしい。僕なら関わりたくもないな。
渋々折れてくれたオーガスは、こうして僕の教え子となった。
僕は彼に課題として、ひたすら【鑑定】のスキルを鍛錬させ、人間の観察を行わせた。
その結果、【鑑定】【心眼】で見えるオーガスのステータスはこうなった。
[名前] オーガス(42)
[肩書] 冒険者協会・会長
[能力値] 体力 D/D 魔力 D/D 向上心 B/B
統率力 A/A 知力 B/A
[スキル] 鑑定 A/A
[固有素質] なし
[職業] 会長
[個性] 話術 B/A 交渉力 C/B カリスマ力 A/S
今では能力値がほぼ限界にまで成長している。
この能力値であれば当分の間、オーガスが会長を担うことになるだろう。
彼は凡人だからこそ必死に努力した。その結果、この国全ての冒険者ギルドを束ねる冒険者協会の会長になったのだ。
オーガスは僕が追放されたという情報をようやく整理出来たのか、少し苛立ちをあらわにして聞いてくる。
「まさかカイロスの仕業ですか?」
「人材だけ確保出来たら僕は必要ないって言われたんだよね。まぁ『太陽の化身』は現在最強のギルド。助言士の力なんて必要ないんだろうね」
僕は自嘲気味にオーガスの問いに答えた。
実際、はめられたにしろ、僕が『太陽の化身』に必要ないのは事実。さらなる利益をギルドに示せなかったのは僕の実力不足だ。
苦笑を浮かべている僕に対して、オーガスは額に血管を浮き上がらせている。
そんな彼は拳を強く握りしめ、憤りを見せながら告げた。
「ロイドさん。『太陽の化身』を冒険者協会の全権限をもって潰しましょうか?」
その言葉からは、冗談など一切感じられない。本気で行動しようとしている者の言葉だった。
「アハハ……君も冗談が上手くなったね」
「ロイドさん。俺は本気です。一番の功労者であるロイドさんを追放したカイロスには未来がない。そして、ロイドさんがいない『太陽の化身』にも未来がない」
「オーガス……」
話を逸らそうとしたが、オーガスにしっかりと戻されてしまう。
僕は彼の真剣な眼差しに、それ以上何も言うことが出来なかった。
彼は彼なりに、僕への恩に報いようとしてくれているのだろう。
「ロイドさん。もし、あなたが了承さえしてくれれば、俺は今にでも『太陽の化身』を本気で潰します」
もしオーガスが本気で『太陽の化身』を潰そうと思えば、それは可能だ。
彼は本気で僕の分まで怒ってくれている。その気持ちは本当に嬉しい。
だけど僕はエリスと共に歩むと決めたのだ。それなら堂々とカイロスに立ち向かいたい。
僕は怒りを見せるオーガスをたしなめるように、一つの問いを投げかける。
「オーガス。君はまだ『カリスマ力』の限界値がSになっていない。それはなぜだか分かるかい?」
「経験が浅いからですかね?」
「いいや、君は相当な経験を積んでるよ」
彼はこの五年間、必死に僕の課題をこなしてきた。
僕も、自分が出す課題はなかなか困難であると自負している。
そんな課題に取り組んできたオーガスの経験が浅い? そんなこと、絶対にあり得ない。
「君に足りないのは感情の制御だ。君は心を許している者をとても大切に思い、それ以外をどうでもいいと考えているだろう?」
「そ、そうかもしれないです……」
「別に君のやり方が悪いとは言わない。実際君は人望が厚い。でも、それでは反感を買うことも少なくないはず。例えば簡単なストライキに遭うとかね?」
「アハハ……流石ロイドさん。今の俺の状況をすぐに言い当てるとは」
「君は僕が助言を与えた中でも、特に関係が深かった人間だからね。君のことは十分理解しているつもりだよ」
オーガスは少し恥ずかしそうに、けれどどことなく嬉しそうに頭をかく。
冒険者協会内にも、彼に反発している勢力が少なからずいるはずだ。
「君のやり方では、関係のない『太陽の化身』の会員にまでも迷惑をかける。それは上に立つ者としては無責任だろ? 君は全会員に対して責任を取れるのかい?」
「そ、そうですね。俺の考えが浅はかでした。つい、カッとなってしまって」
「僕のために怒ってくれるだけで、僕は嬉しいよ」
エリスに加えてオーガスまでもが親身になって僕を心配してくれる。
それがどれだけ僕にとって救いになることか。
話に区切りがついたところで、隣で固まっていたエリスがやっと口を挟んだ。
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