追放された【助言士】のギルド経営 不遇素質持ちに助言したら、化物だらけの最強ギルドになってました

柊彼方

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3巻

3-3

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「了解。ありがとう」
「はい。会議が終わりましたらまたお呼びください」

 セリーナは一礼してからメイドの仕事へと戻った。
 セリーナと、彼女の後輩レイにはギルド関係の雑用を押し付けてしまっている。
 早めに秘書を探した方がいいかもしれない。
 ふぅ。なんか緊張するなぁ……
 扉の前に立って僕は深呼吸した。やはり立場が変わると、プレッシャーも強くなる。
 もう僕はエリスや仲間たちを守るだけではいけないのだ。この『幻想郷リュネール』に所属している者、全員を管理しなければならない。それが上に立つ者の役目である。

「おっ! やっと来たか大将!」
「早く始めようよ。早く帰って融合魔術の練習がしたいの」

 会議室に入ると正面にローレンとミントが座っていた。
 そして、互いの顔が見えるよう、円卓に座っている。
 二人はとても生き生きとしており、一週間前とは顔つきが変わっていた。
 そして逆の意味で変わっている者もいる。

「ニック!? どうしたんだいその目の下のくま!?」
「ろ、ロイドさん。あなたに言いたいことがあるんすよ」

 ミントの隣に座っているニックの表情には活気の欠片もなかった。目の下のくまは、まるで筆で書いたのではないかと思うほど黒い。
 彼はふらふらと僕のもとまで歩いてきて、がっしりと両肩を掴んだ。

「……っすよ」
「ん?」

 彼の声が聞こえにくかったため僕は聞き返す。
 すると彼は口を大きく開け、至近距離でえた。

「ほんとにやりすぎなんっすよおおおおぉぉぉぉ! どれだけ忙しくなったと思うんっすか!」
「や、やりすぎ?」
「魔式拳銃は俺がやったんでまぁ置いておくっす。それより新人のことっすよ!」

 ニックがここまで声を上げるのは久々である。
 新人たちが問題を起こしたのかもしれない。

「新人が何かしたのかい?」
「何かしたのかい? じゃないっすよ! なんであんな才能のかたまりみたいなの入れるんっすか! 俺の立場が危うくなるんっすよ!」

 ニックは涙目で訴えてくる。
 彼には『雲隠の極月』の傘下に作った鍛冶師ギルド、『双翼そうよくの鍛冶』のトップを任せている。対抗戦の前に新人を何人か入れたのだが……
 どうやらこのくまは、後輩に抜かされるプレッシャーで、徹夜をした結果のようだ。
 そんな僕たちの会話に、別の少女が入ってきた。

「私もそう思う。ロイドさまやりすぎ」
「エルナまで!?」

 彼女は『雲隠の極月』傘下の錬金術師ギルド、『双翼の錬金』のギルドマスターであるダークエルフの少女、エルナだ。

「みんな成長早い。私抜かれる」
「い、いやぁ。二人も十分化けてると思うんだけど……」

 僕は苦笑いしながら、二人を【鑑定】する。


[ニック] 統率力 B→A  ギルド管理 B→A  装飾D→B
[エルナ] 向上心 D→A  知力 C→B  器用 C→B  創作 E→C


 本来ここまで成長するには数年はかかる。努力しても実らない職人だって何人もいるだろう。
 僕が本気で教育しようと、普通の職人が短期間でここまで実力を伸ばすことはない。
 これは彼らの途轍とてつもない努力の結果である。
 新人に抜かれるかもとぼやいているが、新人が彼らを抜かすことはまずないはずだ。
 差が縮めば二人はさらに成長しようと努力する。もともと「底の味」を知っている二人だ。努力に関しては誰にも負けない。

「それとあと一人は……ん? そのフードの人は誰だい?」
「やっと気づいたかい、ロイド」

 僕は最後にフードの男に視線を移す。
 この男がセリーナが言っていた五人目であろう。
 鑑定を行えば誰なのか判明するものの、わざわざフードをかぶっているのだ。勝手に正体を見破るのは無礼である。
 すると男はフードを勢い良く脱ぎ、にんまりと笑いながら告げた。

「俺だよ。アバドンだ」
「は?」

 正面にいる男は眼帯をつけており、かなりの風格がある。
 間違いなく、A級鍛冶師のアバドンであった。鑑定してもやはり結果は同じである。

「な、なんでアバドンさんがここにいるんですか!?」
「もう敬語はやめてくれ。お前みたいな化け物に下手したてに出られたら気持ちが悪いからな」

 アバドンはため息をつきながら言った。
 その表情はどことなく疲れているように見える。
 おそらくニックの魔式拳銃のことを聞きつけ、鍛冶師界の新星登場にショックでも受けているのだろう。

「俺のステータスをしっかりと【鑑定】すれば、ここへ来た理由が分かるんじゃないか?」
「ステータス? いや、特に変化は……え?」

 僕は先ほど見た彼のステータスを再度確認する。


[名前]   アバドン(29)
[肩書]   無所属・A級鍛冶師
[能力値]  体力 B/A  魔力 C/B  向上心 B/A
       統率力 B/A  知力 A/A
[スキル]  鍛冶師の極意ごくい A/S  精霊付与せいれいふよ B/B
[固有素質] なし
[職業]   鍛冶師
[個性]   精魂せいこん A/A  刀製作 A/S  金属形成 A/A


 能力値や個性の欄に変わったところはない。
 しかし、隅々まで見てようやくある変化に気づいた。

「む、む、無所属うううううぅぅぅ!?」

 そう、彼の大きな肩書である「隻眼の工房・ギルドマスター」が「無所属」になっているのだ。
 無所属ということはつまり――

「せ、『隻眼の工房』はどうしたんだい!?」

 最近驚くことが多すぎて耐性がついてきた。そんな僕もこれには唖然とするばかりで、思わず敬語を忘れていた。
 アバドンは特に何でもない風に言う。

「副ギルマスのガドリックに預けてきた。あいつは俺と違って賢いからギルドを存続させてくれるはずだ」
「預けたってまさか……」
「あぁ。辞めてきた」
「は、はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 彼の口から聞くとさらに衝撃が増す。
 国内最高峰の鍛冶師が国内で一番の鍛冶師ギルドを辞めてきたのだ。もはやこの国を揺るがす大ニュースと言っていい。

「もう製造ラインは確立されたし。俺がいる意味がないんだ」
「いやいや、だからってなんで辞めたんだよ!? それこそあの地位は安泰だったんじゃ――」
「どうしてもロイドにお願いがあってな」

 彼は僕の問いを遮った。

「俺を『双翼の鍛冶』に入れてほしい。それが俺の願いだ」

 アバドンは真剣な眼差しを向けてくる。

「俺をこいつの教育係にさせてくれ。俺ならこいつを絶対にナンバーワンの鍛冶師にさせられる」

 そう言ってアバドンはニックの頭に手を置く。
 二人は一度、昇級試験で顔を合わせている。どうやら彼はニックのことをたいそう気に入っているらしい。

「君自身はもういいのかい? 君だって成長するためにここに来たんだろ?」
「俺はいいさ。もうロイドに十分夢を見させてもらった。どうせもう引退したようなもんだ。これからは新たな伝説を生む鍛冶師を育成することにするさ」

 言い終えると、アバドンは改めて腰を直角に折り、頭を下げた。

「どうか……どうか俺をもう一度、あなたのもとで働かせてください」

 アバドンは誠心誠意、僕と向き合うように深々と頭を下げた。
 かつて僕が『太陽の化身』にいた時、アバドンには何度か助言をしたことがある。それを恩義に感じてくれているらしい。
 彼はこの国で唯一の現役A級鍛冶師である。たとえ『隻眼の工房』を辞めたとしても、良い職場がすぐに見つかるだろう。本来であれば、こちらから頭を下げなければならないような人物なのだ。
 だが、今回はいろいろ事情が込み入っている。

「アレンはどうするんだい? 君はアレンとパートナーシップ契約を結んでいるだろう」

 一番大きな問題と言えばこれである。
『太陽の化身』の現在のエースと言える冒険者アレン。噂によれば、アバドンは彼と個人契約を結んでいるはずなのだ。

「それも副ギルマスに引き継ぎました。もともと俺は鍛冶師を引退する覚悟でここに来てます」

 先ほどの態度とは打って変わって、アバドンは礼儀正しく言った。
 元を辿れば、『隻眼の工房』が『太陽の化身』との付き合いを優先して、『雲隠の極月』への協力を断ったため、僕は自分で『双翼の鍛冶』を立ち上げるしかなかった。
 アバドンはその当事者ではあるが、組織を抜けており、個人としても『太陽の化身』と縁を切っているのであれば、雇っても問題ない。
 そもそも鍛冶職にいたことのない僕がニックに教えられることなど限られている。それこそアバドンであれば、僕の十倍は効率良く指導出来るだろう。
 残りの問題は、『双翼の鍛冶』の長であるニックの判断だけだ。

「ニック。君はどう思うんだい?」
「ギルドマスターとして俺は反対っす。もともと敵の陣営についていた人です。そう簡単に信じられるはずがないっすよ」

 ニックは首を左右に振りながら答えた。その判断はギルドマスターとして正しい。僕もニックの立場ならそう言ったに違いない。
 だが、ニックは苦渋の決断をするかのように表情を曇らせ、続けた。

「でも……鍛冶師の俺としては賛成っす……アバドンさんの指導は今の俺に足りないことっすから」

 ニック個人にとって、最強の鍛冶師が教育係になるなんてまたとないチャンスだ。
 それに、昔のアバドンとニックは境遇が似ている。アバドンももしかしたら、不遇をかこっていたかつての自分とニックを重ねているのかもしれない。
 僕はニックの肩に手を置き、微笑みながら言った。

「ニック。君がしたいようにすればいい。不安要素の管理は僕の役目だからね」
「ロイドさん……」

 僕には鍛冶の才も戦闘の才もない。
 助言士である僕に出来ることがあるとすれば、仲間たちに思う存分暴れてもらえる環境を作ることだけである。

「アバドン。もう一度聞くが本当にいいのかい? 君はまだ若い。それこそこの国ではなく世界を狙えたりも――」

 実績がありすぎて誤解しそうになるが、アバドンはまだ二十九歳である。それこそ鍛冶師にとってはこれからが本番。経験を活かした仕事が出来る頃合いだ。
 そんな時期に引退するなど、人生を棒に振るようなものである。
 だが、アバドンは首を左右に振りながら僕の言葉を遮った。

「俺は進め方を間違えたんです。ロイドの意見も聞かずに、規模をどんどん拡大させました。結果、どこにでもあるようなギルドになったんです」

 なら新たにギルドを作れば……なんて言うことは僕には出来なかった。
 彼も彼なりに覚悟をして来ているのだ。一度自分が作ったギルドを辞めておきながら新たにギルドを作るなど、彼のプライドが許さないのだろう。

「俺はもう世に武具を出すつもりはありません。ただロイドにはたまにでいいので指導してほしい」

 アバドンの渇きを癒せるのは、国内最高峰の鍛冶師という肩書でも、ギルドマスターという肩書でもない。ただ自分の技術を磨くことのみ。
 彼も一度頂上に上り詰めたことで気づいたのだろう。一人で行ける場所には限界があるということに。

「俺はこのギルドを裏から支えたいんです。それこそ俺が憧れたロイドのように」
「僕を憧れにしているというのは同意しかねるけど、君の加入を認めるよ。あとはギルマスのニックの許可だけだ」

 人々を普段から観察し、鑑定してきた僕でなくとも分かる。
 アバドンがどれだけの覚悟をもってこの場に来たかということが。
 内心疑っていたのが馬鹿馬鹿しい。彼も役職や肩書に囚われない、心からの職人なのだ。
 そんな彼に向かってニックは深々と頭を下げた。

「こちらこそよろしくお願いいたします。師匠」
「それは俺のセリフだよ。よろしくな。ギルドマスター」

 こうして新たに『双翼の鍛冶』にアバドンが加入することになった。
 きっと未来で鍛冶師の歴史書が書かれたら、今この時を歴史的瞬間として刻んでいるだろう。そんな気がした。

「じゃあ会議を始めようか。アバドンも『幻想郷リュネール』に所属させるつもりだけどいいかな?」
「「「異議なし」」」

 アバドンが立場も決まり、僕たちはやっと会議を始めることにした。
 アバドンについては極力口外しないようにしよう。冒険者協会に提出する書類には嘘を書けないため、調べられたら分かるが、広めなければ知られることはないだろう。

「まずミントさんとローレンさんには、明日から火山のダンジョンに潜ってもらいます」

『雲隠の極月』の大きな目標、それは火山のダンジョンの攻略である。
 二人はまだ火山のダンジョンには潜っていないため、一層から攻略を始めなければならないのだ。ダンジョンは完全攻略されると崩壊し、また新たなダンジョンが生まれる。その入れ替わりは激しい。だからギルドマスターでも潜ったことのないダンジョンがあるのは珍しくない。

「二十三層からは人数より質だからね。ミントさんとローレンさんの二人だけで行ってもらう」

 マルクスやオルタナ、ルースなどの幹部たちであればぎりぎり戦えるかもしれない。
 しかし、ミントやエリスは次元が違うのだ。僕の見立てでは、ミントは正式な認可さえ下りればS級になれるし、エリスもS級に手が届きかけている。彼らが本気を出したら、そこいらのA級冒険者では足手まといにしかならない。

「そういえば、聞こうと思ってたんだけど『幻想郷リュネール』の最終目標って何なの?」
「それは俺も気になるな! 目標は大事だ!」
「やっぱりギルド順位一位を狙いに行くんすか?」
「一位。みんながいるならいける」

 ミント、ローレン、ニック、エルナが思い思いに発言する。
 皆は『幻想郷リュネール』の目標がギルド順位一位だと思っているのだろう。
 これほど豪華なメンツが集まっているのだ。誰もがそう考えるはずだ。
 しかし、この中で一人だけ、僕の考えを見抜いている者がいた。

「ロイドだぞ? そんなの通過点に過ぎない。それよりもっとでかい目標があるだろ」

 そう、一番付き合いが長いアバドンである。
 僕は彼の言葉に同意して頷く。

「流石アバドン。その通りだよ」
「「「「は?」」」」

 他の四人は自分の耳を疑うような声を上げた。無理もない。
 そんな彼らに、僕は壮大な夢物語を告げた。

「僕たちの目標は、毎日が幸せだと思えるような、そんな日々を送ることだ」

 フェーリア王国一番になることでも、世界一になることでもない。
 毎日みんなが笑って暮らせる、そんなごく普通の、現実とはかけ離れた目標である。


 二章 過去

 ――これで一応、一段落かな。
 僕は本日の業務を終わらせて、ほっと溜息をつきながら思う。
 既に太陽は沈んでおり、外には夜のとばりがおりていた。
 ここ最近、色々なことがあったが、その後処理はかなり片付いた。
 あと僕に出来ることがあるとすれば帰ってきた会員をねぎらい、助言をするぐらいだ。

「今日は久しぶりにスラムにでも顔を出そうかな」

 そんなことを口にしながらギルドを後にする。
 ここ最近はギルドの経営や、ミントたちの指導で忙しく、まともな休暇がなかった。
 そのため、僕の生まれ故郷であるスラムに顔を出すことが出来ていなかったのだ。


「ここは何も変わらないな……」

 数十分かけてスラム街に辿り着いた僕は、昔と変わらない景色に懐かしさを感じつつも落胆を隠せないでいた。
 ギルド経営をしつつ、僕はこれまでスラム街の復興のために力を尽くしてきた。
 無料で鑑定をして適性を見つけてあげたり、就職先を紹介したり、不定期に炊き出しを行ったり。
 けれどそれはその場限りで、根本的な解決にはならない。それを証明しているような光景だった。
 これから、どうやってスラム街と関わっていくのが正しいのか。
 僕の生まれた場所だ。見捨てるという選択肢はない。今はギルドのことで手一杯だが、いつかはスラム街の住人たちにも幸せに笑ってもらいたい。
 それに、優しかったならきっとこうしたはずだ。その意思を受け継ぐのが、僕にとって、そしてカイロスにとっても大事なことだと信じている。
 そんなことを思っていると、すれ違った男が僕を呼び止めた。

「やぁ、久しぶりだね」
「え?」
「やっと君を見つけたよ」
「ッ!?」

 突如感じる異様な気配。戦闘態勢に入るには十分な理由だった。
 僕は護身用の短剣を取り出し、背後を振り返りながら後ろに跳躍しようとする。
 しかし、僕が動くより先に男が魔術を発動した。

「無駄だよ。合成魔術【長距離転移ロングテレポート】」

 その瞬間、僕の視界は一瞬で闇に包まれたのだった。
 僕の意識は深く、より深く落ちていく。
 知らず知らずのうちに閉じ込めていた記憶の奥底まで深く……深く…………

         †

「……イド…………ロイド。もう朝だよ~」

 沈んでいた意識を引き上げるように、明るい女性の声が響く。
 しかし、僕の本能はその声を拒絶した。

「ん……まだ寝たい…………」
「だめ~今日は色々予定があるでしょ~」

 睡眠欲が三大欲求と言われるだけのことはある。
 昨日まで興奮して眠れなかったにもかかわらず、今は寝る方を優先しているではないか。
 昨日さっさと寝ておけば良かった。まぁ今更後悔したところで、この欲求が満たされるわけではない。

「あとちょっと……だけ……」

 僕は再び意識を沈めようとする。
 しかし、彼女は物理的に僕の意識を叩き起こそうとした。

「ダメに決まってるでしょぉ!」
「うげっ!」

 彼女は僕に覆いかぶさるように飛び乗る。
 たとえ軽い女性の体とはいえ、僕は。三つも年上の女性に飛び乗られたらかなりの痛みが走る。その痛覚は僕の眠気を覚ますには十分だった。

「あら? 美少女が寝込みを襲ってあげてるというのになぜそんな嫌そうな表情をするのかしら?」

 僕の腹の上に乗っている彼女は、にんまりと笑みを浮かべて尋ねてくる。
 実際彼女は整った容姿をしているし、僕もドキリとしないといえば嘘になる。
 だけど、美少女となると話は別だ。

「姉さんはもう少女っていうには微妙な歳じゃ――」
「そんなこと言う可愛い弟ちゃんにはお仕置きしちゃうゾ?」
「ぐはっ!」

 彼女は満面の笑みで、僕の腹に鉄拳を突き刺す。
 さて、どこの美少女が鉄拳を繰り出すというのだろうか。僕はそんな美少女なんて知らない。大体この国では十五歳が成人なんだから、姉さんはもう大人なのだ。
 渋々起き上がると、見慣れた光景が目に入った。人が三人過ごすにはちょうどいい広さの石造りの部屋だ。窓ははまっておらず、壁も柱もボロい。僕が寝ていたソファも虫食いだらけで柔らかいとは言い難い。

「おっほん。朝からイチャイチャしないでもらいたいものだ」

 僕たちのやり取りに苦笑を浮かべながら、続き部屋から男が顔を出した。

「あ、兄さん。もう準備したの?」
「ロイド。実はね。今日を一番楽しみにしてるのはカイロスお兄ちゃんなのよ? 恥ずかしいから顔には出してないだけで」
「なっ!? リーシア! ロイドの前でなんてことを!」

 彼女の言葉を聞き、一瞬で兄さんの顔が真っ赤に染まる。

「お兄ちゃんもそろそろロイドの前でかっこつけるのはやめたら? ロイドが本気でお兄ちゃんのこと尊敬しちゃうよ」
「お、俺が尊敬されない人間みたいに言うな。これでも一家の大黒柱だぞ?」

 兄さんはこの中で最年長の二十二歳。僕と姉さんを守るために頑張ってくれているのだ。
 明日が不安でないのは、カイロス兄さんがいるからと言っても過言ではない。


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