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第一章
結婚記念日前日 決意①
しおりを挟む「──オリヴィア様、ただいま帰りました!」
元気な声と共にアンが部屋に入ってくる。そして、部屋の中の惨状を見て目を丸くした。床に大量の本が散らばっていて、足の踏み場がない。
散らばった本の中、床に座り込んだオリヴィアに不安そうに近付くと、突然立ち上がってクルリと振り向いた彼女の瞳は決意に満ちていてアンは面食らってしまう。
「決めたわ」
「離婚ですか!?」
嬉しそうなアンをジトリと睨んでからオリヴィアは咳払いをした。
「幼児化した呪いを解いてもらう! まずはお家を出て行きましょう」
「出て行くのはやめましょうよ」
「えいえいおー!」と拳を振り上げていたら、アンから反対の声が上がってオリヴィアはよろけた。イアンと離婚して欲しいと願っているアンが、家を出て行く事を反対するとは思ってもいなくて目を剥いて驚いてしまう。
「邸と使用人達は慰謝料として残してもらいましょうよ。皆さん、素晴らしい人達ですし。オリヴィア様はここで平和に過ごすのが一番です。お嬢様が出て行く必要ありません」
「アンはターニャが苦手じゃなかったの?」
むしろ、嫌っていると思っていた。あんなに毎日叱られているのだ……と言ってもアンが言う通りにしないからである。
「メイド長は口うるさい方ですが、正当な理由なく叱る方ではありません。それに必ず後でちゃんとフォローして下さるんです。不慣れな私にしっかりメイドの仕事を教えて下さったし、元騎士だからと言って贔屓もされませんでした。それから他の使用人達は気さくで良い人たちです。初見で怖がられる私ですが、みんな外見ではなく中身を見てくれます。みんなが常にオリヴィア様の為に動いてくれます。そんな彼らから離れるのは得策だと思えません」
「アンはグゥイン公爵家の邸は居心地良い?」
「あの男は嫌いですが、ここの人達は嫌いじゃありませんので」
きっぱりと言い切ったアンを見て、オリヴィアは口元に笑みを浮かべた。
「アンも、ここを自分の家だと思ってくれていたのね……」
じんと熱くなってオリヴィアは自分の胸に手を置いた。アンも私と同じようにこの場所を家だと思ってくれていたのだ。十四の頃から騎士になってくれてから今日まで、自分の家族と過ごした年月よりも私ち過ごした方が長い。その間、アンにも苦しい日々を過ごさせてしまった。そんな彼女が、この場所を嫌いではないと言っている事がオリヴィアは純粋に嬉しかった。
(尚更、スェミス大国を滅ぼすなんて馬鹿な計画を止めなきゃならないわ)
サーレン様に協力を仰ぎにカイロ領へ行く。でも、まずは幼児化した理由を突き止めなければいけない。ミシェルは関係ないなら、誰かが私に魔法をかけたのだ。それが周囲に危険を及ぼすのかどうかはっきりさせなければ。
スェミス大国にも魔女がいた筈。
アンの両手に紙袋が握られている事にオリヴィアはやっと気が付いた。何かと思えば、子供服を大量に購入したらしい。
「オリヴィア様に着せたい服がいっぱいあって……まずはどれを着ますか? わたしのお勧めは、フリルとリボンがついたワンピースんですけど」
と両手にとって見せてくれたのはウエストに蝶結びの大きなリボン、襟元と袖、裾には白いレースが付いていて、ふんわりと膨らんだワンピースだった。
「今まで着たことがないような服だわ」
「あの頃は私のお下がりばかり着せていて申し訳ございませんでした。折角、六歳の頃になられたんですから、あの時着せてあげられなかった服を着せたいんです」
キュッと悲しそうに眉を下げたアンを見て「服を着せて」と頼むとアンは嬉しそうにオリヴィアを飾った。レース部分がキラキラしていて、オリヴィアの心が弾んでくる。洋服一つで気分が軽くなるなんて初めて知った。
「じゃあ着替えたから、こっそり出て行きましょう」
とドアへ進むと背後からアンに肩を掴まれた。
「何を仰るんですか。どうしてオリヴィア様が出ていかなきゃならないんです。出て行くのはあの男です」
振り向けば、アンは眉間に眉を寄せていた。皺がくっきり浮かんでいる。
「元に戻して欲しいから、魔女に会いに行きたいの」
「魔女じゃなくても良い筈です。殿下に頼んで魔術師でも良いのでは?」
「それじゃ駄目よ」
叔母様や陛下に頼む事は出来ない。もし私が叔母様に会えば、ミシェルは勘繰ってお母様の秘密を暴露する可能性があるからだ。その分、魔女は問題ない。私の幼女化を突き止める為だけに会うんだと判断をする筈だ。
水晶玉で記録していたくらいだ──もしかしたら、これも記録されているかもしれない。
「いいかしら、アン」とオリヴィアは猫のように大きな瞳でアンを見上げた。アンはオリヴィアがキツくないよう膝を付いて彼女と目線を合わせてあげる。
「幼児化した私との離婚をイアンが承諾すると思う?」
「それは……」アンは押し黙った。思う事があるのだろう。
「まずは大人の姿に戻ってからイアンと話をした方が絶対に良いわ。子供の私がイアンと話したって言い包められるだけよ。そう思わない?」
「そうですね……確実に離婚する為なら元に戻ってから話を勧めた方が良いですね」
『離婚』という単語をアンは何度も口にする。敢えてオリヴィアは否定しなかった。
「だからと言って、魔女に会いに行くのはどうかと……たしか首都からかなり離れた遠い森に居た筈です」
「魔女の方が良いわ。イアンはまさか魔女に会いに行くなんて思わないでしょ? 魔導士だとすぐ私の居場所が割り出されるじゃない」
「そんなに何日も家を留守にされるつもりですか?」
「ん?」と片眉を上げたアンにオリヴィアは飛び付いた。
突然、アンから抱き締められてアンは尻もちをついてしまう。
「それと、もう一つ理由があるの! 折角可愛い服を着たんだもの。お出かけをしたいわ」
「私は可愛いってみんなに証明したいの!」と叫んでアンを抱き締める腕に力を込める。するとアンの耳が赤くなるのがオリヴィアの視界の端に映った。
「そうですよね……! 折角可愛い服を沢山買ったんです。昔はお出かけでさえできなかったんです! 若返った今しなきゃいつするって言うんですかっ!」
ギュッと力強く抱き締められて、罪悪感が多少湧く。しかし、アンから邸を連れ出して貰えないと自分一人では無理なのだ。公爵家の門番に門を開けてもらえない筈だ。アンが居れば、私と一緒に上手く出て行けるはず。
「要は急げです。魔女の所までは距離がありますのでケースに入るだけ荷物を入れます」
「も、門番には私の姿を見せたくないの。イアンには探して貰いたくないから、外に出たと知られたくない」
「ご安心を。理由をつけて馬車を拝借します。まずはそこまで来てください。実は使用人達にしか知らせていない秘密通路があるんで、そこを通ればすぐに馬車のとこまで辿り着けますよ。緊急時の時しか使わない、とされているんで普段は誰も通りませんからご安心を。オリヴィア様は馬車の座椅子が荷物入れになっていますので邸を遠く離れるまではそこで隠れていて下さい。出て良いタイミングで合図をしますから」
テキパキと喋りながらイアンのスーツケースを拝借したアンはその中に洋服をテキパキと入れていく。
「このスーツケースを見せて、実家に帰るとか理由をつけます」
「実家に帰るなんて……信じるかしら?」
「オリヴィア様とクソ男が結ばれた事に精神的苦痛を起こした為、落ち着くまで実家に帰ると言えば皆信じる筈です」
私とイアンが昨夜結ばれた事はアンの耳にも入っている──それほど、許せないのかしら……>?
「オリヴィア様はクソ男に置き手紙を書いて下さい」
「手紙?」
パチパチと瞬きをしながらオリヴィアは首を傾げた。
「探しにきてもらって困るなら、絶対に探しに来ないだろう内容を書いておかないと。何もなければタダの家出だと思われて騎士団、軍隊総出で捜索されますよ」
「そんな大袈裟な」と口にするもハタリと止まる。イアンは私の為に旧帝国を滅亡に追いやったくらいだ。そんな愛が重めの人が私を探さないなんて、絶対にない。
(……愛されているわね。私)
そこで愛が重い、怖い、とならないオリヴィアである。彼女はイアンの愛の重さも含めて全部を好きなのだ。
「分かったわ、書くわ」
アンからペンとメモ紙を渡されて……なんて書けば良いか思い浮かばない。
「何がいいかしら?」
アンにアドバイスを求めると「傷つけるつもりで書かれると良いと思います」と返事があった。
「いっそ死んでしまうくらい傷付けましょう、完膚なきまでに」
と言ったアンの言葉か右耳から左耳へ通り過ぎて行った。
「そうね……」
首を傾げながら腕を組む。じっと瞼を閉じていたら、ある考えが思い浮かんだ。
この生活と真逆の事を書きましょう──イアンを傷付けてしまうけれど。
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「絶対に元の姿に戻って、呪いを解いたら……イアンの元に返ってくるわね」
「愛してるわ」
誰にも聞こえない音量でオリヴィアは囁いたのだった。
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