風のフルーティスト -Canary-

蒼乃悠生

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第六章 君の一つ一つの言葉が

9 おとなって理解できない

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「オイ、糞爺」
 聴き慣れた声。
 でも激昂しているように声が低い。駅前の道でとはぐれた時、変な人に絡まれたところを助けてくれた、あの声によく似ている。
 視線を下げ、声がした方へ向けると、閉まっていた筈のドアが開いていた。
 そこには、殺意を抱いているかのように気色ばんで立つそうくん。持っていた長財布を、思い切り投げ捨てる。
 一方、梶瑛かじあきさんは彼のすぐ後ろにいて、後ろめたい気持ちがあるかのように俯いていた。
「あ、あれ? もうコンビニに行ってきたの? なんか早くない?」
 オロオロするshow先生。先程までの余裕は何処へやら。
「行ってない。つか、しほりさんから手を離せ、糞爺」
「先生に向かって糞爺はないだろ!」
「じゃあ、クズ」
「酷いっ」
 show先生は目を合わせようとしない梶瑛かじあきさんに気づき、「凛子りんこっ、話が違うじゃねえかっ」と必死に訴えていた。
 先生の手が離れた瞬間、私は駆け出した。
そうくん!」
 飛び込むように抱きつく。
「ちょ、しほりさん⁉︎」
「おこらないでっ。先生が暑そうだから脱いだらって言ってくれらの」
 私は酔っ払いながらもそうくんを説得しようと頑張った。
「あああああ⁉︎」
 すると油を注ぐ形となってしまったようだ。
 そうくんは額に青筋を立て、目を尖らせ、すごい剣幕で先生を見下ろしている。
 おかしいな。失敗、失敗。
「どんだけ女に手を出してんだクソが」
 言葉が汚いそうくんも、良い。グッジョブ。
「あ~~~~勘違いだよー? お酒で苦しそうにしていたから、ちょっっっっとファスナーを緩めてあげようかなと思っただけで」
 両手を合わせて、必死に弁明という嘘を並べていく。その必死さといったら、そうくんがドン引きするくらい。
 そんな時に私は「あ!」と思い出し、そうくんを見上げながら口を開いた。
「先生、すごいんだよ? すっごくおとななの!」
「大人?」
がね、ねっとりというかー、ゾクッというかー。どうやったらそんなにのかなぁ! おとなっぽいね!」
 満面の笑みを浮かべた。純粋に先生の大人っぽさを尊敬する眼差し。
「ちょっと誤解を生むような言い方はしないでおくれよ! しほりぃ!」と悲鳴に似た叫び声の先生を完全に無視する。
 するとそうくんは菩薩のように優しく微笑み、私の頭をぽんぽんと叩いた。
「それは大人じゃなくて、クソエロジジイだから尊敬したり、覚えちゃ駄目ですよ?」
「んー?」
 小首を傾げる。大人じゃなかったの?
「しほりさんはまずお酒を抜きましょうね」
「はーい」
 離そうとする彼の体をガッシリと抱き締めた。
「しほりさん? 俺は糞爺を説教したいんで、水を飲みに行ってもらってもいいですか?」
「うーん」
「そろそろ離してくれません?」
「やーねぇ~」
「……じゃあ、まずはファスナーを締めましょうか」
 力を入れて体を離そうと焦るそうくん。どうして、そんなに焦っているのでしょう。
 仕方がないので、くるりと身を翻し、横に流した後ろ髪を持つ。「ファスナーをつまめないのでお願いします」
 不器用な手付きで、彼がファスナーを締めてくれている時、
「ちょっと! 年増! そうから離れなさいよ!」
 剥がそうとする梶瑛かじあきさんに、ぷいっと顔を背けた。口が3のように尖る。
「ヤダ!」
「子供みたいなこと言わないで! 年増!」
「いや!」
「ババア! 離れろ!」
「ババアじゃないもん!」
「『もん』⁉︎ キモいんだけど!」
「離れないもん!」
 そんなやりとりを苦笑しながら彼は、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「ファスナーが上がらないから、じっとしてて」
「だってあの子、いじわるを言うんだもん!」
 ここに来るまでに散々言われた「年増」。言われて悲しくないわけではない。ずっと我慢していたのだ。大人だから。
 しかしお酒で我慢という機能を失い、子供のように言いたいことを口にする。
 私と梶瑛かじあきさんの言い合いが止まらず、彼は「うーん」と唸った。
 更に、覗き込んでいたshow先生は、
「布を噛んで上がらない時は、一回下げるといいよ」
 と、囁く。
 きっと他の人が言ったなら助言と受け取れるのだが、先生が言うと不思議なものでエロを助長させる。
 彼の額の青筋が増えた。それをきっかけに堪忍袋の緒が切れる。
「お前ら、出てけッ‼︎‼︎」
「え、あたしも⁉︎」
 そうくんはshow先生と梶瑛かじあきさんの背中を押して、リビングから追い出した。ジタバタする二人を問答無用で。
 ぽつんとに残される私。瞬きを繰り返しながら、怒りを表す彼を眺めていた。
 彼は赤面しながら、自らの黒いティーシャツを脱ぎ、そのまま私の胸元に当てる。
「前、これで隠してて。念の為に」
 いつもの敬語は消え、彼は赤面しながら言った。
そうくんの、匂いがするにゃ」
「しほりさん……頼むから匂いは嗅がないで」
 彼は耳まで赤くなっていた。
 私をソファに座らせると、再びファスナーを締めようと試みる。が、やはり布を噛んでいるようで上がらないらしい。「一旦下げますね」と言うと、ファスナーを思い切り下げた。
「ふわっ!」
 背中が空気に触れ、声が漏れる。
「あ、すみません」
「へへへ~涼しい」火照った体には気持ち良い。
「私ね」
 ジーと微かに音を鳴らしながら、ファスナーは上がっていく。
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