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獣国編 毒蛇と魔女

幾度目の失敗

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 確かにこの世界のバジリスクと俺の知るバジリスクとでは違いがある。
 習性、吐き出す毒。もっと他に細かい部分でも違いがあったかもしれない。

 でもこれは、これはあまりにも……バジリスクと呼ぶには異質過ぎる姿だ。

 内側から鱗を食い破るが如く姿を現したのは、見た事のない怪物だった。
 バジリスクよりもずっと細く、くすんだ茶色の体色と、いたる所から伸びている無数の触手。口らしき部分には鋭利な牙が円を描くように生えており、そこから滴り落ちているのは紫色の液体。

 ただただ気味の悪い見た目をした怪物がそこに居た。

 「……」

 信じられない光景に呆然としたまま、俺は動けないでいた。あまりにも異質な光景に回避する事すら頭から抜け落ちて、こちらへ向かって伸びてくる触手をボーッと眺める事しかできない。

 その触手に触れられたらどうなってしまうのか。そんな事すら考えられず――。

 「……っ!」

 「ぇ、あ……?」

 触手が俺の体を絡め取ろうとした直前、横合いからの衝撃に俺は吹き飛ばされた。

 放心していた意識が無理やりに引き戻され、ようやく俺を突き飛ばした存在がクロエであると認識した頃に、悲痛の声が上がる。

 「うぁぁ! 離せっ!」

 前を見れば、怪物の体から伸びた触手がクロエの髪を千切れんばかりに引っ張っている。痛みに涙を浮かべるクロエと、ブチブチと髪の毛が切れる音を聞き、そこで初めて俺は事態の深刻さを知った。

 「クロエっ!!!」

 あぁ馬鹿野郎、何してんだ俺はっ!
 これまで生きてきて信じられない光景なんざ飽きるほど見てきたくせに、この期に及んで何たる失態! このアホ! 役立たずめっ!

 心の中で自分に対して罵詈雑言を浴びせながらも、足早にクロエに駆け寄って触手を掴み取る。

 うわっ!? ヌメっとしてる! 気色悪っ!
 って、そんな事気にしてる場合じゃないだろ! このままじゃクロエの髪が!

 「こんのっ! かったいなぁ!! あぐぅっ!」

 触手を切断しようにも、ヌメりに加えて強度も高い。どれだけ力を込めてもビクともせず、終いには食らいついて歯で噛み切ってやろうとしたがそれも無駄に終わった。

 「……いい、から。君は逃げてっ」

 「馬鹿言うな!」

 こんな時でも俺を気遣ってくれるクロエ。コアちゃんといいクロエといい、自分の事は二の次で他人の事ばかり……あぁもう、こんなの見捨てられるわけないだろぉ!!

 何か手はないのか!

 「はぁぁぁぁぁっ!!!」

 「っ!? アルフさん!」

 クロエの危機にいち早く駆け付けたのはアルフさんだった。
 上空から石の槍を構えて、寸分違わずクロエの髪に纏わりついている触手へ一閃。……しかし。

 「馬鹿なっ!?」

 触手はグニャリと曲がっただけで切断までには至らず、それどころかアルフさんの一撃を簡単に跳ね返してしまった。

 嘘だろ……石製の槍とはいえ、あの勢いで振り下ろされた一撃が効かないとか。こんなに細いのに、切断に対する絶対的な耐性でも持ってんのかコイツ!?

 「切って!」

 どうすればいいと、あの手この手を考える俺へ向かって、不意にクロエが叫んだ。

 「切れるならとっくに切ってる!」

 「違う……! 私の髪を切って!」

 「はっ!?」

 思わぬ一言に驚愕した。髪を切れだと? 確かにそれなら触手からは逃れられる。でもそんな事をすればこの長い黒髪の大部分を失う事になるんだぞ!?

 前世で恋人の1人も居なかったこんな俺でも、髪は女の命って事くらいは分かる! それを切れなどと――。

 「命には代えられん! 構わんなクロエ!?」

 「早くっ!!!」

 「ぜぇぇぇぇぇぇいっ!!!」

 迷う俺を置き去りに、即決断したアルフさんが槍を一振り。あんなにも長かったクロエの黒髪が切り飛ばされて宙を舞う。
 大部分は地面へ落ちたが、触手が絡め取っていた髪はそのまま怪物の体内へ引きずり込まれてしまった。

 「おい貴様! ボケっとしてないでクロエを連れて行け!」

 「あ、あぁ……」

 一喝され、慌ててクロエの体を抱えてその場を離脱した。

 作戦会議をした時と同じく、大木の物陰まで移動。怪物の注意がこちらに向いていない事を確認した後、その場へクロエを下ろしてあげた。

 「大丈夫か?」

 「……ごめん」

 ポツリと呟かれた言葉の意味が分からなかった。どうしてクロエが謝る?

 「それは俺の台詞だ。敵を目前にして放心しちまった……すまない」

 「……仕方ない。あんなの見たら誰だって腰抜かす」

 「クロエは平気だったんだな」

 「……平気っていうか、君が危ないって思ったら体が勝手に動いてた。ごめんね、突き飛ばしちゃって。怪我してない?」

 「お、おう」

 なんかこう、ここまで真っ直ぐに好意というか、純粋に心配されると凄く照れくさい。前までの俺なら惚れてるぞチクショウ。

 そんな照れくささを誤魔化すように、すっかり短くなってしまったクロエの髪に触れる。
 クロエは仕方ないと言ってくれているけど、間違いなく俺のせいなのだから気にするなってのが土台無理な話だ。

 槍で豪快に切った故にこのままじゃバランスも悪いし、髪の毛は後々整えないとだよな。

 「……んっ、お誘い? いいよ」

 「違うわっ!」

 何をどう勘違いすればこの行為がお誘いになるってんだ! いいよじゃないんだよ! そういうとこだぞクロエ!

 「……ふふ、冗談。すぐに戻ろう、たぶん族長達がアイツを抑えてくれてるだろうし」

 「分かりにくい冗談はやめてくれ。まぁ、その意見には賛同だ。さっきから戦闘音っぽいのもして――」

 「話は終わったか!!?」

 「ぎゃあっ!?」

 おまっ、ヴェ、ヴェロニカさんこの野郎! いきなり木の影から飛び出してくるなよ! 今ので死ぬかと思ったわ! はぁぁぁぁ心臓バックバク、いったぁ~。

 「言いたい事はあるだろうが急ぎだ! イヴニア、あれは何だ!? 角を折り砕いた筈なのに毒を吐いておるぞ! あれが喰らう者の真の姿か!? だとしたら気持ち悪過ぎると思うのだがっ! 気持ち悪過ぎると思うのだがっ!!!?」

 お、おぉ……あのヴェロニカさんが焦りに焦ってる。何で2回言ったし。まぁ気持ち悪いって所は確かに同意するけども。
 もしかしてああいう見た目の生物は苦手だったりするのかな? 意外だ。

 ん? ヴェロニカさん、露出した腹部分が酷く焼け焦げているな。
 この傷はごく最近見たぞ。コアちゃんの背中に刻まれた毒による負傷と同じと見て間違いない。

 「落ち着いてくれ。まずハッキリと俺が言えるのは、あれについては何も知らない」

 「……知らないの?」

 「ああ。俺が知ってるバジリスクは、あんな姿に変貌はしなかった。
 そもそも戦う前からおかしな点はあったんだ。奴の習性とか、麻痺毒しか吐けないバジリスクが溶解液を使ってるとかさ。それにあれは、バジリスクってよりも別の何かに見える」

 「ふむ……冷静に考えてみれば、確かに。習性についてはオレ達もおかしいとは思っておった。あれが喰らう者でないのなら、あの化け物はいったい?」

 「見た感じ、まるでバジリスクの体を食い破るように出てきた。あれがバジリスクじゃないってんなら、考えられる可能性は……寄生虫の類、か?」

 「あんなデカい虫が居てたまるか! ゾワゾワする!」

 「お、おう。やっぱりヴェロニカさん、ああいうの苦手?」

 「虫自体はそこまで苦手ではない。が、あの無数の触手がウネウネ動いておるのがどうにも気色悪いのだ。流石のオレでも引いたぞ」

 「……あー、確かに族長って細くてウニョウニョしてる奴嫌いだよね。この前も幼虫の大群見てゾワゾワしてたっけ」

 「頼むから思い出させるな」

 本気で嫌そうな顔してる。何でも「んはは!」と笑い飛ばしそうなヴェロニカさんがここまで言うって相当だな。幼虫の大群は俺でも抵抗あるけどさ。

 「しかし困ったな。イヴニアが知らんとあっては対策のしようがないではないか。ここに来る前に胴体へ一発叩き込んではみたが、まるで手応えが無かった故に正攻法は望み薄と考えるのが妥当だろう。
 傷を付けるどころか反撃の毒液を受けてこのザマだ」

 「ちゃっかり攻撃してたんだな」

 「攻撃が通るか否か、とりあえず殴ってみるのが手っ取り早いからな」

 「わぁ脳筋――ん?」

 【条件その2 他者の悪口を言うを達成。条件その3を解放】

 どんな条件!!? 毎回の事だけどいい加減過ぎないか!? 今回は明らかに雑だし! そんなんでいいのかデーモン様!?

 「何か言ったか?」

 「あー、いや、何でもないから気にしないで。とにかく今は体勢を立て直して奴を見極めよう。未知の存在相手に無策で飛び込むのは自殺行為だ」

 「分かっておるが、そう悠長な事を言っておる場合でも――」

 「族長!! 伏せてください!!」

 「「「っ!?」」」

 唐突に響いてきたアルフさんの声に、ほとんど反射で俺達はその場に伏せた。
 直後、頭スレスレを何かが駆け抜ける。ハラハラと俺の前に舞い落ちて来たのは数本の白い髪の毛。

 何が起きたのか理解が追いつかないまま、やがて俺達の姿を隠していた大木が軋みを上げながらゆっくりと倒れていく。
 ズシンと大地を揺らして倒れた大木の向こう側には、変わらず気色の悪い姿をした奴が居た。

 いや、変わっている部分はある。

 クロエを捕まえていた奴の触手、さっきとは違って赤色だ。

 「気をつけてくださいっす族長! そいつのニョロニョロ異常に切れるっすよ!」

 頭上からウルズさんの声。見上げてみれば他の獣人達も皆、木の上へ避難していた。そりゃあんなのが下に居ちゃあな。

 「んは、どうやら絡め取るだけが能ではないらしい」

 「……族長、笑ってる場合じゃない」

 「笑うしかなかろう。アルフの忠告が無ければ今頃オレ達は真っ二つだったぞ」

 そう言われて初めてゾクリと体が震えた。
 確かにその通りだ。運良く体が反応してくれたけど、下手をすれば今頃……というか俺、そんな物騒な物を噛み切ろうとしてたのか! 怖っ!

 「オレの勘がまったく働かなかった。数年振りだぞこんな事は」

 「……最悪じゃん、それ」

 「そんなにか?」

 「……うん。これまでも何だかんだ族長の勘に助けられてきたから、それが使えないのはかなり痛いよ」

 やっぱりスキルか何かだろそれ。きっと超直感みたいな名称のスキルに違いない。今度謎空間に行った時にでも探してみよう。

 もちろん、ここを生きて切り抜けられればの話だが。




――――



あとがき。

目指せ書籍化!
多くの人に読んでもらうためにも、皆さんの応援コメント、評価等よろしくお願いします!
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