帰らなければ良かった

jun

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それぞれの罰 ジュリアーナ・イザリス元公爵夫人

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ラルス視点


「ジュリアーナ、数えきれない程の罪を犯し、数えきれないほどの被害者を出したあなたは即刻処刑されてもおかしくはないが処刑はしないという事が決定された。
あなたは薬を使い、公爵夫人の地位につき、薬で周りを不幸にしていった。
よって、新薬の治験者として、薬が大好きな身体を使い、今後の医療に貢献するようにと、陛下からの直々のお沙汰だ。」

「は?」

「もう出発するから。」

「嫌よ、そんな所にいかないわ!」

「関係ないから、あんたの気持ちは。もう我儘言える立場じゃないからね。
ほら、行くよ、最後だから付いて行くから。」

何かギャーギャー言っていたが、無視して馬車に押し込んだ。

手枷をされて、ペラペラのワンピースを着させられて、
「何よこれ!こんなの服じゃないわ!」

「ハイハイ、どうせ、向こうに付いたら裸だから。」

「え?なんで、裸よ!」

「知らない。俺はやった事ないから。」

「知らないって、あなた、そう言ったじゃない!」

「向こうがそう言ってたから、同じ事言っただけ。」

「向こうってどこよ!」

「医療研究所の新薬開発部の特殊課。」

「何よ、それ?聞いた事ないわ。」

「なんとなく分かるでしょ?新しい薬を考えて作り出す部署の特別な薬を作る所。」

「な、何の薬よ!」

「まあ、媚薬の解毒薬とか、麻薬を中和する薬とかそんな感じ?」

「私は何をするの…よ」

「さあ~」

「知ってるんでしょ?教えなさいよ!」

「ほらほら、そんなに怒ると薬が欲しくなっちゃうよ。」

「うるさい!」

「あんたはホントに変わらないね~ナタリアも変わらなかったけど、あの人は潔かった。けど、あんたは中身が十代の小娘のままなんだよね。」

「ナタリア?」

「そう、ナタリア元侯爵夫人。あんたが薬を売っていたからあの人も捕まって強制労働施設に行ったよ。あの人はあの人で最悪なんだけど。」

「私は麻薬がはいってるなんて知らなかったから、善意であげてただけよ…」

「あれ?ちょっと罪悪感出てきた?」

「あの子は…嫌いではなかったから…」

「へぇー意外。可愛いのは娘だけなのかと思った。」

「フランシスは娘だもの。ナタリアは…なんとなく私に似た所があったから。」

「・・・助けようとしてあげたの?」

「体調が悪そうだったから…。あの子は今何をしてるの?」

「さあ、貴族のご婦人は何やってもキツイだろうね。男も凶悪犯ばっかりだし。」

「そんな⁉︎」

「可哀想と思える気持ちがあるんだね、知らなかった。」



それからは無言で二人共、窓を見ていた。

ジュリアーナの手は震えていた。


研究所に着いて、馬車を降りる時、手を貸した。

「ありがとう。さようなら。」

そう言って、ジュリアーナは大声を出す事も、振り返る事もせず、中へ入っていった。


この人は、何処からやり直せば良かったんだろうか。

公爵家に来なければ良かったんだろうか?


まあ、何度も言うが、今更だ。


ここであの人が変わろうと、結果は死だ。

どれだけ長く生きても苦痛だけの毎日だろう。


乳母から公爵夫人になった悪い意味で名前を残す事になったジュリアーナ。


あんたは幸せだったんだろうか?



無性にクララに会いたくなった。
帰ろう、俺の最愛の奥さんのもとへ帰ろう。











・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ジュリアーナ視点


ラルスと別れて研究所の中に入ると、

「私がここ、医療研究所の所長、ナイジェル・オランドです。では、お部屋へご案内します。」

眼鏡をかけ、白衣を着た白髪の年齢不詳の男性が、私の前を歩き、私はその後ろを歩いた。
長い廊下には何の部屋か分からない、いくつものドアがある。

すると、ドンとドアが内側から叩くような音がして、身体がビクッとした。

「すみません、今治験中なので、色々と副作用が出ているようです。」

「副作用…」

「そういった副作用を見て、薬を改善していきますから。」

私は何の薬を打たれるのだろう…


「着きました、ここです。」

私の部屋は、ズラッと並んだドアの一つだった。
という事は、ここに並んでいるドアは全て治験者の部屋なのだろう。

「ここで、待機していて下さい。今日は着いたばかりですから、明日からにしましょう。」

と言って、部屋を出て行った。

部屋の中は、ベッド、机、椅子、クローゼット、小さな応接セット、もう一つのドアを開ければトイレとお風呂もついていた。

乳母をしていた時と変わらない部屋だ。
そう、こんな感じの部屋から、公爵夫人の部屋に移ったのだ。
浮かれるなっていう方が無理な話しだ。
それでも、乳母として公爵家に来た時は嬉しかった。
小さくても調度品は良いものだったし、掃除も行き届き、清潔で落ち着いた部屋だった。

夜泣きするクララを一晩中、ミルクをあげたり、オムツを替えたり、抱っこしてあやしていた。
とても小さくて温かくて、愛らしい赤ちゃんだった。
大事に大事に面倒を見た。

二才を迎える頃、公爵に抱かれた。
あの時が無ければ…。

くだらない…考えても仕方ない。


フランシスはどうしたのだろう…。
あの子も薬を飲んでいたのだろうか…
私が飲ませてしまった頭痛薬…
大丈夫だろうか…

そんな心配をしても、もう会う事も助ける事も出来はしない…

ハア…何もしたくない…

ベッドにドサっと倒れ込み、横になった。

シャワーでもと思うが、身体が重い。

そのまま気付けば眠っていた。


ドアをノックする音で目が覚めた。

「食事を持ってきました。開けて下さい。」

ドアを開けると、ワゴンを押したメイド服を着た若い女の子が、私に食事がのったトレイを渡す。

「毎日、この時間が夕食です。」

と言うとドアを閉められてしまった。

トレイの上には、メインのチキンのトマト煮込み、具沢山のスープ、ふかふかのパン、フルーツとデザートまで付いていた。

思わず、凝視してしまった。

牢に入れられてから、こんな食事をしていなかったせいか、急にお腹が盛大に鳴った。

左程、食べられなかったが、満足だった。

お風呂に入ろうとクローゼットを開けた。
中には、無地の白いワンピースが数着、後はダボっとした、頭から被って着るであろうワンピースよりは丈の短い薄いブルーの服。
寝る時はどれを着るのだろう…ブルーか?

なんでいいかと、ブルーを取った。
下着も白だけだった。

お風呂に入った後、布団に入ればすぐ眠くなりぐっすり眠った。

朝、またノックの音で目が覚めた。

「今から治験に入ります。」

鍵を開けられ、昨日食事を持ってきてくれたメイドと所長のナイジェルが立っていた。

「今、支度します。」

「いえ、そのままで結構です。」

顔も洗わせてもらえず、連れて行かれた。

廊下を靴も履かずにペタペタと歩き、二人について行く。

階段を上り、大きく頑丈な扉は、なんだか怖かった。

所長が扉を開け、私を中に招き入れた。

「さあ、あのベッドに横になって下さい。」

それからは、薬を注射され、強烈な痛みに襲われた。
何処が痛いのかも分からないほど、全身が痛くて、何度も気を失った。
失う度に、何かを嗅がされ、意識を戻された。 
また痛みに襲われ、のたうち回る。
横では何か書いている所長。
私に薬を嗅がせるメイド。

その繰り返し。

どれくらいの時間が経ったのか、もう分からない。

朦朧として、ベッドに寝ていると、

「うーーん、あまり食べなかったからかなぁ…あまり良い結果ではないね。次は夜にしましょう。」

そう言って、所長は出て行った。

「それでは今日は終了です。」

メイドはそう言って、ぐったりした私を起こした。

「しんどいでしょうが、ここに寝てると、所長が戻ってきて別の薬、打たれますよ。」

その言葉で、なんとか立ち上がり、フラフラの状態で部屋まで戻った。

部屋に着いた時、

「今日は絶食なので、そのまま寝てしまって大丈夫です。」

メイドがそう言うと、戻っていった。


あの薬はなんだろう…

何の薬を試しているんだろう…

今まで飲んできた薬は痛みなんてなかった。

今日飲んだ薬は全身が痛くて、直接内臓を掴まれているような、全身に針を刺されているような、何処の何が痛いのか、全く分からなかった。

クタクタな一日目は、シャワーも浴びず、眠った。

またドアを叩く音で目が覚めた。

「朝食の時間です」

あのメイドの声がした。

ドアを開けて朝食を受け取る。

トレイにはパンとスープのみ。

昨日は、朝から何も食べていないのにこれだけ?と思ったが、顔を洗ってから完食した。

本も何もないのでする事がない。
昼食を持ってきた時にあのメイドに本を借りれるか聞いてみよう。


午前中は昨日の疲れで眠っていた。

またドアを叩かれ目が覚め、昼食を受け取った。

「本を読みたいのだけれど、何か貸してもらえるかしら?」

「分かりました。後で持ってきます。」

そう言って朝食と同じパンとスープがのったトレイを渡した。

「夕食は豪華だったのに朝食と昼食は質素なのね」

「献立は決められていますが、結果の出方で変わります」

「私は何の薬の治験をしているの?」

「所長から聞いてください」

そしてドアを閉めた。


動いていないので大してお腹も空いていないので量的には丁度いいが、どんな結果が出る予定だったのだろう…痛みが出たからこのメニューなのか?

何も考えつかず昼食を食べた。

食べ終わった時にメイドが来た。

「本を持ってきました。トレイも回収します」

「次はいつ呼ばれるの?」

「夕方頃になります」

「分かったわ、本ありがとう。」

受け取った本をソファに座って見てみた。
本というより、書類のようなものだ。

一枚目を捲ると、犯罪記録が書いてあるようだ。
読み進めると、酷い内容だった。
とても裕福な家の娘として生まれ、両親にも愛され、跡取りの弟も生まれ、何不自由なく暮らしていた。
十歳の時、母親に連れられて出席したお茶会でその子は運命の出会いをする。
美しい銀髪の年下の男の子。
その日から女の子は美しい男の子の虜となった。
それからの女の子は酷かった。
私の息子にこんな子が付き纏われたらと思うと恐ろしくなった。
執着が半端じゃない。
男の子の兄は弟を守る為だけにその女の子と婚約していた。それほどこの女の子は危険だった。結婚してからも執着は止まらないが、結婚した兄の存在はこの女性の暴走を止めていたのだろう。
だが結婚して数年後、急に暴走しだす。
ある高位貴族の夫人との出会いが彼女を壊していく…

ここまで読んでようやく誰の事を書いてあるのか分かった。

ナタリアだ。

あの子を暴走させたのは私だ。
私と出会い、頭痛薬をあげてからあの子は止まらなくなってしまった。
人を操り、邪魔な相手を貶めようと画策している様子は人とは思えないほど醜悪だった。

先を読む勇気が出ない。

パラパラと捲ると、別の犯罪記録になった。

次の女性はナタリアと同じく、幼い時に出会った男の子に夢中になっていた。
ナタリアほどの執着はなかったが、ずっと恋焦がれる様は可愛らしいものだった。
学生になり、好きな男の子に声をかけ、放課後はその姿を追う。
普通によくある学生時代だ。
相手の男の子には見向きはされていなかったが。
卒業後は、なかなか会えない男の子に焦れ始める。
そんな時、ある侯爵夫人に出会い、悩みを聞いてもらううちに、仲が深まる。
持病の偏頭痛に効くという薬を紹介してくれたり、恋の助言をしてくれるようになった。
だが、微妙に悪意があるその助言に、その女の子は気付かない。
助言された通りに行動する女の子。
自分がその侯爵夫人に利用されているのも気付かず。
そして、とうとう犯罪に手を染めた。

その女の子の名は、フランシス。

やっぱり…。

私はフランシスを幸せにしようと必死だったのに、自分の手で娘を奈落に落とした。

娘は今、一人で僻地の街で井戸掘りをしている…


これ以上は読めなかった。

考える事を放置し、ソファの上で膝を抱え震えた。
薬が欲しい。何も考えたくない、だからあの薬を飲んでスッキリしたい。
薬が欲しい。
薬が欲しい。
薬が欲しい。


それだけしか考えられなくなった。


夕方になり、またあの部屋に連れて行かれた。

昨日と同じ薬なのか違うのか分からないが、昨日ほどの痛みはない。
所長は満足気に頷きながらペンを走らせている。

気絶しないので、薬を追加される。

すると昨日と同じ痛みに襲われた。
そして昨日と同じ事が繰り返された。

最後に気を失った後、次に気付いた時は自分の部屋のベッドで寝ていた。

テーブルの上には、サンドイッチとメモ。

「今日はお休みです。」

ボォーっとそのメモを見てから、シャワーを浴びてまた寝た。

今日は珍しくドアを叩かれる事がなかった。

昼をだいぶ過ぎた頃にようやく目が覚め、サンドイッチを食べた。


夜になり、夕食を食べお風呂に入って布団に入っても眠れない。

あの犯罪記録を手にした。

ナタリア、フランシス…その次は誰だろう…

パラパラと捲り、フランシスの後から読み始めた。

次に書かれていたのはナタリアが私が紹介したあの薬を売り、次々令嬢達を壊していく記録だった。
薬を買っていた令嬢達は全て、同じ男性を好きになっていた。
そして、ナタリアにその恋は壊され、身体も壊された。

その次は私が直接声をかけた騎士団のカールが何をしてどうなったかが書いてあった。
そして、ただの恋する平民の女の子は犯罪者となった。

私が脅したあの男爵の娘の事も。
娘は自害していた。

最後は、私の事だった。
公爵家に来たところから始まり、ここに来るまでが事細かに書いてあった。

自分のした事を読み、トイレで夕食を吐いた。

文字で書かれた私のこれまでは、ナタリアなんか比べものにならないほど、醜悪で残虐で人間のやる事ではなかった。
人としても妻としても母としても、こんな人間これまで見た事がないほど酷い、酷すぎるものだった。

それからはもう何も感じなかった。

たくさんの薬を打たれ、痛み、疼き、熱さ、苦痛と言われるものは全て味わった。

何日、何ヶ月、何年経ったのかも分からなくなって、髪も抜け、老婆のような姿になって、いつもと同じく薬を打たれたが、その薬はとても身体が楽だった。

眠くなり、眠った。

久しぶりに夢を見た。

夢には執事のマイクが、私を「奥様」と呼び、「迎えに来ました」と言って手を出した。
「あなた、昔と変わらないわね」
マイクの手を取った時、夢が終わった。





「あーー、この薬は失敗だったね。またやり直しだ。」

「所長、この遺体はどうしますか?」

「うーーーん、結構気に入ってたから脳だけ保存しておいて。」

「わかりました」




ジュリアーナが研究所に来てから一週間後の事だった。















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