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ブライアンの傷
しおりを挟むラルス視点
今日は珍しく、俺もエドもブライアンも早く帰れたので、久しぶりに飲みにでも行こうとなった。
あの定食屋は無くなったので、適当な店に入り、つまみと酒を頼み、久しぶりの三人での飲み会は和やかで楽しい時間を過ごしていた。
ブライアンがトイレに立って、しばらくすると奥からブライアンの怒鳴り声が聞こえた。
何事かとエドと駆けつけると、ブライアンが真っ白な顔で立っており、近くで押されて倒れたであろう店の給仕をしていた女がいた。
「ブライアン、どうした?」
「この女が俺に色目を使って触ってきたので、つい押して倒してしまいました…。
すみません…」
そう答えるブライアンは、口を手で抑え、吐きそうになっている。
「大丈夫か、ブライアン!」
「すみません」
と言ってトイレに駆け込んだ。
「お前、ブライアンに何をした?」
エドがその尻もちをついている女を睨みつけながら聞くと、
「わ、私は、あの有名なブライアン様にお会い出来て嬉しかったので、ご挨拶をしただけです…」
「ほう、ならどうして給仕した際に挨拶をしなかった?態々ブライアンが一人の時に声をかけなくても良かったのでは?」
「お一人の時の方が、都合が良いかと思ったのです…」
「何の都合が良いと?有名なら、ブライアンには婚約者がいる事も知っているだろう?」
「お酒の席ですから…」
「何ィ⁉︎」
エドが殺気を出し始めたので、
「エド、落ち着け!お前はブライアンを見てこい!倒れてるかも知れん!」
エドは俺の言葉に反応し、すぐトイレへ入った。
「ここはそういうお店なの?貴方が客を取ってるの?料金はいくらかな?他に女の子はいないの?良く声かけれたね、君程度の女にブライアンが靡くと思ったの?」
腹立ち紛れに、その女性に嫌味を言うと、
「お金なんて取ってません!ただ、たまにそう言うこともあるので…。」
「君がやってる事は、いわゆる“客引き”。
身体で客を集めてる行為と同じだよ。
後で話し聞くから、逃げんなよ!」
ブルブル震える女を放って、トイレを覗くと、便器を抱え込み、吐いているブライアンがいた。
エドが背中を摩ってあげている。
ブライアンは泣いていた。
吐いて苦しいからではない事が分かった。
「済まなかった、もっとちゃんと店を選べば良かった。落ち着いたら出よう。俺もラルスもいる、大丈夫だ。」
「ウッ・・・ウッ…クッ・・・シ、シリー…には・・言わな…で、くだ…さい…」
「ああ、大丈夫だ、ブライアン。大丈夫だ。」
ああ、ブライアン・・・平気にしていたけど、こんなにまだ傷は深かったのか…。
ブライアンの姿を見て、胸が締め付けられた。
何度も見たことのある姿だ…。
被害者は、思い出しては、震え、止まらない涙に、まだ忘れてないんだと、忘れられないんだと自覚してしまうこの時が、何より辛いだろう…。
どうしてやる事も出来ず、立ち尽くしていた。
「すみ…ません、でした…。」
とブライアンが立ち上がった。
エドがブライアンを支え、口を濯がせた。
「ブライアンとエドは店出て待ってて、俺、会計してから出るから。」
「済まない、先に出ている。」
エドが真っ青なブライアンを支え、店を出た。
「店主、少しいいだろうか?」
「はい、お連れさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないな。
ここは、女の給仕に男を取らせているのか?」
「は?いえ、そんな事はございません!」
「そこの女はよくある事と言っていたが?」
「こういった店ですから酔った客に声をかけられる事もありますが、だからといって、そんな売春宿のような事は一切いたしておりません、本当です!」
「では、そこの女が勝手に気に入った男に片っ端から声をかけてるだけなんだな?」
「そ、そのようです…」
「今後、俺、イーグルの団長と、もう一人いたファルコンの団長と副団長は、今後ここには来ないが、客引き紛いのことを続けるなら、次は団長としてここに来る。
従業員の教育はちゃんとしろ!そして、きちんと選べ!」
カウンターに多めの金を置き、店を出た。
外の階段に座ったブライアンをエドが心配気に見つめていた。
「ブライアン、大丈夫か?済まなかったな、俺の店選びが悪過ぎた。」
「ラルス団長が謝る事なんかないです…すみません、折角楽しく飲んでたのに…」
「どうする?もう帰るか?それとも俺んち来るか?」
「こんな時間にお邪魔したらクララ殿に迷惑だろう。」
「エドとブライアンなら大丈夫だよ。その顔で帰ったら、シシリー心配するぞ。」
「ラ、ルス…団長…俺…」
「良いから良いから、さあ、行こう!」
「済まないな、ラルス、助かる。」
とエドが頭を下げた。
「もうエドまで、そんな顔するんじゃないよ!
ブライアン、ウチの奥さん曰く、辛い事は、甘えさせてくれる人の胸で泣いたら、少しずつ傷が癒えるって言ってたぞ、だから、俺とエドの前では、我慢しないで、泣け。」
エドに支えられながら、泣き続けるブライアンを俺が前に立ち、他人に見られないように歩いた。
家に着いて玄関に入ると、
「ラルス様、おかえりなさいませ。」
とクララが出迎えてくれた。
もう遅いので子供達は寝てしまったようだ。
「エドワード様、ブライアン様、お久しぶりでございます。
さあ、あちらでお寛ぎ下さい、今お水をお持ち致しますね。」
クララは様子のおかしい俺達に何かあったのだろうと、何も聞かずに、二人を招き入れてくれた。
ブライアンがすぐ休めるように、客室に案内し、ブライアンをソファに座らせた。
執事のハリスとクララが、
水差しとグラス、俺とエドに酒とつまみを持ってきてくれた。
「御用がございましたら、いつでもお呼び下さいね」
と可愛いクララが静かに出て行った。
「ブライアン、水、飲めるか?」
「はい…」
エドが水をブライアンに持たせ、震える手に手を添えて飲ませている。
「団長…ありがとうございます。」
「温かい物をもらうか?」
「いえ、大丈夫です。」
慣れているのか、エドはブライアンのこの様子を見ても冷静だ。
俺は、あの事件の時もブライアンの酷い状態は見ていない。
今日初めて見た。
俺は、ドアを開け、ハリスに酒を少し垂らした紅茶を持ってきてくれるように頼むと、クララが心配そうにこちらを伺っていた。
「ブライアン様の顔色がとても悪かったので、心配しておりました。
大丈夫なのでしょうか?
シシリー様にお伝えしますか?」
「今日は泊まってもらおうと思うんだ。
悪いけど、ハリスにシシリーの所にブライアンは家に泊まると伝えに行って欲しいと伝えてくれる?」
「はい、ラルス様はブライアン様に付いて差し上げて下さい。」
ハリスが紅茶を持ってきてくれ、後をクララに任せ、客室に戻った。
「ブライアン、これはね、クララが眠れない時によく飲む紅茶なんだ。落ち着くから飲んで。」
少し落ち着いてきたブライアンは、紅茶を取り、少しずつ飲んだ。
「美味しいです…温まります。」
「でしょ?身体が温まるとなんだか安心するよね。」
「はい。だいぶ落ち着きました。ありがとうございます。」
「今日はね、このままここで休めば良いよ。シシリーにはハリスが連絡してくれてるから。」
「ありがとうございます…。シシリーは勘が良いので、俺に何かあったとすぐバレてしまうから。」
「バレても良いと思うよ。逆に隠しちゃダメだよ。
でも、今日はエドと俺に甘えなさい。お前はシシリーだけにしか甘えられる人がいないと思わないようにね。」
「そうだ、ブライアン。俺にもラルスにも、隠す必要も取り繕う必要もないんだ。
しんどい時にシシリーが近くにいなかったら、俺達を頼れ。」
「ありがとうございます…。
俺…忘れた訳ではなかったけど、今日、あの女に近寄られて、触られて、耳元で囁かれたら、あの時の事を思い出して…。
シシリー以外を抱いた事を思い出して…。」
「そんなすぐに忘れる事も、傷が癒える事も出来る訳じゃない。
だからそんな時は逃げろ。
助けてくれる人の所まで逃げろ。
もう大丈夫だと言ってくれる人に助けを求めろ。必ず助けるから。
分かったね、ブライアン。」
「はい」
俺とエドは、ブライアンが眠るまでくだらない話しをしながら、チビチビ酒を飲んだ。
しばらくすると寝息が聞こえてきた。
「ブライアン、よくああなるのか?」
「たまにだ。でも最近はなかった。酒を飲んでたから、気配を察知出来なかったんだろう。」
「これをシシリーは知ってるのか?」
「知らないと思う。だが、知ったとしてもシシリーは、ブライアンにとって最適だと思う対応をするだろう。
だが、ブライアンがあの姿をシシリーに見られたくないようだ。それが心配だな。」
「こればっかりは時間をかけないとな…」
「ああ。まあ、俺達以外にもガース、ヤコブ、シックス、ミッシェルもいる、みんなで支えてやろう。」
「そうだな。
俺…何にもしてあげられなかったなぁ…。
驚いて、どうしていいのか分からなかった。被害者も何人も見てきたのにな…。
身近な人のあんな姿は、辛いな…。
本人はもっと辛いだろうが。」
穏やかに眠るブライアンを二人で見ていた。
なんだか涙が出た。
「ラルス、付き合うぞ、ほら。」
そう言ってエドが俺のグラスに酒を注いだ。
今夜は飲まずにはいられない。
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