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一人の夜
しおりを挟む今夜の夕食は私一人だ。
ブライアンは団長達と飲みに行くとかで夕食は私だけだ。
私達の噂の件で、私達以外は忙しくしていたので飲みに行くこともなかったが、最近は仕事も落ち着いて、飲みに行ける時間も取れるようになった。
ブライアンも団長二人に挟まれ、嬉しそうに出かけて行った姿にホッとした。
ブライアン本人は気付いていないが、あの事件から、信頼している人が作った物以外の食べ物は、誰かが食べ始めるまで口をつけない。
意識してやってる行為なのだと思っていたが、本人は無意識だった。
それが分かったのは、ヤコブが私達に夕食を奢ると連れて行ってくれた、ご夫婦でやっている家庭料理のお店での事だった。
いつものように、口を付けずにいるブライアンの目の前の料理をヤコブが一口ブライアンの皿から取り食べた。
すると、
「ヤコブ、みっともない、やめなさい。
自分の食べろ!」
とブライアンが言った。
固まった二人に、
「え?間違ってる?何?」
「あ、いえ、すみません、つい副団長のは美味しく見えてしまいました。」
「ヤコブ、子供みたいな事はもうやめろよ、いい大人なんだから。」
「すみません、気をつけます!」
と瞬時にヤコブはブライアンに合わせてくれたが、私とヤコブの頭の中は、「?」でいっぱいだった。
帰り道、気になって、ブライアンに聞いてみた。
「ねえブライアン、普段は私やコック長が作った物以外を食べる時は、誰かに毒味してもらってから食べるのに、今日はどうしてそれをしなかったの?」
「はあ?何言ってんの、シシリー。
俺、人に毒味なんてさせてないよ。」
私とヤコブは顔を見合わせた。
「え?俺って、いつもそんな事させてんの?」
二人で頷く。
「マジか…。だから団長やラルス団長が俺のを摘むのか…。てっきり、俺を揶揄っての事かと思ってた…」
「ブライアンは無意識でああなってたの?」
「どうなってるのか分からないけど、そうらしい。」
「差し入れで貰ったものは、誰かが食べるまでは、口に入れないよ。
騎士団にいる時は、食堂で食べるからそんな事はないけど、今日みたいに外食の時は、近くにいる人が一口食べて見せて、初めて口に入れるよ。
でも、今日はブライアンがヤコブを注意したから、驚いた。」
「そうか、だからヤコブは俺の料理を食べたんだな…、済まん、ヤコブ…お前は俺のために食べてくれたんだな…」
「いや俺は別に良いですけど、今日の店は信頼してるって事ですか?」
「どうだろう…ただ主人が持ってきてくれてホッとしたのは確かだ。」
「「あ~なるほど!」」
「男性が給仕したからブライアンは安心したんだね、そうか…そこか…。」
「そうらしい…なんかみっともないな、俺…」
「「そんな事ない!」ッス!」
「そんな事ないよ、みっともないなんて思っちゃダメだよ。
ブライアンの頭の中で、それがブライアンにとって最良だと判断しただけの事だよ。
今は無意識でも、そう脳が判断したならそれに従って。」
「そう…だな…」
「そうすっよ、男が持ってきてくれるなら安心出来るって分かって良かったじゃないっすか!」
「そうだな…」
「俺が運びますよ、多分ガースさんも喜んで運びますよ。後、デザートはチャーリー先輩が運びます、喜んで。」
「チャーリー?アイツ、いっつもニヤニヤしながら俺を見る。多分、あの時からだ!」
「え?どの時ですか?」
「言わない!」
「教えて下さいよーー」
ヤコブと別れるまで、ヤコブがブライアンの気を紛らわしてくれたせいか、ブライアンもそれ以上暗くなる事はなかった。
その事があってから、ブライアンが外食する時は少し心配してしまう。
思いの外、帰宅するのが遅いブライアンを心配し始めた時、ラルス団長の家に泊まると連絡があった。
態々来てくれたハリスさんは、
「ブライアン様がお酒を飲み過ぎてしまったのか、体調を崩されたご様子でしたので、今夜は屋敷に泊めるとの事でございます。
エドワード様もご一緒ですので、ご安心下さい。」
「飲み過ぎですか?何かありました?」
「ラルス様もエドワード様も何も仰ってはおりませんでしたので、私には分かりかねます、申し訳ございません、シシリー様。」
「いえいえ、こちらこそ、すみません。
態々ありがとうございました。
ブライアンをよろしくお願いします。
着替えを持っていってもらえますか?」
着替えをハリスさんに渡して、丁寧にお辞儀をしてから帰って行った。
家に送って行くのではなく、ラルス団長の家に行ったということは、何かあったのだろう。
ブライアンが私に言いたくないか、見せたくない状態なのだろう。
ラルス団長と団長がいるなら心配ないだろうが、何があったんだろう…。
女性絡みかな…
ブライアンが裏切ることはない。
それは信じてるというより、確信している。
きっと不意をつかれたんだろう。
大丈夫だろうか…また震えているのではないだろうか…。
団長二人が付いていてくれるが、やっぱり側に付いていてあげたい。
目覚めた時に、側にいてあげたい。
私はラルス団長の家に向かった。
とにかく側にいないとと、制服に着替え、剣を下げ、ラルス団長の家まで走った。
遅い時間にも関わらず、クララ様が出迎えてくれた。
「ラルス様もエドワード様もまだ飲んでるんですよ。ブライアン様はお二人の近くでお休みになってるようです。ご案内しますね。」
と優しい笑顔で私を部屋まで案内してくれた。
部屋に入ると、
「シシリー、心配で我慢出来なかったか?」
とラルス団長。
「お前なんで制服なんだ?」と団長。
「ラルス団長も団長も、ブライアンに付いていて下さってありがとうございました。
ブライアンがパニックになったのかと思い、目覚めた時に側にいたくて走ってきました。」
「さすがだね~シシリー。少し給仕の女に絡まれた。
でもだいぶ落ち着いてから眠ったから、目が覚めても大丈夫だったとは思うけど、起きた時シシリーがいたら安心するだろう。
ブライアンに付いてあげて。
俺達もそろそろお開きにするから。」
「シシリーも一緒に休ませてもらえ。」
「本当にありがとうございました。」
二人はその後、部屋を出ていった。
ベッドでぐっすり眠っているブライアンの手を握った。
目の周りが赤いような気がする。
泣いたのかもしれない。
ファルコン騎士団の副団長が女性に触れられただけで、パニックを起こすようになってしまった事が、悔しくて悲しい。
何もしていないこの人をこんな風にしたベルを許せない。
ブライアンがベルを抱いたことも悲しくて思い出すのも嫌だが、それよりもブライアンをこんな風に泣かせたベルが憎い。
泣きそうだ。
でも私が泣いたら、ブライアンはこの姿をまた隠すだろう。
だから泣かない。
手を握り、布団の上からブライアンの身体を摩った。
いつの間にかそのまま寝てしまい、手を引かれて起きた。
「シシリー、なんでここにいるの?なんでそこで寝てるの、ベッドで寝てよ!」
ブライアンが驚いて、ベッドの上で騒いでいる。
「おはよう、ブライアン。心配で来ちゃった…」
「もう制服着てるの?制服で来たの?」
「ブライアン…うるさい…朝早くから質問多過ぎ…」
二人でワチャワチャしていると、
「シシリー様、ブライアン様、お目覚めですか?」
とクララ様の声が聞こえた。
「おはようございます、クララ様。
昨夜は遅い時間に申し訳ございませんでした。ブライアンの支度が出来ましたらラルス団長に挨拶に伺います。」
「まだ早い時間ですから、ゆっくりで大丈夫ですよ。ダイニングにおりますから朝食を召し上がってから出勤してくださいね。」
朝からクララ様を見れるラルス団長は幸せだろうなと実感した。
クララ様の可愛らしくて癒される笑顔は、朝にこそ相応しい。
後でダイニングに行きますと言い、ブライアンとシャワーを浴び、すぐに着替え、ダイニングに向かった。
「「おはようございます!」」
ダイニングには団長もいた。
結局泊まったんだろう。
「おはよう、よく眠れた?」とラルス団長。
「おはよう。ブライアン、身体は大丈夫か?」と団長。
「はい、昨日は先に寝てしまいすみませんでした。おかげで、ぐっすり眠れました。
目が覚めたらシシリーがいたので、驚きましたが。」
「シシリーは夜中に制服で剣まで下げて走ってきたんだよ~愛だよね~」
「やめて下さい、ラルス団長!なんか恥ずかしいですから!」
そんな感じで賑やかに朝食をご馳走になり、皆で騎士団に向かった。
昨日の事を詳しく聞きたかったが、きっとブライアンから聞いて、と言われ教えてくれないだろうなと思い、何も聞かなかった。
もちろんブライアンにも何も聞かなかった。
改めて、尊敬出来る上司を持てて良かったと実感した朝だった。
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