77 / 102
シシリーの願い
しおりを挟むエドワード視点
「団長、ベルの媚薬事件からジュリアーナまでの尋問の録音を聞かせて頂きたいのです。」
真剣な顔で俺を真っ直ぐ見てくるシシリーが、どうしてあんなろくでもない物を聞きたいのか気になった。
「理由は?」
「調書は読みました。ですが、あの時どう思っていたのか、どういう態度を取っていたのか、反省していたのか、反省、更生出来るのかを聞いて判断したいのです。
団長やミッシェルの気遣い、有り難かったです。あの時は私もブライアンもあれ以上の物は読めませんでした。
ですが、自分の心の中にあるドス黒い物が消化されずに残っています。
処罰が下された今、この黒い物を飲み込まなければならないのに、飲み込めません…。
小さくする事は出来ても、やっぱり飲み込む事が出来ないんです…。だから、
捕まった時から処罰が下るまでの様子を聞いたら、その黒い物を吐き出せば良いのか、飲み込めば良いのか判断出来ると思うので…。」
あの時、シシリーもブライアンも精神的にギリギリの所だった。
その後シシリーは刺された為、全く逮捕された女達には会っていない。
尋問の録音も聞いてはいなかった。
聞いても気持ちいいものではないと思ったから今まで聞かなかったのだろう。
でも、どんな風に話し、どんな感情だったのかは聞けば分かる。
「今になってどうして聞きたくなったんだ?」
「先日、町でベルの事を話している人達の話しをたまたま聞いてしまいました。
その話しでは、ベルが被害者として修道院に入れられた事になっていました。
そして、可哀想だと言われていました。
誰も知らないので仕方ない事だとは分かっています。ですが、どうしても許せないのです。ブライアンをあんな風に泣かせる原因を作ったベルが可哀想だなんて言われている事に腹が立って、悔しくて、憎くてたまらないのです。
今頃、ブライアンを想って生活していたらと思ったら、ドス黒い物がドンドン大きくなってしまって、自分でどうしていいのか分からないんです…。
みんなに相談して、小さくする事は出来ますが、無くなりません…。
だから、荒療治で尋問を聞こうかと…思いました…。」
町ではそんな噂が流れていたのか…。
噂を消すにはブライアンの事を公表するしかない。
しかし、そんな事は出来ない。
シシリーは周りを気遣う、基本、優しい性格だ。
そのシシリーがこんなにも特定の人間を嫌う事などない。
それほど憎いのだろう。
だが、その優しい性格が仇になり、憎悪や嫌悪という感情を出せないでいるのだろうと思う。
「分かった。しかし、一人では聞かせられない。ブライアンと聞くのも許可出来ない。
一気にではなく、一人、または二人までしか続けては聞かせない。
俺かラルスがいる場所でなら聞いても構わない、それでも良いか?
だが、かなり気分が悪くなるものだ。
大丈夫なのか?」
「はい。」
「今日はベルのみにしよう。」
そして、シシリーが取調室で聞きたいと言うので、シシリーは俺がベルに尋問した時に座っていた椅子に座り、黙って聞いている。
何度か吐きそうなのか、口を抑えては吐き気を飲み込んでいた。
涙は止められなかったのだろう…
ブライアンが媚薬を飲まされた時から翌日の様子を聞いて、ブライアンの姿が想像出来てしまい、嗚咽が止まらなくなった。
処罰をミッシェルに告げられている時のベルは、ブライアンに抱かれた事で、憎まれていたとしてもブライアンの特別になれたと思っているような態度だった。
全く反省はしていない。
シシリーは、まだ止まらない涙をこぼしながら、憎々しげに機械を見つめている。
「大丈夫か、シシリー。」
「・・・・はい。ありがとうございました。」
「何か納得出来た事はあったか?」
「ありました…。この黒い物は飲み込んではダメな物だと分かりました。
こんな汚いものは身体に入れてはいけないと分かりました。
あんな女が与えた物は、実体が無い感情や気持ちすら飲み込みたくはありません。
反省もせずにここを出た事も分かりました。修道院に行っても反省する事はないでしょう。ブライアンの事も、大事な思い出として持っているはずです。
私は謝罪も慰謝料もいりません。
ただ、あの女の中に大事に閉まってあるブライアンを返してもらいます。
どう返してもらうかは、団長、一緒に考えて頂けますか?
私一人では・・・・殺してしまいそうです・・・・」
「ああ、考えよう。だからシシリー、絶対一人で思い悩むな!俺もラルスもミッシェルもいる。あの時、お前と同じ感情を持った人間がここにいる。
だから、大丈夫だ。そのドス黒いものを持っているのはお前だけではないんだ。」
「団長…私…私、ベルを…消してしまいたい…」
「俺もブライアンもラルスもミッシェルも、みんな思っている。だが、必死に堪えている。
皆で考えよう。あの女の中のブライアンをどう返してもらうのが、あの女にとって一番致命傷になるのかを。」
「はい…ありがとう…ございます…」
「ちなみに、俺は毎月あの女の生活を報告してもらっている。何か企んだ瞬間すぐ動けるように。」
シシリーは今まで持った事がない莫大な負の感情を綺麗に纏めて、それをベルに返す事に決めたようだ。
俺は上司として、そして、ただの男として、何年かかろうと好きな女の願いを叶えてやろうと決めた。
107
あなたにおすすめの小説
【完結】最愛から2番目の恋
Mimi
恋愛
カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。
彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。
以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。
そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。
王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……
彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。
その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……
※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります
ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません
ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
私は既にフラれましたので。
椎茸
恋愛
子爵令嬢ルフェルニア・シラーは、国一番の美貌を持つ幼馴染の公爵令息ユリウス・ミネルウァへの想いを断ち切るため、告白をする。ルフェルニアは、予想どおりフラれると、元来の深く悩まない性格ゆえか、気持ちを切り替えて、仕事と婚活に邁進しようとする。一方、仕事一筋で自身の感情にも恋愛事情にも疎かったユリウスは、ずっと一緒に居てくれたルフェルニアに距離を置かれたことで、感情の蓋が外れてルフェルニアの言動に一喜一憂するように…?
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」
「……あぁ、君がアグリア、か」
「それで……、離縁はいつになさいます?」
領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。
両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。
帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。
形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。
★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます!
※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる