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当たって砕ける
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しおりを挟む行為の後、豊さんに腕枕されながらまどろむ。
満たされすぎたおかげでやけに眠かった。
この腕の中にいられるなら、ずっと目覚めなくてもいいと思うくらいに。
とろとろとまぶたを下ろそうとして、あることを思い出す。
「……あ」
「……なあ」
気付きの声が豊さんとかぶった。
「なんですか?」
「あ……いや。君の方こそ」
「お仕事の話をしなきゃって思い出したんです」
「……今?」
「ごめんなさい。自分でも今かって思いました」
目をこすって豊さんにすり寄る。
軽く髪を撫でられた。
「また後程、仕事としてお話を出すつもりではいるんですが、アキくんの撮影をお願いしたいんです」
「嫌だ」
(即答?)
断る、ならまだしも嫌だと言われるとは。
「あいつは好きじゃない。仕事で顔を合わせるなんてごめんだ」
「……ええと、そんなにアキくんと接点ありましたっけ」
(というか、そんな子供みたいな理由で断られると思わなかった)
「単純に気に入らない。……というより、よく人のベッドの上で他の男の名前を出せるな。君のそういう感覚だけは心から理解できない」
「今言わないと忘れそうで……」
「台無しじゃないか。せっかくいい気分に浸っていたのに」
「ごめんなさい……」
「ベッドに仕事の話は持ち込むなよ。言われなくても気付け」
「写真を撮るのはありなんですか? あれも仕事の一種だと思いますよ」
「趣味だからいいんだ」
「それはそれでどうかと……?」
(やっぱり趣味なんだ)
とんでもない趣味にもほどがある。
やはり別れる際にはすべての写真を破棄してもらわなければならないだろう。
「あの……話を戻してもいいでしょうか」
「戻すな」
「う……」
こんなことで叱られるなんて。自分の経験が本当に足りていないのを自覚する。
二度目はきっとないだろうけれど、少なくとももうベッドの上で他の人の名前を出すのはやめようと心に誓った。
「やればいいんだろう、やれば。だからもう話を戻すな」
「えっ、いいんですか?」
「いい。ものすごく気が進まないことだけは覚えておいてくれ」
「ふふ、わかりました。お詫びって言うのも変ですが、ご飯かなにか奢りますね」
「別のものがいいな」
つ、と背筋を指が伝っていく。
意味ありげな手つきだった。
「気が乗るように、先にお詫びとやらをくれ」
「……やらしいです」
「君のせいだ」
前にも聞いた甘い響きに胸をくすぐられる。
(お詫びじゃなくても、いくらでもあげる)
豊さんの胸元へ顔を寄せ、鎖骨にキスをしてみた。
自分がされたように痕を付けようとしたけれど失敗する。
なかなか難易度の高い行為だったようだ。
「身体で払えなんて一言も言っていないぞ」
「ご飯の方がいいならそうしますけど……」
「君がいい」
「……最初からそう言ってください」
まっすぐものを言うくせにひねくれている。
素直じゃないのは私も同じだろうけれど。
(眠いけど寝たくないな)
ごそ、と豊さんが身じろぎして私の肌に唇を近付けた。
微かな痛みと甘い疼き。痕を付けられたらしい。
(いつまでこの痕を残しておけるんだろう)
いくつも痕を残される気配を感じながら、指の先まで力を抜いて受け止める。
会えるのは来週のあと一回だけ。
眠っている時間がもったいない――。
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