「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「グオオオオオッ!!」

獣の咆哮のような叫び声が、王都の空を切り裂いた。

ミナが握りしめていた黒い宝石から、泥のような闇が噴き出し、彼女の体を飲み込んでいく。

「ミ、ミナ!? なんだそれは!?」

吹き飛ばされたアラン殿下が、這いつくばったまま悲鳴を上げる。

「許さない……私だけが、幸せになるはずだったのに……!」

闇の中から響くミナの声は、もはや人間のそれではなく、錆びた鉄を擦り合わせたような不快な音に変わっていた。

バキバキと音を立てて、彼女の華奢だった体が膨れ上がる。

白いドレスが引き裂かれ、そこから現れたのは、黒い鱗に覆われた巨大な腕。背中からは歪な翼が生え、可愛らしい顔立ちは、目と口が裂けたグロテスクな仮面へと変貌した。

「……な、なんだあれは!?」

「化け物だーっ!!」

広場の民衆がパニックに陥り、我先にと逃げ惑う。

せっかくの「ダンスフロア」は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

「……『呪いの魔石』か」

キースが私を背に守りながら、険しい表情で剣を構える。

「知っているの?」

「ああ。辺境の伝説にある。持ち主の負の感情――嫉妬や憎悪を喰らって強大な力を与える代わりに、理性を奪い、最後には怪物に変えてしまう禁断の石だ」

キースは忌々しげに舌打ちした。

「まさか、王都のど真ん中でこれを使う馬鹿がいるとはな」

「嫉妬と憎悪……。なるほど、ミナの得意分野ですわね」

私は呆れてため息をついた。

怪物は――かつてミナだったものは、ぎょろりとした赤い目で周囲を見回し、そして足元で震えているアラン殿下をロックオンした。

「アラン……サマ……」

「ひっ! く、来るな! 僕だぞ! 君の愛するアランだぞ!」

「ワタシヲ……オウヒニ……スルッテ……ヤクソク……」

怪物は巨大な腕を振り上げた。

愛する王子さえも、今の彼女にとってはただの「約束を破った肉塊」にしか見えていないようだ。

「うわあああ! 助けてくれぇぇぇ!」

アラン殿下が無様に転がりながら逃げる。

怪物の爪が振り下ろされようとした、その時。

「チッ……世話が焼ける!」

キースが地を蹴った。

一瞬で怪物の懐に潜り込み、剣を一閃させる。

ガキンッ!

硬質な音が響き、怪物の爪が弾かれた。

「キース!?」

「勘違いするな。王族がミンチになると、後処理が面倒なだけだ!」

キースはアラン殿下の襟首を掴み、私の足元へと放り投げた。

「ひでぶっ!」

アラン殿下が私のヒールの前に転がってくる。

「……情けない姿ですわね、殿下」

私は扇子で口元を隠し、冷ややかに見下ろした。

「た、タリー……! た、助けてくれ……あの女、狂ってる!」

「狂わせたのは貴方でしょう? 彼女の虚栄心を煽り、分不相応な夢を見させた。その責任くらい取ったらどうですの」

「む、無理だ! あんな化け物、どうしろと言うんだ!」

「はぁ……。本当に、どこまでも器の小さい男」

私はアラン殿下を見限り、戦場へと視線を戻した。

キースは怪物と対峙していたが、分が悪そうだった。

怪物は物理的な攻撃が効きにくいのか、キースが斬りつけても、傷口から黒い霧が噴き出してすぐに再生してしまう。

「グアアアアッ!」

怪物が口から黒い炎を吐き出す。

キースは氷の壁を作って防ぐが、炎の勢いに押され、じりじりと後退している。

「キース!」

「近づくなタリー! こいつの闇は深い! 触れたら侵食されるぞ!」

キースが叫ぶ。

このままでは、キースが消耗してしまう。

何か手はないの? あの再生能力を止める方法は。

私は怪物の姿を観察した。

黒い鱗、歪な翼、そして……胸の中央に埋め込まれた、禍々しく輝く「核」のような宝石。

あれだ。

あの石が、負の感情を供給し続けている限り、ミナは無限に再生する。

「……でも、あんな高い位置にある石、どうやって……」

怪物は暴れ回り、不用意に近づけば爪の餌食だ。

その時、私の視界の隅に、騎士団のワゴンに積まれた「あるもの」が入った。

パレードの演出用に用意していた、特大のクラッカーと、強力な照明魔法の投光器。

(……使えるわ)

私はニヤリと笑った。

闇の怪物は、強い光を嫌うはず。そして、あの一点集中型の投光器なら、目くらましには十分だ。

「ガレ副団長!」

私は近くで震えていたガレの尻を扇子で叩いた。

「ひゃいっ!?」

「騎士たちに号令を! あの照明(スポットライト)を準備して! ターゲットはあの怪物の『顔面』よ!」

「えっ、あんな奴に照明を当ててどうするんです!?」

「主役にはスポットライトが必要でしょう? 最高に眩しいやつを浴びせてあげるのよ!」

ガレは一瞬戸惑ったが、すぐに私の意図を察したのか、「了解!」と叫んで走り出した。

「総員! 照明班、準備! タリー様からのプレゼントだ、目玉焼きにしてやれ!」

騎士たちが手際よく投光器の角度を調整する。

私は深呼吸をして、キースに向かって叫んだ。

「キース! 三秒後に合図を出すわ! それまで引きつけて!」

「……無茶を言う!」

キースは悪態をつきながらも、怪物の爪をギリギリで躱し、あえて正面に立って注意を引いた。

「こっちだ、醜女(しこめ)! ダンスの相手には不足だが、遊んでやる!」

「コロス……コロスゥゥゥ!」

怪物がキースに飛びかかる。

今よ!

「ライト・オン!!」

私の号令と共に、五台の投光器から一斉に強烈な閃光が放たれた。

カッッッ!!

真昼の太陽すら霞むほどの光の奔流が、怪物の顔面を直撃する。

「ギャアアアアアッ!?」

怪物が目を覆い、悲鳴を上げてのけ反った。

闇の霧が霧散し、再生能力が一瞬止まる。

そして、無防備になった胸元の核が、露わになった。

「キース、今ですわ!」

「ああ、見えた!」

キースが跳んだ。

白マントを翼のように広げ、光の中を駆け上がる。

彼の剣に、極寒の冷気が纏わりつき、切っ先が青白く輝く。

「氷結一閃(ブリザード・スラッシュ)!」

銀閃が走った。

ガギィィィン!!

硬質な破砕音と共に、怪物の胸の宝石が真っ二つに砕け散る。

「ア……ガ……?」

怪物の動きが止まった。

黒い鱗がボロボロと剥がれ落ち、闇の霧が晴れていく。

ドサッ。

その場に崩れ落ちたのは、ボロボロのドレスを纏い、気絶した人間のミナだった。

「……ふう」

着地したキースが、剣を納めて息を吐く。

静まり返った広場。

民衆たちは、何が起きたのか呆然と見守っていたが、やがて、誰からともなく歓声が上がった。

「やった……! 倒したぞ!」

「すげぇ! 辺境伯様、最強だ!」

「タリー様の指揮も完璧だったぞ!」

わっと沸き起こる拍手の渦。

私は扇子を開き、優雅に一礼してみせた。

「お粗末様でしたわ」

キースが歩み寄ってくる。

「……眩しかったぞ、あの光」

「悪しきものを祓うには、輝きが一番ですもの」

私は倒れているミナを見下ろした。

彼女はただの、哀れな少女に戻っていた。

「……これで、終わりか」

「ええ。物理的な戦いは、ね」

私は広場の隅でへたり込んでいるアラン殿下を横目で見やった。

「でも、まだ終わっていないことが一つありますわ」

「なんだ?」

「私の婚約破棄の『慰謝料請求』と、父様の『名誉回復』。……それから」

私はキースの胸元をトンと突いた。

「貴方との、約束していた『本物のダンス』よ」

キースは目を丸くし、それから破顔した。

「……ああ。そうだったな」

怪物は倒れた。悪事は暴かれた。

しかし、この国の立て直しと、私たちの「これから」は始まったばかりだ。

「さあ、お父様を連れて帰りましょう。この王都は少し、埃っぽすぎますわ」

私は父様の手を取り、キースのエスコートを受けて、堂々と広場を後にした。

背後で、近衛騎士たちがようやく動き出し、アランとミナを拘束していくのを背中で感じながら。

(さようなら、私の初恋。……二度と思い出すこともないでしょう)

胸のつかえが取れた私は、かつてないほど清々しい気分で、新しい未来へと歩き出したのだった。
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