「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「頭が高い。……と言いたいところだが、今の余にそのような威厳があるかは疑問だな」

王宮の玉座の間。

重苦しい空気の中、国王陛下が疲れ切った顔で玉座に沈み込んでいた。

その御前には、私たち――私とキース、そして父様が跪(ひざまず)いている。

そして、その少し離れた場所には、縄で縛られ、見る影もなく憔悴したアラン殿下とミナが転がされていた。

「アランよ」

陛下が低い声で息子を呼ぶ。

「……何か申し開きはあるか」

「ち、父上……! 違うのです、私は騙されていたのです!」

アラン殿下が必死に顔を上げ、涙ながらに訴える。

「あの女が! ミナが、私に黒魔術をかけたのです! そうでなければ、私が国庫に手をつけるなど……!」

「往生際が悪いですわよ、殿下」

私は扇子をパチンと鳴らし、冷ややかに言葉を遮った。

「黒魔術? いいえ、貴方がかかっていたのは『自分は特別だ』という、肥大した自尊心の魔法でしょう? それはどんな名医でも解けませんわ」

「黙れタリー! 貴様ごときに何が分かる!」

「分かりますわ。だって貴方、昔から『僕を褒めろ』『僕を敬え』って、顔に書いてありましたもの」

私は懐から、分厚い書類の束を取り出した。

「陛下。これが、アラン殿下が横領した資金の使途一覧です。ミナへのプレゼント、離宮建設の裏金、そして……私を陥れるために使った工作資金。すべて網羅しております」

宰相がそれを受け取り、陛下に渡す。

陛下はパラパラと目を通し、やがてその書類をアラン殿下の顔に投げつけた。

バササッ!

「……愚か者め」

「ち、父上……」

「余は失望した。横領もさることながら、己の保身のために無実の公爵家を陥れ、あまつさえ禁忌の魔石にまで手を出した女を側(そば)に置くとは」

陛下は氷のような目でミナを見た。

ミナはまだ意識が朦朧としているのか、虚ろな目で床を見つめている。魔石の副作用で、精神が崩壊しかけているのかもしれない。

「ミナ男爵令嬢は修道院へ幽閉。アラン、其の方は王位継承権を剥奪し、北の塔へ軟禁とする。一生、外の空気が吸えると思うな」

「そ、そんな……! 父上、お待ちください! 私は王太子だぞ! この国の未来は……!」

「連れて行け!」

陛下の怒号と共に、近衛兵が二人を引きずっていく。

「嫌だ! 離せ! 僕は王になるんだーっ!」

アラン殿下の情けない絶叫が遠ざかり、やがて重い扉が閉まる音と共に消えた。

静寂が戻る。

陛下は深いため息をつき、私たちに向き直った。

「……ローズブレイド公爵。そしてタリー嬢よ。余の不徳の致すところだ。すまなかった」

国王陛下が、頭を下げた。

周囲の臣下たちが息を呑む。王が臣下に頭を下げるなど、前代未聞だ。

「も、もったいなきお言葉!」

父様が慌てて平伏する。

「顔を上げてくれ。……其の方らの名誉は直ちに回復しよう。没収した財産もすべて返還する。それで、手打ちにしてくれぬか」

陛下は疲労の色を隠せない様子で言った。

私はゆっくりと顔を上げた。

「……名誉回復と財産返還。それは『当然』のことでしてよ、陛下」

「タリー!?」

父様がギョッとして私を見る。

私は構わず、扇子で口元を隠して続けた。

「私が受けた屈辱、父様が味わった恐怖、そして我が家が被った風評被害。それらは『元に戻す』だけでは償えませんわ」

「……ほう。では、何を望む?」

陛下が少しだけ興味深そうに眉を上げた。

私はニッコリと笑い、もう一通の書類――キースに計算させた請求書を差し出した。

「慰謝料、および今回の騒動で私が費やした『演出費』ですわ」

「演出費?」

「ええ。パレードの衣装代、特注の馬車、花火、音響設備、それから『レッド・ベアーズ』への特別手当。……すべてアラン殿下の尻拭いのために使った経費ですので、王家にお支払いいただきたく」

宰相が恐る恐るその書類を受け取り、金額を見て目を剥いた。

「な、なんだこの額は!? 城が一つ建つぞ!?」

「あら、私の名誉は城一つよりも重くてよ?」

私が涼しい顔で言うと、陛下は呆気に取られ、それから久しぶりに声を上げて笑った。

「ははは! 痛快だ! 噂通りの剛毅な娘よ! よかろう、全額支払おう!」

「感謝いたします、陛下」

「ただし!」

陛下はそこで言葉を切り、隣に控えていたキースを見た。

「ヴェルンシュタイン辺境伯。其の方にも礼をせねばならん。王都の危機を救った英雄だ。望むものがあれば申してみよ」

キースは一歩前に出た。

彼は王の前でも萎縮することなく、堂々とした態度で言った。

「……金も地位もいりません」

「無欲だな。では何を?」

「許可をいただきたい」

「許可?」

キースは振り返り、私を見た。

その瞳は、雪原で見せたときのように熱く、優しかった。

「タリー・ローズブレイド嬢を、私の妻として迎える許可を。……そして、彼女を一生、私の領地で自由にさせる権利を」

「き、キース……!」

私は思わず顔を赤らめた。

「自由にさせる権利」だなんて。私の性格を一番よく分かっているプロポーズじゃないの。

陛下はニヤリと笑った。

「許可するもなにも、二人はすでに『共犯者』のようなものではないか」

「はい。ですが、私は彼女の経歴(きず)を気にします。元王太子の婚約者という立場が、彼女の重荷にならぬよう、王家の公認が欲しいのです」

キースの言葉に、私の胸がキュンと鳴った。

この無骨な男は、どこまでも私を守ろうとしてくれている。

「あい分かった。余が二人の仲人の証人となろう。結婚式には、王家からも祝いの品を贈ることを約束する」

「ありがとうございます」

キースが深く頭を下げる。

「……やれやれ。アランには過ぎた女だったということか」

陛下は最後にそう呟き、私たちに退出を促した。



玉座の間を出ると、廊下の窓から夕日が差し込んでいた。

長い一日が終わろうとしている。

「……終わったな」

キースが大きく息を吐いた。

「ええ。完璧な勝利でしたわ」

私は伸びをして、それからキースの腕に抱きついた。

「ねえ、キース。さっきの言葉、素敵でしたわよ。『一生自由にさせる』だなんて」

「本心だ。あんたを鳥籠に閉じ込めたら、すぐに窒息してしまうだろう?」

「失礼ね。でも……正解よ」

私は彼の肩に頭を乗せた。

「覚悟しておいてね。慰謝料もガッポリ入ることだし、辺境に戻ったら本格的に『ヴェルンシュタイン改造計画』を再開するわよ」

「ああ。望むところだ」

「まずは城の外壁をピンクに……」

「それは却下だ」

「あら、早いですわね。じゃあ、ゴールドで?」

「……相談させてくれ」

私たちは笑い合いながら、夕焼けの王宮を後にした。

父様は「胃が痛い……早く帰って寝たい……」と呟きながら、ヨロヨロと馬車へ向かっている。

すべてが丸く収まった。

これからは、誰も邪魔するものはいない。

極寒の地ヴェルンシュタインで、世界一熱くて騒がしい、私たちの新婚生活が始まるのだ。

(待っていなさい、灰色の領地! 貴女の新しい女主人、タリー様のご帰還よ!)

私は心の中で高らかに宣言し、キースの手をギュッと握り返した。

その手は、どんな宝石よりも温かかった。
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