「ざまぁ・溺愛・大逆転」悪役令嬢は踊り明かしたい!

ちゅんりー

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「……いつまで見ていますの?」

窓から差し込む眩しい朝日で目を覚ますと、すぐ目の前にキースの顔があった。

彼は枕に頬杖をつき、まるで美術館の絵画でも鑑賞するかのような真剣な眼差しで、私の寝顔を見つめていたのだ。

「一時間くらいだ」

「一時間!? 趣味が悪いですわよ、寝顔なんて無防備で……」

私が慌てて布団を引き上げると、キースはクスクスと喉を鳴らして笑った。

「可愛かったぞ。口を半開きにして、幸せそうに寝ていた」

「なっ……! 半開きなんてしてませんわ!」

「証拠はないが、俺の記憶には刻まれた」

彼は布団の上から私を抱き寄せ、額に「おはようのキス」を落とした。

「おはよう、俺の妻(タリー)」

その甘い響きに、抗議の言葉が喉で詰まる。

昨日、私たちは夫婦になった。

夢のような結婚式を終え、初夜を迎え(その詳細は淑女の秘密だ)、そして今、こうして同じベッドで朝を迎えている。

「……おはよう、あなた」

私が照れ隠しに小さな声で返すと、キースは満足げに目を細めた。

「最高だな」

「何が?」

「朝起きて、一番にあんたがいることだ」

彼は私の髪を指で梳いた。

「これまでは、目覚めると灰色の天井が見えるだけだった。……でも今は、あんたの寝癖が見える」

「一言余計よ!」

私は彼の胸をポカポカと叩いたが、キースは嬉しそうに私の手を受け止めた。

「腹は減ったか? マーサが朝食を用意して待っているはずだ」

「ええ。……でも、もう少しだけ、こうしていてくださる?」

私は彼の温かい体温を感じながら、目を閉じた。

戦いの日々が嘘のような、穏やかな朝。

悪役令嬢としての意地も、プロデューサーとしての計算もいらない、ただの「幸せな女」としての時間。

(……たまには、こういうのも悪くないわね)



「まあ、お熱いことですこと」

食堂に行くと、マーサが呆れたような、でも温かい眼差しで私たちを迎えた。

「朝食が冷めてしまいましたよ。お二人がなかなか起きてこられないものですから」

「あ、あら、支度に手間取っただけよ!」

「はいはい、そういうことにしておきましょう。新婚さんですものね」

マーサは手際よくスープを温め直し、焼きたてのパンを運んできた。

今日のスープは、野菜たっぷりの優しい味。あの『地獄のマグマスープ』ではない。

「そういえばタリー様、いえ、奥様」

マーサが呼び方を改めた。

「城の外が、朝から騒がしいのです」

「騒がしい? ドラゴンの残り火でも引火しましたの?」

「いいえ。……子供たちです」

「子供?」

私はキースと顔を見合わせた。



朝食後、私たちは厚手のコートを着込んで城下町へ視察に出た。

結婚式の余韻が残る街は、まだお祭りムードだ。

家々の軒先には「祝・ご成婚」の垂れ幕がかかり、私の考案した『アイス・ウォール』グッズが飛ぶように売れている。

「すごい活気だな」

キースが感心したように言う。

「当然よ。結婚式は最大の経済効果を生むイベントですもの」

私が得意げに歩いていると、広場の方から子供たちの声が聞こえてきた。

「えーっ、もう終わりー?」

「つまんないのー」

「もっと遊びたかったー」

見ると、雪だるまの残骸の周りで、数十人の子供たちが座り込んでいる。

彼らは昨日、ドラゴンの曲芸飛行やパレードを見て大はしゃぎしていた子たちだ。

「どうしたの? そんなにふくれて」

私が声をかけると、男の子の一人が答えた。

「だって、お祭り終わっちゃったんでしょ? また何もない毎日に戻るんだ」

「父ちゃんも母ちゃんも、観光客の相手で忙しいし、俺たち遊ぶ場所がないんだよ」

「雪合戦も飽きたしー」

子供たちが口々に不満を漏らす。

なるほど。

大人は観光特需で潤っているが、その分、子供たちは退屈を持て余しているわけだ。

「……由々しき事態ですわね」

私は扇子(冬用ファー付き)を顎に当てて考え込んだ。

「タリー? まさか、また何か思いついたのか」

キースが警戒半分、期待半分の顔で見ている。

「ええ。この街には『未来の顧客(リピーター)』へのサービスが足りていませんわ」

私は子供たちの前にしゃがみ込み、ニッコリと笑った。

「ねえ、貴方たち。雪合戦に飽きたなら、もっと凄い遊びをしてみたくなくて?」

「凄い遊び?」

子供たちの目が輝く。

「そうよ。例えば……氷でできた巨大な滑り台とか、雪の迷路とか。ドラゴンの背中に乗った気分になれるアトラクションとか」

「なにそれ! やりたい!」

「どこにあるの!?」

「ここにはないわ」

私が首を振ると、子供たちはガッカリした顔をした。

「……でも、これから『作る』のよ」

私は立ち上がり、キースに向かって宣言した。

「キース! 結婚式の次は『遊園地』よ!」

「……はい?」

「大人たちは劇場や温泉で楽しめますが、子供たちには刺激が足りませんわ。この広大な雪原を利用して、世界初の『スノー・ファンタジー・ランド』を建設します!」

「……予算は?」

「結婚式で余ったキャンドルと、ドラゴンの出演料(肉)の残りを流用します! あとは、体力を持て余している騎士団に手伝わせればタダ同然よ!」

私は扇子で広場を指し示した。

「まずはここに、巨大な『雪の城』を築きます。デザインは私がやるわ。キース、貴方は氷魔法で滑り台のコースを作って!」

「俺がか?」

「世界最強の氷魔法使いが作る滑り台なんて、最高の贅沢じゃなくて? 子供たちに夢を見せてあげるのも、領主の務めよ」

キースはしばらく私を見つめ、やがてフッと笑った。

「……違いない。戦うためだけに使ってきたこの力、平和のために使うのも悪くないか」

彼はコートを脱ぎ捨て、腕まくりをした。

「よし、総員集合だ! レッド・ベアーズ、出番だぞ! 剣を置け、スコップを持て!」

「「「オオオオオッ!!」」」

どこからともなく現れた騎士たちが、嬉々として雪かきを始める。

「わーい! 騎士様が雪遊びしてるー!」

子供たちが歓声を上げて駆け寄っていく。

「こら、雪遊びじゃないぞ。これは『築城任務』だ!」

ガレ副団長が子供を背中に乗せながら、満更でもなさそうに叫んでいる。

その光景を見て、私は満足げに頷いた。

「ふふ。これでまた一つ、この街が騒がしくなりますわね」

「あんたのおかげだ」

キースが隣に来て、私の肩を抱いた。

「子供たちの笑顔なんて、久しぶりに見た気がする」

「未来の宝ですもの。大切に育てて、将来は私の部下として働いてもらわないと」

「……抜け目ないな」

「当然よ。私は強欲な悪役令嬢ですもの」

私はキースに寄りかかり、建設が始まった雪の遊園地を見つめた。

結婚式の魔法は解けない。

私が次々と新しい魔法(アイデア)をかけ続ける限り、この街はずっと輝き続ける。

「さあ、私も手伝いますわよ! 雪だるまの顔のバランスにはうるさいんですから!」

「転ぶなよ、お姫様」

「誰に言っていますの? 雪の上でもヒールで走れてこそ、一流のレディよ!」

私はドレスの裾をまくり、子供たちの輪の中へ飛び込んでいった。

新婚初日の甘い時間は、雪まみれの労働へと変わったけれど。

キースの、そして子供たちの弾けるような笑顔が見られるなら、これもまた「最高のハッピーエンド」の続きと言えるだろう。

(でも今夜は、たっぷりマッサージしてもらいますからね、旦那様!)
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