覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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ノイシュタット帝国の空気は澄んでいますが、時折、古い屋敷の奥底から漂ってくるような、カビ臭い視線を感じることがあります。


「マリーナ様、本日の定例閣議ですが……少し、荒れるかもしれません」


ルークが、いつになく緊張した面持ちで報告してきました。


「あら、ルーク。私の淹れたコーヒーが苦すぎたと、財務局の重鎮たちが泣き言でも言っているのかしら?」


「いえ。……帝国保守派の筆頭、バルカス侯爵とその一派が、マリーナ様の解任を要求する署名を集めているようです」


「解任? 面白い冗談ですわね。私をクビにして、誰がこの帝国の予算の整合性を取るというのかしら」


私は扇子をパチンと閉じ、立ち上がりました。


「いいですわ。……埃は、溜まる前に払うのが掃除の基本ですもの」


閣議室の扉を開くと、そこには案の定、不機嫌を絵に描いたような老人たちが並んでいました。


「……遅いぞ、マリーナ嬢! たかが他国の、それも追放された令嬢が、帝国の政務に首を突っ込むなど、言語道断だ!」


バルカス侯爵が、机を叩いて吠えました。


「お言葉ですが、バルカス侯爵。私はラインハルト様と正式な契約を結んだ秘書官ですわ。遅刻もしておりません」


「黙れ! 君が来てからというもの、帝国の伝統ある会計システムが滅茶苦茶だ! 若造の官僚たちをそそのかし、我ら功労者の発言力を削ぐなど……!」


私はフッと、冷ややかな笑みを浮かべました。


「『発言力』ではなく、『不正な支出』を削いだだけですわ。……それより侯爵。こちらの資料、ご覧いただけますか?」


私はルークに合図を送り、数枚の紙を円卓にバラ撒きました。


「……なんだ、これは」


「侯爵が管理されている、南部領土の『治水事業報告書』ですわ。……三年前から、石材の調達価格が市場価格の三倍になっていますけれど。……この石、もしかして純金でできていますの?」


バルカス侯爵の顔が、一瞬で土色に変わりました。


「そ、それは……特殊な石材で……!」


「いいえ。……実際には安価な砂利を敷き詰め、浮いた予算は侯爵の別荘にある『秘密の地下金庫』へ流れていますわね。……あ、金庫の暗号、あなたの誕生日の逆読みでしょう? ひねりがありませんわ」


「な……なぜそれを……!」


「数字の流れを見れば、嘘の匂いなどすぐにわかりますわ。……それから、そこの伯爵。あなたの愛人へのプレゼント代が『騎士団の馬の飼料代』として計上されていますけれど。……彼女は草でも食べるのですか?」


「ひ、ひぃっ!?」


部屋中に、悲鳴に近い絶叫が響き渡りました。


ラインハルト様が、愉快そうに背もたれに寄りかかりました。


「……バルカス。彼女を『部外者』と呼ぶのは自由だが。……部外者にここまで丸裸にされるとは、君たちのガードも相当甘いようだな」


「で、殿下! これは、その……!」


「マリーナ。……この者たちの処分、君ならどうする?」


ラインハルト様が、試すような瞳を私に向けました。


「そうですね。……即刻、不正受給した全額に、五割の『不実告知ペナルティ』を上乗せして返還していただきましょう。……それから、不足している事務員として、北部の開拓地で十年間、無給で働いていただくのがよろしいかと」


私は、優雅にカーテシーを捧げました。


「『根性論』がお好きな皆様なら、きっと喜んでやり遂げてくださるはずですわ。……ねえ、ホランド伯爵のお仲間さん?」


こうして、帝国を蝕んでいた「古いカビ」は、私の計算機によって一掃されたのでした。


その頃、ベルセルク王国のエドワード様は。


「一足す一が、なぜ三にならないんだぁぁぁ! リリアンがそう言っているんだから、三で計算しろぉぉぉ!」


「殿下! それでは国が滅びますぅぅ!」


……あちらの国は、もはや計算以前の問題に直面しているようでした。
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