覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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「……完璧ですわ、マリーナ様。今夜のあなたは、帝国のどの宝石よりも眩しく輝いておられます」


専属秘書官のルークが、感動に震える声でそう言いました。


鏡の中に映るのは、漆黒の夜空を切り取ったようなシルクのドレスを纏い、ラインハルト様から贈られた「青き月明かり」という名の巨大なサファイアを首元に飾った私の姿です。


かつての私は、事務作業のしやすさだけを考えた、地味で実用的な格好ばかりでした。


ですが、今の私は「ノイシュタット帝国の次期王太子妃」という、最も重要な役職(ポジション)に就こうとしています。


「マリーナ、準備はいいかい? 会場では君を一目見ようと、近隣諸国の大使たちが首を長くして待っているよ」


ラインハルト様が、完璧な正装で現れました。


彼は私の手を取り、うっとりとした表情でその甲に唇を寄せます。


「ラインハルト様。あまり見つめないでくださいませ。……心拍数が上がり、冷静な社交プロトコルを忘れてしまいそうですわ」


「ハハッ、計算機である君をバグらせることができるのは、私だけの特権だね」


私たちは腕を組み、帝国最大の晩餐会会場へと足を踏み入れました。


扉が開かれた瞬間、それまでの喧騒が嘘のように静まり返ります。


次の瞬間、割れんばかりの拍手と、驚嘆の溜息が会場を埋め尽くしました。


「……あの方が、噂の『奇跡の秘書官』か!」
「なんと美しい。……いや、その瞳の奥にある理知的な光。あれこそが帝国を救った智恵の源か」


招待客たちの称賛の声を浴びながら、私は完璧な歩調でレッドカーペットを進みます。


その群衆の中に、数人の「不自然に表情を強張らせた男たち」が混じっていることに、私はすぐに気づきました。


(……あら。あの方々のマントの裏地、ベルセルク王国の諜報員専用の隠し紋章が見えておりますわね。相変わらず詰めが甘いですこと)


私はラインハルト様にだけ聞こえる声で囁きました。


「ラインハルト様。あそこの柱の影に三名、それからテラス付近に二名。……元婚約者様が送り込んだ『視察団(スパイ)』がいらしていますわ」


「気づいていたか。……あえて泳がせてある。君がいかに幸せで、いかに美しく、そしていかにこの国で重用されているか。……それを余さずエドワードに報告させるためにな」


「まあ。ラインハルト様も、なかなかの策士でいらっしゃいますわね」


私たちは中央の壇上に登り、帝国を代表する貴族や大使たちと、次々に言葉を交わしていきました。


「マリーナ様、我が国との関税撤廃案、本当に素晴らしいものでした! おかげで流通コストが二割削減されましたよ!」


「お褒めいただき光栄です、ボルツ大使。……ですが、物流ルートにまだ三箇所のボトルネックがございます。後ほど、修正案をお送りいたしますわ」


「……パーティーの最中に仕事の話を!? さすがです、一生ついていきます!」


社交をこなしながら、私はチラリと例のスパイたちに視線を送りました。


彼らは、私が優雅に笑いながらも、同時に五カ国の大使と異なる言語で貿易の専門的な交渉を進めている様子を見て、愕然としていました。


「……信じられん。王国では『社交も満足にできない陰気な事務女』と言われていたあの令嬢が……これほどまでのカリスマ性を……」


「……それにあのラインハルト殿下。……まるで壊れ物を扱うかのような、あんな愛おしげな目は誰にも見せたことがないはずだ……」


スパイたちが震える手でメモを取るのを確認し、私は満足げにワインを口にしました。


(……存分に、エドワード様に伝えてくださいませ。……あなたが捨てたのは、ただの『便利な道具』ではなく、世界を動かす『女神』だったのだと)


パーティーが最高潮に達した頃、ラインハルト様が私の腰を引き寄せ、会場全体に宣言しました。


「皆様に紹介しよう。……私の唯一のパートナーであり、未来の皇后。マリーナ・フォン・アデレードだ。……彼女を侮辱することは、ノイシュタット帝国そのものを敵に回すと心得よ」


地を這うような重厚な声。


会場は静まり返り、次の瞬間、地響きのような歓声が上がりました。


一方で。


ベルセルク王国の薄暗い王城では、エドワード様がスパイからの第一報を受け取っていました。


「……なに? マリーナが、ラインハルトと……婚約……?」


「はい。……マリーナ様は、まるで夜空の星のように輝いておられました。……帝国中の貴族が彼女を崇拝し、ラインハルト殿下は彼女の影を追うことすら誇りに思っている様子で……」


「……嘘だ。マリーナは、俺がいないと何もできないはずだ! あいつは俺を愛していたはずだぁ!」


「いいえ、殿下。……彼女が愛していたのは『仕事』と『正確な帳簿』、そして自分を正当に評価してくれる『ラインハルト様』だけのようです」


エドワード様は、手元にあったリリアンさんの「算数ドリル(全問不正解)」を握りつぶし、その場に崩れ落ちました。


「マリーナぁぁぁ! 頼む、戻ってきてくれ! もうリリアンに『九九』を教えるのは限界なんだぁぁ!」


彼の叫びは、もはや誰の耳にも届きません。


私はラインハルト様と手を取り合い、新しい時代の扉を、力強く押し開いたのですから。
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