覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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ベルセルク王国の王宮に、悲痛な叫びがこだましました。


「……ない。どこを探しても、金貨が一枚も残っていないだと!?」


エドワード様は、空っぽになった王立金庫のど真ん中で、幽霊のような顔をして立ち尽くしていました。


彼の目の前には、埃を被った空の木箱と、山のような「督促状」が転がっています。


「はい、殿下……。マリーナ様が運用されていた投資信託も、彼女の解任と同時に『解約』の手続きが自動で行われまして……。残った現金も、先日の隣国への利息支払いで底を突きました」


財務官が、今にも泣き出しそうな声で報告します。


「バカな! あいつが管理していた金は、王国の資産だろう!? 勝手に持ち出すなど、横領ではないか!」


「いえ……契約書を確認しましたところ、それらはすべて『マリーナ・フォン・アデレード個人の知財および運用益』として登記されておりました。彼女がいなくなれば、システムごと消滅する仕組みです」


エドワード様は、膝からその場に崩れ落ちました。


彼が「王家の金」だと思っていたものは、実は「マリーナの超人的な運用能力」が生み出していた、彼女自身の功績だったのです。


「……リリアン。リリアンはどこだ! あいつの笑顔を見れば、少しは元気が出るはずだ!」


エドワード様は、現実から逃避するように、愛する恋人の名前を呼びました。


しかし、呼びかけに応じたのは、リリアンの侍女ではなく、厳しい顔をした修道院学校の教育係でした。


「殿下。リリアン様でしたら、先ほど『急病』とのことで自室に引きこもられました」


「急病!? なんだと、あんなに元気だったのに!」


エドワード様は慌ててリリアンの部屋へと駆け込みました。


そこには、ベッドの中でシーツにくるまり、芋虫のように震えているリリアンの姿がありました。


「リリアン! 大丈夫か!? どこが悪いんだ!」


「うぅ……エドワード様ぁ……。お腹が、お腹が痛いですぅ……」


リリアンさんは、消え入りそうな声で呻きました。


「お腹!? すぐに医者を……」


「いいえ、お医者様でも治せませんわ。……さっき、先生が持ってきた『九九の抜き打ちテスト』を見た瞬間、急に胃がキリキリして……視界が白くなって……」


「……テストを見た瞬間にか?」


「はいですぅ……。私、難しい数字を見ると拒絶反応が出る体質みたいなんですぅ。……あぁ、もうダメ。意識が……」


リリアンさんは、そのまま「ガクッ」と首を倒して、目をつぶりました。


……しかし、その手には、ちゃっかりと食べかけの高級マカロンが握られています。


「リリアン……。お前、さっきまでお菓子を食べていただろう?」


「……これは、お薬ですぅ。糖分を補給しないと、脳が死んじゃう病なんですぅ……」


彼女のあまりに露骨な「責任逃れ」を前に、エドワード様の脳内に、ある光景がフラッシュバックしました。


かつて、マリーナが過労で倒れそうになった時。


彼女は「お腹が痛い」などとは一言も言わず、氷嚢を頭に乗せたまま、片手で書類にサインを続けていました。


『エドワード様、私が止まればこの国の物流が止まります。……寝ている暇など、一秒もありませんわ』


あの時、可愛げがないと切り捨てた彼女の強さが、今さらながらに、エドワード様の胸を締め付けました。


「リリアン。……お前は、この国が今、どれほど危機的な状況かわかっているのか?」


「えぇー、難しいことは殿下がなんとかしてくれるって、いつも言ってるじゃないですかぁ。……私、病気なんですぅ。おやすみなさーい!」


リリアンさんはシーツを頭まで被り、完全に会話を拒絶しました。


エドワード様は、一人、冷え切った部屋に立ち尽くしました。


癒やしだと思っていたものは、ただの「重荷」でした。


守ってやりたいと思っていた弱さは、ただの「無責任」でした。


「……俺は、一体何を……」


その頃、ノイシュタット帝国のテラスでは。


私は、ラインハルト様に「あーん」と苺を食べさせてもらいながら、ルークの持ってきた報告書に目を通していました。


「……あら。リリアンさん、ついに『数字アレルギー』を発症したそうですわ。面白い病気ですこと」


「君の元婚約者も、ようやく気づいたようだね。……甘いだけの菓子は、主食にはならないということに」


ラインハルト様が、私の腰を引き寄せ、耳元で心地よい低音を響かせます。


「マリーナ。王国はもう、自力では立ち上がれない。……そろそろ、君の『公爵家』をこちらへ招く準備を始めてもいいんじゃないか?」


「ええ、もちろんですわ。……お父様からは既に『いつでも領地ごと引っ越す準備はできている』と手紙が届いておりますの」


私は、ラインハルト様の胸に身を預け、完璧な笑みを浮かべました。


「ベルセルク王国という『不採算部門』は切り捨てて……。有能な人材だけを、このホワイトな帝国へ引き抜かせていただきましょう」


計算は、すべて完了しています。


王国の崩壊は、私にとって新しい人生の「開業資金」に過ぎないのですから。
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