覚えのない罪で婚約破棄、なぜか隣国の王太子に気に入られた

ちゅんりー

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ベルセルク王国の執務室は、もはや悲鳴を上げる気力すら残っていないほどの重苦しい空気に包まれていました。


そこへ、帝国の紋章が刻まれた一通の封筒が、再び「着払い」で届けられたのです。


「……ま、またか! また金を取るのか、あの女は!」


エドワード様は、なけなしの小銭を郵便官に投げつけ、奪い取るようにして手紙を開封しました。


彼が期待していたのは、「本当は寂しい」という愛の告白や、あるいは「戻りたい」という泣き言だったはずです。


しかし、中から出てきたのは、彼自身の稚拙な文章の上に、鮮血のような赤インクで無数に書き込まれた「添削」の嵐でした。


「……な、なんだこれは!? 真っ赤じゃないか! 私の書いた文章が、跡形もなくなっている!」


エドワード様は、震える手でその紙を凝視しました。


そこには、マリーナの端正な字で『論理破綻』『現状把握能力の欠如』『採点:零点』という、慈悲のない言葉が並んでいました。


「き、貴様ぁぁ! この私を、まるで出来の悪い生徒のように扱いおって! 再試験不可だと!? ふざけるな!」


「……あのぉ、エドワード様。その真っ赤な紙、なんだか学校のテストみたいで懐かしいですねぇ」


ベッドから這い出してきたリリアンさんが、横から暢気に覗き込みました。


「リリアン! これを見ろ! マリーナが、私の心を込めた手紙をバカにしているんだぞ!」


「えぇー? でも、マリーナ様のアドバイス、結構当たってる気がしますぅ。『まずは鏡を見ることを推奨する』って、エドワード様、最近お顔が土色ですよぉ?」


「うるさい! 誰のせいでこうなったと思っているんだ!」


エドワード様が怒鳴り声を上げたその時、地響きのような音が王宮を揺らしました。


「な、なんだ!? 地震か!?」


慌てて窓の外を見たエドワード様は、自分の目を疑いました。


王宮のすぐそば、国境付近の方向に、巨大な「光の壁」がそびえ立っていたのです。


「報告します! 報告します! アデレード公爵領が……消えました!」


伝令兵が、転びながら部屋に飛び込んできました。


「消えた!? 何を言っている、領地が消えるわけがあるか!」


「い、いえ、物理的に消えたわけではなく……! アデレード公爵が領地の境界線に巨大な魔導障壁を張り、そのまま『ノイシュタット帝国への移籍』を宣言! 現在、公爵領内の看板や旗が、すべて帝国のものに掛け替えられております!」


エドワード様は、窓枠に縋り付いて絶叫しました。


「バカな! そんなことが許されるはずがない! 領地は王家の所有物だぞ!」


「ところが、以前マリーナ様が作成された『緊急時領地自治権認可証』に、殿下自らサインをされておりまして……。そこには『領主が望む場合、他国への合併を妨げない』という特約が、極小の文字で記されておりました!」


「……あ、あの時の……『事務手続きの簡略化のための書類』と言われてサインした、あれかぁぁぁ!!」


エドワード様は、ついに自分の犯した過失の大きさに気づき、その場に崩れ落ちました。


アデレード公爵領。それは、ベルセルク王国の食糧の三割を生産し、唯一の港を持つ、まさに王国の「生命線」でした。


それが今、マリーナという名の「シュレッダー」によって、王国から物理的に切り離されたのです。


「……お、俺の海が。俺の穀倉地帯が……」


「エドワード様ぁ、海がなくなっちゃったなら、今夜のシーフードサラダは抜きですかぁ? 私、エビが食べたかったのにぃ」


リリアンさんの暢気な不満が、エドワード様の精神にとどめを刺しました。


一方、その頃。


新しく「ノイシュタット帝国・アデレード州」となった領地の境界線では。


私は、ラインハルト様と一緒に、公爵領の門の上に立っていました。


「……壮観ですわね、ラインハルト様。看板を付け替えるだけで、これほどまでに清々しい気分になれるとは」


「マリーナ、君の計画通りだ。これで帝国の海上貿易路は完璧に繋がったよ。……君の父親も、移籍祝いの酒宴を始めてしまったようだがね」


「お父様は昔から、ホワイトな環境に憧れていましたもの。……さて、ラインハルト様。領地が増えた分、新しい予算編成とインフラ整備の仕事が山積みですわよ?」


私は、これ以上ないほど輝く笑顔で、分厚いバインダーを掲げました。


「ああ、望むところだ。……君と一緒に、この新しい領地を世界一の楽園に創り変えるとしよう」


私たちは、夕日に染まる「私たちの領地」を眺めながら、勝利の美酒を酌み交わしました。


王国の残骸を背に、私たちのセカンドライフは、いよいよここからが本番なのです。
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