悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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冒険者ギルド『金獅子の心臓』の受付カウンター。

そこには、金貨が詰まった麻袋がドンと置かれていた。

「は、はい……こちらが今回の報酬、金貨五百枚になります……」

受付の眼鏡職員の手が震えている。

ダンキアはその袋を持ち上げた。

「重いですね。これが労働の重み……感動しました」

彼女はうっとりと袋を頬ずりする。

実際には金貨の物理的な重さなど彼女にとっては羽毛のようなものだが、精神的な充足感は計り知れない。

「ありがとうございます。これで宿の心配もなくなりました」

「ええ、王都の一等地にあるホテルに一年は泊まれるわよ」

「では、早速宿を探しに……」

「待ってくれ」

横からスッと手が伸びてきた。

整った顔立ちの銀髪の青年、ルーファスである。

彼は先ほど「王族アレルギー」と言われて拒絶されたにも関わらず、涼しい顔でそこに立っていた。

ダンキアは露骨に顔をしかめた。

「まだいらしたのですか。暇なのですか?」

「失礼な。これでもギルドの運営で忙しいんだよ。ただ、君があまりに危なっかしいから放っておけないだけさ」

「危なっかしい? 私が?」

「そう。君、宿を探すと言ったけれど、この大金を持って一人で歩くつもりかい? 王都の治安はそれほど良くないよ」

ルーファスは肩をすくめた。

確かに、金貨五百枚といえば、庶民が一生遊んで暮らせる額だ。

それをか弱い(見た目だけ)少女が持っていれば、格好の鴨である。

ダンキアは首を傾げた。

「強盗が出るということですか?」

「ああ。路地裏に引きずり込まれて、身ぐるみ剥がされるかもしれない」

「まあ、それは楽しみ……いえ、大変ですね」

ダンキアの目が一瞬、狩人のように輝いたのをルーファスは見逃さなかった。

(この子、絶対返り討ちにして身ぐるみ剥ぐ気だ……)

ルーファスは苦笑しながら提案した。

「だから、僕が案内しよう。安全で、食事も美味い宿を知っている」

「……裏があるのでは?」

「ないよ。純粋な親切心だ。あと、君の筋肉に興味がある」

「後半が本音ですね。気持ち悪いです」

「酷い言われようだ。でも、そこがいい」

ルーファスは楽しそうに笑う。

彼は隣国の第二王子として生まれ、幼い頃から媚びへつらわれることに慣れきっていた。

誰もが彼の顔色を窺い、彼の言葉を肯定する。

そんな退屈な世界で、このダンキアという存在は強烈な劇薬だった。

初対面でプロポーズを断り、王族を嫌悪し、あまつさえドラゴンを引きずり回す。

(退屈しない。これこそ僕が求めていた女性だ)

彼は内心でガッツポーズをしていた。

「まあいいでしょう。宿の件は感謝します。ですが、その前に寄りたい場所があります」

ダンキアはリュックを背負い直した。

「武器屋です」

「武器屋? 君に武器なんて必要ないじゃないか。その拳ひとつで十分だろう?」

「いいえ、必要です。切実に」

ダンキアは真剣な表情で、自分の両手を見つめた。

「素手だと、加減が難しすぎるのです」

「……はい?」

「昨夜のドラゴンもそうですが、私が触れると壊れてしまうものが多すぎます。素材を傷つけずに魔物を倒すには、衝撃を吸収してくれるクッション……もとい、武器が必要です」

「武器をクッション扱いする戦士は初めて見たよ」

普通、武器は攻撃力を上げるために持つものだ。

だが彼女の場合、自分の攻撃力を『下げる』ために武器を求めているらしい。

「それに、冒険者といえば剣や槍です。私も『やぁっ!』と剣を振ってみたいのです。形から入るのも大事でしょう?」

「なるほど、ロマンだね。分かった、それなら王都で一番の武器屋を紹介しよう」

「一番? お高いのでは?」

「僕の紹介なら安くしてくれるはずさ。行こう」

ルーファスが歩き出す。

ダンキアは少し迷ったが、背に腹は代えられないと判断し、彼の後をついていった。

***

王都の大通りを歩く二人。

すれ違う人々が、思わず振り返る。

絶世の美貌を持つ貴公子と、野性味溢れる赤髪の美女。

絵になる二人だが、会話の内容は物騒極まりない。

「それで、実家を破壊してきたんだって?」

「ええ、門の鍵が見つからなかったので。リフォームのきっかけになればと」

「公爵も大変だね。君という災害を飼っていたなんて」

「失敬な。私は淑女教育の被害者ですよ。刺繍の針を何本折ったことか」

「針を折る? どうやって?」

「糸を通そうとして、つい力が……針穴ごと粉砕してしまいました」

「ははは! 君、指先が万力か何かなのかい?」

ルーファスが笑う。

ダンキアはふくれっ面をした。

「笑い事ではありません。そのせいで家庭教師の先生が泣いて辞めてしまったのですから」

「そりゃ泣くよ。僕だって泣くかもしれない」

そんな話をしているうちに、一軒の店の前に着いた。

『剛腕の鍛冶屋』という看板がかかった、煤けた石造りの店だ。

中からはカンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。

「ここだ。ドワーフの親方がやっている店でね、腕は確かだよ」

ルーファスが扉を開ける。

熱気とともに、鉄と油の匂いが漂ってきた。

「いらっしゃい! ……おや、ルーファス様じゃねえか」

奥から現れたのは、髭を三つ編みにした背の低い老人。

ドワーフのガンドである。

「珍しいな、あんたが女連れなんて。新しい愛人か?」

「違うよ。未来の妻だ」

「違います。ただの他人です」

ダンキアが即座に否定する。

ガンドは豪快に笑った。

「カッカッカ! こりゃ手厳しい。で、何の用だ?」

「彼女に合う武器を探してほしくてね。とびきり頑丈なやつを」

「頑丈? 嬢ちゃん、見たところ細腕だが……魔法使いか?」

ガンドが疑わしげにダンキアを見る。

ダンキアは首を振った。

「いいえ、物理前衛です。とにかく壊れにくい剣を所望します。予算は金貨十枚ほどで」

「十枚か。ならそこそこの業物が買えるな。そこの棚にあるロングソードなんぞどうだ? 鋼鉄製で、オークの骨も断ち切るぞ」

ガンドが指差した先には、美しい刃紋の剣が飾られていた。

ダンキアはそれを手に取った。

「軽いですね」

「ん? そりゃ業物だからな、バランスがいいんだよ」

「では、少し振ってみても?」

「ああ、外で試すといい」

ダンキアは店の外に出た。

ルーファスとガンドもついてくる。

裏庭には、試し斬り用の丸太が立てられていた。

「いきます」

ダンキアは剣を構えた。

型は綺麗だ。

幼い頃、騎士団の稽古を盗み見て覚えたのだろう。

「せいっ!」

鋭い呼気とともに、剣が一閃する。

ヒュンッ!

空気を切り裂く音がした。

だが。

ガギンッ!!

鈍い音が響き、剣身が半ばからポッキリと折れて飛んでいった。

丸太には傷ひとつついていない。

「あ」

ダンキアの手元には、折れた柄だけが残されていた。

「……」

ガンドが目を見開く。

「お、おい……嘘だろ? 丸太に当たる前に折れたぞ?」

「えっ、本当ですか?」

ダンキアが振り返る。

ルーファスが解説した。

「うん。君が振りかぶった瞬間、加速に耐え切れずに金属疲労を起こしたみたいだね。つまり、空気を斬った抵抗だけで折れた」

「なんと……貧弱な剣ですね」

ダンキアは残念そうに柄を置いた。

「そんな馬鹿な!」

ガンドが駆け寄って折れた剣を拾い上げる。

「これはミスリルを配合した特注品だぞ!? ドラゴンの爪だって弾くのに!」

「不良品だったのでは? 最近の職人さんは手抜きが多いと聞きますし」

「手抜きじゃねえ!! 俺の魂込めた作品だ!!」

ガンドが顔を真っ赤にして怒鳴る。

しかし、事実は事実だ。

ダンキアはため息をついた。

「困りました。これでは戦えません」

「いや、戦う前に武器が死ぬんだけど」

ルーファスがツッコミを入れる。

「ガンド、もっといいのはないのかい? 彼女の筋力は、おそらくドラゴンのそれを凌駕している」

「ドラゴン以上だと……? 人間の女がか?」

ガンドは信じられないという顔でダンキアを見た。

しかし、その腕の筋肉(普段はしなやかだが、力を入れると鋼鉄になる)を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

「……分かった。とっておきを出してやる」

ガンドは店の奥へと戻り、やがて一本の剣を持ってきた。

黒い鞘に収められた、禍々しいオーラを放つ大剣だ。

「これは『魔剣グラム』。呪われていて、持ち主の生命力を吸う代わりに、絶対に折れないと言われている」

「呪い? まあ素敵」

ダンキアは目を輝かせた。

「生命力を吸うのですか? ちょうど有り余っていて困っていたのです」

「普通の人間なら触れただけで干からびるがな」

ガンドが慎重に剣を渡す。

ダンキアは柄を握った。

ズシッ。

かなりの重量がある。

そして、柄からドクンドクンという鼓動のようなものが伝わってきた。

『我ハ……血ヲ求ム……』

頭の中に不気味な声が響く。

「あら、喋りましたわ」

ダンキアは動じない。

「あなた、頑丈さには自信があるのですか?」

『我ヲ誰ダト思ッテイル……我ハ最強ノ……』

「では、試させていただきます」

ダンキアは再び丸太に向き直った。

今度は本気だ。

足を踏ん張り、腰を入れる。

「はあああああっ!」

彼女の身体から凄まじい闘気が立ち上る。

ルーファスとガンドが慌てて距離を取った。

「たぁっ!!」

ダンキアが大剣を振り下ろす。

その速度は音速を超え、衝撃波が周囲の土煙を巻き上げた。

ドガァァァァァァァァン!!

爆音。

丸太が木っ端微塵に消し飛ぶ。

さらに、その後ろにあった店の塀が崩れ、隣の民家の屋根が吹き飛んだ。

「……」

砂煙が晴れると、そこには更地が広がっていた。

そして、ダンキアの手には。

『イ、イタイ……折レル……死ヌ……』

ひしゃげた魔剣があった。

刀身はねじ曲がり、見るも無残な姿になっている。

「あらら」

ダンキアは曲がった剣を見て溜息をついた。

「これもダメですか。少し粘りのある感触でしたが、最後には負けてしまいましたね」

『バ、バケモノ……』

魔剣が最後に一言呟いて、沈黙した。

呪いすら物理でねじ伏せたのだ。

「うそだろ……」

ガンドが膝から崩れ落ちる。

「俺の最高傑作が……魔剣が……スクラップに……」

ルーファスはお腹を抱えて笑っていた。

「あはははは! 最高だ! 魔剣が悲鳴を上げて死んだ!」

「笑い事ではありません! 弁償しなくては……いくらですか?」

ダンキアが財布を取り出す。

ガンドは力なく首を振った。

「……金はいらねえ」

「えっ」

「職人としてのプライドがズタズタだ。金なんか受け取れるか。……だが、嬢ちゃん」

ガンドが炎のような目で立ち上がった。

「火がついたぞ。あんたの馬鹿力にも耐えられる武器、俺が意地でも作ってやる!」

「本当ですか!?」

「ああ! 素材集めから手伝え! 伝説の鉱石『アダマンタイト』が必要だ!」

「分かりました! どこに行けば手に入りますか?」

「北の山脈だ。そこには主(ヌシ)がいるがな」

「主? 食材ですね。行きましょう!」

ダンキアとガンドの間で、奇妙な友情が芽生えていた。

ルーファスは涙を拭いながら言った。

「やれやれ、また忙しくなりそうだ。僕も付き合うよ、スポンサーとしてね」

「支払いは任せました、王子様!」

「調子がいいなぁ」

こうして、最強の武器を求めるダンキア一行の旅(買い出し)が決まった。

その背後で、魔剣グラムがくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てられていたことを、誰も気にする者はいなかった。
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