悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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王都を離れ、馬車は北へとひた走る。

目指すはアダマンタイトが眠る極寒の山脈。

道中の街道は、都から離れるにつれて荒れ始めていた。

ガタゴト、ガタゴト。

車輪が石に乗り上げるたびに、豪華な馬車が大きく揺れる。

「……ルーファス様」

向かいの席で腕組みをしていたダンキアが、不機嫌そうに口を開いた。

「なんだい? お菓子ならまだあるよ」

「違います。この揺れです。筋肉にとって、予期せぬ振動はストレスになります。これでは私の大胸筋がリラックスできません」

「大胸筋の機嫌を損ねてしまったか。それは国家の一大事だね」

ルーファスは優雅に紅茶を啜りながら答えた。

「しかし、ここは国境付近の旧街道だ。整備が行き届いていないんだよ」

「嘆かわしいことです。行政の怠慢ですね」

隣でいびきをかいて寝ていたドワーフのガンドが、揺れで椅子から転がり落ちた。

「ぐえっ! ……痛ってぇな。なんだ、敵襲か?」

「いえ、ただの悪路です」

その時だった。

ヒヒィィン!

御者が手綱を引き、馬車が急停車した。

「お、おい! なんだお前たちは!」

御者の悲鳴が聞こえる。

「出たな」

ルーファスが窓のカーテンを少し開けて外を覗く。

そこには、薄汚れた服を着た男たちが二十人ほど、道を塞ぐように立っていた。

手には錆びた剣や斧を持っている。

「山賊だね」

「山賊?」

ダンキアが身を乗り出した。

「もしかして、通行料を徴収して道路整備を行う委託業者の方々でしょうか?」

「違うよ。通行人の身ぐるみを剥いで、道路を血で汚す方々だよ」

「まあ、非生産的」

ダンキアはため息をつくと、立ち上がった。

「私が話してきます」

「気をつけて。彼らは野蛮だ」

「大丈夫です。言葉(物理)は通じると信じていますから」

ダンキアは馬車の扉を開け、ひらりと地面に降り立った。

山賊たちの視線が、一斉に彼女に集まる。

「おっ、上玉が出てきたぞ!」

「へへっ、こいつはツイてるぜ。金目のモンも、女もいただきだ!」

下卑た笑い声を上げながら、山賊たちがジリジリと距離を詰めてくる。

その中心に、一際体の大きな男がいた。

熊のような巨体に、顔には大きな古傷。

どうやら彼らの頭目のようだ。

「よう、嬢ちゃん。怪我をしたくなけりゃ、大人しく俺たちの……」

「あなた方が責任者ですか?」

ダンキアは頭目の言葉を遮り、ズカズカと歩み寄った。

「あ?」

「この道の惨状を見てください。穴だらけ、石だらけ。馬車のサスペンションが悲鳴を上げています。このエリアの管理はどうなっているのですか?」

「はあ? 何言ってんだテメェ……」

頭目は面食らった。

命乞いをするでもなく、悲鳴を上げるでもなく、いきなり道路行政へのクレームをつけてきたからだ。

「俺たちは山賊だぞ! 管理なんて知るか! ここは俺たちの庭だ!」

「庭? なるほど、私有地ということですね」

ダンキアはポンと手を打った。

「ならば尚更、所有者には管理責任があります。こんなボコボコの庭を放置して恥ずかしくないのですか?」

「うるせぇぇぇ! 訳の分かんねぇこと抜かしてんじゃねぇ!」

頭目は激昂し、持っていた巨大な棍棒を振り上げた。

「俺たちが欲しいのは金と女だ! テメェはその綺麗な顔を拝ませてもらうぜ!」

ブォン!

風を切る音がして、棍棒がダンキアの頭上に迫る。

馬車の窓から見ていたガンドが「危ねえ!」と叫ぶ。

だが、ダンキアは動かない。

避ける必要もないと判断したからだ。

バシィッ!

鈍い音が響いた。

ダンキアは、振り下ろされた棍棒を片手で受け止めていた。

「え?」

頭目の目が点になる。

「な、なんだと……俺の全力の一撃を……」

「握り方が甘いです」

ダンキアは真顔で指摘した。

「小指と薬指をもっと締めないと、インパクトの瞬間に力が逃げますよ。こうやって……」

メキメキメキッ!

ダンキアの指が、鉄補強された棍棒に食い込んでいく。

「あ、あの……棍棒が……へこんで……」

「そして、腰の回転が足りません。手打ちになっています。もっと大地を踏みしめて、下半身から力を伝えるのです」

ダンキアは棍棒を握ったまま、グイと引っ張った。

頭目の巨体が、まるで羽毛のように引き寄せられる。

「ひぃっ!?」

「実践してみましょう。私が手本を見せます」

「え、いや、遠慮し……」

「遠慮はいりません。教育です」

ダンキアは奪い取った棍棒を逆手に持ち替えた。

そして、近くにあった巨大な岩(直径二メートル)を見据える。

「いいですか? 膝を柔らかく、丹田に力を込めて……」

ドガァァァァァァァァン!!

ダンキアが棍棒を振り抜いた瞬間、岩が爆散した。

粉々になった破片が散弾銃のように周囲に飛び散る。

棍棒も衝撃に耐え切れず、粉々に砕け散った。

シーン……。

山賊たちが凍りついた。

鳥のさえずりさえ止まった気がする。

ダンキアは手に残った棍棒の残骸(木屑)を払い、ニッコリと微笑んだ。

「分かりましたか? これくらいのインパクトが必要です」

「……」

頭目はガタガタと震え出し、その場に土下座した。

「す、すいませんでしたァァァ!!」

つられて、他の手下たちも一斉に平伏する。

「命だけはお助けを! 俺たちが間違ってました!」

「あら、分かっていただけましたか? 素直でよろしい」

ダンキアは満足げに頷いた。

「では、謝罪の気持ちを行動で示していただきましょう」

「は、はい! 金貨ですか!? あるだけ全部出します!」

「お金などいりません。私が欲しいのは快適な移動です」

ダンキアは街道の先を指差した。

「この先のアダマンタイト鉱山までの道、全て平らに整地してください」

「は?」

「穴を埋め、石をどけ、雑草を抜きなさい。馬車が揺れないように、定規で測ったように平らにするのです。今すぐに」

「い、いや、ここから鉱山までは数十キロありますが……」

「できませんか?」

ダンキアがコキコキと拳を鳴らす。

「できないのなら、あなた方を『整地用のローラー』として使わせていただきますが」

「やります!! やらせてください!! 俺たち、土木作業が大好きなんです!!」

頭目が絶叫した。

「野郎ども! 鍬(くわ)を持て! 剣なんか捨てろ! 今日から俺たちは道路工事団だ!」

「「「イエッサー!!」」」

山賊たちは涙目で武器を投げ捨て、どこからか調達してきたスコップや鍬を構えた。

そして、猛烈な勢いで地面を掘り返し、埋め戻し、踏み固め始めた。

「ほらほら、そこまだ段差がありますよ! もっと腰を入れて!」

ダンキアが監督のように指示を飛ばす。

「ひぃぃぃ! へい、親方!」

「親方ではありません。お嬢様と呼びなさい」

「へい、お嬢様ァ!」

馬車の中から、その様子を呆然と眺めていたルーファスとガンド。

「……すげえな。山賊が更生しちまった」

ガンドがポツリと漏らす。

「恐怖政治だね」

ルーファスは苦笑した。

「でも、彼らの動き、すごく良くなったよ。見てごらん、あの無駄のないスコップ捌き。彼女の指導力は本物だ」

「王子の婚約者より、現場監督の方が向いてるんじゃねえか?」

それから数時間。

ダンキアのスパルタ指導のもと、山賊改め「ダンキア道路建設株式会社(仮)」の面々は、驚異的なスピードで街道を修復していった。

馬車はその跡を、滑るように進んでいく。

「快適ですわ!」

ダンキアはご満悦で馬車に戻ってきた。

「彼ら、なかなか筋が良かったです。最後には『働く喜びを知りました!』と泣いて感謝されました」

「それは恐怖で泣いていただけだと思うけど……」

ルーファスはツッコミを飲み込んだ。

「まあ、結果オーライか。これで予定より早く鉱山に着きそうだ」

「ええ。それに彼らには『私が帰る時までに、反対車線も整備しておくように』と伝えておきました」

「鬼だ」

山賊たちの悲鳴のような掛け声を背に、一行はさらに北へと進む。

空気は徐々に冷たくなり、遠くには雪を被った山々が見え始めていた。

だが、どんな極寒の地も、どんな恐ろしい魔物も、今のダンキアの前ではウォーミングアップにすらならないことを、ルーファスは確信していた。

(……クラーク王子、君はとんでもない虎の尾を踏んだね)

遠い王都の空を見上げ、ルーファスは元婚約者に同情の念を禁じ得なかった。

こうして、街道の平和は(物理的に)守られたのである。
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