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北の山脈。
そこは一面の銀世界だった。
吹き荒れる吹雪。
凍てつくような寒さ。
吐く息すら瞬時に凍る極寒の地獄。
そんな中、完全防寒装備に身を包んだルーファスとガンドが、ガタガタと震えながら歩いていた。
「さ、さむ……寒いね……」
「お、おぅ……髭が凍って、つららになりそうだ……」
二人は毛皮のコートを三重に着込み、さらに魔法のカイロを懐に入れている。
それでも寒さが骨身に染みる。
だが、先頭を歩くダンキアは違った。
彼女は、王都を出た時と同じ軽装――麻のシャツにベスト、革のパンツという姿だった。
「そうですか? 程よい涼しさですわ」
ダンキアは涼しい顔で振り返る。
肌は少しも鳥肌が立っていない。
それどころか、彼女の体からは湯気のようなものが立ち上っていた。
「だ、ダンキア……君、寒くないのかい?」
「ええ。常に全身の筋肉を微振動させて熱を産生していますから」
「人間暖房器具……」
「基礎代謝が高いのです。脂肪燃焼効率も抜群ですよ」
ダンキアは雪道をサクサクと進む。
新雪の上を歩いているはずなのに、足が沈まない。
雪が沈む前に、超高速で足を踏み変えているからだ。
「もはや物理法則の彼方だな……」
ルーファスは白旗を上げた。
やがて、一行は山の中腹にある巨大な洞窟の前に辿り着いた。
入り口からは、不気味な冷気と魔力が漂ってくる。
「ここだ」
ガンドが足を止めた。
「この奥に『アダマンタイト』の鉱脈がある。だが、気をつけろ。ここには『主』がいる」
「主……」
ダンキアがゴクリと喉を鳴らした。
「どんな味でしょうか」
「だから食いモンじゃねえと言ってるだろ! オリハルコン・ゴーレムだ! 全身が最強硬度の金属でできた動く要塞だぞ!」
「なるほど。殻が硬いタイプですね。カニやクルミのようなものでしょうか」
「全然違う!」
ガンドのツッコミを無視して、ダンキアは洞窟の中へと足を踏み入れた。
「お邪魔しますー。食材の宅配便……ではなく、採掘に参りましたー」
彼女の声が洞窟内に反響する。
中は広く、壁面には青白く光る鉱石が埋め込まれており、松明なしでも視界は確保できた。
奥へ進むこと数分。
突如、地面が大きく揺れた。
ズズズズズ……!
「来たぞ!」
ガンドが叫ぶ。
洞窟の最奥部、広大なドーム状の空間。
そこの地面が盛り上がり、巨大な影が立ち上がった。
全長十五メートル。
全身が銀色に輝く金属と、青白いクリスタルで構成された巨人。
オリハルコン・ゴーレムである。
『グオオオオオオオオッ!!』
重低音の咆哮が洞窟を震わせる。
その威圧感たるや、先日のレッドドラゴンを遥かに凌ぐ。
何しろ、その体は物理攻撃を一切受け付けないと言われるオリハルコン製なのだ。
「ひぃっ! や、やっぱりデカい! 逃げるぞ嬢ちゃん!」
ガンドが腰を抜かしかける。
ルーファスも剣を抜いたが、その表情は険しい。
「まずいな……僕の氷魔法も、あの装甲には効きそうにない」
だが、ダンキアだけは目を輝かせていた。
「まあ……!」
彼女はうっとりと巨人を見上げた。
「なんて立派な……霜降り!」
「はい?」
ルーファスとガンドの声が重なった。
「見てください、あの輝き! きっと中には濃厚な旨味が詰まっていますわ! これは高級食材の予感!」
「金属だよ!? 中身も金属だよ!?」
「いいえ、硬い殻の中には美味しい身があるのが自然の摂理。調理開始です!」
ダンキアはリュックを放り投げ、身軽になった。
そして、ゆっくりとゴーレムに向かって歩き出す。
ゴーレムが侵入者を排除すべく、巨大な拳を振り上げた。
その拳だけで、馬車一台分ほどの大きさがある。
『グォォッ!』
ドォォォォン!!
拳が振り下ろされる。
ダンキアはそれを避けない。
彼女は頭上に両手を掲げ、落ちてくる隕石のような拳を『受け止めた』。
ズガァァァァン!!
衝撃でダンキアの足元の岩盤が砕け、膝まで埋まる。
だが、彼女は潰れていない。
「ぬんっ!」
ダンキアは顔色一つ変えずに、数トンの重量を支えていた。
「やはり硬いですね。これは圧力鍋が必要なレベルですが……生憎と調理器具を持ってきていません」
「素手で受け止めた!?」
ガンドが目を剥く。
「なら、叩いて柔らかくするしかありませんね!」
ダンキアは埋まった足を強引に引き抜き、ゴーレムの腕を掴んだまま、逆に一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「たぁっ!」
『グォ!?』
巨体が宙を舞う。
ズドォォォォォン!!
ゴーレムが仰向けに倒れ、洞窟全体が激しく揺れた。
天井から鍾乳石がバラバラと落ちてくる。
「まだです! 肉叩きの時間です!」
ダンキアは倒れたゴーレムの腹の上に飛び乗った。
そして、右拳を握りしめる。
「美味しくなぁれ! 美味しくなぁれ!」
ドゴッ! バキッ! ガンッ!
彼女は、オリハルコンの装甲を素手で殴り始めた。
一発殴るごとに、最強硬度のはずの装甲がベコベコに凹んでいく。
『グ、グガァ……?』
ゴーレムが困惑の声を上げる。
痛い。
生まれて初めて痛みを感じている。
いや、そもそも自分は無機物なのだが、構造体が破壊される恐怖を感じていた。
「ここが筋(スジ)ですね? 断ち切ります!」
ダンキアはゴーレムの関節部分に手刀を突き刺した。
ズボォッ!!
まるで豆腐に指を入れるかのように、オリハルコンの腕が貫かれる。
「そして、ここが急所(シメ)!」
彼女はゴーレムの胸部にある、一際輝くコアに向かって拳を振り下ろした。
「正拳突き・改め……『殻割り』!!」
ドッゴォォォォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
ゴーレムの胸部装甲が粉砕され、衝撃は背中まで突き抜けた。
コアにヒビが入る。
『ガ……ガ……』
ゴーレムの瞳の光が明滅し、やがてフッと消えた。
巨人が動かなくなる。
沈黙。
ダンキアは額の汗を拭い、期待に満ちた顔で砕けた装甲の中を覗き込んだ。
「さあ、実食です!」
彼女は装甲を強引にこじ開けた。
「……あれ?」
そこにあったのは、煌びやかな魔石と、複雑な魔導回路、そして歯車のような部品だけだった。
肉はない。
カニ味噌もない。
「……中身がない」
ダンキアの声が震えた。
「空っぽ……?」
彼女はその場に膝をついた。
絶望。
婚約破棄された時よりも、冤罪をかけられた時よりも、深い絶望が彼女を襲った。
「嘘でしょう……あんなに苦労して殻を割ったのに……食べるところが一つもないなんて……」
ダンキアはしくしくと泣き出した。
「詐欺です……過大広告です……」
その姿を見て、物陰からルーファスとガンドが出てきた。
「……勝った。オリハルコン・ゴーレムに、素手で」
ガンドが夢遊病者のように呟く。
ルーファスは泣いているダンキアに近づき、肩に手を置いた。
「ダンキア、泣かないで。君は素晴らしい戦いをしたよ」
「ルーファス様……お肉が……」
「肉は帰りに一番いいのを奢るから。それより見てごらん、君が砕いたその装甲」
ルーファスが指差す。
ダンキアが殴り壊したゴーレムの胸部。
その破片の中に、虹色に輝く金属が混ざっていた。
「これこそが『アダマンタイト』だ。ゴーレムの核を守っていた希少金属だよ」
ガンドが震える手でそれを拾い上げる。
「すげえ……純度百パーセントのアダマンタイトだ。これなら、間違いなく最強の武器が作れる!」
「武器……?」
ダンキアは涙を拭いた。
「そうでした。目的は食材ではなく、武器の素材でしたね」
彼女はケロッと立ち直った。
「なんだ、なら大成功ですね!」
「切り替えが早いな……」
「でも、お腹が空きました。ガンドさん、この石で武器を作ったら、何か美味しいものを切らせてくださいね」
「おうよ! この素材があれば、ドラゴンの骨だろうが、魔王の首だろうが、スパッと切れる包丁……じゃねえ、剣を作ってやるよ!」
ガンドの職人魂が燃え上がっていた。
彼はリュックから道具を取り出し、その場で素材の選別を始める。
「よし、必要な量は確保した。嬢ちゃん、ルーファス様、山を降りるぞ。俺の工房で、すぐに作業に取り掛かる!」
「はい!」
「やれやれ、遭難しなくてよかったよ」
こうして、ダンキア一行は『伝説の鉱石』を手に入れた。
ゴーレムにとっては理不尽極まりない災難だったが、その犠牲により、後に歴史に残る最強の武器が生まれることになるのである。
***
数日後。
王都の武器屋『剛腕の鍛冶屋』の地下工房。
カンカンカンカン!
高らかな槌音が響いていた。
ガンドが不眠不休で打ち続け、ダンキアが(適度な力加減で)ふいごを吹いて火力を調整する。
「もっと熱くだ! アダマンタイトを溶かすには、地獄の業火が必要だ!」
「はい! 肺活量には自信があります!」
ブオオオオオオオッ!!
ダンキアが息を吹き込むと、炉の火が爆発的に燃え上がり、工房の温度がサウナを超えた。
「あちちちっ! やりすぎだ馬鹿野郎! だがいい火力だ!」
そうして完成したのは、一本の剣だった。
刀身は透き通るような銀色。
一切の装飾を排した、機能美の塊。
「できたぞ……」
ガンドがふらつきながら、その剣をダンキアに渡す。
「名付けて『アダマン・バスター』。この世で最も硬く、最も重い剣だ。普通の人間なら持ち上げることすらできねえが……」
ダンキアは剣を受け取った。
「……」
彼女はそれを、指揮棒のように軽く振った。
ビュンッ!
鋭い風切り音が鳴る。
「軽いですね」
「……マジかよ」
「でも、芯がある。私の力がしっかりと伝わる感じがします」
ダンキアはニッコリと微笑んだ。
「素晴らしいです、ガンドさん。これなら折れる心配をせずに、思い切り叩けます!」
「叩くんじゃねえ、斬るんだよ……まあいいか」
ついに、ダンキアは『壊れない武器』を手に入れた。
それはつまり、彼女のリミッターがまた一つ外れたことを意味していた。
その時。
工房の扉がノックされた。
現れたのは、正装に身を包んだルーファスだった。
「完成したようだね。おめでとう」
「ルーファス様! 見てください、この素敵な鈍器……いえ、剣を!」
「うん、凶悪そうだね」
ルーファスは微笑み、一通の招待状を差し出した。
「さて、装備も整ったことだし、君に提案があるんだ」
「提案?」
「来週、僕の国……オルティス王国で舞踏会が開かれる。そこで父上――国王陛下に、君を紹介したい」
「……は?」
ダンキアはキョトンとした。
「国王陛下に? なぜですか? 私はただの冒険者ですが」
「『将来の妃』として紹介したいんだ」
「お断りします」
「即答だね。でも、タダとは言わないよ」
ルーファスは悪戯っぽく笑った。
「我が国の王宮料理人が作る、フルコースディナーが食べ放題だ」
ダンキアの目の色が変わった。
「……食べ放題?」
「ああ。最高級の肉、新鮮な魚、そして絶品のスイーツまで」
ダンキアはガンドを見た。
「ガンドさん、剣の試し斬りが必要ですよね?」
「え? あ、ああ……まあな」
「分かりました」
ダンキアはルーファスに向き直り、ビシッと敬礼した。
「その依頼、お受けします。私の新しい剣の錆にして差し上げましょう……ステーキを」
「ステーキか。まあいいよ、君が来てくれるなら」
こうして、ダンキアは隣国へと向かうことになった。
それは単なるパーティーへの参加ではなく、新たなトラブル……そして、元婚約者の新しい女・ミーナとの再会への序章でもあった。
そこは一面の銀世界だった。
吹き荒れる吹雪。
凍てつくような寒さ。
吐く息すら瞬時に凍る極寒の地獄。
そんな中、完全防寒装備に身を包んだルーファスとガンドが、ガタガタと震えながら歩いていた。
「さ、さむ……寒いね……」
「お、おぅ……髭が凍って、つららになりそうだ……」
二人は毛皮のコートを三重に着込み、さらに魔法のカイロを懐に入れている。
それでも寒さが骨身に染みる。
だが、先頭を歩くダンキアは違った。
彼女は、王都を出た時と同じ軽装――麻のシャツにベスト、革のパンツという姿だった。
「そうですか? 程よい涼しさですわ」
ダンキアは涼しい顔で振り返る。
肌は少しも鳥肌が立っていない。
それどころか、彼女の体からは湯気のようなものが立ち上っていた。
「だ、ダンキア……君、寒くないのかい?」
「ええ。常に全身の筋肉を微振動させて熱を産生していますから」
「人間暖房器具……」
「基礎代謝が高いのです。脂肪燃焼効率も抜群ですよ」
ダンキアは雪道をサクサクと進む。
新雪の上を歩いているはずなのに、足が沈まない。
雪が沈む前に、超高速で足を踏み変えているからだ。
「もはや物理法則の彼方だな……」
ルーファスは白旗を上げた。
やがて、一行は山の中腹にある巨大な洞窟の前に辿り着いた。
入り口からは、不気味な冷気と魔力が漂ってくる。
「ここだ」
ガンドが足を止めた。
「この奥に『アダマンタイト』の鉱脈がある。だが、気をつけろ。ここには『主』がいる」
「主……」
ダンキアがゴクリと喉を鳴らした。
「どんな味でしょうか」
「だから食いモンじゃねえと言ってるだろ! オリハルコン・ゴーレムだ! 全身が最強硬度の金属でできた動く要塞だぞ!」
「なるほど。殻が硬いタイプですね。カニやクルミのようなものでしょうか」
「全然違う!」
ガンドのツッコミを無視して、ダンキアは洞窟の中へと足を踏み入れた。
「お邪魔しますー。食材の宅配便……ではなく、採掘に参りましたー」
彼女の声が洞窟内に反響する。
中は広く、壁面には青白く光る鉱石が埋め込まれており、松明なしでも視界は確保できた。
奥へ進むこと数分。
突如、地面が大きく揺れた。
ズズズズズ……!
「来たぞ!」
ガンドが叫ぶ。
洞窟の最奥部、広大なドーム状の空間。
そこの地面が盛り上がり、巨大な影が立ち上がった。
全長十五メートル。
全身が銀色に輝く金属と、青白いクリスタルで構成された巨人。
オリハルコン・ゴーレムである。
『グオオオオオオオオッ!!』
重低音の咆哮が洞窟を震わせる。
その威圧感たるや、先日のレッドドラゴンを遥かに凌ぐ。
何しろ、その体は物理攻撃を一切受け付けないと言われるオリハルコン製なのだ。
「ひぃっ! や、やっぱりデカい! 逃げるぞ嬢ちゃん!」
ガンドが腰を抜かしかける。
ルーファスも剣を抜いたが、その表情は険しい。
「まずいな……僕の氷魔法も、あの装甲には効きそうにない」
だが、ダンキアだけは目を輝かせていた。
「まあ……!」
彼女はうっとりと巨人を見上げた。
「なんて立派な……霜降り!」
「はい?」
ルーファスとガンドの声が重なった。
「見てください、あの輝き! きっと中には濃厚な旨味が詰まっていますわ! これは高級食材の予感!」
「金属だよ!? 中身も金属だよ!?」
「いいえ、硬い殻の中には美味しい身があるのが自然の摂理。調理開始です!」
ダンキアはリュックを放り投げ、身軽になった。
そして、ゆっくりとゴーレムに向かって歩き出す。
ゴーレムが侵入者を排除すべく、巨大な拳を振り上げた。
その拳だけで、馬車一台分ほどの大きさがある。
『グォォッ!』
ドォォォォン!!
拳が振り下ろされる。
ダンキアはそれを避けない。
彼女は頭上に両手を掲げ、落ちてくる隕石のような拳を『受け止めた』。
ズガァァァァン!!
衝撃でダンキアの足元の岩盤が砕け、膝まで埋まる。
だが、彼女は潰れていない。
「ぬんっ!」
ダンキアは顔色一つ変えずに、数トンの重量を支えていた。
「やはり硬いですね。これは圧力鍋が必要なレベルですが……生憎と調理器具を持ってきていません」
「素手で受け止めた!?」
ガンドが目を剥く。
「なら、叩いて柔らかくするしかありませんね!」
ダンキアは埋まった足を強引に引き抜き、ゴーレムの腕を掴んだまま、逆に一本背負いの要領で投げ飛ばした。
「たぁっ!」
『グォ!?』
巨体が宙を舞う。
ズドォォォォォン!!
ゴーレムが仰向けに倒れ、洞窟全体が激しく揺れた。
天井から鍾乳石がバラバラと落ちてくる。
「まだです! 肉叩きの時間です!」
ダンキアは倒れたゴーレムの腹の上に飛び乗った。
そして、右拳を握りしめる。
「美味しくなぁれ! 美味しくなぁれ!」
ドゴッ! バキッ! ガンッ!
彼女は、オリハルコンの装甲を素手で殴り始めた。
一発殴るごとに、最強硬度のはずの装甲がベコベコに凹んでいく。
『グ、グガァ……?』
ゴーレムが困惑の声を上げる。
痛い。
生まれて初めて痛みを感じている。
いや、そもそも自分は無機物なのだが、構造体が破壊される恐怖を感じていた。
「ここが筋(スジ)ですね? 断ち切ります!」
ダンキアはゴーレムの関節部分に手刀を突き刺した。
ズボォッ!!
まるで豆腐に指を入れるかのように、オリハルコンの腕が貫かれる。
「そして、ここが急所(シメ)!」
彼女はゴーレムの胸部にある、一際輝くコアに向かって拳を振り下ろした。
「正拳突き・改め……『殻割り』!!」
ドッゴォォォォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
ゴーレムの胸部装甲が粉砕され、衝撃は背中まで突き抜けた。
コアにヒビが入る。
『ガ……ガ……』
ゴーレムの瞳の光が明滅し、やがてフッと消えた。
巨人が動かなくなる。
沈黙。
ダンキアは額の汗を拭い、期待に満ちた顔で砕けた装甲の中を覗き込んだ。
「さあ、実食です!」
彼女は装甲を強引にこじ開けた。
「……あれ?」
そこにあったのは、煌びやかな魔石と、複雑な魔導回路、そして歯車のような部品だけだった。
肉はない。
カニ味噌もない。
「……中身がない」
ダンキアの声が震えた。
「空っぽ……?」
彼女はその場に膝をついた。
絶望。
婚約破棄された時よりも、冤罪をかけられた時よりも、深い絶望が彼女を襲った。
「嘘でしょう……あんなに苦労して殻を割ったのに……食べるところが一つもないなんて……」
ダンキアはしくしくと泣き出した。
「詐欺です……過大広告です……」
その姿を見て、物陰からルーファスとガンドが出てきた。
「……勝った。オリハルコン・ゴーレムに、素手で」
ガンドが夢遊病者のように呟く。
ルーファスは泣いているダンキアに近づき、肩に手を置いた。
「ダンキア、泣かないで。君は素晴らしい戦いをしたよ」
「ルーファス様……お肉が……」
「肉は帰りに一番いいのを奢るから。それより見てごらん、君が砕いたその装甲」
ルーファスが指差す。
ダンキアが殴り壊したゴーレムの胸部。
その破片の中に、虹色に輝く金属が混ざっていた。
「これこそが『アダマンタイト』だ。ゴーレムの核を守っていた希少金属だよ」
ガンドが震える手でそれを拾い上げる。
「すげえ……純度百パーセントのアダマンタイトだ。これなら、間違いなく最強の武器が作れる!」
「武器……?」
ダンキアは涙を拭いた。
「そうでした。目的は食材ではなく、武器の素材でしたね」
彼女はケロッと立ち直った。
「なんだ、なら大成功ですね!」
「切り替えが早いな……」
「でも、お腹が空きました。ガンドさん、この石で武器を作ったら、何か美味しいものを切らせてくださいね」
「おうよ! この素材があれば、ドラゴンの骨だろうが、魔王の首だろうが、スパッと切れる包丁……じゃねえ、剣を作ってやるよ!」
ガンドの職人魂が燃え上がっていた。
彼はリュックから道具を取り出し、その場で素材の選別を始める。
「よし、必要な量は確保した。嬢ちゃん、ルーファス様、山を降りるぞ。俺の工房で、すぐに作業に取り掛かる!」
「はい!」
「やれやれ、遭難しなくてよかったよ」
こうして、ダンキア一行は『伝説の鉱石』を手に入れた。
ゴーレムにとっては理不尽極まりない災難だったが、その犠牲により、後に歴史に残る最強の武器が生まれることになるのである。
***
数日後。
王都の武器屋『剛腕の鍛冶屋』の地下工房。
カンカンカンカン!
高らかな槌音が響いていた。
ガンドが不眠不休で打ち続け、ダンキアが(適度な力加減で)ふいごを吹いて火力を調整する。
「もっと熱くだ! アダマンタイトを溶かすには、地獄の業火が必要だ!」
「はい! 肺活量には自信があります!」
ブオオオオオオオッ!!
ダンキアが息を吹き込むと、炉の火が爆発的に燃え上がり、工房の温度がサウナを超えた。
「あちちちっ! やりすぎだ馬鹿野郎! だがいい火力だ!」
そうして完成したのは、一本の剣だった。
刀身は透き通るような銀色。
一切の装飾を排した、機能美の塊。
「できたぞ……」
ガンドがふらつきながら、その剣をダンキアに渡す。
「名付けて『アダマン・バスター』。この世で最も硬く、最も重い剣だ。普通の人間なら持ち上げることすらできねえが……」
ダンキアは剣を受け取った。
「……」
彼女はそれを、指揮棒のように軽く振った。
ビュンッ!
鋭い風切り音が鳴る。
「軽いですね」
「……マジかよ」
「でも、芯がある。私の力がしっかりと伝わる感じがします」
ダンキアはニッコリと微笑んだ。
「素晴らしいです、ガンドさん。これなら折れる心配をせずに、思い切り叩けます!」
「叩くんじゃねえ、斬るんだよ……まあいいか」
ついに、ダンキアは『壊れない武器』を手に入れた。
それはつまり、彼女のリミッターがまた一つ外れたことを意味していた。
その時。
工房の扉がノックされた。
現れたのは、正装に身を包んだルーファスだった。
「完成したようだね。おめでとう」
「ルーファス様! 見てください、この素敵な鈍器……いえ、剣を!」
「うん、凶悪そうだね」
ルーファスは微笑み、一通の招待状を差し出した。
「さて、装備も整ったことだし、君に提案があるんだ」
「提案?」
「来週、僕の国……オルティス王国で舞踏会が開かれる。そこで父上――国王陛下に、君を紹介したい」
「……は?」
ダンキアはキョトンとした。
「国王陛下に? なぜですか? 私はただの冒険者ですが」
「『将来の妃』として紹介したいんだ」
「お断りします」
「即答だね。でも、タダとは言わないよ」
ルーファスは悪戯っぽく笑った。
「我が国の王宮料理人が作る、フルコースディナーが食べ放題だ」
ダンキアの目の色が変わった。
「……食べ放題?」
「ああ。最高級の肉、新鮮な魚、そして絶品のスイーツまで」
ダンキアはガンドを見た。
「ガンドさん、剣の試し斬りが必要ですよね?」
「え? あ、ああ……まあな」
「分かりました」
ダンキアはルーファスに向き直り、ビシッと敬礼した。
「その依頼、お受けします。私の新しい剣の錆にして差し上げましょう……ステーキを」
「ステーキか。まあいいよ、君が来てくれるなら」
こうして、ダンキアは隣国へと向かうことになった。
それは単なるパーティーへの参加ではなく、新たなトラブル……そして、元婚約者の新しい女・ミーナとの再会への序章でもあった。
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