悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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オルティス王国とアルカディア王国の国境付近。

広大な平原を埋め尽くすのは、煌びやかな鎧に身を包んだ五万の兵士たち。

アルカディア王国軍である。

その中心、天蓋付きの巨大な馬車の上で、クラーク王太子は扇子を仰いでいた。

「ふふふ……壮観だ」

彼は眼下に広がる大軍を見渡し、陶酔したように呟く。

「これだけの兵力を見せつければ、オルティス王国も震え上がるだろう。さあ、ダンキアを返してもらおうか」

隣には、怯えた様子のミーナが座っている。

「で、殿下……本当に戦争をするのですか?」

「まさか。これは『愛の力の誇示』だよ。私がどれほど本気で彼女を求めているか、世界に示すパフォーマンスさ」

クラークは自信満々だった。

彼の脳内シナリオはこうだ。

1.大軍を見て、ダンキアが自分の偉大さを再認識する。
2.「私のためにこれほどの軍を!」と感動する。
3.涙ながらに復縁を承諾し、ついでに溜まった書類仕事も引き受ける。

完璧だ。

「さあ、拡声魔道具を持ってこい! 私の美声を轟かせるのだ!」

クラークは魔力増幅機能付きのメガホンを受け取った。

「あー、あー。……親愛なるダンキアよ! 聞こえているか! 私だ、君の愛するクラークだ!」

彼の声が平原に響き渡る。

「君が隣国の王子に騙され、軟禁されていることは分かっている! 安心してくれたまえ、この私が救出しに来たぞ! さあ、怖がらずに出ておいで!」

兵士たちが「オーッ!」と勝鬨を上げる。

その時。

地平線の彼方から、何かが近づいてくるのが見えた。

土煙だ。

それも、尋常ではない速度で移動している。

「おっ、早速のお出ましか? オルティス軍の騎兵隊かな?」

クラークが目を凝らす。

しかし、様子がおかしい。

土煙の先端にいるのは、馬ではない。

「……人?」

「いえ、殿下。あれは……」

側近が望遠鏡を覗き込み、絶句した。

「走っています! 人間が! 三人と一匹で!」

「は?」

ズドドドドドドドッ!!

地響きと共に、その影は瞬く間に距離を詰めた。

そして、クラークの目の前、わずか十メートル手前で急停止した。

キキィィィィィッ!!

摩擦熱で草が燃え、凄まじい暴風が軍隊を襲う。

前列の兵士たちが「うわぁっ!」と吹き飛ばされた。

砂煙が晴れると、そこには三つの人影があった。

仁王立ちするダンキア。

双剣(新品)を構えるシルヴィア。

そして、三つの首をブルブルと振るう巨大犬、ポチ(ケルベロス)。

遅れて、ルーファスが乗った馬車が息絶え絶えに到着する。

「はぁ、はぁ……間に合いましたね」

ダンキアは息一つ乱さず、額の汗を拭った。

「だ、ダンキア!?」

クラークが身を乗り出す。

「無事だったか! やつらに酷いこと(主に筋肉に悪いこと)をされていなかったか!?」

ダンキアは冷ややかな目で元婚約者を見上げた。

その瞳には、感動の色など微塵もない。

あるのは、純粋な殺意――いや、『面倒くさい』という感情だけだ。

「お久しぶりです、殿下。相変わらず声が大きいですね。騒音公害で訴えますよ?」

「なっ……! 照れ隠しはよせ! 君を助けに来たんだぞ!」

「助ける? 誰が誰をですか?」

ダンキアは首を傾げた。

「私は今、非常に機嫌が悪いのです」

「え?」

「先ほど、ルーファス様と『治療行為(壁ドン)』の最中だったのです。私の不整脈を治すための、臨床実験があと少しで完了するところでした」

ダンキアは拳を握りしめた。

ミシミシッ。

空気が軋む音がする。

「それを、こんな大人数で押しかけて邪魔をするなんて……私の動悸が治らなかったらどうしてくれるのですか!」

「ど、動悸? 病気なのか!?」

「ええ、重病です。『胸が苦しくて顔が熱くなる』という奇病です!」

「それは恋だ!」

クラーク以外の全員(兵士含む)が心の中でツッコミを入れた。

だが、クラークだけは違った。

「なんてことだ……やはり毒を盛られていたのか! おのれルーファス!」

クラークは憎しみを込めて、後から降りてきたルーファスを指差した。

「よくも我が愛しのダンキアを病魔に侵させたな! 許さん! 全軍、突撃ぃぃぃ!!」

「イエッサー!」

指揮官の号令により、五万の兵士が一斉に動き出した。

槍を構え、剣を抜き、怒涛の勢いで押し寄せる。

普通の人間なら、恐怖で足がすくむ光景だ。

だが。

「姉御、やりますか?」

シルヴィアがニヤリと笑う。

「ポチ、ご飯の時間だよ」

『グルルルッ!』

「ええ、やりましょう」

ダンキアは一歩前に出た。

「戦争ではありません。これは……害虫駆除です」

彼女は右手を天に掲げた。

「お庭の掃除は、管理人の仕事ですから!」

ダンキアが地面を叩いた。

「ちゃぶ台返し・改め……『大地返し』!!」

ドッゴォォォォォォォォォォン!!

世界が揺れた。

ダンキアの拳が地面にめり込んだ瞬間、彼女の前方の地面が、めくれ上がった。

比喩ではない。

地盤そのものが、巨大な津波のように隆起し、襲いかかる兵士たちを飲み込んだのだ。

「ぎゃああああああ!」

「地面が! 地面が立ってるぅぅぅ!」

先頭集団の数千人が、空飛ぶ土塊となって後方へ吹き飛ばされる。

「な、なんだと!?」

クラークの目が飛び出る。

「続いて私がいきます! 『双天流・乱れ咲き』!」

シルヴィアが敵陣に飛び込んだ。

彼女の剣速は目に見えない。

兵士たちの鎧のベルトだけを器用に斬り裂いていく。

「あれっ? ズボンが!」

「パンツ丸出しだ!」

「いやん!」

戦場が瞬く間に変態博覧会と化した。

羞恥心で戦闘不能になる兵士たち。

『ガウッ! ガウッ!』

さらにポチが暴れ回る。

三つの首がそれぞれ兵士の武器を奪い、噛み砕き、または舐め回してベトベトにする。

「ひぃぃ! ケルベロスだ! 地獄の番犬だ!」

「なんで首輪に『ポチ』って書いてあるんだ!?」

混乱の極み。

わずか三人(と一匹)によって、五万の軍勢は崩壊の危機に瀕していた。

「ば、馬鹿な……私の無敵の軍隊が……」

クラークは震えが止まらない。

そこへ、ダンキアが歩いてきた。

戦場を散歩するかのように、悠然と。

向かってくる矢や魔法は、全て彼女の筋肉(オーラ)によって弾かれ、あるいは手で払い落とされている。

「で、殿下! お逃げください!」

側近が叫ぶが、もう遅い。

ダンキアは馬車の前まで到達していた。

「クラーク殿下」

ダンキアは馬車の車輪(鉄製)を片手で掴んだ。

「お話があります。降りてきていただけますか?」

「ひっ……!」

「降りないのなら、降ろします」

グググッ……。

ダンキアが腕を持ち上げる。

それだけで、巨大な馬車が傾き、宙に浮いた。

「うわぁぁぁぁ! 止めてくれぇぇぇ!」

「以前、申し上げましたよね? 『次に来る時は現金を持ってこい』と」

ダンキアは冷酷な借金取りの顔をしていた。

「慰謝料、養育費(ポチの餌代)、そして今回の精神的苦痛(デートの邪魔)に対する賠償金。……お支払いはキャッシュですか? それとも国で払いますか?」

「く、国……?」

「国を売ってでも払え、という意味です」

ダンキアは馬車を軽く揺すった。

中のクラークとミーナがシェイカーの中身のように混ざり合う。

「わ、分かりました! 払います! 帰ります! だから降ろしてぇぇぇ!」

クラークの絶叫が響く。

「素直でよろしい」

ダンキアは馬車をドスンと下ろした。

「では、全軍撤退を命じてください。あと、帰り道にゴミ拾いをしていくように。来た時よりも美しく、がマナーですよ」

「は、はいぃぃ……」

クラークは涙目で白旗を掲げた。

「て、撤退だぁぁぁ! 全軍、回れ右! ゴミを拾いながら帰るぞぉぉぉ!」

情けない号令と共に、アルカディア軍は敗走を始めた。

背中を見せて逃げる兵士たち。

その中には、パンツを押さえながら走る者や、ポチに舐められて放心状態の者もいた。

「ふう、片付きましたね」

ダンキアは手を払った。

「姉御! まだ暴れ足りません!」

シルヴィアが不満そうに言う。

「ダメですよ。いじめはいけません」

「いじめ……? 一方的な蹂躙でしたが……」

後ろで見ていたルーファスが近づいてきた。

「お疲れ様、ダンキア。君の『害虫駆除』、見事だったよ」

「ありがとうございます。でも、まだ終わりではありません」

ダンキアは逃げていくクラークの馬車を見据えた。

「え?」

「彼らはゴミ拾いをサボりそうです。監視役が必要です」

ダンキアは屈伸運動を始めた。

「それに、まだ治療の続きをしていませんから」

「治療?」

「不整脈の、です」

ダンキアはルーファスに振り返り、真剣な顔で言った。

「ルーファス様。先ほどの続き、していただけますか?」

「えっ……こ、ここで?」

戦場跡地で?

死屍累々(気絶)の中で?

「はい。原因を解明しないと、夜も眠れません」

ダンキアはルーファスに迫った。

今度は彼女の方から、ルーファスを馬車の壁に追い詰める。

『逆壁ドン』だ。

「さあ、私の心臓の音を聞いてください。まだドキドキしていますか?」

「……ああ、僕の方が破裂しそうだ」

ルーファスは覚悟を決めた。

五万の観衆(敗走中)を背に、最強の令嬢との恋の第ニラウンドが始まろうとしていた。

しかし、運命はまだ彼らに安息を与えない。

逃げ帰ったクラーク王子が、最後の切り札――『古代兵器』の封印を解いてしまうのは、もう少し先の話である。
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