悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
アルカディア王国軍が敗走した、その日の夜。

国境近くの深い森の中に、ひっそりと佇む古代遺跡があった。

そこへ、ボロボロになった一台の馬車が逃げ込んでくる。

「はぁ、はぁ……ここまで来れば、あの筋肉女も追ってこれまい」

馬車から降りてきたのは、煤だらけになったクラーク王太子だ。

かつての煌びやかな姿は見る影もない。

髪はボサボサ、服はポチ(ケルベロス)のヨダレでベトベトである。

「殿下、もう帰りましょうよぉ……」

続いて降りてきたミーナが、涙声で訴える。

彼女もまた、ドレスが泥だらけになり、ハイヒールの片方を失っていた。

「帰る? 馬鹿を言うな!」

クラークが血走った目で叫ぶ。

「このまま帰れるか! 五万の軍勢を失い、ゴミ拾いを命じられて逃げ帰ったなどと知れれば、廃嫡どころか国外追放だぞ!」

「じゃあどうするんですかぁ! あんなバケモノ、勝てるわけないじゃないですか!」

「勝てる。勝てるのだ!」

クラークは遺跡の奥、巨大な石扉を指差した。

「ここには、王家に伝わる『最終兵器』が封印されている。初代国王が魔王と戦うために作った、伝説の巨人兵『マジン・ガーディアン』だ!」

「マジン……?」

「そうだ。これさえあれば、ダンキアごとき一ひねりだ! 見ていろ!」

クラークは王家の紋章が入ったペンダントを、扉の窪みにはめ込んだ。

ゴゴゴゴゴ……!

重苦しい音と共に、石扉が開く。

中には、巨大な格納庫が広がっていた。

そして、その中央に鎮座していたのは。

「……え?」

ミーナが絶句した。

そこにあったのは、全長二十メートルはある巨大な鉄の塊。

人型をしているが、そのデザインはあまりに独特だった。

頭部が異常に大きく、体は寸胴。

そしてなぜか、顔の部分が『おじさんの顔(初代国王の肖像)』になっている。

「ダサッ……」

ミーナが思わず本音を漏らした。

「黙れ! 機能美だ!」

クラークは狂喜乱舞して巨人の足元へ駆け寄る。

「さあ、起動するぞ! 我が王家の血に応えよ、マジン・ガーディアン!」

彼はコクピットへの昇降口を開け、中へと乗り込んだ。

ブゥゥゥン……。

低い駆動音が響き、巨人の目がピカッと光る。

『システム起動……パイロット認証完了……クラーク・ド・アルカディア……』

「やった! 動いたぞ!」

『エネルギー残量低下……稼働には燃料が必要です』

「燃料? 魔石なら持っているぞ!」

クラークは懐から最高級の魔石を取り出し、投入口へ入れた。

しかし。

ペッ。

巨人が魔石を吐き出した。

『エラー。当機体の動力源は魔力ではありません』

「は? じゃあ何だ?」

『当機体は、パイロットの“負の感情”をエネルギー変換して稼働します。嫉妬、恨み、自己正当化、逆ギレ……それらが高純度であるほど出力が上がります』

「……」

ミーナが真顔で呟いた。

「殿下にぴったりですね」

「うるさい!」

クラークはコクピットで叫んだ。

「いいだろう! 私の恨みつらみを聞かせてやる! 聞いて驚け! 私はなぁ、生まれた時からチヤホヤされてきたんだ! それなのに、あのダンキアめ! 私より仕事ができるくせに、私を立てようともしない! しかも隣国の王子とイチャイチャしやがって! 悔しい! 羨ましい! ムカつくぅぅぅ!!」

『エネルギー充填開始……嫉妬レベル、マックス。自己中心度、測定不能。素晴らしい燃料です』

キュイイイイイーン!!

巨人の全身が赤黒く発光し始めた。

蒸気が噴き出し、遺跡が震える。

『出力120%! 暴走モードへ移行します』

「はーっはッは! 見たか! これが私の才能だ!」

クラークが高笑いする。

巨人がゆっくりと動き出した。

その一歩一歩が、地震のような衝撃を生む。

「待っていろダンキア! 今度こそ、その鼻っ柱をへし折ってやる!」

ズシン、ズシン……。

おじさんの顔をした巨大ロボットが、夜の森を進撃し始めた。

その背中を見送りながら、取り残されたミーナは冷めた目で呟いた。

「……もう、どうでもいいや」

彼女は近くの切り株に座り込んだ。

「私、なんであんな男に必死だったんだろ。……ダンキアお姉様の方が、よっぽど男らしいし頼りになるし……」

彼女の心の中で、何かが音を立てて崩れ落ちていた。

それはクラークへの愛(というか執着)であり、同時に新たな感情――『ダンキアへの憧れ』の芽生えであった。

***

一方、オルティス王国の国境守備隊の詰め所。

ダンキアたちは、勝利の祝杯(プロテインとお茶)を上げていた。

「ふぅ……やはり運動後のプロテインは格別ですね」

ダンキアが一気飲みをする。

「姉御、もう一杯どうですか?」

「いえ、過剰摂取は肝臓に負担をかけます。適量が大事です」

平和な空気が流れる中、ルーファスが深刻な顔で近づいてきた。

「ダンキア、少し熱っぽくないかい?」

彼はダンキアの額に手を当てた。

戦場での『壁ドン(治療)』は中断されたままだ。

「はい。まだ胸の奥が熱いです。心拍数も平常時の1.5倍を推移しています」

「それは……まだ僕にドキドキしているということ?」

ルーファスが期待を込めて尋ねる。

ダンキアは真剣に考え、そして答えた。

「恐らく、心筋のオーバーワークです」

「……は?」

「先ほどの戦闘で、少し張り切りすぎました。『大地返し』の際、血圧が急上昇したのが原因かと。これはクールダウンが必要です」

「……」

ルーファスはガクリと項垂れた。

(やっぱり筋肉のせいにするのか……)

「なので、心臓を鍛え直します」

「鍛える? どうやって?」

「心拍数を限界まで上げて、そこからリラックスさせる。インターバルトレーニングです。ルーファス様、手伝っていただけますか?」

「え、僕が? 何をすれば?」

「私を驚かせてください」

「驚かせる?」

「はい。恐怖、あるいは興奮で心臓を跳ねさせてください。そうすれば、私の心筋はより強靭に生まれ変わるはずです!」

「……そういう趣旨じゃないんだけどなぁ」

ルーファスは苦笑した。

だが、チャンスと言えばチャンスだ。

「分かった。君をドキドキさせればいいんだね?」

「はい! 全力でお願いします!」

ルーファスは不敵に笑った。

「じゃあ、覚悟してね。僕の『愛の囁き』攻撃は、物理攻撃より効くかもしれないよ」

彼がダンキアの耳元に顔を寄せようとした、その時。

ズシン……ズシン……。

遠くから、重低音の地響きが聞こえてきた。

「ん?」

ダンキアが耳をピクリと動かす。

「……リズムが悪いですね」

「え?」

「この足音。左右のバランスが悪く、重心が後ろに傾いています。かなり姿勢の悪い巨人が歩いているようです」

「巨人?」

兵士が慌てて部屋に入ってきた。

「ほ、報告! 森の方角から、巨大な……その、おじさんの顔をした鉄の塊が接近してきます!」

「はい?」

「おじさんの顔……?」

全員が外に出た。

夜の闇の中、月明かりに照らされて、それは姿を現した。

全長二十メートル。

テカテカと光るハゲ頭(鉄製)。

そして、ギョロリとした目。

『ダンキアァァァァァ!! ドコだァァァァァ!!』

巨人の口から、拡声されたクラークの声が響き渡る。

そのあまりにシュールで、かつ生理的に受け付けないビジュアルに、その場にいた全員が固まった。

「……うわぁ」

シルヴィアがドン引きする。

「なんて醜悪なデザイン……美学のかけらもありませんわ」

ルーファスも頭を抱えた。

「あれがアルカディアの最終兵器かい? 国民のセンスを疑うよ」

だが、ダンキアだけは違った。

「まあ……!」

彼女は目を輝かせた。

「なんて大きな……サンドバッグ!」

「えっ」

「見てください、あの平坦なボディ! あの殴りやすそうな顔! 最高の打撃練習マシンではありませんか!」

ダンキアはウズウズと準備運動を始めた。

「ルーファス様! 心拍数を上げるトレーニング、あれに変更してもいいですか?」

「え、あれと戦うの?」

「はい! あれなら思う存分、壊れるまで殴れそうです!」

ダンキアは嬉々として駆け出した。

「待っていなさい、巨大おじさん! 私が全身の歪みを矯正して差し上げます!」

『見つけたぞダンキア! このマジン・ガーディアンの錆となれぇぇぇ!』

クラークの絶叫と共に、巨人が拳を振り上げる。

最悪の兵器と、最強の令嬢。

ある意味、似た者同士(規格外)の頂上決戦が始まろうとしていた。

ルーファスは呟いた。

「……もう、勝手にしてくれ」

彼は胃薬を飲みながら、特等席で観戦することに決めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き戻される運命 ~私は王太子妃になり誰かに突き落とされ死んだ、そうしたら何故か三歳の子どもに戻っていた~

アキナヌカ
恋愛
私(わたくし)レティ・アマンド・アルメニアはこの国の第一王子と結婚した、でも彼は私のことを愛さずに仕事だけを押しつけた。そうして私は形だけの王太子妃になり、やがて側室の誰かにバルコニーから突き落とされて死んだ。でも、気がついたら私は三歳の子どもに戻っていた。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結】仕事を放棄した結果、私は幸せになれました。

キーノ
恋愛
 わたくしは乙女ゲームの悪役令嬢みたいですわ。悪役令嬢に転生したと言った方がラノベあるある的に良いでしょうか。  ですが、ゲーム内でヒロイン達が語られる用な悪事を働いたことなどありません。王子に嫉妬? そのような無駄な事に時間をかまけている時間はわたくしにはありませんでしたのに。  だってわたくし、週4回は王太子妃教育に王妃教育、週3回で王妃様とのお茶会。お茶会や教育が終わったら王太子妃の公務、王子殿下がサボっているお陰で回ってくる公務に、王子の管轄する領の嘆願書の整頓やら収益やら税の計算やらで、わたくし、ちっとも自由時間がありませんでしたのよ。  こんなに忙しい私が、最後は冤罪にて処刑ですって? 学園にすら通えて無いのに、すべてのルートで私は処刑されてしまうと解った今、わたくしは全ての仕事を放棄して、冤罪で処刑されるその時まで、推しと穏やかに過ごしますわ。 ※さくっと読める悪役令嬢モノです。 2月14~15日に全話、投稿完了。 感想、誤字、脱字など受け付けます。  沢山のエールにお気に入り登録、ありがとうございます。現在執筆中の新作の励みになります。初期作品のほうも見てもらえて感無量です! 恋愛23位にまで上げて頂き、感謝いたします。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

処理中です...