悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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夜の闇を切り裂く、巨大な鉄の巨人。

『マジン・ガーディアン』と名付けられたその古代兵器は、一歩踏み出すたびに森の木々を薙ぎ倒し、大地を震わせていた。

コクピットの中、クラーク王太子は狂気に満ちた叫び声を上げていた。

「はーっはッは! どうだダンキア! この圧倒的な威容! これこそが王家の力だ!」

眼下の豆粒のようなダンキアを見下ろす。

彼女は逃げもせず、棒立ちで見上げている。

恐怖で動けないのだと、クラークは確信した。

「命乞いをするなら今のうちだぞ! 私の靴を舐め、書類仕事を一生やると誓うなら、側室の末席くらいには置いてやる!」

『エネルギー充填率150%……パイロットの傲慢さが限界突破しています』

機械音声が告げる。

クラークはレバーを前方に押し込んだ。

「いけぇ! 『ジェラシー・スタンプ』!」

巨人の右足が高く上がり、ダンキアの頭上へと振り下ろされた。

重量数百トン。

踏まれれば、どんな生物もトマトのように潰れるはずだ。

ドズゥゥゥゥゥン!!

衝撃で地面が陥没し、土煙が舞い上がる。

「やったか!?」

クラークが身を乗り出す。

しかし。

「……ふむ」

土煙の中から、冷静な声が聞こえた。

「やはり、重心が踵(かかと)に寄りすぎていますね」

「なっ!?」

煙が晴れると、そこには信じられない光景があった。

ダンキアが、巨人の足の裏を両手で支えていたのだ。

潰れていない。

膝すら曲げていない。

まるで天井を支える柱のように、数百トンのプレスを受け止めている。

「な、なぜだぁぁぁ!?」

「簡単な物理ですよ、殿下」

ダンキアは涼しい顔で解説した。

「落下エネルギーは強大ですが、受ける側がそれ以上の『反発力』を持っていれば、相殺されます。私の大腿四頭筋と脊柱起立筋のスクラムは、岩盤よりも強固ですから」

「き、筋肉でロボットを止めるな!」

「それに、この機体。メンテナンス不足です」

ダンキアは支えていた足を、グイッと押し返した。

ズズズ……ッ!

巨人の体が後方に傾く。

「足首の関節が錆びついています。これでは衝撃を吸収できず、パイロットに負担がかかりますよ?」

「うわぁっ! 揺れる! 揺れるぅぅ!」

コクピットの中でクラークが転げ回る。

「整備不良の車に乗るのは危険です。私が点検(オーバーホール)して差し上げましょう」

ダンキアは巨人の足を離すと、その巨体を駆け上がり始めた。

タタタタタッ!

垂直な鉄の脚を、平地のように走る。

「く、来るな! 寄るな!」

クラークはパニックになり、腕を振り回してダンキアを払いのけようとした。

『ネガティブ・パンチ!』

巨大な拳が迫る。

ダンキアはそれをひらりと避けた。

「遅いです。予備動作が大きすぎます」

彼女は避けた勢いで、巨人の腕に飛び乗った。

「まずは肩こりの解消からですね」

ダンキアは巨人の肩関節部分に立った。

そこには、太いボルトと油圧シリンダーが見える。

「ここが詰まっているから動きが悪いのです。ほぐしましょう」

彼女はシリンダーを両手で掴んだ。

「指圧の心は、母心……!」

メキッ。

バキバキバキッ!!

「ぎゃああああ! もげてる! それ、ほぐしてるんじゃなくて、ちぎってるぅぅぅ!」

「あら、硬いですね。頑固なコリです」

ダンキアは更に力を込めた。

ブチンッ!

極太のシリンダーが引きちぎられ、オイルが血のように噴き出した。

巨人の右腕がダラリと垂れ下がる。

「よし、可動域が広がりました」

「動かなくなってるだろォォォ!!」

クラークのツッコミなど意に介さず、ダンキアは次の部位へ移動する。

「次は腰ですね。回転がスムーズではありません」

彼女は巨人の腰部分に張り付いた。

そして、装甲の隙間に指をねじ込む。

「骨盤矯正!」

ガガガガッ! ズドン!

巨人の腰から異音が響き、上半身があらぬ方向へねじ曲がった。

『警告。機体損壊率40%。装甲パージ(強制排除)を推奨』

「ええい、うるさい! どうなっているんだこの女は! オリハルコン合金だぞ!?」

クラークは涙目で操縦桿をガチャガチャと動かす。

「こうなれば、最大出力で焼き払ってやる! 食らえ、『ルサンチマン・ビーム』!」

巨人の胸部が開いた。

そこには巨大なレンズが埋め込まれている。

キュイィィィン……!

赤黒い光が集束していく。

パイロットの嫉妬心を熱エネルギーに変えて放つ、禁断の兵器。

至近距離で食らえば、ダンキアとて無事では済まない――はずだった。

「おや、照明ですか?」

ダンキアは腰の装甲を剥がす手を止め、眩しそうに目を細めた。

「作業灯にしては明るすぎますね。手元が見えにくいので消してください」

彼女は、拾った鉄板(さっき剥がした装甲の一部)を、ビームの発射口に押し当てた。

「蓋をしておきましょう」

「や、やめろ! 発射直前だぞ! 暴発する!」

「えいっ」

ダンキアは鉄板を、発射口に溶接するかのように拳で叩き込んで固定した。

次の瞬間。

ボォォォォォン……!

発射されたビームは出口を塞がれ、機体内部で炸裂した。

ドッゴォォォォン!!

「あつぅぅぅぅい!!」

コクピットがサウナ状態になる。

巨人の全身から黒煙が噴き出した。

「ふう、静かになりました。これで作業に集中できます」

ダンキアは満足げに頷くと、いよいよ頭部(コクピット)へと迫った。

おじさんの顔をした頭部だ。

ガラス越しに、アフロヘアのようになったクラークが見える。

「殿下、中にいらっしゃいますか? 少し換気をしますね」

ダンキアは巨人の『顔』に手をかけた。

「パカッとな」

ギギギギ……バカァァァン!!

おじさんの顔面(装甲)が、缶詰の蓋のようにめくれ上がった。

夜風が吹き込む。

クラークは腰を抜かして震えていた。

「ひ、ひぃぃ……あ、悪魔……」

「人聞きが悪いですね。私は修理業者であり、清掃員であり、整体師です」

ダンキアは優しく微笑んだ。

その笑顔は、クラークにとって死神の鎌より恐ろしかった。

「さて、この粗大ゴミ……いえ、古代兵器ですが」

ダンキアは巨人の頭頂部に立った。

「森の景観を損ねますし、何より私のトレーニングの邪魔です。リサイクルに出しましょう」

「リ、リサイクル……?」

「はい。鉄くずとして売れば、ポチの餌代くらいにはなるでしょう」

ダンキアは深呼吸をした。

全身の筋肉に酸素を行き渡らせる。

「いきますよ。ダンキア流・解体術奥義……」

彼女は足元の巨人を、つま先立ちでグッと踏み込んだ。

そして、逆立ちをするように手を着く。

「『天地返し(ジャイアント・スイング)』!」

ダンキアは巨人の頭部を掴んだまま、自身の体を軸にして回転を始めた。

最初はゆっくり。

次第に加速する。

ビュン! ビュン! ビュン!

二十メートルの巨体が、独楽のように回り始めた。

遠心力でクラークの顔が歪む。

「お、おごぉぉぉぉ! め、目が回るぅぅぅ!」

「まだまだ! もっと回転数を上げます!」

ギュルルルルルルル!!

森に竜巻が発生した。

木々がなぎ倒され、葉が舞い散る。

遠くで見ていたルーファスたちが、帽子を押さえて耐えるほどの暴風だ。

「すげえ……姉御、人間扇風機だ……」

シルヴィアがポカンと口を開ける。

「よし、十分に遠心力がつきました!」

ダンキアはタイミングを見計らった。

「飛びなさい! 星の彼方へ!」

彼女は手を離した。

ドヒュゥゥゥゥゥン!!

巨人は音速を超えて射出された。

夜空に一筋の流星が走る。

「ダンキアぁぁぁぁぁ! 覚えてろぉぉぉぉ!!」

クラークの捨て台詞が、ドップラー効果で間延びして聞こえる。

キラーン。

巨人は遥か彼方の空で光り、そして見えなくなった。

ダンキアは着地し、ポンポンと手を払った。

「ふう、良い投擲(とうてき)練習になりました。肩の可動域もバッチリです」

森に静寂が戻る。

残されたのは、更地になった地面と、呆然と立ち尽くすルーファスたちだけだった。

「……終わったね」

ルーファスが呟く。

「はい。害虫駆除完了です」

ダンキアが戻ってきた。

少し汗ばんだ肌が、月明かりに照らされて輝いている。

「少し暴れすぎましたか? 森の木を数本折ってしまいました」

「数本どころか、地形が変わってるけどね」

ルーファスは苦笑しながら、タオルを差し出した。

「お疲れ様。君は本当に……規格外だ」

「ありがとうございます。最高の褒め言葉です」

ダンキアはタオルで顔を拭いた。

その時、森の奥から一人の少女がよろよろと歩いてきた。

ミーナだ。

彼女は空を見上げていた。

クラークが飛んでいった空を。

そして、ダンキアの前に立つと、静かに頭を下げた。

「……ありがとうございました」

「え?」

「あの馬鹿男を、遠くに飛ばしてくれて。せいせいしました」

ミーナの顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。

「私、目が覚めました。あんな男に執着していたなんて、時間の無駄でした」

彼女はダンキアをまっすぐに見つめた。

「お姉様。私、決めました」

「何をです?」

「私、ここで働かせてください! お姉様のように強くなりたいんです! もう誰かに守られるだけの女は卒業します!」

「……働く?」

ダンキアは考えた。

「スクワット一万回、耐えられますか?」

「やります! 二万回でも!」

「いいでしょう。根性はありそうです」

ダンキアはニッと笑った。

「歓迎しますよ、ミーナ。今日からあなたも『ダンキア・ブートキャンプ』の二期生です」

「はいっ! 教官!」

こうして、戦争は終わった。

死者ゼロ、負傷者多数(主に精神的ダメージ)、行方不明者一名(空へ)。

そして、ダンキアの周りにはまた一人、筋肉の信奉者が増えたのであった。

「さあ、帰ってご飯にしましょう! お腹が空きました!」

「そうだね。今日は特大のハンバーグだよ」

「やったー!」

平和な夜。

しかし、空の彼方へ飛んでいったクラーク王子が、どこに落ち、どうなったのか。

それはまた、別の話である。
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