悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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プロポーズから一夜明けた、爽やかな朝。

オルティス王城の中庭には、いつものように爆発音と地響きが轟いていた。

ドガァァァン!!

「ナイスパンチです、ダンキア!」

「ありがとうございます、ルーファス様!」

ダンキアは、巨大な岩(トレーニング用)を粉砕した拳を見つめた。

その薬指には、銀色の指輪がキラリと輝いている。

昨夜、ルーファスから贈られた『アダマンタイトの婚約指輪』だ。

「素晴らしいです。岩を砕いても、傷ひとつついていません!」

ダンキアはうっとりと指輪を撫でた。

「今までの指輪は、少し力を入れると楕円形に変形してしまいましたが、これは私の握力に耐えています。最高のパートナーです!」

「……パートナーは僕のことだと思っていいのかな?」

ジャージ姿のルーファスがタオルを渡す。

「もちろんです。こんな頑丈な指輪をくださる方は、あなたしかいませんから」

二人は朝日の下で見つめ合い、爽やかに笑った。

傍から見れば美しいカップルだが、足元には粉々になった岩の残骸が散らばっている。

「さて、ダンキア。今日はこれから『御前会議』だ」

ルーファスが表情を引き締める。

「御前会議?」

「ああ。父上や大臣たちの前で、改めて僕たちの婚約を報告し、今後のことを話し合うんだ」

「なるほど。結婚式のメニュー決めですね?」

「それもあるけど、もっと重要なことさ。……君が『王太子妃』として、どう振る舞うかというね」

***

数時間後。王城の大会議室。

長テーブルの上座には、まだ腰の痛みが少し残る国王オーウェンが座り、その左右には厳格そうな顔をした大臣たちが並んでいる。

ダンキアとルーファスは、その正面に立っていた。

「……というわけで、私はバルト公爵令嬢ダンキアとの婚約を正式に発表する」

ルーファスが宣言すると、大臣たちがざわめいた。

「し、しかし殿下。彼女は隣国の元・悪役令嬢……しかも、先日の戦争で単身敵軍を壊滅させた『人間兵器』ではありませんか」

「そのような危険人物を王家に入れるなど……」

「それに、彼女の筋肉信仰は目に余ります。城の風紀が乱れるのでは?」

懸念の声が上がる。

ダンキアは静かに聞いていたが、やおら手を挙げた。

「あの、よろしいでしょうか」

「なんだね?」

宰相が眼鏡を押し上げる。

ダンキアはニコリと微笑んだ。

「皆様の不安はごもっともです。私が『普通の王妃』になれるか、心配なのですよね?」

「そ、そうだ。王妃たるもの、淑やかで、慈悲深く、城の奥で王を支えるのが務め……」

「無理です」

ダンキアは即答した。

「は?」

「城の奥でじっとしているなんて、私には不可能です。筋肉が腐ってしまいます」

彼女はテーブルの上にドンと手を置いた。

ミシッ。

分厚い黒檀のテーブルにヒビが入る。

「結婚にあたり、私から条件を提示させていただきます」

「じ、条件だと!? 王家に対して!?」

「はい。第一条、私は結婚後も『現役冒険者』を続けます」

会議室が静まり返った。

「ぼ、冒険者……?」

「はい。Sランク、いえ、いずれはSSSランクを目指し、世界中のダンジョンを踏破します。ドラゴンも狩ります。魔王城の家賃も回収しに行きます」

「な、何を馬鹿な! 王妃が泥にまみれて魔物と戦うなど、前代未聞だ!」

内務大臣が叫ぶ。

「王族の権威に関わる! 即刻引退し、刺繍と園芸に励むべきだ!」

「刺繍は針を折るのでできません。園芸は木をへし折るのでできません」

ダンキアは真顔で返した。

「それに、権威というなら、私が最強の魔物を倒して持ち帰る方が、国の宣伝になるのではありませんか?」

「そ、それは……確かに強さは示せるかもしれんが……」

「第二条、公務の際は動きやすい服装を許可すること。コルセットは廃止、ドレスのスリットは太ももまで入れること」

「はレンチな!」

「有事の際にハイキックが打てないドレスなど、ただの布切れです」

「第三条、城内に『国民総筋肉化計画』を導入すること」

「なんだそれはぁぁぁ!」

会議室は阿鼻叫喚となった。

大臣たちは顔を真っ赤にして反対し、ダンキアは一歩も譲らない。

「ならぬ! 絶対に認めんぞ!」

「では、婚約は破棄ですね。残念です」

ダンキアがあっさりと引き下がろうとする。

「ああっ、待って!」

それまで黙っていたルーファスが慌てて立ち上がった。

「待ってくれ、ダンキア。帰らないで」

「ですがルーファス様、彼らは私のライフスタイルを否定します。筋肉への冒涜です」

「分かっている。だから、僕が説得する」

ルーファスは大臣たちを見回した。

その瞳は、氷のように冷え切っていた。

「……皆さん。勘違いしていないかい?」

「で、殿下?」

「僕は『彼女を王妃の型にはめる』ために結婚するんじゃない。『彼女の型に国を合わせる』ために結婚するんだ」

「はぁ!?」

大臣たちが絶句する。

ルーファスは続けた。

「彼女は規格外だ。既存のルールで縛れば、その才能は死ぬ。あるいは、ストレスで城を物理的に破壊するだろう」

「うっ……」

国王が自身の腰(と先日のマッサージの恐怖)を思い出して震える。

「それに、彼女が冒険者として活動することは、外交的にも大きなメリットがある」

ルーファスは指を折って数えた。

「一、隣国の侵略に対する最強の抑止力になる。二、未知の資源(アダマンタイト等)を独占的に確保できる。三、魔物被害がゼロになる」

「そ、それは確かに……」

「何より」

ルーファスはダンキアの肩を抱いた。

「彼女が冒険に出るなら、僕もついていく」

「ええっ!?」

今度はダンキアが驚いた。

「ルーファス様もですか?」

「ああ、もちろん。君一人を行かせるわけないだろう?」

ルーファスはウィンクした。

「僕は魔法剣士としてもそこそこの腕だ。君の荷物持ち兼、会計係兼、ストッパーとして同行するよ」

「まあ!」

ダンキアの目が輝いた。

「荷物持ち! 助かります! いつも戦利品のドラゴンの死体が重くて困っていたのです!」

「……死体は魔法収納(アイテムボックス)に入れるけどね」

ルーファスは大臣たちに向き直った。

「というわけだ。僕たちは『戦う王族カップル』として新しい時代を築く。文句がある者は、今ここでダンキアとの腕相撲に勝ってから発言するように」

「う、腕相撲……?」

大臣たちがダンキアを見る。

彼女は袖をまくり上げ、極太の丸太のような(実際は白くて細いが)腕を見せつけた。

そして、近くにあった鉄の燭台を、粘土のようにグニャリと曲げてハート型を作った。

「チャレンジャー、お待ちしております♡」

「……」

シーン。

誰も手を挙げない。

沈黙の中、国王が咳払いをした。

「……あー、うむ。認めよう」

「陛下!?」

「時代の流れじゃ。それに、彼女を敵に回すよりは、味方にしておいた方が国のためじゃろう(ワシの腰のためにも)」

国王は震える手で承認の印を押した。

「ただし! 公務は疎かにせぬこと! 冒険は週休二日制とすること! 以上!」

「ありがとうございます、陛下!」

ダンキアは満面の笑みで一礼した。

「週に二日も冒険できるなんて、ホワイトな職場ですね!」

「……普通は逆(週五日働く)なのだがな」

こうして、前代未聞の『兼業王妃(冒険者)』が誕生することとなった。

会議が終わった後、廊下にて。

「ありがとう、ルーファス様。あなたが味方してくれて心強かったです」

「約束しただろう? 君の覇道を支えるって」

ルーファスは優しく微笑んだ。

「それに、僕も城で書類仕事ばかりしているのは飽きていたんだ。君との冒険、楽しみにしているよ」

「はい! まずは新婚旅行で『死の砂漠』に行きましょう! あそこのサソリは歯ごたえが良いそうです!」

「……グルメツアーに変更してもいいかな?」

二人は笑い合いながら、未来への一歩を踏み出した。

だが、その前に越えなければならない大きな壁がある。

結婚式の準備。

特に、ダンキアという規格外ボディ(筋肉)に合う、ウェディングドレスの問題である。

「さて、次は衣装合わせだね」

「はい! 動きやすくて、破れにくいドレスを希望します!」

「デザイナーが泣き出しそうだ……」

彼らの結婚式まで、あと一週間。

その日、王都の服飾ギルドから「無理難題すぎる」という悲鳴が上がることになる。
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