悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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王都の一等地に店を構える、国一番のオートクチュール・メゾン『銀の針』。

ここは王族御用達の仕立て屋であり、その主であるマダム・ガランテは「服飾界の女帝」と恐れられる気難しい芸術家だ。

「さあ、お入りください。未来の王太子妃殿下」

重厚な扉が開かれ、ダンキアとルーファスが足を踏み入れる。

店内は洗練された空間で、最高級のシルクやレースが所狭しと並べられていた。

「お待ちしておりましたわ、ルーファス様。そして……」

奥から現れたマダム・ガランテは、眼鏡の奥の鋭い瞳でダンキアを値踏みした。

「あなたが噂のダンキア様ですね。……ふむ」

マダムはダンキアの周りをぐるりと回った。

「骨格は良し。姿勢も完璧。ただ……少し『圧』が強すぎますわね」

「圧、ですか?」

ダンキアは首を傾げた。

「ええ。ドレスというものは、着る人を花のように見せるもの。ですがあなたの体からは、大木のような……いいえ、鋼鉄の巨塔のようなオーラが溢れ出ています」

「ありがとうございます。褒め言葉として受け取ります」

「褒めていませんわ」

マダムは溜息をつき、メジャーを取り出した。

「まあいいでしょう。私の腕にかかれば、どんな猛獣も可憐な子猫に変えてみせます。採寸を始めますので、そこの台へ」

ダンキアは台の上に立った。

マダムがメジャーを当てる。

「バスト、ウエスト、ヒップ……あら?」

マダムの手が止まった。

「どうしました?」

「数値がおかしいですわ。ウエストが細すぎるのに、腹部に硬い板のような感触が……」

「ああ、それは腹直筋です。今はリラックスしていますが、力を入れると六つに割れます」

「……花嫁の腹が割れてどうしますの」

マダムは気を取り直して二の腕を測ろうとした。

「では腕を……ひっ!?」

マダムが悲鳴を上げた。

「な、なんですかこの二の腕は! 石!? 石が入っていますの!?」

「いいえ、上腕三頭筋です。最近、ポチ(ケルベロス)を持ち上げて鍛えましたので、少しパンプアップしているかもしれません」

「パンプアップ……」

マダムは眩暈を覚えたようだが、プロ根性で採寸を終えた。

「はぁ、はぁ……採寸だけで寿命が縮まりましたわ。……さて、デザインのご希望は?」

マダムがスケッチブックを開く。

「王道のプリンセスラインか、大人っぽいマーメイドラインか……」

「ご提案があります」

ダンキアが挙手した。

「なんでしょう?」

「機能性を最優先してください」

「機能性?」

ダンキアは真剣な顔で条件を並べ立てた。

「第一に、脚が百八十度開くこと。いつハイキックが必要になるか分かりませんので」

「結婚式でハイキック!?」

「第二に、袖は着脱可能、あるいは瞬時に破り捨てられる構造にしてください。ブーケトスの際に、肩の可動域を確保したいのです」

「ブーケを投げるのに、なぜ服を破る必要が!?」

「第三に、素材は防刃・耐火・耐衝撃仕様でお願いします。誓いのキスの最中に狙撃される可能性もゼロではありませんから」

「ここは戦場ではありませんわ! 神聖な教会です!」

マダムは怒りで震え出した。

「いい加減になさい! 私は美しいドレスを作る芸術家です! そんな『戦闘服』など作れません!」

「そうですか……」

ダンキアは残念そうに肩を落とした。

「美しいだけでは、身を守れませんのに。……では、少し試させていただいても?」

「何をです?」

「そこに飾ってあるサンプルドレス。あれを着て、少し動いてみます。それで強度が足りれば文句はありません」

ダンキアが指差したのは、最新作のマーメイドラインのドレスだ。

「よろしいでしょう。ただし、最高級レースを使用していますから、汚さないように」

数分後。

ドレスに着替えたダンキアが、カーテンを開けて出てきた。

その姿に、ルーファスが息を呑んだ。

「おお……」

体のラインに沿った純白のドレスは、彼女の引き締まったプロポーションを完璧に引き立てていた。

息をのむほど美しい。

「どうだい、ダンキア。とても似合っているよ」

「ありがとうございます、ルーファス様。でも……」

ダンキアは困った顔をした。

「苦しいです」

「コルセットがきつい?」

「いえ、筋肉が悲鳴を上げています。『狭い! もっと広げろ!』と」

「筋肉の主張が激しいな」

ダンキアはマダムに向き直った。

「マダム。今から、もしもの時を想定した動きをします」

「もしもの時?」

「はい。『新郎が暴漢に襲われ、とっさに助けに入る動き』です」

ダンキアは構えた。

「せいっ!」

彼女は目にも止まらぬ速さで、右足を振り上げた。

顔の高さまでの上段蹴り。

その瞬間。

ビリィィィィィィッ!!

盛大な音が店内に響き渡った。

「あ」

ドレスの太もも部分から背中にかけて、縫い目が弾け飛び、布が無残に裂けた。

パラパラと落ちるレースの破片。

露わになる健康的な太もも(筋肉質)。

「……」

マダムが石化した。

「やはりダメですね」

ダンキアは涼しい顔で言った。

「伸縮性が足りません。これでは敵の急所を蹴り抜く前に、私が布に拘束されてしまいます」

「……」

「マダム? 大丈夫ですか?」

マダム・ガランテは、泡を吹いて倒れた。

ドサッ。

「マダムーッ!!」

店員たちが駆け寄る。

「救急車! いや、気付け薬を!」

大騒ぎになる店内。

ルーファスは頭を抱えた。

「……だから言ったのに」

「申し訳ありません。思ったより脆い生地でした」

ダンキアは破れたドレスを押さえながら謝罪した。

しかし、その時。

「……面白い」

床に倒れていたマダムが、むくりと起き上がった。

眼鏡がズレ、髪は乱れているが、その瞳には狂気じみた炎が宿っていた。

「マダム?」

「面白いですわ……! やってやろうじゃありませんか!」

マダムは立ち上がり、叫んだ。

「私のデザイナー人生を賭けて、あなたのその『ワガママボディ(物理)』に耐えうる最強のドレスを作ってみせます!」

「本当ですか!?」

「ええ! ただし、普通の布では無理です。ミスリル糸入りのシルク、ドラゴンの皮をなめしたインナー、そして留め具にはオリハルコンを使用します!」

マダムはスケッチブックに猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。

「デザインは『戦乙女(ヴァルキリー)』スタイル! スカートにはスリットを多用し、動くたびに華麗に翻るように! 背中は大きく開けて、広背筋の美しさを強調! そしてヴェールには、敵の目を眩ます閃光パウダーを仕込みます!」

「素晴らしい! 天才です!」

ダンキアが拍手する。

「ヴェールに目潰し機能まで! まさに私が求めていたものです!」

「いや、目潰しはいらないんじゃないかな……?」

ルーファスのツッコミは、二人の熱気にかき消された。

「納期は一週間後! 徹夜で仕上げますわ! アシスタントたち、覚悟しなさい!」

「「「ハイッ、マダム!」」」

店全体が、戦場のような熱気に包まれた。

「楽しみですね、ルーファス様。これで心置きなく結婚式で暴れられます」

「暴れる予定なの?」

「備えあれば憂いなしです」

ダンキアは満足げに笑った。

こうして、伝説の『バトル・ウェディングドレス』の制作が決定した。

それは、美しさと強さを兼ね備えた、史上最強の花嫁衣装となるはずだった。

……そして一週間後。

結婚式当日。

そのドレスを身に纏ったダンキアの前に、空から『迷惑な客』が降ってくることになる。

運命の日は、もうすぐそこまで来ていた。
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