悪役令嬢ダンキア、婚約破棄に「御意」と即答する。

ちゅんりー

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結婚式の喧騒も去り、オルティス王城は静寂に包まれていた。

最上階にある、王太子の寝室。

そこには、天蓋付きの巨大なキングサイズベッドが鎮座している。

シルクのシーツ、羽毛の枕、そして薔薇の花びらが撒かれた、まさに新婚初夜にふさわしい舞台だ。

「……」

ダンキアは、そのベッドの端に直立不動で座っていた。

彼女が身に纏っているのは、純白のネグリジェ。

透け感のあるレース素材で、彼女の健康的な肌と、鍛え上げられた肉体美を艶かしく包み込んでいる。

ガチャリ。

バスルームの扉が開き、バスローブ姿のルーファスが出てきた。

濡れた髪を拭きながら、彼は妻となった女性に微笑みかける。

「お待たせ、ダンキア。……緊張している?」

「はい。心拍数が有酸素運動時と同レベル(毎分百四十)をキープしています」

ダンキアは真顔で答えた。

膝の上に置いた拳が、小刻みに震えている。

「ルーファス様、確認させてください。今夜のミッションにおける、私の出力制限(リミッター)は?」

「ミッションじゃないよ。夫婦の営みだ」

ルーファスは苦笑しながら、彼女の隣に腰を下ろした。

ベッドがギシッと音を立てる。

「出力は……そうだな。限りなくゼロに近くお願いしたいかな」

「ゼロ……それは難しいですね。私の筋肉は常にアイドリング状態ですので、最低でも5%は出力されてしまいます」

「5%か。それで骨は折れない?」

「優しく抱きしめる程度なら。ただし、興奮状態でアドレナリンが分泌された場合、無意識に30%まで跳ね上がる可能性があります」

「30%……ドラゴンの首をへし折るレベルだね」

ルーファスは冷や汗を流した。

命がけだ。

だが、彼は覚悟を決めていた。

「大丈夫だよ。君ならできる」

ルーファスはダンキアの肩に手を回し、ゆっくりと押し倒した。

ふわり。

柔らかいマットレスが二人を受け止める。

「ダンキア……愛しているよ」

「ルーファス様……」

至近距離で見つめ合う二人。

ルーファスの指が、ダンキアの頬を撫でる。

その優しさに、ダンキアの脳内で警報が鳴り響いた。

(緊急事態! 緊急事態! 対象からの愛情供給が過剰です! 制御回路(理姓)が焼き切れそうです!)

「力を抜いて」

ルーファスが耳元で囁く。

「はい……リラックス、リラックス……」

ダンキアは深呼吸をした。

(大胸筋、緩んで。上腕二頭筋、鎮まって。背筋、リラックス……)

彼女は全身全霊で筋肉を弛緩させようとした。

だが、ルーファスの唇が彼女の首筋に触れた瞬間。

ビクンッ!!

「ひゃうっ!」

ダンキアの体に電流が走った。

甘い刺激。

愛する人に触れられる喜び。

その感情の爆発が、神経伝達物質となって全身の筋肉へ指令を送ってしまった。

『全力収縮(フルパワー)!!』

「あっ、だめ……!」

ダンキアは叫んだが、もう遅かった。

彼女は無意識に、何かを掴もうとして両手を伸ばした。

掴んだのは、ベッドのヘッドボード(最高級マホガニー製)の支柱だった。

そして、背中の筋肉が弓のように反り上がり、マットレスに強烈な圧力をかけた。

メキメキメキッ……!

不穏な音が寝室に響く。

「え?」

ルーファスが動きを止める。

「ダンキア、今の音は……」

「逃げてくださいルーファス様! 制御不能です! バーストします!」

「バーストぉ!?」

バキィィィィィィン!!

轟音。

ダンキアが握りしめたヘッドボードの支柱が、へし折れた。

それだけではない。

彼女の背中が押し付けられたマットレスの中央が、爆発したかのように弾け飛んだのだ。

スプリングが弾丸のように飛び散り、羽毛が雪のように舞い上がる。

ドッゴォォォォォン!!

さらに、その衝撃はベッドのフレームを粉砕し、床へと突き抜けた。

「うわぁぁぁぁぁ!」

二人の体が沈む。

ベッドの四本の脚が同時に折れ、天蓋が頭上から崩落してくる。

ガラガラガラ……ドスン!

王太子の寝室は、一瞬にして解体現場と化した。

舞い上がる砂煙と羽毛。

しばらくの沈黙の後。

「……生きてるかい、ルーファス様」

「……なんとか」

瓦礫の山(元ベッド)の中から、二人が顔を出した。

ルーファスはダンキアに覆いかぶさるようにして守っていたが、その背中には天蓋のカーテンが絡まり、頭には折れた木材が乗っている。

ダンキアは無傷だ。

彼女は周囲を見回し、呆然とした。

「あ……」

最高級のベッドは、見る影もない。

ただの木片と布の山になっている。

床には大きなクレーターができ、下の階の天井が見えそうだった。

「やって……しまいました……」

ダンキアは顔面蒼白になった。

「あんなに、あんなに力を抜こうとしたのに……私の筋肉が、喜びのあまり暴走して……」

彼女は涙目になった。

「申し訳ありません! 初夜なのに……こんな……私はやはり、お嫁さん失格です……」

シュンと小さくなるダンキア。

その姿を見て、ルーファスは吹き出した。

「ぷっ……あはははは!」

「ルーファス様?」

「いや、ごめん。予想はしていたけど、ここまで派手にやるとは思わなかった」

ルーファスは涙を拭いながら、ダンキアの髪についた羽毛を取ってあげた。

「失格じゃないよ。むしろ、君らしくて安心した」

「で、でも、ベッドが……」

「買えばいいさ。もっと頑丈なやつをね」

ルーファスは瓦礫の中に座り込んだまま、ダンキアを引き寄せた。

「ガンドに頼もう。アダマンタイトのフレームに、ドラゴンの皮を張った特注ベッドを。それなら君がどれだけ暴れても壊れないはずだ」

「アダマンタイトのベッド……!」

ダンキアの目が輝いた。

「素敵です! それなら安心して愛し合えますね!」

「そうだね。……まあ、届くまでは床で寝ることになるけど」

「床なら丈夫です!」

ダンキアは嬉しそうに笑った。

「では、続きをしましょうか。ここ(瓦礫の上)で」

「えっ、ここで!?」

「床の方が安定していますし、もう壊れるものもありませんから!」

ダンキアはやる気満々だ。

ルーファスは観念したように笑った。

「……分かったよ。君の体力についていけるか分からないけど、頑張るよ」

月明かりが差し込む瓦礫の山。

そこには、世界で一番強く、そして騒がしいカップルの幸せな姿があった。

翌朝。

部屋に入ってきたメイドが、爆撃を受けたような惨状を見て悲鳴を上げ、気絶するという事件が起きたが、それはまた別の話である。

こうして、伝説の初夜は幕を閉じた。
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