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「お嬢様、お客様でございます。……いえ、『刺客』と呼んだ方がよろしいでしょうか」
セバスチャンが、いつになく困惑した表情で報告に現れた。
私は庭園で「普通の令嬢らしい、優雅なティータイム」を強行していたところだった。
「刺客? まあ、ついに私の命を狙う者が現れましたのね! 婚約破棄から三日……プロットとしては完璧なタイミングですわ!」
私は思わずティーカップを置き、目を輝かせた。
悪役令嬢としての人生の締めくくりに、暗殺者との手に汗握る攻防。
これぞ華やかなエンディングにふさわしい舞台装置ではないか。
「それで? 相手は毒矢を構えた忍び? それとも冷徹な魔術師かしら?」
「……いえ、ピンク色のフリルが激しく主張する馬車から、キラキラした瞳の令嬢が降りてこられました」
「……は?」
嫌な予感がした。
その予感は、庭園の入り口から響いてきた凄まじい勢いの足音によって確信に変わる。
「師匠――っ! ベルベット師匠ぉぉーっ! 参りましたわ!」
現れたのは、あの男爵令嬢カトレア様だった。
彼女は息を切らしながらも、私の前に来ると深々と……というよりは、勢い余って頭を地面にぶつけそうなほどの勢いで礼をした。
「カトレア様。貴女、ここは私の追放先……ではなく、実家ですわよ? なぜここが分かったのかしら」
「愛です! あ、嘘です、キース様に賄賂を……いえ、お願いして場所を教えていただきました!」
キース様、何をしてくれているのかしら。
あとで呪いの手紙を送らなければならないわね。
「それで、何の御用かしら。私に嫌がらせを受けた件で、慰謝料でも請求しに来たの?」
私がわざと冷たく言い放つと、カトレア様は顔を上げ、期待に満ちた瞳で私を見つめた。
「とんでもありません! 私、決心したのです! あの日、ベルベット様が放った『オホホホ』という高笑い……あれを聞いてから、私の心は高鳴り、夜も眠れず、食欲は三杯までしか進みません!」
「……結構食べていらっしゃいますわね」
「私、師匠のような『悪の華』になりたいのです! 清純派ヒロインなんて、もう飽きましたわ! どうか私を弟子にしてください!」
カトレア様は、どこから取り出したのか、分厚いノートとペンを構えていた。
表紙には大きく『悪役令嬢・修行日記』と書いてある。
「お断りしますわ。私はもう悪役令嬢を引退した身。これからは日向ぼっこと編み物を楽しむ、ただの可愛い令嬢として生きるのです」
「嘘をおっしゃい! 先ほどお屋敷の廊下を通った時、メイドさんたちに『その埃、私のドレスに付いたらどう責任を取るおつもり?』と仰っていたではありませんか!」
「……それは、つい癖で」
「その癖こそが才能なのです! 師匠、お願いします! 私に『正しい見下し方』を教えてください!」
カトレア様は私の足元に縋り付かんばかりの勢いだ。
セバスチャンが横で「お嬢様、いかがいたしますか? 塩でも撒きましょうか?」と物騒な提案をしてくる。
「……はあ。仕方がありませんわね。一回。一回だけですわよ?」
「はいっ! 師匠!」
私は立ち上がり、扇子を広げて彼女の顎をクイッと持ち上げた。
これは私が三年かけて習得した「精神的優位に立つための角度」だ。
「いいかしら、カトレア様。悪役令嬢とは、ただ意地悪をする人のことではありません。自分の美学を貫き、誰よりも誇り高く、そして何より『自分が一番美しい』と確信している者のことですわ」
「は、はい……っ! 美学……誇り……美しさ……(カキカキ)」
カトレア様が猛烈な勢いでメモを取る。
「まずはその笑い方です。貴女の笑い方は、まるで春の陽だまりのように温かすぎる。そんなものでは人は怯えませんわ。もっとこう、北風が肺に刺さるような、冷酷かつ優雅な笑いが必要なのです」
私は手本を見せるために、大きく息を吸い込んだ。
「いい? 喉の奥で音を転がすように……オホ、オホ、オホホホホホ!」
庭園に、私の高笑いが響き渡った。
バラの花が心なしか震えたような気がする。
「す、素晴らしい……! 今の『ホ』の濁りのなさ、まさに国宝級ですわ!」
カトレア様は感動のあまり涙を流し、自分でも真似をし始めた。
「オ、オホ……オホホ……オホホホホ!」
「違いますわ! それはただのむせたアヒルです! もっとお腹に力を入れて!」
「はい、師匠! オホホホホホ!」
「声が大きすぎますわ! 下品と高慢は紙一重なのですよ!」
気がつくと、私は熱心に彼女を指導していた。
セバスチャンが呆れたように、新しい紅茶を淹れ直している。
「お嬢様……『普通の令嬢』への道が、また一歩遠のきましたね」
「……うるさいわね。これは、彼女が私の平和を乱さないようにするための、一時的な処置ですわ!」
私は顔を赤くしながら、カトレア様の背筋をビシッと叩いた。
「カトレア様、姿勢が悪くてよ! 悪役はいつ背後から刺されてもいいように、常に背筋を伸ばしておくものですわ!」
「はいっ! 刺される準備はバッチリです!」
「……刺されないように気をつけるのが普通ですわよ?」
こうして、私の静かなはずの隠居生活に、なぜか「弟子」という名の新たな混沌が加わってしまった。
カトレア様の「悪役令嬢修行」は、これから私の日常をさらなるハチャメチャへと変えていくことになるのだが……。
その日の夕方、カトレア様を送り出した後、私は再びキース様からの手紙を受け取った。
『カトレア嬢は無事に到着しましたか? 彼女が貴女の影響で、王宮で「ゴミを見るような目」の練習をしています。非常に迷惑ですので、早急に更生……いえ、徹底的に鍛え上げてください』
「……あの方は、私を何だと思っていらっしゃるのよ!」
私は手紙を握りつぶし、空に向かって本日何度目か分からない高笑いをぶちかましたのだった。
セバスチャンが、いつになく困惑した表情で報告に現れた。
私は庭園で「普通の令嬢らしい、優雅なティータイム」を強行していたところだった。
「刺客? まあ、ついに私の命を狙う者が現れましたのね! 婚約破棄から三日……プロットとしては完璧なタイミングですわ!」
私は思わずティーカップを置き、目を輝かせた。
悪役令嬢としての人生の締めくくりに、暗殺者との手に汗握る攻防。
これぞ華やかなエンディングにふさわしい舞台装置ではないか。
「それで? 相手は毒矢を構えた忍び? それとも冷徹な魔術師かしら?」
「……いえ、ピンク色のフリルが激しく主張する馬車から、キラキラした瞳の令嬢が降りてこられました」
「……は?」
嫌な予感がした。
その予感は、庭園の入り口から響いてきた凄まじい勢いの足音によって確信に変わる。
「師匠――っ! ベルベット師匠ぉぉーっ! 参りましたわ!」
現れたのは、あの男爵令嬢カトレア様だった。
彼女は息を切らしながらも、私の前に来ると深々と……というよりは、勢い余って頭を地面にぶつけそうなほどの勢いで礼をした。
「カトレア様。貴女、ここは私の追放先……ではなく、実家ですわよ? なぜここが分かったのかしら」
「愛です! あ、嘘です、キース様に賄賂を……いえ、お願いして場所を教えていただきました!」
キース様、何をしてくれているのかしら。
あとで呪いの手紙を送らなければならないわね。
「それで、何の御用かしら。私に嫌がらせを受けた件で、慰謝料でも請求しに来たの?」
私がわざと冷たく言い放つと、カトレア様は顔を上げ、期待に満ちた瞳で私を見つめた。
「とんでもありません! 私、決心したのです! あの日、ベルベット様が放った『オホホホ』という高笑い……あれを聞いてから、私の心は高鳴り、夜も眠れず、食欲は三杯までしか進みません!」
「……結構食べていらっしゃいますわね」
「私、師匠のような『悪の華』になりたいのです! 清純派ヒロインなんて、もう飽きましたわ! どうか私を弟子にしてください!」
カトレア様は、どこから取り出したのか、分厚いノートとペンを構えていた。
表紙には大きく『悪役令嬢・修行日記』と書いてある。
「お断りしますわ。私はもう悪役令嬢を引退した身。これからは日向ぼっこと編み物を楽しむ、ただの可愛い令嬢として生きるのです」
「嘘をおっしゃい! 先ほどお屋敷の廊下を通った時、メイドさんたちに『その埃、私のドレスに付いたらどう責任を取るおつもり?』と仰っていたではありませんか!」
「……それは、つい癖で」
「その癖こそが才能なのです! 師匠、お願いします! 私に『正しい見下し方』を教えてください!」
カトレア様は私の足元に縋り付かんばかりの勢いだ。
セバスチャンが横で「お嬢様、いかがいたしますか? 塩でも撒きましょうか?」と物騒な提案をしてくる。
「……はあ。仕方がありませんわね。一回。一回だけですわよ?」
「はいっ! 師匠!」
私は立ち上がり、扇子を広げて彼女の顎をクイッと持ち上げた。
これは私が三年かけて習得した「精神的優位に立つための角度」だ。
「いいかしら、カトレア様。悪役令嬢とは、ただ意地悪をする人のことではありません。自分の美学を貫き、誰よりも誇り高く、そして何より『自分が一番美しい』と確信している者のことですわ」
「は、はい……っ! 美学……誇り……美しさ……(カキカキ)」
カトレア様が猛烈な勢いでメモを取る。
「まずはその笑い方です。貴女の笑い方は、まるで春の陽だまりのように温かすぎる。そんなものでは人は怯えませんわ。もっとこう、北風が肺に刺さるような、冷酷かつ優雅な笑いが必要なのです」
私は手本を見せるために、大きく息を吸い込んだ。
「いい? 喉の奥で音を転がすように……オホ、オホ、オホホホホホ!」
庭園に、私の高笑いが響き渡った。
バラの花が心なしか震えたような気がする。
「す、素晴らしい……! 今の『ホ』の濁りのなさ、まさに国宝級ですわ!」
カトレア様は感動のあまり涙を流し、自分でも真似をし始めた。
「オ、オホ……オホホ……オホホホホ!」
「違いますわ! それはただのむせたアヒルです! もっとお腹に力を入れて!」
「はい、師匠! オホホホホホ!」
「声が大きすぎますわ! 下品と高慢は紙一重なのですよ!」
気がつくと、私は熱心に彼女を指導していた。
セバスチャンが呆れたように、新しい紅茶を淹れ直している。
「お嬢様……『普通の令嬢』への道が、また一歩遠のきましたね」
「……うるさいわね。これは、彼女が私の平和を乱さないようにするための、一時的な処置ですわ!」
私は顔を赤くしながら、カトレア様の背筋をビシッと叩いた。
「カトレア様、姿勢が悪くてよ! 悪役はいつ背後から刺されてもいいように、常に背筋を伸ばしておくものですわ!」
「はいっ! 刺される準備はバッチリです!」
「……刺されないように気をつけるのが普通ですわよ?」
こうして、私の静かなはずの隠居生活に、なぜか「弟子」という名の新たな混沌が加わってしまった。
カトレア様の「悪役令嬢修行」は、これから私の日常をさらなるハチャメチャへと変えていくことになるのだが……。
その日の夕方、カトレア様を送り出した後、私は再びキース様からの手紙を受け取った。
『カトレア嬢は無事に到着しましたか? 彼女が貴女の影響で、王宮で「ゴミを見るような目」の練習をしています。非常に迷惑ですので、早急に更生……いえ、徹底的に鍛え上げてください』
「……あの方は、私を何だと思っていらっしゃるのよ!」
私は手紙を握りつぶし、空に向かって本日何度目か分からない高笑いをぶちかましたのだった。
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