婚約破棄、喜びのあまり側転してもよろしいでしょうか?

ちゅんりー

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「ベルベット! 頼む、私の話を聞いてくれ! この通りだ!」


公爵邸の玄関ホールに、世にも珍しい光景が広がっていた。
一国の第一王子であるセドリック様が、床に膝をつき、私のドレスの裾を掴まんばかりの勢いで額を床に擦りつけているのだ。


いわゆる、ドゲザというやつですわね。


「セドリック様。……見苦しいですわよ。王族のプライドは、昨夜の夜会の会場に落としていらしたのかしら? それとも、カトレア様のスクワット百回で脳の筋肉まで破壊されてしまったの?」


私は扇子をバサリと閉じ、ゴミを見るような……いいえ、実際に見る価値のないものを見るような視線を落とした。


「違うんだ! 私は、私はようやく気づいた! 君がどれほど私を想い、裏で支えてくれていたか! 君のあの冷たい言葉も、すべては私を一人前の王にするための、愛の試練だったんだね!」


「……あの、誰か。この方の耳の穴に、一度高圧洗浄機でも突っ込んで差し上げて? 私の言葉がすべて『愛』に自動変換されているようですわ。恐ろしいバグですこと」


私が呆れて周囲を見渡すと、柱の陰からキース様が「実に興味深い症例ですね」と手帳に何かを書き込みながら現れた。


「ベルベット嬢。彼の脳内では今、貴女が『薄幸の聖女』として美化されすぎて、神格化の域に達しているようです。救いようがありませんね」


「キース! 貴様、私のベルベットを独り占めしようとするな! ベルベット、やり直そう! 婚約破棄は撤回だ! 今すぐ王宮に戻って、また私を厳しく指導してくれ!」


セドリック様が、キラキラとした(最高にうっとうしい)瞳で私を見上げてくる。
復縁。かつての私なら、公爵家の安泰のために渋々受け入れていたかもしれない。
けれど、今の私は「自由」という名の毒を知ってしまったのだ。


「お断りしますわ。セドリック様、貴方は大きな勘違いをしていらっしゃいます」


私は一歩前に出ると、彼を突き放すように、けれど最高に優雅な所作で言い放った。


「そのシナリオ、私の台本(プロット)には一文字も載っておりませんわ。貴方の役割は、第一話で私を華麗に捨て、物語を加速させるための『踏み台』。……もう出番は終わったのです。カーテンコールにも呼ばれていないエキストラが、いつまでも舞台に居座らないでくださる?」


「ふ、踏み台……!? エキストラ……!? そんな、私は主役のはずだろう!?」


「主役は、自分の人生を楽しんでいるこの私ですわ。貴方は、私の輝かしい独身生活を引き立てるための、ちょっとしたスパイスに過ぎませんの。オホ、オホホホホ!」


私は久々に、心の底からの高笑いをぶちかまして差し上げた。
セドリック様はショックのあまり、真っ白な灰のようになってその場に崩れ落ちる。


「……ベルベット、君……。そんなに、そんなに私のことが……嫌いなのか?」


「嫌い? いいえ、違いますわ。……もはや興味がないのです。路傍に落ちている石ころの形状に興味を持たないのと同じことですわね」


「石ころ……。私は、石……」


セドリック様がブツブツと呟きながら、魂が抜けたような顔で這いずり始めた。
そこへ、さらなる追撃がやってくる。


「あーーーっ! 殿下、こんなところで何をしてるんですか! 今日のメニューは、高笑いしながらの腹筋二百回ですわよ!」


カトレア様が、新しい(さらに巨大な)扇子を振り回しながら走ってきた。
彼女の背後には、教育係として雇われた我が家の屈強な騎士たちが数人控えている。


「ひ、ひぃっ! カトレア! 来るな、私はベルベットと愛を語り合って……!」


「愛なんて、筋肉の前の無力ですわ! さあ、師匠に甘えるのはそこまでです! 殿下、今の貴方は『悪役令嬢(私)に踏まれる価値もない雑草』。まずは、雑草としての根性を鍛え直して差し上げますわ!」


カトレア様はセドリック様の襟足を掴むと、そのままズルズルと庭の方へ引きずっていった。
「ベルベットォォォ! 助けてくれぇぇぇ!」という王子の絶叫が、遠くへ消えていく。


「……賑やかになりましたね、ベルベット嬢」


キース様が、私の肩をそっと抱き寄せる。
その手つきは、セドリック様への牽制というよりは、単純に私を独り占めしたいという独占欲に満ちていた。


「……本当ですわ。あの方がこれほどまでに『使い勝手の良いボケキャラ』になるとは、私の計算外でしたわね」


「ふっ。……それで、ベルベット嬢。彼が復縁を迫ってきましたが、貴女の心は一ミリも揺れなかったのですか?」


キース様が、少しだけ意地悪な質問を投げかけてくる。
私は彼の胸を軽く叩き、不敵に笑ってみせた。


「揺れるわけがないでしょう? あんな退屈な王宮に戻るくらいなら、毎日貴方の鉄面皮を眺めていた方が、よっぽど刺激的ですわよ」


「……それは、最高の告白として受け取っておきます」


キース様が、私の額に優しく唇を落とした。
公爵邸の玄関ホールに、平穏(?)が戻る。
復縁要請。それは、私の新しい物語の、ただの小さなエピソードに過ぎなかった。


「さあ、キース様。セドリック様が本当に腹筋二百回を完遂するか、賭けをしませんこと? 私は、三十回で白目を剥く方に金貨十枚ですわ!」


「では、私は……意外とカトレア嬢の罵倒に乗せられて、五十回まで粘る方に賭けましょうか」


私たちは笑い合いながら、賑やかな庭園の方へと歩き出した。
私の人生という舞台は、これからますます、予測不能でハチャメチャな方向へと突き進んでいくのだった。
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