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「……はあ。ようやく、世界に平和が訪れましたわね」
汚職貴族の一掃から数日。
私は公爵邸のテラスで、柔らかな日差しを浴びながら、至福のティータイムを満喫していた。
目の前には、セバスチャンが腕によりをかけた特製のスコーン。
そして、私の横には……もはや私の「定位置」を確保したかのような、涼しい顔のキース様。
「平和、ですか。王宮の地下牢は満員御礼、文官たちは残務処理で連日徹夜。これを平和と呼べるのは、世界で貴女くらいのものですよ」
「あら。悪い方々がふさわしい場所へ行き、有能な方々が国のために馬車馬のように働く。これ以上の理想郷(ユートピア)がどこにありますの?」
私は優雅に紅茶を啜り、不敵に微笑んだ。
悪役令嬢としての私の「終活」は、想定外の方向へ転がったけれど、結果オーライというやつですわ。
「ベルベットォォォ! 頼む、一枚だけでいい、この書類に目を通してくれぇぇ!」
そこへ、回廊を全速力で走ってくる哀れな影が一つ。
目の下にどす黒いクマを作り、白目を剥きかけたセドリック様が、紙束を抱えて私の足元に滑り込んできた。
「まあ。どちらのゾンビ様かと思えば、次期国王陛下ではありませんか。執務室を抜け出して、公爵家の庭の肥やしになりにいらしたの?」
「そんな冗談を言っている場合じゃないんだ! ヴァンダル侯爵が隠していた帳簿が複雑すぎて、財務官が全員泡を吹いて倒れた! これを解読できるのは、君しかいないんだよ!」
セドリック様が、必死の形相で書類を差し出してくる。
かつては「婚約破棄だ!」と威勢よく叫んでいた方が、今や私に泣きつくのが日課になっている。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
「お断りしますわ。私はもう、王宮の裏方仕事からは引退したのです。……どうしてもというなら、あちらの『新星』に頼んでみてはいかが?」
私が指差した先。
庭園のガゼボでは、カトレア様がジュリアン様に「悪の帝王学」を熱心に(?)講義していた。
「ジュリアン様! 見てください、この扇子の角度! 相手を威圧しつつ、自分の美しさを強調する黄金比ですわよ! オホ、オホホホホ!」
「……なるほど。確かに、その角度なら相手の視線を誘導しやすいですね。カトレア、次は『冷酷な微笑み』と『慈悲の微笑み』の筋肉の使い分けについて、詳しく聞かせてもらえますか?」
ジュリアン様は、カトレア様の暴走を止めるどころか、それを「学問」として楽しんでいた。
どうやらあの二人、意外と「割れ鍋に綴じ蓋」な関係のようだわ。
「ダメだ! カトレアに聞くと『とりあえず高笑いして、相手が怯んだ隙に印鑑を奪え』としか言われないんだ! 実務が、実務が進まないんだよ!」
「ガハハハ! セドリック王子、相変わらず情けないのう!」
そこへ、父・バルガスが豪快に笑いながら現れた。
その後ろには、武装した兄様たちも続いている。
「ベルベット。王家がそんなに困っているなら、いっそ我が公爵家が国を乗っ取ってやろうか? お前が女王になれば、すべて解決だぞ!」
「お父様、物騒な冗談はやめてくださいまし。私はただ、美味しいお菓子を食べて、キース様に嫌味を言うだけの静かな生活を望んでおりますのよ」
「……私の扱いが『嫌味を言われるだけ』になっているのは、聞き捨てなりませんね」
キース様が苦笑しながら、私の手を取った。
彼はそのまま、セドリック様や父の前で、堂々と私の指先に唇を寄せた。
「殿下。ベルベット嬢は、間もなく私の妻になります。これ以上の労働強要は、騎士団と公爵家を同時に敵に回すことになりますが……よろしいですね?」
キース様の目が、一瞬で「戦場」のそれに変わる。
セドリック様は「ひっ!」と悲鳴を上げ、這いずるようにして退散していった。
「……キース様。貴方、今の『悪役』っぽくて素敵でしたわよ」
「貴女に染められた自覚はあります。……さあ、ベルベット嬢。全ての片付けは終わりました。明日は、いよいよ私たちの婚約を正式に発表する晩餐会です」
「あら。私の『悪名』が広まりすぎて、会場に石を投げられないか心配ですわ」
「その時は、私がすべての石を剣で叩き落としましょう。……貴女の自由な高笑いを、守るために」
キース様の眼差しは、どこまでも誠実で、そして熱かった。
かつて「悪役」として孤独に散ることを選ぼうとした私に、こんなにも賑やかで幸せな「大団円」が待っていたなんて。
「……ふふ。オホホホホ!」
私は空に向かって、これまでで一番高く、一番晴れやかな笑い声を響かせた。
カーテンコールはまだ終わらない。
新しい幕が、今まさに上がろうとしていた。
汚職貴族の一掃から数日。
私は公爵邸のテラスで、柔らかな日差しを浴びながら、至福のティータイムを満喫していた。
目の前には、セバスチャンが腕によりをかけた特製のスコーン。
そして、私の横には……もはや私の「定位置」を確保したかのような、涼しい顔のキース様。
「平和、ですか。王宮の地下牢は満員御礼、文官たちは残務処理で連日徹夜。これを平和と呼べるのは、世界で貴女くらいのものですよ」
「あら。悪い方々がふさわしい場所へ行き、有能な方々が国のために馬車馬のように働く。これ以上の理想郷(ユートピア)がどこにありますの?」
私は優雅に紅茶を啜り、不敵に微笑んだ。
悪役令嬢としての私の「終活」は、想定外の方向へ転がったけれど、結果オーライというやつですわ。
「ベルベットォォォ! 頼む、一枚だけでいい、この書類に目を通してくれぇぇ!」
そこへ、回廊を全速力で走ってくる哀れな影が一つ。
目の下にどす黒いクマを作り、白目を剥きかけたセドリック様が、紙束を抱えて私の足元に滑り込んできた。
「まあ。どちらのゾンビ様かと思えば、次期国王陛下ではありませんか。執務室を抜け出して、公爵家の庭の肥やしになりにいらしたの?」
「そんな冗談を言っている場合じゃないんだ! ヴァンダル侯爵が隠していた帳簿が複雑すぎて、財務官が全員泡を吹いて倒れた! これを解読できるのは、君しかいないんだよ!」
セドリック様が、必死の形相で書類を差し出してくる。
かつては「婚約破棄だ!」と威勢よく叫んでいた方が、今や私に泣きつくのが日課になっている。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
「お断りしますわ。私はもう、王宮の裏方仕事からは引退したのです。……どうしてもというなら、あちらの『新星』に頼んでみてはいかが?」
私が指差した先。
庭園のガゼボでは、カトレア様がジュリアン様に「悪の帝王学」を熱心に(?)講義していた。
「ジュリアン様! 見てください、この扇子の角度! 相手を威圧しつつ、自分の美しさを強調する黄金比ですわよ! オホ、オホホホホ!」
「……なるほど。確かに、その角度なら相手の視線を誘導しやすいですね。カトレア、次は『冷酷な微笑み』と『慈悲の微笑み』の筋肉の使い分けについて、詳しく聞かせてもらえますか?」
ジュリアン様は、カトレア様の暴走を止めるどころか、それを「学問」として楽しんでいた。
どうやらあの二人、意外と「割れ鍋に綴じ蓋」な関係のようだわ。
「ダメだ! カトレアに聞くと『とりあえず高笑いして、相手が怯んだ隙に印鑑を奪え』としか言われないんだ! 実務が、実務が進まないんだよ!」
「ガハハハ! セドリック王子、相変わらず情けないのう!」
そこへ、父・バルガスが豪快に笑いながら現れた。
その後ろには、武装した兄様たちも続いている。
「ベルベット。王家がそんなに困っているなら、いっそ我が公爵家が国を乗っ取ってやろうか? お前が女王になれば、すべて解決だぞ!」
「お父様、物騒な冗談はやめてくださいまし。私はただ、美味しいお菓子を食べて、キース様に嫌味を言うだけの静かな生活を望んでおりますのよ」
「……私の扱いが『嫌味を言われるだけ』になっているのは、聞き捨てなりませんね」
キース様が苦笑しながら、私の手を取った。
彼はそのまま、セドリック様や父の前で、堂々と私の指先に唇を寄せた。
「殿下。ベルベット嬢は、間もなく私の妻になります。これ以上の労働強要は、騎士団と公爵家を同時に敵に回すことになりますが……よろしいですね?」
キース様の目が、一瞬で「戦場」のそれに変わる。
セドリック様は「ひっ!」と悲鳴を上げ、這いずるようにして退散していった。
「……キース様。貴方、今の『悪役』っぽくて素敵でしたわよ」
「貴女に染められた自覚はあります。……さあ、ベルベット嬢。全ての片付けは終わりました。明日は、いよいよ私たちの婚約を正式に発表する晩餐会です」
「あら。私の『悪名』が広まりすぎて、会場に石を投げられないか心配ですわ」
「その時は、私がすべての石を剣で叩き落としましょう。……貴女の自由な高笑いを、守るために」
キース様の眼差しは、どこまでも誠実で、そして熱かった。
かつて「悪役」として孤独に散ることを選ぼうとした私に、こんなにも賑やかで幸せな「大団円」が待っていたなんて。
「……ふふ。オホホホホ!」
私は空に向かって、これまでで一番高く、一番晴れやかな笑い声を響かせた。
カーテンコールはまだ終わらない。
新しい幕が、今まさに上がろうとしていた。
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