27 / 28
27
しおりを挟む
「……はあ。ようやく、世界に平和が訪れましたわね」
汚職貴族の一掃から数日。
私は公爵邸のテラスで、柔らかな日差しを浴びながら、至福のティータイムを満喫していた。
目の前には、セバスチャンが腕によりをかけた特製のスコーン。
そして、私の横には……もはや私の「定位置」を確保したかのような、涼しい顔のキース様。
「平和、ですか。王宮の地下牢は満員御礼、文官たちは残務処理で連日徹夜。これを平和と呼べるのは、世界で貴女くらいのものですよ」
「あら。悪い方々がふさわしい場所へ行き、有能な方々が国のために馬車馬のように働く。これ以上の理想郷(ユートピア)がどこにありますの?」
私は優雅に紅茶を啜り、不敵に微笑んだ。
悪役令嬢としての私の「終活」は、想定外の方向へ転がったけれど、結果オーライというやつですわ。
「ベルベットォォォ! 頼む、一枚だけでいい、この書類に目を通してくれぇぇ!」
そこへ、回廊を全速力で走ってくる哀れな影が一つ。
目の下にどす黒いクマを作り、白目を剥きかけたセドリック様が、紙束を抱えて私の足元に滑り込んできた。
「まあ。どちらのゾンビ様かと思えば、次期国王陛下ではありませんか。執務室を抜け出して、公爵家の庭の肥やしになりにいらしたの?」
「そんな冗談を言っている場合じゃないんだ! ヴァンダル侯爵が隠していた帳簿が複雑すぎて、財務官が全員泡を吹いて倒れた! これを解読できるのは、君しかいないんだよ!」
セドリック様が、必死の形相で書類を差し出してくる。
かつては「婚約破棄だ!」と威勢よく叫んでいた方が、今や私に泣きつくのが日課になっている。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
「お断りしますわ。私はもう、王宮の裏方仕事からは引退したのです。……どうしてもというなら、あちらの『新星』に頼んでみてはいかが?」
私が指差した先。
庭園のガゼボでは、カトレア様がジュリアン様に「悪の帝王学」を熱心に(?)講義していた。
「ジュリアン様! 見てください、この扇子の角度! 相手を威圧しつつ、自分の美しさを強調する黄金比ですわよ! オホ、オホホホホ!」
「……なるほど。確かに、その角度なら相手の視線を誘導しやすいですね。カトレア、次は『冷酷な微笑み』と『慈悲の微笑み』の筋肉の使い分けについて、詳しく聞かせてもらえますか?」
ジュリアン様は、カトレア様の暴走を止めるどころか、それを「学問」として楽しんでいた。
どうやらあの二人、意外と「割れ鍋に綴じ蓋」な関係のようだわ。
「ダメだ! カトレアに聞くと『とりあえず高笑いして、相手が怯んだ隙に印鑑を奪え』としか言われないんだ! 実務が、実務が進まないんだよ!」
「ガハハハ! セドリック王子、相変わらず情けないのう!」
そこへ、父・バルガスが豪快に笑いながら現れた。
その後ろには、武装した兄様たちも続いている。
「ベルベット。王家がそんなに困っているなら、いっそ我が公爵家が国を乗っ取ってやろうか? お前が女王になれば、すべて解決だぞ!」
「お父様、物騒な冗談はやめてくださいまし。私はただ、美味しいお菓子を食べて、キース様に嫌味を言うだけの静かな生活を望んでおりますのよ」
「……私の扱いが『嫌味を言われるだけ』になっているのは、聞き捨てなりませんね」
キース様が苦笑しながら、私の手を取った。
彼はそのまま、セドリック様や父の前で、堂々と私の指先に唇を寄せた。
「殿下。ベルベット嬢は、間もなく私の妻になります。これ以上の労働強要は、騎士団と公爵家を同時に敵に回すことになりますが……よろしいですね?」
キース様の目が、一瞬で「戦場」のそれに変わる。
セドリック様は「ひっ!」と悲鳴を上げ、這いずるようにして退散していった。
「……キース様。貴方、今の『悪役』っぽくて素敵でしたわよ」
「貴女に染められた自覚はあります。……さあ、ベルベット嬢。全ての片付けは終わりました。明日は、いよいよ私たちの婚約を正式に発表する晩餐会です」
「あら。私の『悪名』が広まりすぎて、会場に石を投げられないか心配ですわ」
「その時は、私がすべての石を剣で叩き落としましょう。……貴女の自由な高笑いを、守るために」
キース様の眼差しは、どこまでも誠実で、そして熱かった。
かつて「悪役」として孤独に散ることを選ぼうとした私に、こんなにも賑やかで幸せな「大団円」が待っていたなんて。
「……ふふ。オホホホホ!」
私は空に向かって、これまでで一番高く、一番晴れやかな笑い声を響かせた。
カーテンコールはまだ終わらない。
新しい幕が、今まさに上がろうとしていた。
汚職貴族の一掃から数日。
私は公爵邸のテラスで、柔らかな日差しを浴びながら、至福のティータイムを満喫していた。
目の前には、セバスチャンが腕によりをかけた特製のスコーン。
そして、私の横には……もはや私の「定位置」を確保したかのような、涼しい顔のキース様。
「平和、ですか。王宮の地下牢は満員御礼、文官たちは残務処理で連日徹夜。これを平和と呼べるのは、世界で貴女くらいのものですよ」
「あら。悪い方々がふさわしい場所へ行き、有能な方々が国のために馬車馬のように働く。これ以上の理想郷(ユートピア)がどこにありますの?」
私は優雅に紅茶を啜り、不敵に微笑んだ。
悪役令嬢としての私の「終活」は、想定外の方向へ転がったけれど、結果オーライというやつですわ。
「ベルベットォォォ! 頼む、一枚だけでいい、この書類に目を通してくれぇぇ!」
そこへ、回廊を全速力で走ってくる哀れな影が一つ。
目の下にどす黒いクマを作り、白目を剥きかけたセドリック様が、紙束を抱えて私の足元に滑り込んできた。
「まあ。どちらのゾンビ様かと思えば、次期国王陛下ではありませんか。執務室を抜け出して、公爵家の庭の肥やしになりにいらしたの?」
「そんな冗談を言っている場合じゃないんだ! ヴァンダル侯爵が隠していた帳簿が複雑すぎて、財務官が全員泡を吹いて倒れた! これを解読できるのは、君しかいないんだよ!」
セドリック様が、必死の形相で書類を差し出してくる。
かつては「婚約破棄だ!」と威勢よく叫んでいた方が、今や私に泣きつくのが日課になっている。
人生、何が起こるか分かりませんわね。
「お断りしますわ。私はもう、王宮の裏方仕事からは引退したのです。……どうしてもというなら、あちらの『新星』に頼んでみてはいかが?」
私が指差した先。
庭園のガゼボでは、カトレア様がジュリアン様に「悪の帝王学」を熱心に(?)講義していた。
「ジュリアン様! 見てください、この扇子の角度! 相手を威圧しつつ、自分の美しさを強調する黄金比ですわよ! オホ、オホホホホ!」
「……なるほど。確かに、その角度なら相手の視線を誘導しやすいですね。カトレア、次は『冷酷な微笑み』と『慈悲の微笑み』の筋肉の使い分けについて、詳しく聞かせてもらえますか?」
ジュリアン様は、カトレア様の暴走を止めるどころか、それを「学問」として楽しんでいた。
どうやらあの二人、意外と「割れ鍋に綴じ蓋」な関係のようだわ。
「ダメだ! カトレアに聞くと『とりあえず高笑いして、相手が怯んだ隙に印鑑を奪え』としか言われないんだ! 実務が、実務が進まないんだよ!」
「ガハハハ! セドリック王子、相変わらず情けないのう!」
そこへ、父・バルガスが豪快に笑いながら現れた。
その後ろには、武装した兄様たちも続いている。
「ベルベット。王家がそんなに困っているなら、いっそ我が公爵家が国を乗っ取ってやろうか? お前が女王になれば、すべて解決だぞ!」
「お父様、物騒な冗談はやめてくださいまし。私はただ、美味しいお菓子を食べて、キース様に嫌味を言うだけの静かな生活を望んでおりますのよ」
「……私の扱いが『嫌味を言われるだけ』になっているのは、聞き捨てなりませんね」
キース様が苦笑しながら、私の手を取った。
彼はそのまま、セドリック様や父の前で、堂々と私の指先に唇を寄せた。
「殿下。ベルベット嬢は、間もなく私の妻になります。これ以上の労働強要は、騎士団と公爵家を同時に敵に回すことになりますが……よろしいですね?」
キース様の目が、一瞬で「戦場」のそれに変わる。
セドリック様は「ひっ!」と悲鳴を上げ、這いずるようにして退散していった。
「……キース様。貴方、今の『悪役』っぽくて素敵でしたわよ」
「貴女に染められた自覚はあります。……さあ、ベルベット嬢。全ての片付けは終わりました。明日は、いよいよ私たちの婚約を正式に発表する晩餐会です」
「あら。私の『悪名』が広まりすぎて、会場に石を投げられないか心配ですわ」
「その時は、私がすべての石を剣で叩き落としましょう。……貴女の自由な高笑いを、守るために」
キース様の眼差しは、どこまでも誠実で、そして熱かった。
かつて「悪役」として孤独に散ることを選ぼうとした私に、こんなにも賑やかで幸せな「大団円」が待っていたなんて。
「……ふふ。オホホホホ!」
私は空に向かって、これまでで一番高く、一番晴れやかな笑い声を響かせた。
カーテンコールはまだ終わらない。
新しい幕が、今まさに上がろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!
satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。
私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。
私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。
お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。
眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
この度娘が結婚する事になりました。女手一つ、なんとか親としての務めを果たし終えたと思っていたら騎士上がりの年下侯爵様に見初められました。
毒島かすみ
恋愛
真実の愛を見つけたと、夫に離婚を突きつけられた主人公エミリアは娘と共に貧しい生活を強いられながらも、自分達の幸せの為に道を切り開き、幸せを掴んでいく物語です。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜
しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。
「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ――
そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。
自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。
若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。
やがて始まる王室監査。
暴かれる虚偽契約。
崩れ落ちる担保。
連鎖する破綻。
昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。
泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。
――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ”
没収された富は国庫へ。
再配分された資源は民へ。
虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。
これは復讐譚ではない。
清算と再建の物語。
泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる