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「……やっと、この日が来たわ」
公爵令嬢である私、ルト・フォン・アステリアは、鏡に映る自分を見つめて不敵に微笑んだ。
今日という日は、王立アカデミーの卒業パーティー。
そして、私の婚約者である第一王子、アラリック様が私に『婚約破棄』を突きつける記念すべき日のはずだ。
私はこの日のために、三年間たゆまぬ努力を続けてきた。
王太子妃という、肩の凝るような窮屈な未来なんて御免だ。
私は断罪され、国外追放なり平民落ちなりをして、自由気ままに生きていきたいのである。
そのために、私は「悪役令嬢」を徹底的に演じてきた。
「ルト様、本日のドレスも一段と……その、攻撃的でいらっしゃいますね」
侍女のアンナが、少し引きつった顔で私を見ている。
今日の私の装いは、深紅のドレスに派手な金の刺繍。
夜会の主役であるはずのヒロインを、真っ向から踏みつぶすような傲慢な美しさを意識した。
「ふふ、そうでしょう? これなら誰が見ても『性格の悪い女』に見えるはずだわ」
「はあ……。ルト様がそうおっしゃるなら、よろしいのですが」
私はアンナの心配をよそに、意気揚々と馬車に乗り込んだ。
会場となる王城の大広間は、すでに多くの学生や貴族たちで賑わっていた。
きらびやかなシャンデリア、流れる音楽。
そんな中、私は会場の中央へと歩を進める。
視線の先には、金髪をなびかせた絶世の美男子、アラリック王子。
そしてその隣には、控えめで愛らしい男爵令嬢、マリアさんの姿があった。
「(来たわね……! さあ、アラリック様。マリアさんの手を取って、私に『お前のような悪女との婚約は維持できない!』と叫びなさいな!)」
私は心の中でガッツポーズを作りながら、あえて傲慢な態度で二人に近づいた。
周囲の貴族たちが、何事かとこちらを注目するのがわかる。
「あら、アラリック様。そんな女と親しげになさって……公爵令嬢である私を蔑ろにするおつもりかしら?」
私は扇子で口元を隠し、高笑いの一つでも上げたい気分を抑えて、低く冷たい声を出した。
アラリック様が、私に気づいてこちらを振り向く。
その氷のような冷徹な瞳が私を射抜く……はずだった。
「……ルト? ああ、来てくれたのか。今日のドレスもよく似合っている。まるで燃え上がる情熱を形にしたようだ」
「えっ?」
予想外の褒め言葉に、私の喉が変な音を立てた。
違う。そうじゃない。
そこは「不吉な色だ!」とか「お前の心の醜さが表れている!」と罵倒する場面でしょう。
私は焦って、マリアさんの方をキッと睨みつけた。
「そこの男爵令嬢! あなた、身の程をわきまえなさい。王子の隣に立つのはこの私よ。あなたが裏でどれだけ卑しい手を使って殿下をたぶらかしているか、私はすべて知っているんだから!」
さあ、マリアさん。泣きなさい。
そしてアラリック様が「マリアをいじめるな!」と私を叱りつける……完璧なシナリオだ。
しかし、マリアさんの反応は私の想像を遥かに超えていた。
「……っ!!」
マリアさんは顔を真っ赤にし、瞳を潤ませて私を見つめている。
よし、泣くわね!? 今にも泣き出すわね!?
「……ルト様。なんて、なんてお優しい方なのでしょう……!」
「……はい?」
私は思わず、素の声で聞き返してしまった。
「私の……マリアのような、しがない男爵令嬢のことまで、そんなに真剣に気にかけてくださるなんて。しかも、『すべて知っている』とおっしゃいましたよね? 私が夜な夜なルト様の肖像画に向かって、ご挨拶をしていることまでバレていたなんて!」
「ちょっと待って、何の話?」
「ルト様は、私を励まそうとして、あえて厳しい言葉をかけてくださったのですね。もっと自分に自信を持て、と。殿下の隣に立つのに相応しい女性になれ、と……!」
マリアさんは両手を組み、キラキラとした瞳で私を拝み始めた。
背後では、アラリック様が深く頷いている。
「なるほど。ルト、君はマリア嬢の緊張を解くために、わざと憎まれ口を叩いてくれたのか。やはり君は、誰よりも思慮深く、慈愛に満ちた女性だ。私の自慢の婚約者だよ」
「……」
ちょっと待ちなさいよ。
今の会話のどこに、慈愛の要素があったというの。
私は混乱しつつも、まだ諦めなかった。
こうなったら、用意していた「証拠」を突きつけるしかない。
「お、お黙りなさい! アラリック様、とぼけても無駄ですわ。あなたが夜な夜なこの女と密会し、私の悪口を言い合っているという確かな証拠を、私は掴んでいるのですから!」
私は懐から、一通の封筒を取り出した。
中には、私が密偵(という名のお小遣いで雇った庭師)に書かせた、二人の密会の様子を記した偽のレポートが入っている。
「さあ、これを見なさい! これでもしらを切るつもり?」
私は勢いよく、アラリック様にその封筒を叩きつけた。
アラリック様は真剣な面持ちで封筒を受け取り、中の書類に目を通す。
その横顔は美しく、冷徹な王子の威厳に満ちていた。
周囲の貴族たちも息を呑む。
いよいよだ。いよいよ断罪の時が——。
「……これは。ルト、君は……」
アラリック様の手が、わずかに震えている。
怒りかしら? それとも、恥ずかしさ?
「君は、僕が……僕がどれほどマリア嬢に『君へのプレゼント』について相談していたか、その苦労を労ってくれるために、これを書き留めておいてくれたのかい?」
「……は?」
「ここに書いてある『殿下はひどくうなだれ、女の肩を抱いた』というのは……。そうか、君に贈る指輪の宝石が決まらず、僕がマリア嬢に泣きついた時のことだね。マリア嬢が僕の肩を叩いて励ましてくれたんだ。それを君は、ちゃんと見ていてくれたんだね」
アラリック様は、感極まったように私を抱き寄せようとしてきた。
私は反射的に一歩下がる。
「ち、ちが……! それは不倫の現場の記録で、」
「照れなくていい。マリア嬢、君が協力してくれたおかげで、ルトに僕の愛の深さが伝わったようだ。ありがとう」
「はい、アラリック殿下! ルト様に喜んでいただけて、私、もう死んでもいいくらい幸せです!」
マリアさんが、満面の笑みで私に拍手を送っている。
周囲の貴族たちからも、「おお……なんと素晴らしい愛」「公爵令嬢の深い懐に乾杯!」という称賛の声が上がった。
私は呆然と立ち尽くした。
おかしい。
この二人、悪いところが一つもないどころか、気持ち悪いほどに「良い人」すぎる。
私の完璧な断罪計画は、開始わずか十分で、粉々に打ち砕かれた。
「(嘘でしょう……。このままじゃ、本当に王太子妃になっちゃうじゃないの!)」
私の自由への戦いは、今、始まったばかりだった。
公爵令嬢である私、ルト・フォン・アステリアは、鏡に映る自分を見つめて不敵に微笑んだ。
今日という日は、王立アカデミーの卒業パーティー。
そして、私の婚約者である第一王子、アラリック様が私に『婚約破棄』を突きつける記念すべき日のはずだ。
私はこの日のために、三年間たゆまぬ努力を続けてきた。
王太子妃という、肩の凝るような窮屈な未来なんて御免だ。
私は断罪され、国外追放なり平民落ちなりをして、自由気ままに生きていきたいのである。
そのために、私は「悪役令嬢」を徹底的に演じてきた。
「ルト様、本日のドレスも一段と……その、攻撃的でいらっしゃいますね」
侍女のアンナが、少し引きつった顔で私を見ている。
今日の私の装いは、深紅のドレスに派手な金の刺繍。
夜会の主役であるはずのヒロインを、真っ向から踏みつぶすような傲慢な美しさを意識した。
「ふふ、そうでしょう? これなら誰が見ても『性格の悪い女』に見えるはずだわ」
「はあ……。ルト様がそうおっしゃるなら、よろしいのですが」
私はアンナの心配をよそに、意気揚々と馬車に乗り込んだ。
会場となる王城の大広間は、すでに多くの学生や貴族たちで賑わっていた。
きらびやかなシャンデリア、流れる音楽。
そんな中、私は会場の中央へと歩を進める。
視線の先には、金髪をなびかせた絶世の美男子、アラリック王子。
そしてその隣には、控えめで愛らしい男爵令嬢、マリアさんの姿があった。
「(来たわね……! さあ、アラリック様。マリアさんの手を取って、私に『お前のような悪女との婚約は維持できない!』と叫びなさいな!)」
私は心の中でガッツポーズを作りながら、あえて傲慢な態度で二人に近づいた。
周囲の貴族たちが、何事かとこちらを注目するのがわかる。
「あら、アラリック様。そんな女と親しげになさって……公爵令嬢である私を蔑ろにするおつもりかしら?」
私は扇子で口元を隠し、高笑いの一つでも上げたい気分を抑えて、低く冷たい声を出した。
アラリック様が、私に気づいてこちらを振り向く。
その氷のような冷徹な瞳が私を射抜く……はずだった。
「……ルト? ああ、来てくれたのか。今日のドレスもよく似合っている。まるで燃え上がる情熱を形にしたようだ」
「えっ?」
予想外の褒め言葉に、私の喉が変な音を立てた。
違う。そうじゃない。
そこは「不吉な色だ!」とか「お前の心の醜さが表れている!」と罵倒する場面でしょう。
私は焦って、マリアさんの方をキッと睨みつけた。
「そこの男爵令嬢! あなた、身の程をわきまえなさい。王子の隣に立つのはこの私よ。あなたが裏でどれだけ卑しい手を使って殿下をたぶらかしているか、私はすべて知っているんだから!」
さあ、マリアさん。泣きなさい。
そしてアラリック様が「マリアをいじめるな!」と私を叱りつける……完璧なシナリオだ。
しかし、マリアさんの反応は私の想像を遥かに超えていた。
「……っ!!」
マリアさんは顔を真っ赤にし、瞳を潤ませて私を見つめている。
よし、泣くわね!? 今にも泣き出すわね!?
「……ルト様。なんて、なんてお優しい方なのでしょう……!」
「……はい?」
私は思わず、素の声で聞き返してしまった。
「私の……マリアのような、しがない男爵令嬢のことまで、そんなに真剣に気にかけてくださるなんて。しかも、『すべて知っている』とおっしゃいましたよね? 私が夜な夜なルト様の肖像画に向かって、ご挨拶をしていることまでバレていたなんて!」
「ちょっと待って、何の話?」
「ルト様は、私を励まそうとして、あえて厳しい言葉をかけてくださったのですね。もっと自分に自信を持て、と。殿下の隣に立つのに相応しい女性になれ、と……!」
マリアさんは両手を組み、キラキラとした瞳で私を拝み始めた。
背後では、アラリック様が深く頷いている。
「なるほど。ルト、君はマリア嬢の緊張を解くために、わざと憎まれ口を叩いてくれたのか。やはり君は、誰よりも思慮深く、慈愛に満ちた女性だ。私の自慢の婚約者だよ」
「……」
ちょっと待ちなさいよ。
今の会話のどこに、慈愛の要素があったというの。
私は混乱しつつも、まだ諦めなかった。
こうなったら、用意していた「証拠」を突きつけるしかない。
「お、お黙りなさい! アラリック様、とぼけても無駄ですわ。あなたが夜な夜なこの女と密会し、私の悪口を言い合っているという確かな証拠を、私は掴んでいるのですから!」
私は懐から、一通の封筒を取り出した。
中には、私が密偵(という名のお小遣いで雇った庭師)に書かせた、二人の密会の様子を記した偽のレポートが入っている。
「さあ、これを見なさい! これでもしらを切るつもり?」
私は勢いよく、アラリック様にその封筒を叩きつけた。
アラリック様は真剣な面持ちで封筒を受け取り、中の書類に目を通す。
その横顔は美しく、冷徹な王子の威厳に満ちていた。
周囲の貴族たちも息を呑む。
いよいよだ。いよいよ断罪の時が——。
「……これは。ルト、君は……」
アラリック様の手が、わずかに震えている。
怒りかしら? それとも、恥ずかしさ?
「君は、僕が……僕がどれほどマリア嬢に『君へのプレゼント』について相談していたか、その苦労を労ってくれるために、これを書き留めておいてくれたのかい?」
「……は?」
「ここに書いてある『殿下はひどくうなだれ、女の肩を抱いた』というのは……。そうか、君に贈る指輪の宝石が決まらず、僕がマリア嬢に泣きついた時のことだね。マリア嬢が僕の肩を叩いて励ましてくれたんだ。それを君は、ちゃんと見ていてくれたんだね」
アラリック様は、感極まったように私を抱き寄せようとしてきた。
私は反射的に一歩下がる。
「ち、ちが……! それは不倫の現場の記録で、」
「照れなくていい。マリア嬢、君が協力してくれたおかげで、ルトに僕の愛の深さが伝わったようだ。ありがとう」
「はい、アラリック殿下! ルト様に喜んでいただけて、私、もう死んでもいいくらい幸せです!」
マリアさんが、満面の笑みで私に拍手を送っている。
周囲の貴族たちからも、「おお……なんと素晴らしい愛」「公爵令嬢の深い懐に乾杯!」という称賛の声が上がった。
私は呆然と立ち尽くした。
おかしい。
この二人、悪いところが一つもないどころか、気持ち悪いほどに「良い人」すぎる。
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