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「……ああ、もう。本当に、一分たりとも気が休まらないわ」
私は、豪華絢爛な王宮のバルコニーに立ち、眼下に広がる王都の景色を眺めて溜息をついた。
あれから、数年。
私は今、この国の王妃として、国民から「歴史上最も慈悲深く、かつ合理的な聖女」と崇め奉られている。
……おかしいわね。私はただ、楽をして嫌われたかっただけなのに。
「王妃様。お疲れのようですね。こちら、隣国の特産品である『安眠を誘う最高級ハーブ』の香炉をご用意しましたわ」
背後から現れたのは、今や私の筆頭侍女であり、国家公認の「ルト様広報官」に就任したマリアさんだ。
彼女の手元には、相変わらずあの「観察聖典」が、今や分厚い百科事典のようなサイズになって握られている。
「ありがとう、マリアさん。……でも、私はただ『昼寝がしたいから公務をサボるわ』と言っただけなのよ。どうしてそれが『睡眠不足の国民への啓蒙活動』に変換されるのかしら?」
「ふふ、ルト様。王妃様が自ら『休み』を宣言することで、この国の過労死ラインが劇的に改善されたのですよ? 今や我が国は、世界一幸福な労働環境を誇る国として他国から視察が絶えませんわ!」
「……」
私は、もはや反論する力もなく、マリアさんが持ってきた香油の香りに包まれた。
そこへ、威風堂々とした足取りで、国王となったアラリック様がやってきた。
彼は数年前と変わらず、私を見るなり瞳をキラキラと輝かせ、跪いて私の手を取った。
「ルト。今日の公務もお疲れ様。君が先ほど『税金が余っているなら、全部私の庭に池を作るために使いなさい!』と叫んだ件だが……」
「(……来たわ! 今度こそ、今度こそ私の『横領まがいのわがまま』に呆れて、離縁を切り出してくれるのね!?)」
私は期待を込めて彼を見つめた。
しかし、アラリック様の口から出たのは、至高の賛辞だった。
「素晴らしいアイデアだ! 君が作らせたあの広大な池は、干ばつに備えた『緊急用貯水池』として機能するだけでなく、水辺の生態系を守る『自然保護区』として、学者たちから大絶賛されているよ。……ルト、君の先見の明には、いつも驚かされる」
「……ただ、泳ぎたかっただけなのよ」
「ははは! 君のその『遊びを実益に変える』ユーモアこそが、この国を救うんだ。……さあ、ルト。明日は何を壊そうか? あるいは何を浪費しようか? 君が望むなら、僕は国庫を空にしてでも、君の『教育的わがまま』に付き合うよ」
アラリック様が、私の腰を抱き寄せ、耳元で甘く囁いた。
その瞳には、一生逃がさないという、重すぎるほどの愛が満ち溢れている。
「……ねえ、殿下。私、本当に、本当に悪い女なのよ? 本当は、あなたを困らせて、自由になりたかっただけなのよ?」
「ああ、わかっているよ。君は自由だ。僕という愛の檻の中で、ね」
「(……ああ、やっぱりこの人、病気だわ)」
ふと空を見上げれば、そこには私の名前を冠した「ルルトン騎士団」の旗が、青空に誇らしげに翻っている。
街からは、私の「悪役令嬢芝居」をテーマにした劇の、楽しげな音楽が聞こえてくる。
嫌われようとして、国を富ませ。
わがままを言って、民を救い。
断罪を求めて、永遠の愛を手に入れた。
私の「悪役令嬢」としての人生は、どうやら世界一幸せな形で、大失敗に終わったらしい。
「(……まあ、いいわ。こうなったら、一生かけてこの『良い人だらけの国』を、さらに困らせてやるんだから!)」
私は、アラリック様の胸に顔を埋め、こっそりと不敵な笑みを浮かべた。
……といっても、周囲の目には、それが「最愛の夫に甘える、可憐な王妃」にしか見えていないことを、今の私はまだ知らない。
「ルト。愛しているよ。昨日よりも、そして明日よりも、今、この瞬間の君が一番美しい」
「……私も、嫌いじゃないわよ。……あんまり、調子に乗らないでちょうだいね」
私の「負け惜しみ」は、甘い口付けにかき消された。
前世の話なんていらない。
来世の約束も必要ない。
この、勘違いだらけで最高に愉快な「今」が続くなら、それも悪くないかもしれない——。
こうして、史上最高の「悪役令嬢」による、史上最高の治世は、末永く、そして騒がしく続いていくのであった。
私は、豪華絢爛な王宮のバルコニーに立ち、眼下に広がる王都の景色を眺めて溜息をついた。
あれから、数年。
私は今、この国の王妃として、国民から「歴史上最も慈悲深く、かつ合理的な聖女」と崇め奉られている。
……おかしいわね。私はただ、楽をして嫌われたかっただけなのに。
「王妃様。お疲れのようですね。こちら、隣国の特産品である『安眠を誘う最高級ハーブ』の香炉をご用意しましたわ」
背後から現れたのは、今や私の筆頭侍女であり、国家公認の「ルト様広報官」に就任したマリアさんだ。
彼女の手元には、相変わらずあの「観察聖典」が、今や分厚い百科事典のようなサイズになって握られている。
「ありがとう、マリアさん。……でも、私はただ『昼寝がしたいから公務をサボるわ』と言っただけなのよ。どうしてそれが『睡眠不足の国民への啓蒙活動』に変換されるのかしら?」
「ふふ、ルト様。王妃様が自ら『休み』を宣言することで、この国の過労死ラインが劇的に改善されたのですよ? 今や我が国は、世界一幸福な労働環境を誇る国として他国から視察が絶えませんわ!」
「……」
私は、もはや反論する力もなく、マリアさんが持ってきた香油の香りに包まれた。
そこへ、威風堂々とした足取りで、国王となったアラリック様がやってきた。
彼は数年前と変わらず、私を見るなり瞳をキラキラと輝かせ、跪いて私の手を取った。
「ルト。今日の公務もお疲れ様。君が先ほど『税金が余っているなら、全部私の庭に池を作るために使いなさい!』と叫んだ件だが……」
「(……来たわ! 今度こそ、今度こそ私の『横領まがいのわがまま』に呆れて、離縁を切り出してくれるのね!?)」
私は期待を込めて彼を見つめた。
しかし、アラリック様の口から出たのは、至高の賛辞だった。
「素晴らしいアイデアだ! 君が作らせたあの広大な池は、干ばつに備えた『緊急用貯水池』として機能するだけでなく、水辺の生態系を守る『自然保護区』として、学者たちから大絶賛されているよ。……ルト、君の先見の明には、いつも驚かされる」
「……ただ、泳ぎたかっただけなのよ」
「ははは! 君のその『遊びを実益に変える』ユーモアこそが、この国を救うんだ。……さあ、ルト。明日は何を壊そうか? あるいは何を浪費しようか? 君が望むなら、僕は国庫を空にしてでも、君の『教育的わがまま』に付き合うよ」
アラリック様が、私の腰を抱き寄せ、耳元で甘く囁いた。
その瞳には、一生逃がさないという、重すぎるほどの愛が満ち溢れている。
「……ねえ、殿下。私、本当に、本当に悪い女なのよ? 本当は、あなたを困らせて、自由になりたかっただけなのよ?」
「ああ、わかっているよ。君は自由だ。僕という愛の檻の中で、ね」
「(……ああ、やっぱりこの人、病気だわ)」
ふと空を見上げれば、そこには私の名前を冠した「ルルトン騎士団」の旗が、青空に誇らしげに翻っている。
街からは、私の「悪役令嬢芝居」をテーマにした劇の、楽しげな音楽が聞こえてくる。
嫌われようとして、国を富ませ。
わがままを言って、民を救い。
断罪を求めて、永遠の愛を手に入れた。
私の「悪役令嬢」としての人生は、どうやら世界一幸せな形で、大失敗に終わったらしい。
「(……まあ、いいわ。こうなったら、一生かけてこの『良い人だらけの国』を、さらに困らせてやるんだから!)」
私は、アラリック様の胸に顔を埋め、こっそりと不敵な笑みを浮かべた。
……といっても、周囲の目には、それが「最愛の夫に甘える、可憐な王妃」にしか見えていないことを、今の私はまだ知らない。
「ルト。愛しているよ。昨日よりも、そして明日よりも、今、この瞬間の君が一番美しい」
「……私も、嫌いじゃないわよ。……あんまり、調子に乗らないでちょうだいね」
私の「負け惜しみ」は、甘い口付けにかき消された。
前世の話なんていらない。
来世の約束も必要ない。
この、勘違いだらけで最高に愉快な「今」が続くなら、それも悪くないかもしれない——。
こうして、史上最高の「悪役令嬢」による、史上最高の治世は、末永く、そして騒がしく続いていくのであった。
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