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王都の城門前には、早朝から人だかりができていた。
かつての婚約者であるアルフレッド王子と、その隣にぴったりと寄り添うリリィ男爵令嬢が、私を見送る(嘲笑う)ためにわざわざ足を運んでくれたらしい。
「ふん、惨めなものだなミュー。公爵令嬢としての地位を失い、家を追われ、たった一台の馬車で凍てつく北の地へ消えていく。今からでも泣いて許しを乞うか?」
アルフレッド王子が、これ見よがしに豪華なマントを翻しながら言い放った。
「殿下、そんなに責めないであげてください。ミュー様だって、本当は寂しくて仕方がないはずですわ。わたくしたちが幸せになる一方で、お一人で死神の領地へ行かれるのですもの……」
リリィがわざとらしく目元をハンカチで拭いながら、勝ち誇った視線を私に向けてくる。
私はといえば、御者台の横で、荷物の最終チェックに忙しかった。
「あ、ちょっと待って! 一番奥のトランク、上下を逆にしないでちょうだい。そこに私の命より大事な『熟成味噌の壺』が入っているんだから!」
「お、お嬢様、そんなことより殿下がお話し中です!」
アンナが焦って私の袖を引くが、今の私にとって王子の言葉は、道端の石ころが転がる音より価値が低い。
ようやくチェックを終えた私は、ふうと汗を拭って王子たちの方を振り返った。
「お待たせいたしました。それで、何のお話でしたっけ? 泣いて許しを乞う? そんな暇があったら、今のうちに王都限定の『サクサク・ミートパイ』をもう一個買っておくべきでしたわ」
「貴様……! どこまでふざけた女だ! 北の地は地獄だと言ったはずだぞ! 満足な食事も、温かなベッドもない。お前のような贅沢三昧の女が耐えられるはずがない!」
王子の顔が怒りで赤くなる。
「贅沢? 心外ですわね。私はただ、自分の胃袋に誠実に生きてきただけです。それに殿下、ご存知ですか? 北の地には『幻の雪ウサギ』という、身が締まって最高に美味しい獲物がいるそうですわ。私は今から、それとの出会いに胸を躍らせているんです」
「雪ウサギを……食べるだと? あんなに可愛い生き物を……なんて野蛮な……!」
リリィが顔を引き攣らせて後ずさる。
「可愛いものは、美味しい。これ、美食の鉄則ですわよ、リリィ様。あなたも王妃になられたら、見た目だけのサラダばかり食べていないで、たまにはジビエでも召し上がったらいかが? 少しは血色が良くなって、その……なんだか安っぽい薄幸そうな顔もマシになるかもしれませんわ」
「安っぽ……っ!? な、なんですって!?」
リリィの顔から余裕が消え、般若のような表情が一瞬だけ漏れ出た。
「さあ、お喋りはこれくらいにしましょう。馬車の時間がもったいないわ」
私は軽やかな足取りで馬車に乗り込んだ。
「最後に、アルフレッド殿下。私を追放してくださって、心から感謝しております。おかげで、人生で一番ワクワクする旅に出られそうですわ」
「……後悔させてやる。必ず、泣きながら這いつくばって戻ってきたいと叫ばせてやるからな!」
「ええ、もし万が一そうなったら、お土産にカニの殻でも持ってきて差し上げますわね。では、ごきげんよう!」
私が馬車の窓から大きく手を振ると、御者が鞭を鳴らした。
馬車がゆっくりと動き出す。
「あ、そうだわ! 大事なことを言い忘れていました!」
私は窓から身を乗り出し、呆然と立ち尽くす二人に向かって叫んだ。
「殿下のその髪型、実は前から『トウモロコシのひげ』みたいで変だと思っていました! リリィ様、お疲れ様です!」
「な、な……っ!? トウモロコシ……!?」
王子の絶叫が遠ざかっていく。
私は馬車のシートに深く腰掛け、満足感たっぷりの溜息をついた。
「ふふ、言いたいことを全部言えたわ。アンナ、例のものは?」
「はい、お嬢様。出発直前に焼き上がった、特製のカツサンドです。まだ温かいですよ」
アンナが差し出した包みを開けると、肉厚なカツから香ばしいソースの匂いが立ち上った。
「最高ね。これから数週間、馬車に揺られるのは少し退屈だと思っていたけれど、これがあれば天国だわ」
私はカツサンドを大きく一口頬張った。
口の中に広がる肉の旨味と、パンの柔らかさ。
「……うん、美味しい。自由の味って、こんなにジューシーなのね」
窓の外では、王都の景色がどんどん小さくなっていく。
誰もが恐れる「北の最果て」。
けれど、私にとっては、まだ見ぬ食材たちが待つ宝島に他ならない。
「待っててね、カニ! ホタテ! そして……死神辺境伯!」
私はカツサンドを片手に、遠く連なる雪山の影を見つめた。
その瞳には、不安など微塵もなかった。
かつての婚約者であるアルフレッド王子と、その隣にぴったりと寄り添うリリィ男爵令嬢が、私を見送る(嘲笑う)ためにわざわざ足を運んでくれたらしい。
「ふん、惨めなものだなミュー。公爵令嬢としての地位を失い、家を追われ、たった一台の馬車で凍てつく北の地へ消えていく。今からでも泣いて許しを乞うか?」
アルフレッド王子が、これ見よがしに豪華なマントを翻しながら言い放った。
「殿下、そんなに責めないであげてください。ミュー様だって、本当は寂しくて仕方がないはずですわ。わたくしたちが幸せになる一方で、お一人で死神の領地へ行かれるのですもの……」
リリィがわざとらしく目元をハンカチで拭いながら、勝ち誇った視線を私に向けてくる。
私はといえば、御者台の横で、荷物の最終チェックに忙しかった。
「あ、ちょっと待って! 一番奥のトランク、上下を逆にしないでちょうだい。そこに私の命より大事な『熟成味噌の壺』が入っているんだから!」
「お、お嬢様、そんなことより殿下がお話し中です!」
アンナが焦って私の袖を引くが、今の私にとって王子の言葉は、道端の石ころが転がる音より価値が低い。
ようやくチェックを終えた私は、ふうと汗を拭って王子たちの方を振り返った。
「お待たせいたしました。それで、何のお話でしたっけ? 泣いて許しを乞う? そんな暇があったら、今のうちに王都限定の『サクサク・ミートパイ』をもう一個買っておくべきでしたわ」
「貴様……! どこまでふざけた女だ! 北の地は地獄だと言ったはずだぞ! 満足な食事も、温かなベッドもない。お前のような贅沢三昧の女が耐えられるはずがない!」
王子の顔が怒りで赤くなる。
「贅沢? 心外ですわね。私はただ、自分の胃袋に誠実に生きてきただけです。それに殿下、ご存知ですか? 北の地には『幻の雪ウサギ』という、身が締まって最高に美味しい獲物がいるそうですわ。私は今から、それとの出会いに胸を躍らせているんです」
「雪ウサギを……食べるだと? あんなに可愛い生き物を……なんて野蛮な……!」
リリィが顔を引き攣らせて後ずさる。
「可愛いものは、美味しい。これ、美食の鉄則ですわよ、リリィ様。あなたも王妃になられたら、見た目だけのサラダばかり食べていないで、たまにはジビエでも召し上がったらいかが? 少しは血色が良くなって、その……なんだか安っぽい薄幸そうな顔もマシになるかもしれませんわ」
「安っぽ……っ!? な、なんですって!?」
リリィの顔から余裕が消え、般若のような表情が一瞬だけ漏れ出た。
「さあ、お喋りはこれくらいにしましょう。馬車の時間がもったいないわ」
私は軽やかな足取りで馬車に乗り込んだ。
「最後に、アルフレッド殿下。私を追放してくださって、心から感謝しております。おかげで、人生で一番ワクワクする旅に出られそうですわ」
「……後悔させてやる。必ず、泣きながら這いつくばって戻ってきたいと叫ばせてやるからな!」
「ええ、もし万が一そうなったら、お土産にカニの殻でも持ってきて差し上げますわね。では、ごきげんよう!」
私が馬車の窓から大きく手を振ると、御者が鞭を鳴らした。
馬車がゆっくりと動き出す。
「あ、そうだわ! 大事なことを言い忘れていました!」
私は窓から身を乗り出し、呆然と立ち尽くす二人に向かって叫んだ。
「殿下のその髪型、実は前から『トウモロコシのひげ』みたいで変だと思っていました! リリィ様、お疲れ様です!」
「な、な……っ!? トウモロコシ……!?」
王子の絶叫が遠ざかっていく。
私は馬車のシートに深く腰掛け、満足感たっぷりの溜息をついた。
「ふふ、言いたいことを全部言えたわ。アンナ、例のものは?」
「はい、お嬢様。出発直前に焼き上がった、特製のカツサンドです。まだ温かいですよ」
アンナが差し出した包みを開けると、肉厚なカツから香ばしいソースの匂いが立ち上った。
「最高ね。これから数週間、馬車に揺られるのは少し退屈だと思っていたけれど、これがあれば天国だわ」
私はカツサンドを大きく一口頬張った。
口の中に広がる肉の旨味と、パンの柔らかさ。
「……うん、美味しい。自由の味って、こんなにジューシーなのね」
窓の外では、王都の景色がどんどん小さくなっていく。
誰もが恐れる「北の最果て」。
けれど、私にとっては、まだ見ぬ食材たちが待つ宝島に他ならない。
「待っててね、カニ! ホタテ! そして……死神辺境伯!」
私はカツサンドを片手に、遠く連なる雪山の影を見つめた。
その瞳には、不安など微塵もなかった。
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