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王都を飛び出す一週間前、公爵家の私の部屋は、まるで戦場のような騒ぎになっていた。
「お嬢様! そのドレスまで売ってしまうのですか!? それは先月の夜会のために新調した、最高級のシルクですよ!」
アンナが悲鳴を上げる中、私はクローゼットから次々と豪華な衣装を引っ張り出し、床に積み上げていく。
「アンナ、よく考えてちょうだい。北の最果てに、こんな肩の出た薄っぺらな布切れを持って行ってどうするの? カニを食べる時に袖が邪魔になるだけじゃない」
「カニ基準で人生を決めないでください! 公爵令嬢としての誇りはどこへ行ったのですか!」
「誇りでお腹は膨らまないわ。それより、このドレスを全部売れば、かなりの軍資金になるはずよ。商人を呼んでちょうだい。二束三文じゃなくて、きっちり時価で売り抜ける凄腕のやつをね」
私は手際よく、宝石が散りばめられたティアラや、王子から贈られた(趣味の悪い)ネックレスを仕分けしていった。
これらはすべて、私の「自由」と「食費」に化けるのだ。そう思うと、未練など微塵も湧いてこない。
数時間後、やってきた商人は私の提示した金額と、その圧倒的な威圧感(という名の食への執着)に冷や汗を流しながら、すべての品を買い取っていった。
手元に残ったのは、ずっしりと重い金貨の袋。
「よし。これで第一段階は完了ね。次は買い出しよ! アンナ、行くわよ!」
私は動きやすい平民用の服に着替えると、王都で一番大きな市場へと繰り出した。
宝石店やブティックには目もくれず、私が向かったのは「冒険者御用達の道具屋」と「多国籍スパイス専門店」だった。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん、こんな店に何の用だい?」
店主が訝しげに尋ねる。
「一番丈夫な魔導コンロを二つ。それから、雪の上でも火が消えない特製の着火具。あと、獲物を一瞬で解体できる鋭いナイフと、それを研ぐための砥石をちょうだい」
「……あんた、本当に公爵令嬢か?」
「ええ、元ですけどね。これからはサバイバル美食家として生きていく予定なの」
私は金貨をテーブルに叩きつけ、最高級の道具を揃えさせた。
さらにスパイス店では、王都でも手に入りにくい「南国の激辛ペッパー」や「東方の秘伝醤油」を樽ごと買い占めた。
北の地は食材は豊富だが、味付けが単調になりがちだと聞く。それを補うための、私なりの「武装」である。
屋敷に戻ると、父様が廊下で呆然と立ち尽くしていた。
庭には、私が注文した巨大な木箱が山積みにされている。
「ミュー……お前、それは一体何なんだ? 追放される者の荷物量ではないぞ。まるで遠征に行く騎士団のようだ」
「お父様、これは追放ではありません。新天地への『引っ越し』ですわ。あ、この箱には触らないでくださいね。中には最新式の『氷結魔法冷蔵庫』が入っているんですから」
「冷蔵庫だと? そんな高価な魔導具を……」
「北の地で、獲れたての食材を最高の状態で保存するために欠かせないんです。それからお父様、最後のお願いがあります」
私は真剣な表情で父様を見つめた。
「なんだ……? やはり王都に残りたいと……」
「いえ、公爵家が所有している『北方の珍味に関する古文書』を全部貸してください。あと、領地経営に関する資料も。特に、農業と畜産の失敗例が載っているやつを重点的に」
父様は、私のあまりのやる気に毒気を抜かれたのか、力なく笑った。
「……わかった。好きなだけ持って行くがいい。お前なら、死神の領地を豊かな農園に変えてしまいそうだな」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」
こうして、私は一週間という短い期間で、完璧な「追放準備」を整えた。
それは、王子たちが想像するような絶望の準備ではなく、新しい世界を味わい尽くすための、貪欲な仕掛けの数々。
誰もが私を「哀れな悪役令嬢」として見送る中、私のトランクには、未来へのスパイスがぎっしりと詰まっていた。
「さあ、いよいよ明日ね。アンナ、寝坊しないでちょうだい。出発前に、王都で一番人気のパン屋でクロワッサンを買い占めるんだから!」
「はいはい、お嬢様。どこまでもついていきますよ……」
アンナの呆れ顔を見ながら、私は満足げに自室のベッドに飛び込んだ。
明日から始まるのは、誰にも邪魔されない、私だけの美味しい物語。
その序章は、すでに完璧に書き上げられていた。
「お嬢様! そのドレスまで売ってしまうのですか!? それは先月の夜会のために新調した、最高級のシルクですよ!」
アンナが悲鳴を上げる中、私はクローゼットから次々と豪華な衣装を引っ張り出し、床に積み上げていく。
「アンナ、よく考えてちょうだい。北の最果てに、こんな肩の出た薄っぺらな布切れを持って行ってどうするの? カニを食べる時に袖が邪魔になるだけじゃない」
「カニ基準で人生を決めないでください! 公爵令嬢としての誇りはどこへ行ったのですか!」
「誇りでお腹は膨らまないわ。それより、このドレスを全部売れば、かなりの軍資金になるはずよ。商人を呼んでちょうだい。二束三文じゃなくて、きっちり時価で売り抜ける凄腕のやつをね」
私は手際よく、宝石が散りばめられたティアラや、王子から贈られた(趣味の悪い)ネックレスを仕分けしていった。
これらはすべて、私の「自由」と「食費」に化けるのだ。そう思うと、未練など微塵も湧いてこない。
数時間後、やってきた商人は私の提示した金額と、その圧倒的な威圧感(という名の食への執着)に冷や汗を流しながら、すべての品を買い取っていった。
手元に残ったのは、ずっしりと重い金貨の袋。
「よし。これで第一段階は完了ね。次は買い出しよ! アンナ、行くわよ!」
私は動きやすい平民用の服に着替えると、王都で一番大きな市場へと繰り出した。
宝石店やブティックには目もくれず、私が向かったのは「冒険者御用達の道具屋」と「多国籍スパイス専門店」だった。
「いらっしゃい。お嬢ちゃん、こんな店に何の用だい?」
店主が訝しげに尋ねる。
「一番丈夫な魔導コンロを二つ。それから、雪の上でも火が消えない特製の着火具。あと、獲物を一瞬で解体できる鋭いナイフと、それを研ぐための砥石をちょうだい」
「……あんた、本当に公爵令嬢か?」
「ええ、元ですけどね。これからはサバイバル美食家として生きていく予定なの」
私は金貨をテーブルに叩きつけ、最高級の道具を揃えさせた。
さらにスパイス店では、王都でも手に入りにくい「南国の激辛ペッパー」や「東方の秘伝醤油」を樽ごと買い占めた。
北の地は食材は豊富だが、味付けが単調になりがちだと聞く。それを補うための、私なりの「武装」である。
屋敷に戻ると、父様が廊下で呆然と立ち尽くしていた。
庭には、私が注文した巨大な木箱が山積みにされている。
「ミュー……お前、それは一体何なんだ? 追放される者の荷物量ではないぞ。まるで遠征に行く騎士団のようだ」
「お父様、これは追放ではありません。新天地への『引っ越し』ですわ。あ、この箱には触らないでくださいね。中には最新式の『氷結魔法冷蔵庫』が入っているんですから」
「冷蔵庫だと? そんな高価な魔導具を……」
「北の地で、獲れたての食材を最高の状態で保存するために欠かせないんです。それからお父様、最後のお願いがあります」
私は真剣な表情で父様を見つめた。
「なんだ……? やはり王都に残りたいと……」
「いえ、公爵家が所有している『北方の珍味に関する古文書』を全部貸してください。あと、領地経営に関する資料も。特に、農業と畜産の失敗例が載っているやつを重点的に」
父様は、私のあまりのやる気に毒気を抜かれたのか、力なく笑った。
「……わかった。好きなだけ持って行くがいい。お前なら、死神の領地を豊かな農園に変えてしまいそうだな」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ」
こうして、私は一週間という短い期間で、完璧な「追放準備」を整えた。
それは、王子たちが想像するような絶望の準備ではなく、新しい世界を味わい尽くすための、貪欲な仕掛けの数々。
誰もが私を「哀れな悪役令嬢」として見送る中、私のトランクには、未来へのスパイスがぎっしりと詰まっていた。
「さあ、いよいよ明日ね。アンナ、寝坊しないでちょうだい。出発前に、王都で一番人気のパン屋でクロワッサンを買い占めるんだから!」
「はいはい、お嬢様。どこまでもついていきますよ……」
アンナの呆れ顔を見ながら、私は満足げに自室のベッドに飛び込んだ。
明日から始まるのは、誰にも邪魔されない、私だけの美味しい物語。
その序章は、すでに完璧に書き上げられていた。
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