断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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馬車の車輪が、それまでの乾いた音から、ザシュッ、ザシュッという湿った音に変わった。


窓の外を覗けば、そこは見渡す限りの銀世界。


王都では見たこともないような厚い雲が空を覆い、時折、大粒の雪が風に舞っている。


「お、お嬢様……。見てください、あの地獄のような景色を。空気が痛いです。鼻から吸った空気が肺の中で凍りそうですわ……」


アンナが毛布を何枚も被り、ガタガタと震えながら窓の外を指差した。


確かに、普通の令嬢なら絶望して泣き出すような光景だろう。


だが、私の目には全く別の景色が映っていた。


「地獄? 何言ってるのよアンナ、よく見てちょうだい。あそこにあるのは、見渡す限りの『天然の超巨大冷蔵庫』じゃない!」


私は窓を全開にし、凍てつく風を全身に浴びて叫んだ。


「お嬢様! 窓を閉めてください! 冷蔵庫どころか、私たちが冷凍食品になってしまいます!」


「いいのよ! 見て、あそこの湖! 分厚い氷が張っているわ。あの中に穴を開ければ、凍えるような冷水で締まった、最高に脂の乗った川魚が釣れるはずよ!」


私は興奮のあまり、馬車の窓から身を乗り出した。


道の脇には、巨大なツララがいくつも垂れ下がっている。


「あのツララ……。削ってシロップをかければ、極上のカキ氷になるわね。王都の氷室から運ばれた、あの泥臭い氷とは純度が違うわ!」


「お嬢様、こんな極寒の中でカキ氷を食べる人は、世界中探してもあなただけです」


アンナの冷ややかな視線も、今の私には心地よい。


馬車がさらに進むと、小さな集落が見えてきた。


道端では、毛皮を纏った屈強な男たちが、仕留めたばかりの大きな鹿を解体している。


「ちょっと待って、御者さん! ストップ! あそこで車を止めて!」


「えっ!? お、お嬢様、こんなところで何をするつもりですか?」


馬車が止まるやいなや、私はドレスの裾をまくり上げて外へ飛び出した。


「そこのお兄さん! その鹿、今捌きたて!? ロースの部分、私に売ってちょうだい!」


鹿を解体していた男たちは、豪華な馬車から飛び出してきた派手な女に、呆然と口を開けた。


「……あんた、誰だ? ここは王都のお嬢様が来るような場所じゃねえぞ」


「私は今日からこの領地に住むことになったミューよ。それより、その鹿! 脂の乗り方が最高じゃない。王都の市場でもなかなかお目にかかれない逸品だわ!」


私は財布から金貨を一枚取り出し、男の手に押し付けた。


「これで足りるかしら? あ、内臓も綺麗なら頂戴ね。煮込みにすると絶品なんだから」


「……金貨!? おい、これ一枚でありったけの肉を譲ってもお釣りが来るぞ」


「いいのよ、ご祝儀よ! これからよろしくね!」


私はホクホク顔で、血抜きされたばかりの新鮮な鹿肉の塊を抱えて馬車に戻った。


「お嬢様……。その……ドレスが血で汚れていますが……」


「そんなの、洗えば済む話よ。見てアンナ! この肉質! この寒さのおかげで、菌の繁殖も抑えられているわ。まさに北の地は、美食家のための聖域だわ!」


私は馬車の中で、さっそく肉を魔法の冷蔵トランクへ放り込んだ。


さらに進むと、今度は海岸線に出た。


荒れ狂う冬の海。だが、そこには宝の山が打ち寄せられていた。


「カニだわ……。岩場に、あんなに大きなカニがへばりついているわ!」


「……お嬢様、あれはタラバガニの親戚のような魔物ですよ。下手に近づくとハサミで指を切り落とされます」


「いいわ、私がハサミを切り落として、網で焼いてやるわ!」


私はもはや、自分が追放された「悪役令嬢」であることを完全に忘れていた。


殿下に罵られた屈辱? リリィに陥れられた恨み?


そんなものは、目の前の新鮮な海の幸と山の幸に比べれば、微塵の価値もない。


「アンナ、これよ。これが私の求めていた世界よ」


「……お嬢様が幸せそうで何よりですが、私はこの先、自分が料理の助手として一生を終える予感がしてきました」


「あら、光栄に思いなさい。世界一の美食家の右腕になれるんだから」


私は再び座席に深く座り、遠くに見える巨大な黒い城を見つめた。


あれが「死神」ヴォルグ辺境伯の居城。


「さて、死神様。あなたの胃袋は、一体どんなご馳走を欲しているのかしら?」


私は不敵な笑みを浮かべ、北の地の冷たくて美味しい空気を、たっぷりと吸い込んだ。


ここは地獄なんかじゃない。


私にとっては、これから開拓する最高のフルコースの、まだ前菜に過ぎないのだ。
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