断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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城の長い回廊を、私は鼻歌混じりに歩いていた。


アンナは長旅の疲れで早々に寝かせてしまったけれど、私はまだ興奮で目が冴えている。


「さて、まずは主であるヴォルグ様に、私の『覚悟』を伝えておかないとね」


私は突き当たりにある、一際大きな黒い扉の前に立った。


ヴォルグ辺境伯の執務室だ。


コンコン、とノックをすると、中から「……入れ」という低い声が響いた。


失礼します、と扉を開けると、そこには暖炉の火に照らされたヴォルグ様が、山のような書類と格闘していた。


「何の用だ。食事ならさっき出したはずだが」


ヴォルグ様は顔も上げずにペンを走らせている。


「ヴォルグ様。改めて、今後の私の扱いについて相談に参りました」


「扱い? 言ったはずだ。死なない程度の衣食住は提供する。それ以上の贅沢を望むなら、今すぐ王都へ歩いて帰れ」


「いえ、贅沢なんて滅相もありません。私は『追放者』。つまり、この城では一番身分の低い、使い潰されるべき存在だと思っておりますわ」


ペンが止まった。ヴォルグ様がゆっくりと顔を上げ、私を凝視する。


「……使い潰される? 何を言い出すかと思えば」


「ですから、ヴォルグ様。私のことは、あなたの好きにしてくださって構いませんの。特に、物理的な意味で」


「…………は?」


ヴォルグ様のペンが、指先から滑り落ちて机の上を転がった。


「私は王都では『何もしない贅沢な悪役令嬢』だと思われていましたが、実は体力には自信がありますの。重いものを持つのも、夜通しの作業も、あなたの命令なら何でもこなしてみせますわ。さあ、遠慮なく私のこの『体』を使ってくださいな!」


私はぐっと拳を握り、自分の二の腕を叩いて見せた。


「……っ! き、貴様! 何を、何を破廉恥なことを……!」


ヴォルグ様がガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


その顔は、暖炉の火のせいだけではない、猛烈な赤さに染まっている。


「破廉恥? どこがです? 私は労働の意思を示しているだけですわ。この北の地で生き残るためには、若くて丈夫な労働力が不可欠でしょう?」


「労働……力?」


「ええ。例えば、雪かき! 魔物の解体! それから、地下室の巨大な樽を運ぶことだって、コツを掴めば私一人でやれるはずですわ。私のこの腕力と脚力、好きにしていいですよと言っているんです」


「…………」


ヴォルグ様は、深いため息をつくと、顔を覆って再び椅子に深く沈み込んだ。


「……おい。言い方を、もう少し考えろ。この地の男は、実直なやつが多いんだ。そんな……『好きにしろ』だの『体を使え』だのと……」


「あら、ヴォルグ様、意外と純情でいらっしゃるのね? もしかして、変な勘違いをなさいました?」


私はクスクスと笑いながら、彼の机に歩み寄った。


「……うるさい。勘違いなどしていない。ただ、貴様があまりに無防備すぎるから注意しただけだ」


「無防備? 私ほど武装した女はいませんわよ。見てください、このドレス。内ポケットには既に、先ほど手に入れた鹿肉用の解体ナイフを忍ばせてありますもの」


「……それ、今すぐ執務室から持ち出せ。暗殺者の自白か何かか」


ヴォルグ様は呆れたように首を振ったが、その瞳からは先ほどの鋭い殺気が消えていた。


「とにかく! 私のことは遠慮なく酷使してくださいな。その代わり、城のキッチンと貯蔵庫の使用権、それから食材の調達に関する全権を私にください」


「……それが狙いか。食い意地の張った女だとは思っていたが、まさか辺境伯に労働を担保に交渉してくるとはな」


「交渉は対等な条件で行うのが、美食家のマナーですわ」


「わかった、好きにしろ。ただし、領民を困らせるようなことだけはするな」


「御意! では、さっそく明日の早朝から、地下の貯蔵庫を『好きに』させていただきますわね。おやすみなさい、ヴォルグ様!」


私は満足のいく返事をもらうと、足取り軽く部屋を後にした。


閉まった扉の向こうで、ヴォルグ様が「……心臓に悪い女だ」と呟くのが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


「ふふ、これでキッチンは私の帝国よ! まずはあの埃だらけの棚を掃除して、特製のスパイスを並べることから始めましょう!」


私の頭の中は、明日の朝食の献立でいっぱいだった。


純情な死神様の胃袋を、最初の一皿で射抜いてみせるわ!
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