断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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昨夜の湖での出来事を思い出すたびに、私は身震いがするほど感動していた。


「……終身雇用。なんて素晴らしい響きかしら」


私は朝日を浴びながら、城の広大な執務室……ではなく、今や私の完全な領地となった調理場の真ん中で、拳を握りしめた。


「お嬢様、朝から何を一人でニヤついているんですか? 気味が悪いですよ」


アンナが眠そうな目を擦りながら、パンを切り分けている。


「アンナ、失礼ね。私は今、ヴォルグ様から頂いた『最高の信頼』に応えるべく、新プロジェクトの構想を練っているのよ」


「新プロジェクト? また何か掘り当てるんですか?」


「いいえ、今度は『城内改革』よ! ヴォルグ様は私に『ずっと側にいてほしい』と仰った。これはつまり、私がこの城の福利厚生と資産管理を一手に担うべきだというメッセージに他ならないわ!」


「……。その解釈、ヴォルグ様に確認しました?」


「野暮なことを聞かないで。さあ、行くわよ!」


私は特製の「改革案(という名の献立表と予算書)」を抱え、ヴォルグ様の執務室へと突撃した。


バターン! と扉を開けると、ヴォルグ様は徹夜明けのような疲れた顔で机に突っ伏していた。


「ヴォルグ様! 終身雇用のご期待に応え、さっそく『第一回・辺境伯領ハッピー化計画』を持ってまいりましたわ!」


「……。ミューか。朝から、その殺人的な元気の良さはどこから湧いてくるんだ」


ヴォルグ様が力なく顔を上げる。昨夜の告白(不発)のショックがまだ尾を引いているようだ。


「元気の源は、昨夜獲ったワカサギの天ぷらですわ! それより見てください。まずは騎士たちの『食事休憩の義務化』と、深夜残業代としての『特製夜食パック』の支給を提案します!」


「……夜食パック?」


「そうです。お腹が空いた状態で門番をしても、集中力が切れて魔物を見逃します。そこで、私の作った特製おにぎりと、温かいスープを常備するのです。これで騎士たちの忠誠心は三割増し、魔物の侵入率は五割減ですわ!」


「……。確かに、腹が減っていると士気は下がるが」


「さらに! ヴォルグ様、あなたの仕事の効率も上げますわよ。この部屋、書類が多すぎます。これを『即食(すぐやる)』『熟成(あとで)』『破棄(いらない)』の三つのカゴに分けましょう。整理整頓は調理の基本ですもの!」


私は手際よく、ヴォルグ様の机の上の書類を「食材を捌くように」仕分けし始めた。


「待て、それは重要な軍事機密……あ、いや、それは確かに『破棄』でいいやつだが……」


「ほら、見てください。机が広くなりましたわ! ここに、私が淹れたハーブティーを置くスペースができました」


ヴォルグ様は、広くなった机と、生き生きと動き回る私を交互に見て、ふっと肩の力を抜いた。


「……貴様は本当に、俺が望むのとは別の方向で、有能すぎるな」


「あら、お褒めに預かり光栄ですわ! これからもあなたの『右腕』として、バリバリ働かせていただきますからね。あ、ついでに言うと、ヴォルグ様の右腕になるためには、もう少しヴォルグ様の筋肉を解す必要がありますわ」


「解す……?」


「肩こりですわよ! こんなに大きな体で縮こまって書類を書いていたら、血行が悪くなって美味しいアイディアも浮かびません。さあ、そこへ立ってください!」


私はヴォルグ様の背後に回り、その鋼のような肩に手をかけた。


「おい、貴様、何を……っ!? ぐおっ!?」


私が全力でツボを押し込むと、死神と恐れられる男が、聞いたこともないような奇声を上げた。


「いい悲鳴ですわ! 老廃物が流れている証拠です!」


「ミュー……! 貴様、これは拷問……いや、だが……不思議と、軽くなるな」


「でしょう? 心身ともに健康であってこその終身雇用です。私はあなたの『健康管理責任者』も兼任しますから、覚悟しておいてくださいね!」


私は意気揚々とマッサージを続け、ヴォルグ様は痛みに耐えながらも、どこか諦めたような、それでいて心地よさそうな表情で身を委ねていた。


ヴォルグ様が求めていた「愛の言葉」は一言も出てこなかったけれど。


城の中には、確実に新しい「活気」と「おにぎりの匂い」が広がり始めていた。


「……。ミュー。一つだけ聞いていいか」


「なんです? ヴォルグ様」


「……。俺は、貴様の『主人』なのか? それとも『管理対象』なのか?」


「何言ってるんですか。あなたは私の、最高に大事な『スポンサー』ですわ!」


「…………。そうか。スポンサーか」


ヴォルグ様は遠い目をしながら、再び山積みの書類に手を伸ばした。


二人の心の距離が、ある意味で「最強のパートナー」として固まりつつあることに、私はこの上ない満足感を覚えていた。
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