断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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温泉の湯気が城の裏手に立ち上り、私の「北国パラダイス」が完成に近づいていたある日のこと。


城の正門に、これまた場違いなほど着飾った、しかし寒さで鼻水を垂らした一団が現れた。


「……お、お、お嬢様! 大変ですわ! 王宮からの使いが……アルフレッド殿下の直使が到着しました!」


アンナが震えながら厨房に飛び込んできた。


私はちょうど、北の地で採れた大ぶりのニシンを、特製の燻製器(魔導コンロ改造版)から取り出しているところだった。


「王宮からの使い? ……ああ、あの『トウモロコシのひげ』の? 今さら何の用かしら。ニシンの燻製のお裾分けでも欲しいのかしら?」


「そんなわけないでしょう! なんだかすごく偉そうな顔をして、応接間に居座っていますよ!」


私は「せっかくのニシンが冷めるわね」と不満を漏らしつつ、エプロンを外して応接間へと向かった。


そこには、王都の流行りらしいヒラヒラの衣装を着た、青白い顔の役人が椅子に踏んぞり返っていた。


「……遅いぞ、ミュー・ド・ラ・パン! 王宮からの特使である私を、これほど待たせるとは!」


特使は私を見るなり、持っていた杖を床に叩きつけた。


「あら、ごめんなさい。燻製がいい具合だったものですから。それで、何の用? 納税ならヴォルグ様に言ってちょうだい。私は今、お魚の管理で忙しいの」


「無礼な! 殿下からの慈悲深いお言葉を伝えに来てやったのだ。……ゴホン。いいか、拝聴せよ」


特使は仰々しく巻物を広げ、朗々と読み上げ始めた。


「『ミュー・ド・ラ・パンよ。貴様の追放生活も数ヶ月が経った。その凍える地で、自らの罪を十分に反省したことだろう。殿下は広い御心をもって、貴様の帰還を許可される。今すぐ荷物をまとめ、王都へ戻り、以前のように予算管理と内政の補助に励むが良い』……だとさ。感謝しろよ!」


私は耳を疑った。


「……え? 今、なんて言ったの? もう一度言ってくれる?」


「だから、戻ってきてもいいと言っているんだ! リリィ様が予算を使いすぎて……あ、いや、殿下が貴様の有能さを惜しんでおられるのだ!」


私は数秒間、特使の顔をじっと見つめ、それからアンナの方を向いた。


「アンナ。この人、寒さで頭がやられちゃったみたい。すぐに温かいスープと、お医者様を呼んであげて」


「貴様ぁ! 正気か! 王都へ戻れるのだぞ! あの煌びやかな夜会と、暖かい気候の王都に!」


私は深く溜息をつき、特使の目の前まで歩み寄った。


「特使さん、よく聞いて。私、今の生活が人生で一番最高なの。王都に戻って、またあのナルシストの小言を聞きながら、他人の使い込みの尻拭いをするなんて、どんな罰ゲームよ?」


「な、な……っ!?」


「ここにはね、新鮮な空気と、最高の食材と、私の料理を美味しそうに食べてくれる……ちょっと顔が怖いけど純情な辺境伯様がいるの。トウモロコシのひげに用はないわ」


「殿下をトウモロコシ呼ばわりだと!? 反逆罪だぞ!」


特使が激昂して立ち上がったその時。


ドォンッ!!


背後の扉が豪快に開き、凄まじい威圧感と共にヴォルグ様が姿を現した。


「……騒がしいな。俺の城で、俺の『管理責任者』に吠えているのはどこのどいつだ?」


ヴォルグ様の眼光が、特使の心臓を射抜く。


特使は「ひっ……!」という短い悲鳴を上げ、その場で腰を抜かした。


「死……死神辺境伯……! い、いや、これは殿下からの正式な命で……!」


「殿下だろうが国王だろうが関係ない。ミューは俺が、終身雇用で雇ったのだ。勝手に連れ戻そうとするなら、この北の地の魔物の餌にするぞ」


ヴォルグ様は私の肩に、ぽん、と大きな手を置いた。


(……あら。ヴォルグ様、今の『終身雇用』って言葉、すごく格好良かったわ!)


「聞こえた? 特使さん。私は一歩もここを動かないわ。殿下にはこう伝えてちょうだい。『私は今、温泉を掘ってカニを食べて忙しいので、復縁も帰還もお断りです。せいぜいリリィ様と仲良く、赤字経営を楽しんでください』ってね」


「そ、そんなことを伝えたら、私の首が飛ぶ!」


「じゃあ、首の代わりにこれをあげるわ」


私は懐から、先ほど焼き上がったばかりのニシンの燻製を一匹、特使の口に突っ込んだ。


「……んぐっ!? ……もぐ……えっ……旨い!?」


「美味しいでしょう? それを食べて、しっかり力をつけて王都まで歩いて帰りなさい。あ、そのお魚の代金は、王子のツケにしておくわね!」


私は特使の背中を押し、アンナと一緒に彼らを玄関の外へと放り出した。


「二度と来ないでねー! 次に来る時は、もっといいお土産を持ってきなさいよー!」


雪の中に転がった特使の一団が、這う這うの体で逃げ出していくのを見送り、私は満足げに腰に手を当てた。


「ふう、スッキリしたわ。……ねえ、ヴォルグ様。今の断り方、合格点かしら?」


ヴォルグ様は困ったように眉を下げつつも、どこか嬉しそうに私の頭を大きな手で撫でた。


「……ああ。だがミュー。貴様、本当にいいのか? あいつがまた、軍でも差し向けてきたら……」


「その時は、ヴォルグ様。城の周りの落とし穴に、激辛スパイスをたっぷり仕込んでやりましょう! 目と鼻から涙を流して、戦うどころじゃなくなりますわ!」


「……。やはり、貴様がこの領地で一番恐ろしいわ」


私たちは顔を見合わせ、凍てつく空気を溶かすような明るい笑い声を上げた。


王都の使者が持ってきたのは、絶望の再招待状ではなく、私たちの絆をさらに深めるための、最高のエッセンスに過ぎなかった。
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