断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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「……決めたわ。アンナ、ヴォルグ様。この領地を、世界一の『美食と癒やしのブランド』にするわよ!」


朝食のニシン茶漬けを完食した瞬間、私は力強くテーブルを叩いた。


「お嬢様、また唐突ですね。今度は何を企んでいるんですか?」


アンナが手慣れた動作で湯呑みを片付けながら尋ねる。


「企むだなんて人聞きが悪いわ。私はこの領地の未来を憂いているのよ。王都のトウモロコシ……じゃなくて王子に、二度と『戻してやる』なんて不遜な口を叩かせないためにも、圧倒的な経済力が必要なの!」


「経済力……。確かに、この地は資源は豊富だが、現金化する手段に乏しいのは事実だ」


ヴォルグ様が、難しそうな顔で腕を組んだ。


「でしょう? だからこそ、ブランド化よ! まずはこれを見てちょうだい!」


私は自室から持ち出してきた一足の『室内履き』をテーブルに置いた。


それは、北の地に生息するモコモコした小動物の毛皮をふんだんに使い、内側には温石(魔法で熱を蓄える石)の粉末を練り込んだ布を敷いたものだ。


「これ、私がアンナに頼んで試作してもらった『極暖・毛皮のルームシューズ』よ!」


「……ただの靴ではないか。これがどう経済に関わるんだ?」


ヴォルグ様が不思議そうに靴をつついた。


「甘いわ、ヴォルグ様! 王都の冬は中途半端に寒いくせに、石造りの屋敷は足元から冷えるの。着飾った令嬢たちが一番求めているのは、ドレスに隠れてこっそり履ける、最高に暖かくて可愛いルームシューズなのよ!」


「なるほど……。王都の需要を突くわけか。だが、これだけでは『美食』とは関係ないだろう?」


「ふふ、本番はこれからよ。このシューズの宣伝文句はこう。――『北の美食家ミューが、美味しいカニを待つ間に愛用している一足』。これに、昨日開発した『ニシンのオイル漬け缶詰』をセットにして売るのよ!」


私は、銀色に輝く小さな缶を取り出した。


「ニシンのオイル漬け……。あの、保存の利かない魚を缶の中に?」


「そう! これなら王都まで運んでも腐らないし、開けた瞬間に北の海の香りが広がるわ。お酒のつまみにも最高。これを『死神辺境伯の隠れ家グルメ』として売り出せば、王都の貴族たちはこぞって欲しがるはずだわ!」


「……俺の名前まで売るのか?」


ヴォルグ様が引き攣った笑顔を見せる。


「ギャップ萌えですよ、ヴォルグ様! あの恐ろしい辺境伯が、実は夜な夜なこの缶詰を肴に美酒を楽しんでいる……。そんな噂が広まれば、この缶詰はステータスシンボルになるわ!」


私は一気にまくし立て、ヴォルグ様の執務デスクに地図を広げた。


「まずは領内の職人さんたちを集めて、工房を作りましょう。騎士様たちには、原材料となる魚の調達と、毛皮の確保を『特訓』として手伝ってもらいますわ!」


「……俺の精鋭騎士たちが、魚獲りと靴作りを……?」


「士気は上がりますわよ! だって、売り上げの一部は彼らの夜食代に還元するんですもの!」


「……。分かった。もはや貴様の勢いを止める術は俺にはない。好きにしろ」


ヴォルグ様が観念したように判を突いた。


それからの数週間、辺境伯領はかつてない活気に包まれた。


「おい! 毛並みのいいウサギを仕留めたぞ! これでお嬢様の言う『ロイヤル・ふわふわ・シューズ』が三足作れるぞ!」


「こっちは大漁だ! ニシンの脂の乗りも最高だぞ! 急いで工房へ運べ!」


騎士たちが、戦場へ向かうような形相で魚を運び、毛皮をなめす。


私は工房の真ん中で、出来上がった試作品を一つずつ厳しくチェックしていた。


「ダメよ! このニシンのハーブ使い、少し足りないわ! もっと王都の連中が『お洒落ね』って勘違いするくらい、香りを立たせて!」


「は、はい! ミュー様!」


職人たちも、最初は「王都から来たわがまま令嬢」と私を避けていたが、今では私の「食への執念」と「的確な商売勘」に心服していた。


やがて、第一弾の出荷準備が整った。


「……ミュー。これ、本当に売れるのか? ニシンの缶詰が金貨一枚分もするんだぞ」


ヴォルグ様が、積み上げられた荷物を見て不安そうに尋ねる。


「大丈夫ですわ。人間、手に入りにくいものほど欲しくなるんですもの。あ、そうだ。この缶詰の中に、一箇所だけ『ヴォルグ様の直筆サイン入り』を混ぜておきましたわよ」


「……なに?」


「当たった人には、温泉の無料招待券をプレゼントするんです。これでリピーターも完璧ね!」


「貴様……本当に、悪役令嬢を辞めて商人になった方がいいのではないか……」


ヴォルグ様は呆れ果てたように言ったが、その表情にはどこか誇らしげな光が宿っていた。


北の地から、王都へと向かう荷馬車の列。


そこには、かつての「追放された令嬢」の恨みではなく、新しい領地の希望と、溢れんばかりの美味しい香りが詰まっていた。


「さあ、王都を私の胃袋……じゃなくて、ブランドで占領してあげるわ!」


私は遠ざかる馬車を見送り、冬の空の下、高らかに笑い声を上げた。
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