断罪された悪役令嬢、「地獄へ落ちろ」と言われました。

ちゅんりー

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特産品の出荷作業が一段落し、城内が穏やかな夕暮れに包まれていた。


私は執務室で、ヴォルグ様と一緒に「新作・ニシンのパイ包み」を試食していた。


「……旨い。だがミュー、貴様は不思議な女だな。俺のこの顔を見て、最初から一度も怯えなかった」


ヴォルグ様がふと、琥珀色の瞳を落として呟いた。


「あら、またそのお話? 言ったでしょう、私にとってヴォルグ様は『頼りがいのあるスポンサー』兼『最高に美味しそうに食べるパートナー』なんですもの」


「……パートナーか」


ヴォルグ様は小さく笑い、それから視線を窓の外、遠く連なる雪山へと向けた。


「俺が『死神』と呼ばれるようになったのは、なにもこの顔のせいだけではないんだ」


「ほう……。それは、元悪役令嬢として興味深いお話ですわね」


私はフォークを置き、ヴォルグ様の話に耳を傾けることにした。


「……昔、この地を襲った大飢饉があった。俺はまだ十代の若造だったが、先代の父を亡くし、急いで跡を継いだばかりだった」


「飢饉……。この、食材の宝庫である北の地で?」


「ああ。異常な寒波が続き、海は凍り、獲物も姿を消した。領民たちは飢え、暴動寸前だった。俺は必死に食料をかき集めたが、それでも足りなかった。……その時だ」


ヴォルグ様は、自分の大きな拳をぎゅっと握りしめた。


「俺は、領民たちに宣言した。『俺が山へ入り、魔物の王を仕留めてくる。もし三日経っても戻らなければ、この城の備蓄をすべて解放し、貴様たちの食料にしろ』とな」


「……格好いいじゃないですか。それで?」


「俺は雪山で三日三晩、魔物と戦い続け……ついに巨大な魔猪を仕留めた。血まみれになり、その肉を背負って街へ戻ったんだ。だが……」


ヴォルグ様は苦笑いを浮かべた。


「街へ戻った俺の姿は、返り血で真っ赤に染まり、あまりの過酷さに意識も朦朧としていた。俺は、出迎えた領民たちに言ったんだ。『……食え……肉だ……』とな」


「……? それがどうして死神に?」


「俺の顔が、極限状態でさらに険しくなっていたせいだ。領民たちには、俺が『貴様ら全員を喰らってやる』と宣言しながら死の淵から戻ってきたように見えたらしい。それ以来、俺は『山から生贄を求めて戻ってくる死神』として語り継がれるようになった」


「…………ぶっ!」


私は耐えきれずに吹き出した。


「笑うな! 俺は大真面目だったんだぞ!」


「あははは! ヴォルグ様、それ、ただの『絶望的に不器用な優しさ』じゃないですか! 魔物の肉を獲ってきてくれた命の恩人を死神だなんて、失礼しちゃうわ!」


「……。その後もそうだ。泣いている子供を助けようと抱き上げれば『魂を吸い取られる』と叫ばれ、不作を案じて畑を睨めば『呪いをかけている』と噂される。……俺は、もう諦めていたんだ。一生、誰とも心を通わせることはないと」


ヴォルグ様は寂しそうに目を細めた。


私は立ち上がり、ヴォルグ様の隣へ歩み寄ると、その大きな背中を思い切り叩いた。


「ヴォルグ様! そんなの、ただの盛大な勘違いですわ! あなたが死神なら、私はその死神を餌付けしている『魔王』にでもなりますわよ!」


「……。魔王、か」


「そうですわ。過去がどうだろうと、今、あなたの周りにいる騎士たちや領民たちは、あなたのことを『スープをくれる不器用な旦那様』だと思っていますわよ。温泉も湧いたし、特産品も売れている。もう、死神の出番なんてありませんわ!」


私はヴォルグ様の頬を両手で挟み、無理やりぐにっと横に広げた。


「見てください、この顔。ちょっと筋肉が硬いだけで、本当は誰よりも情に厚い、いい男の顔ですわ!」


「……っ。み、ミュー……離せ。恥ずかしい……」


ヴォルグ様は顔を真っ赤にして、私の手をそっと退けた。


けれど、その表情は先ほどまでとは違い、どこか晴れやかで、確かな温かさが宿っていた。


「……ありがとう、ミュー。貴様にそう言われると、本当にそんな気がしてくるから不思議だ」


「ふふん、私の目に狂いはありませんわ。……さて! 過去のモヤモヤも晴れたことですし、お代わりのパイ、焼いてきますわね!」


「……。ああ、期待している」


私が厨房へと走り出す背中に、ヴォルグ様の穏やかな声が届いた。


「死神」という二つ名に縛られていた彼を、私はいつの間にか、一番のお気に入りのお客さんに変えていた。


私の悪役令嬢としての断罪も、彼の死神としての孤独も。


美味しい食事の前では、すべてが消え去る単なる「隠し味」に過ぎないのだ。
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